人とはこの世で最も醜悪な獣の総称である。 作:顔のない女@人外ものしか書けない人
「本当に良かったんですか?」
「え、なんのこと?」
「詩音さんまで学校を辞めちゃった件です」
夏休みが終わり9月に入った。
一般の高校生なら、もう学校に通い始める頃だ。
なのに私達は揃って家にいる。
「別に大丈夫でしょ。結局私達二人して通信制高校に通うことになったんだし」
そう。
私達は沖縄に本校がある、通信制高校に通うことになった。
と言っても沖縄に行くのは年に指で数えれるほどで、基本は自宅学習で済んでしまう自由な高校である。
言わば編入という形になるだろう。
「……クラスメイトの皆さんはきっと寂しがってますよ」
「昔馴染みの友達も大事だけど、やっぱり一番大切なのは茜と過ごす時間だし」
「…………私のことを考えてくれるのは……嬉しいですけど」
「それに全日制と違って、仕事の方を頑張れるのが超熱い!!」
これまでの詩音さんは、学業と配信を両立させるために睡眠時間を削り、無理を重ねることも少なくなかった。
環境を変えたことで、その生活習慣は劇的に改善されるだろう。
ちなみに、この通信制高校を紹介してくれたのは弦巻さんである。
どうやら彼女もここを通いながら、生活しているらしい。
花火大会以降、顔を合わせてもいないが、きっと彼女も元気にやっていることだろう。
「で、茜は高校卒業後はどうするの?」
「?、もちろん大学に行きますよ」
「そういうところは常識に囚われちゃうんだもんね。……茜と同じ大学に入れるように頑張らないとな〜」
「私は大学なんて行ければどこでも良いので、詩音さんに合わせるつもりです。なので安心してくださいね」
「今ナチュラルに見下したなぁ」
「詩音さんが私より頭が悪いのは事実ですから」
軽口を叩くと、彼女はゲーミングチェアから立ち上がり、ベッドの端に腰掛けていた私へと距離を詰めてきた。
「まあいいよ。その強気な態度は後からベッドでたっぷり矯正してあげる。……それよりさ、久しぶりに
「あそこ……?」
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そうして私たちが訪れたのは、すべての始まりとなった場所。
幕張メッセの巨大な建物の前だった。
私は日傘を差し、夏の名残を感じさせる陽光の下で、鉄とコンクリートの連なりを詩音さんと共に見上げた。
「……何でこんな場所へ行く羽目になるんですか」
「別にいいじゃん。元々仕事で東京に顔を出さなきゃいけなかったんだし、ついででしょ」
「ついでも何も……私達が次ここに用があるのって、2月にやるフェスの時なんですけど」
「別にそういうんじゃなくて、私達が初めて出会った場所だから、ゆっくり感慨に浸りたいなって」
感慨か。
確かに私の人生はこの場所を起点に、大きく狂ってしまった。
それを思うと何とも言えない感情は抱ける。
「茜と出会ってからの一年ちょっと、すっごく濃かったなぁ」
「……ええ、そうですね」
「茜はそうは思わないの?」
「濃いとは思ってますよ。ただここは私の大きな岐路となった場所でもあるので、本当にこんな人生で良いのかとも考えてしまって……」
ここは詩音さんとの出会いの場。
あの時の私はどこかおかしかった。
熱に浮かされて一人でここまで来たはずなのに、気づけば寂しいなんて感情を抱いてしまって。
そこでたまたま控室から抜け出してきた詩音さんに目をつけられて、タックルをかまされたのが全ての始まり。
今思えばとても良い思い出のように振り返れるけど、私が進んだ道はこれで良かったのかとも考えてしまう。
これ以上ないほど幸せでハッピーエンドなはずなのに、人の欲とは止まるところを知らないようだ。
ふと隣を見ると、詩音さんがひどく不機嫌そうに私を睨んでいた。
「私と出会ったことを、後悔してるって言いたいわけ?」
あぁ……
