「……スゥゥゥゥゥ……ハァァァァァ……」
胸いっぱいに空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
それだけの単純な動作を繰り返しながら、荒れかけた心拍を無理やり平常へと引き戻していく。
落ち着け。
焦るな。
余計なことを考えるな。
今からやることだけを考えろ。
頭の中で、すべてを正確に思い描くんだ。
そうすれば――きっと、できる。
俺はゆっくりと目を閉じた。
外界から意識を切り離し、自分の内側へと沈めていく。
イメージする。
【火球《フレール》・炎衝拳《インパクト》】を、両腕で同時に放つ。
片腕で放っていた炎衝拳を、左右二つ。
しかも、どちらも威力を一切落とさない。
完全な双撃として完成させる。
炎が渦巻く。
魔力が圧縮される。
そして、限界まで高められた力を一気に解放する。
頭の中で、何度も何度もその一連の動作を繰り返す。
イメージそのものは、難しくない。
問題は――。
「……調整だ」
あれほどの威力を誇る魔法を、片腕ではなく両腕で同時に扱う。
当然、必要となる魔力量も単純に倍になる。
しかも、二つの炎衝拳をまったく同じ威力で制御しなければならない。
少しでも片方の出力が狂えば、もう片方とのバランスが崩れる。
右腕だけ威力が強くなれば、右側へ反動が偏る。
左腕だけが強くなれば、今度は左腕が耐えられない。
最悪の場合――。
反動で腕そのものが砕ける。
あるいは、強すぎる熱量に耐えきれず、魔力が腕の内部で暴走する。
そうなれば、腕が焼き切れるどころか――。
自分自身が、この場で命を落とす可能性すらある。
最大火力を維持しながら。
二つの魔法を完全に同時制御し。
なおかつ、反動を極限まで抑える。
冷静に考えれば――無茶にもほどがある。
普通なら、こんなことをやろうとは思わないだろう。
だが。
「……大丈夫だ」
俺は自分に言い聞かせる。
「俺なら……できる」
調整の訓練なら、嫌というほど積んできた。
何度も失敗した。
何度も魔力を暴発させた。
何度も身体を痛めた。
それでも。
その度に立ち上がって、また繰り返した。
あの時の訓練は、決して無駄じゃない。
今、この瞬間のためにあったんだ。
だから――。
「自分を信じろ」
静かに両腕を構える。
意識を一点へ集中させる。
余計な思考を捨てる。
恐怖も。
不安も。
全部、頭の片隅へ追いやる。
今の俺に必要なのは、ただ一つ。
この魔法を成功させることだけだ。
そして――。
「――爆ぜる焔よ」
静かな声で、詠唱を開始する。
「火《か》の球《きゅう》として、両腕に聚合《しゅうごう》し――」
詠唱と同時に、周囲の炎の魔力が一斉に両腕へと引き寄せられていく。
右腕。
左腕。
二つの腕に、それぞれ炎の魔力が集まっていく。
じわじわと。
しかし、確実に。
「……っ」
熱い。
皮膚の表面だけではない。
まるで身体の内側から焼かれているような熱だ。
腕そのものが、今にも燃え落ちてしまいそうだった。
だが――。
それでいい。
この灼熱こそが、魔力が限界まで高まっている証拠なのだから。
問題は、この力を暴走させないこと。
炎の魔力が少しでも乱れれば、すぐにでも制御を失う。
だからこそ、慎重に。
それでいて大胆に。
炎の流れを一つ一つ確認しながら、両腕の魔力を微調整していく。
右。
左。
右。
左。
互いの出力を確認しながら、二つの炎を同じ領域へと揃えていく。
「――眼前に移りし標的に、双炎の爆撃を与えん」
詠唱が終盤へ差しかかる。
両腕が赤く輝き始めた。
「……ぐっ」
腕の内部に圧縮された炎が、今にも外へ噴き出そうとしている。
圧力で腕が張り裂けそうだ。
骨の内側から、悲鳴が聞こえる。
限界。
もう、これ以上は耐えられない。
――だからこそ。
「ここだ……!」
このギリギリこそが、狙い通りだった。
これ以上でも駄目。
これ以下でも駄目。
最大火力を維持しながら、魔力を完全に制御できる限界。
そこへ、両腕の出力を揃える。
右腕と左腕。
二つの炎が、完全に同じ威力へ到達した。
成功だ。
炎衝拳《インパクト》を超える。
俺自身が考案した、火球・炎衝拳の改良魔法。
一発では足りないなら。
二発同時に叩き込めばいい。
ならば――。
この技の名は。
「……爆ぜろ」
両腕に集まった炎が、凄まじい熱量を放つ。
そして、俺は叫んだ。
「【火球《フレール》・双爆拳《ブラスト》】ォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
爆発を意味する言葉。
Blast《ブラスト》。
その名を冠した、新たなる双撃。
俺は両腕を前方へ突き出した。
狙いは――。
眼前に迫る、銀鏡の翼龍。
その巨大な頭部。
次の瞬間。
二つの拳から、同時に爆炎が解き放たれた。