私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....?   作:顔のない女@人外ものしか書けない人

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第84話 人道的な暴力(月宮:視点)

「――っぎゃあああああアアアアっっっ!!!」

 

 体にかかるあまりの衝撃に、喉が裂けるような悲鳴が漏れた。

 みぞおちを殴られた時とは比較にならない、骨の芯まで響くような激痛。

 耐えられるはずもなく、目からは勝手に涙が溢れ出し、脳内は一瞬で恐怖に塗りつぶされた。

 

「なあ、これが見えてないのか? お前は俺をこうさせた責任を取らなきゃいけないんだ。なのに、どうしてそんなことが言えるんだ?」

「っ……はぁっ、はぁっ……」

「それにさ、付き合ってた頃にできなかった分、今したって問題ないよな。一度はお前だって俺を選んでくれたんだから。――あ、良いこと思いついた」

 

 男はそう言うと、どこに隠し持っていたのか。

 私のスマホを取り出して手慣れた様子で操作し始めた。

 パスワードなど、最初から知っていると言わんばかりの迷いのない指さばきだった。

 

 男が誰かに発信し、通話がつながる。

 

『詩音さ――』

「よぉ藤崎。申し訳ないが、お前の声は要らないんだ。よかったらそのまま、俺と詩音が愛し合う音を聞いていてくれ。通話は繋げたままにしておくからさ」

 

 茜の声だった。

 久しぶりに聞いたVtuberとしてではなく、普通の茜としての声。

 

 だが男はすぐにスピーカーの音量をゼロにし、彼女の声が私に届かないようにした。

 

「あ……がね……ごめ……ん。これは……違う……から……」

「おいおい詩音、他の奴なんか気にしてないで俺のことだけ見ててくれよ。お前にはその責任があるだろ」

 

 男が私のコートを強引に剥ぎ取ろうとしてくる。

 

 でもどれだけ怖くても、どれだけ痛くても、それだけは受け入れられなかった。

 激痛に顔を歪め、涙を流しながら、私は必死に抵抗した。

 

「いや……だ――ぐぅぅぅぅ……ひぎぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

 抵抗した瞬間、再び包丁の峰で足を強打された。

 

「俺だって、こういうことをするのは本当に心苦しいんだ。でも、ここまでしないとお前は理解しないだろう? 優しさを捨てなきゃいけない俺の身にもなってくれよ。それに、やっぱり詩音には教養が足りてない。お前の親がクズだったから、俺がここで教育してやるしかないんだ」

 

 今度は男の拳が、そのまま私の顔面を殴りつけた。

 

「だから詩音、早く抵抗をやめて俺の言うことを素直に聞いてくれ。……そうしたら許してやるから、一緒に人生をやり直せるから!!」

 

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 

 私は何がいけなかったんだろう。

 どうしてここまでの仕打ちを彼から受けなきゃいけないんだろう。

 

 どうやら私はこの男とは過去に面識があるらしいけど、やっぱり思い出せない。

 彼は私に忘れられたことをとても悲しんでいた。

 小さい頃からの幼馴染だと語っていた。

 

 でも私の幼少期の記憶は、一言で言えば地獄だった。

 顔も名前も思い出したくないし思い出せない家族からの、容赦のない暴力。

 日々繰り返される苦痛の中で私が覚えていられるのは、そんな泥沼の中から気まぐれに私を掬い上げてくれた、一人の女の子のことだけだ。

 

 だから、そんな余裕のない時期の事を尋ね詰められたところで、私は答えられない。

 嫌なことなんて全部忘れたいから、なかったことにしたいから。

 

「うがっ…………」

 

 過去は消えない。

 私はこの人と付き合っていたらしい。

 けど、それすら私の記憶には残っていなかった。

 私の頭に残っていないということは、嫌な記憶として処理されたのだ。

 

 小学校から中学、そしてVtuberとしてデビューするまでの間、私は心の隙間を埋めるために、手当たり次第に誰かに話しかけ友人を作った。

 それが今、最悪の形で牙を剥いている。

 

 もっと……もっと人と関わるのは慎重になるべきだったのかもしれない。

 茜ほど極端ではなくても、本当に信頼できる人間だけを見極め、大切にするべきだった。

 人肌が恋しいからといって、他人の存在を替えの利く消耗品のように、扱うべきではなかったのだ。

 