確かに今のはそう受け取られても、仕方ない発言だった。
「違います」
私は彼女の不機嫌を塗りつぶすように、日傘で周囲の視線を遮り、詩音さんのおでこに唇を寄せた。
「自分を含めて、人っていうのはどこまでも気持ち悪い生き物なんだなって、考えてしまっただけです」
「ふーん、やればできるじゃん」
「……こっちは心臓はバクバクですけどね」
「でもその捻り曲がった考えも、直していかないとだね。これは私側の課題かな?」
詩音さんは顎に手を当てて、大真面目な顔で考え込むポーズをとった。
その時、私は彼女の背後の青空に、うっすらと七色の弧が浮かんでいることに気づいた。
「虹……」
「え、どこどこっ!? 写真撮りたい!!」
「あそこにありますよ」
指し示した先を、詩音さんは目を細めて眺めた。
「う〜ん……あんまり映える場所じゃないから、やーめた」
現金なもので、彼女は途端に興味を失ってしまったようだ。
だが私だけは、その淡い光の架け橋から目を離せなかった。
「……私、前回ここへ来た時も虹を見たんです」
「ん?」
「ただの虹ってだけならすぐ忘れちゃうと思うんですけど、こういう特別な場所ってなると話も違ってきますよね」
「……そうかも?」
「結局あの後から色々あったので、ここでまた虹に出てこられると、先が怖いっていうかなんていう――わぁっ?!」
言葉の途中で、真横から強烈な衝撃が走った。
詩音さんが思い切り肩をぶつけてきたのだ。
不意を突かれた私はバランスを崩し、無様に地面へ尻餅をつく。
手から離れそうになった日傘は、いつの間にか詩音さんが鮮やかに奪い取っていた。
彼女は地面に座り込んだ私を見下ろしながら、陽光を遮るように傘を差しかけてくれる。
「何ひねくれたこと言ってんの? さっきも言ったけど、あの日あっての私達でしょ」
「いや……まぁ、そうなんですけど。ここまでする必要ありました?」
「ふっ、これはあの時の再現ってやつよ」
詩音さんは日傘を掲げたまま、満足げに七色の弧を仰ぎ見る。
「それに虹には幸運や希望、転機って意味が込められてるんだって」
「はぁ……虹なんかに、中々重い意味を込めましたね」
私が呆れ混じりに応えると、詩音さんは楽しげに笑い、空いた手を差し伸べて私を力強く引き揚げてくれた。
「だから楽観的に考えて『良いことあるかも!』って思ってたら良いんじゃない?」
「反論のしようもない正論ですね」
「でしょ〜」
これ以上の幸運か。
もう私には願い事とか叶えたい夢とかないけど、どうせならやっぱり、人として真っ当に生きたいものである。
でも人として生きるのに、目標はやっぱり必要なのだろう。
ここは無数の人々の夢が集まり、形を成す場所でもあるのだから、新しく夢を見出してみるのも悪くないかもしれない。
「詩音さん、今新しい夢ができました」
「急だね。どんな夢か聞いていい?」
「はい!……それはズバリ、お金です!!」
詩音さんは、露骨に呆れ果てたように視線を私に向けた。
「私達、充分持ってる気がするんだけど」
「全然ですよ。私としては20代のうちに稼ぎきって、余生は静かに過ごしたいっていうのが、具体的な内容です」
「俗物的な夢だ〜」
どこか嬉しそうな声を漏らしながら、詩音さんは私の手を強く引き、歩き出した。
「それじゃ、一日でも早くお仕事を辞めるために、これから死ぬ気で稼がないとね」
「はい!……って言いたいんですけど、やっぱり事務所に顔を出すのはちょっと怠いですね。それに久しぶりなので気まずいです。今日くらいサボって帰りませんか?」
「ダメ〜」
有無を言わさぬ彼女の手によって、私は情けなく引き摺られていく。
……ほんと昔の自分では想像もできない、波瀾万丈な日々になってしまった。
入学当初の私に未来を言って聞かせても、絶対に信じはしないだろう。
人の欲が気持ち悪い。
人の暴力性が醜い。
睡眠、知識、性――その他諸々。
私は全ての人が起こす事象に、微量な嫌悪感を抱いている。
