「てめぇじゃなきゃ止められねぇ音がある」
「なんだそれ。好きなら好きとちゃんと言え」

感情は整理されないまま、関係も変わらない。
それでも成立してしまっている銀時と高杉の一夜(メリバ風味)。

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第1話

 音が聞こえる。天井から染み出した水分がしずくになって落ちる音だ。一滴、また一滴と落ちる音はやたらと響いた。そこが空っぽであることを忘れさせないかのように、余韻を長く引いた。

 目を開けると部屋の中はオレンジ色に染まっていた。締め切った障子の中ではネオンが輝く時間になっているらしい。歓楽街らしい現実感の乏しい色味が殺風景な部屋を彩り、背にした障子越しに呼び込みの声も幾重に聞こえる。

 少しだけ、と目を閉じている間に街が目覚める時間になっていたようである。

「待たせたな、高杉」

 部屋に流れ込んだ気配が口を開いた。

「明かりも点けずに何やってんだよ」

「どうせ消すんだ、必要ないだろ」

「ま、こんだけ明るけりゃ丸見えだしな」

 腰に差した木刀を置いて銀時が腰を下ろす。二人は一組の布団越しに視線を交わしていた。

 部屋の中を彩るネオンがオレンジから青に、赤に、緑にと忙しなく切り替わる。その間の二人を呼び込みの声や怒号、果てはどこぞの攘夷志士を追いかける声などが繋ぐ。

「あのさ、やらないの? だったら帰っていい? まだパフェ食いに行けるからさ」

 沈黙を破ったのは銀時の方だった。

「食い気か。相変わらずだな」

「糖分をバカにするんじゃないよ? 生命の源だからね?」

 鼻で笑ったのが高杉の返答のようだ。

「不眠症なのも糖分が足らないからじゃない? ミイラみたいに干からびそうな顔してるよ?」

「誰が不眠症だ」

「じゃあ何? そのしけたツラの理由説明してくれる? 別に興味なんてないんだけどさ」

「見たくもないのにてめぇのツラをこんなところで拝まないといけないからだ」

「だからさ、帰っていいか聞いてるでしょ?」

「帰るな」

 木刀に手をかけて腰を浮かせたまま銀時が止まる。

「てめぇじゃなきゃ止められねぇ音がある」

「なんだそれ。好きなら好きとちゃんと言え」

「誰がてめぇのことなんか」

「はいはい……」

 呆れたのか、観念したのか。話はここまでだと切り上げるように、銀時の身体が布団を超えて高杉まで迫っていた。腕を掴まれたまま見据える高杉のまなざしにはどう好意的に解釈しても殺気が滲んでいる。

「寝るなら布団に入りな。まぁ、寝かしてやらないけどな」

 ニタリ、といつもの笑みを浮かべた銀時の顔を忌々しげに見据えてから高杉はまぶたを閉じた。

 

 

 音が聞こえる。不規則に乱れる呼吸とやたらと早い拍動を素肌を介して聞いた。外は相変わらず歓楽街の喧騒が続いている。能天気なメロディが延々と繰り返されるような歓楽街の路地には多少大きな声では何も聞こえはしないだろ。だが、絶え間なく流れ込む人の気配に思わず声を殺した。

「我慢すんなよ」

 てめぇは盛りのついた猿公(えてこう)か。

 などと嫌味のひとつでも言ってやりたいと思いながら、高杉は奥歯で声を噛み殺すだけだった。歓楽街でも場末の場所を選んだせいか布団が薄く、畳の感触がやたらとリアルに感じられる。

「なんだ、つらそう……じゃないか」

「ど……っちが、だ……!」

 絞り出した声の隙間から飲み込もうとした嬌声がこぼれた。一筋の涙が堪えていた感情を呼ぶように、わずかな嬌声が喉の奥に留めようとした情欲を引き摺り出す。

「ははっ、いい顔……じゃねぇかっ!」

 嬌声の奥に悲鳴が混じる。懇願するようにも聞こえる声でゾクリと震えた銀時の腕が強引に高杉を掻き抱いた。

 全てが終わった気配もまた喧騒の中へ溶けていった。

 

 

 音が聞こえなかった。障子の向こう側にある人の気配は薄く、ネオンの色味はすでにない。視界の中には闇の中でも浮かび上がる布団の明るさだけだ。衣擦れの音がして視線を向けると、部屋に流れ込んできた時と変わらぬ気配で銀時が立っていた。

「わりぃ、起こしたか?」

「起きてた」

「あっそ。あいつらが飯作ってるから帰るわ」

「てめぇは飯の話しかしないのか」

「わりぃか。ピロートークなんかしてたらまた盛っちまうからな」

「……猿公か」

「はいはい」

 ニタリ、といつもの笑みが障子越しに入る柔らかな光の中に浮かび上がった。いつの間にやら夜が明けていたようである。

「てめぇもさっさと帰れ。飯ぐらい作ってもらえんだろ?」

 高杉の答えなど聞く気は無いと言わんばかりに背を向けた銀時がひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。布団にくるまったままの高杉はしばし銀時の名残を眺めていたがまぶたを閉じる。じっとりと重く残る違和感が空っぽの部分を埋めているうちに眠りたかった。

 今は何も聞こえないから、そんなことを考える前に意識は途切れたのであった。


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