「…………ぎっ」

 

 ……男は執拗に私の体を打ち続けている。

 泣いて、喚いて、必死に許しを請うても、男の手が止まることはなかった。

 私がすべてを差し出さない限り、この暴力は終わらないと。

 

 抗い続けた末に、私はついに抵抗する体力を使い果たした。

 服は無残に剥ぎ取られ、顔は血と涙と鼻水にまみれて、視界はもう何も見えない。

 

「なぁ、そろそろやめにしないか? そんなに嫌がることないだろ?」

「あ…………が…………ね…………」

「そこまでされたら、もう詩音の腕と足を切り離してやるしかなくなっちゃうじゃないか」

「……ご…………め…………ん…………」

「あのさぁ――」

 

 それでも、私は拒絶をやめなかった。

 結局、私の心は茜以外と重なることを、一欠片も許容できなかったのだ。

 どれほどの恐怖に叩き潰されても、そこだけは自分でも驚くほど変えることができなかった。

 

 だが理性がどれほど叫んでも、肉体に刻まれる恐怖は生存本能を蝕んでいく。

 私の限界は、もうとっくに来ていた。

 

「あかねあかねうるせえんだよ!!!!殴られてる間もずっとずっと、馬鹿の一つ覚えみたいに同じことばっか言いやがって!!!」

「もう…………む…………り…………」

「ん?それは抵抗を止めるってことか?」

 

 私はとても……とても耐えがたい屈辱と、涙で震えながら、ゆっくりと頷いた。

 

「そうか、嬉しいよ詩音! 大丈夫、俺がお前のことをこれから幸せにするから。家に帰ったらこれからについてちゃんと話し合おう」

 

 ……ここが公園と知っていても、詳しい場所は分からない。

 茜に現在地を伝える術もない。

 だから茜はこれない。

 

 それに茜がここに来なくて正解だ。

 あれだけ酷い言葉を投げつけておきながら、私自身の身勝手な問題に彼女を巻き込むなんて、あまりに虫が良すぎる。

 

「ごめんな藤崎、俺達は先に失礼するよ。電話は繋げとくつもりだったけど、気分が良いからここで切らせてもらうわ。じゃあな!」

「ぁぁ…………」

 

 ごめん、茜。

 我儘で、図々しくて、意地の悪い私でごめん。

 

 もっと、素直になればよかった。

 ちゃんと、自分の気持ちを言葉にすればよかった。

 

 茜は少し油断するとすぐにつけ上がるから、あえて突き放すような態度ばかり取っていたけれど。それでも……茜の隣にいる時が一番幸せだって、一度くらいは伝えておけばよかった。

 

 でも、その願いが叶うことはない。

 私はもう、茜には会えない。

 この男に穢された後で、平然と茜の隣に居座る自分など、私のプライドが絶対に許さない。

 

 だから、これが終わったら――死のう。

 何もかも忘れて、楽になればいい。

 私が死んでも、きっと茜なら大丈夫だ。

 あの子はああ見えて、案外図太くて強いから。

 私なんかいなくなった方が、あの子は幸せになれる。

 

 かつて茜が、幾度となく選ぼうとしてきた道。今度は私から、その道を行けばいい。

 ただ、それだけのことだ。

 それだけの…………はずなのに。

 

「あ……がね……」

 

 やっぱりダメだ。

 私も最後くらい言いたい。

 京都の時の茜みたいに、一方的に吐ききってしまいたい。

 

 これまでは……自分でもよく分かってなかったけど、たぶんこの気持ちはそうなんだって。

 間違ってないって、その気持ちは茜だけの一方的なモノじゃないんだって。

 

「あ?」

「だ………………い………………す――――――」

「詩音、お前まだ言って――――――」

 

 その時だった。

 二人の声が重なる直前、トイレの屋外から大きな衝撃音が響いた。

 何かが飛来し、激しく衝突したような音。

 

「なんだ、誰か来たのか?……この時間だってのに」

 

 男が私から離れる気配が、湿った足音で伝わってくる。

 

「ちょっと外の様子を見てくる。話はその後でしよう、詩音」

 

 男は吐き捨てるように言い残し、夜の向こうへと去っていった。

 

「あか、ね……」

 

 私はその名を、最後の一滴の力で絞り出すと同時に、深い意識の闇へと沈んでいった。

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