そして知性とは何なのかと、神様に問い続けるような悪感情を抱く、自分自身も大嫌いだ。
けど……それら全てを――自身の思考を私は放棄することにした。
私は詩音さんが切り開く道だけを見ていればいい。
自分を含めた全ての人間はとても気持ち悪いし、死んでしまえばいいと思ってる。
でも、目に映る
私は今日も彼女が用意してくれた世界に、喜んで引き篭もるのだ。
「やっぱ、サボってホテル行く?」
「あははっ……冗談きついですね。昼間からズタボロにされるくらいなら、喜んで仕事に行きますよ」
「う〜ん。それなら仕事が終わった後、適当に東京をぶらつくのはどう?」
「まぁそっちは悪くない提案かもです。今の私が旅行でどう感じるか、知っておきたいですし」
「よし、それじゃあやることをさっさと終わらせて、観光だ!」
――END。
◇あとがきです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
これにて完結です。
本作を面白いと感じていただけたなら、高評価や感想をいただけると、マジのガチの切実に嬉しいです!!
続きについて少し補足しておくと、この後の二人はライブに向けての練習や配信活動、詩音が茜の祖母に気に入られてフィリピン旅行など、穏やかな日々を送っています。
茜の極端に少なかった配信頻度や会社への我儘も、詩音との関係が深まるにつれてだいぶ落ち着きました。
茜の他者への認識も『詩音さん以外はどうでもいい』という方向に綺麗に着地しています。そして最後の東京観光の提案も、人に対して全く嫌悪感を抱いてない茜に違和感を覚えた詩音が、ジャブを打つ感覚で提案した感じです。
まぁ茜が人に嫌悪感を抱かなくなった代わりに、詩音は元日の件の影響で無意識に男嫌いの仕草が出るようになりましたが。
上記の補完エピソードも書けなくはないのですが、物語の区切りとしてここが一番綺麗だと判断したので、ここで最終話とさせていただきます。
番外編という形で出す可能性はゼロではありませんが、あまり期待はしないでいてください。
そして設定について少し語らせてください。
本作はかなり多くの設定を削った状態でお届けしています。
まず茜は詩音と出会わなかった場合、基本どういうルートを辿っても自殺します。一方の詩音は、弦巻と出会った時点で茜との関係に関わらず幸せになれる人間。
茜が詩音と出会わず幸せになれる世界線があるとすれば、学校の外で清水くんと出会うことくらいでしょうか。
それでも二人の関係は親友止まりになりますが。
もし出会いの場所がフェス会場だったなら、清水と茜が揃ってシオンの熱心なファン兼親友になっていたと思います。
また本編では描かなかった話として、詩音は入学当初から茜を気にかけており、何度か話しかけようとしていました。
ただその頃の茜は完全に他者との関係を遮断していたため、詩音の声が届くことはありませんでした。
そして本編ではなんかかんか詩音が理由をつけて、茜と付き合うのを遠回しにしてましたが、実は詩音は入学時に茜を見た瞬間、普通に一目惚れをしています。
本能では薄らと『この人が私の運命の人だ!』ってなっていたんです。
好意が芽生えるのは茜より先でした。
なので例えフェス会場以外で見かけたとしても、進んで話しかけに行ったでしょう。
そして学校外で茜に話しかければ、基本会話くらいは成立します。
茜は詩音と会話が成立した時点で、詩音にいいように扱われるのが確定している運命です。
本編では完全なハッピーエンドって形に収まりましたね。
設定は他にも色々語りたい事もあったような気がしますが、設定もプロットも全部頭で管理している為、今のところここまでしか思い出せません。
大事なところは言い切ったでしょう。
なので物語の話はこれでおしまいにしようと思います。
それではまた、次の作品でお会いしましょう。