私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....? 作:顔のない女@人外ものしか書けない人
「馬鹿なことを言うなっ! 俺はさっきお前の事を殺した!!だから……」
「ええ、そうですね。そうでしょう!そうでしょうとも!!!この体は覚えています!!!」
茜は歓喜に身を震わせ、鋭い爪で愛撫するように掻き裂いた。
自らの頬から胸へ、そして腹へ撫で下ろすようにじっくりと。
溢れ出す鮮血。
しかし傷跡は彼女の悦楽に呼応するように、瞬く間に白磁の肌へと吸い込まれていく。
「貴方が身を以てして教えてくれた人の正義、社会性、あるべき姿、振る舞い方、生き方。……私は貴方という弱い人の在り方を通し経験して、また一歩人生の歩き方を知れたのです!!」
「お前……本当に藤崎茜なのか」
彼は呆然と疑問を茜にぶつける。
「あぁぁァァァ……神よ。私はまだまだ、人として歩いて行けます!!」
茜は彼を視界にすら入れず、天に向かって歓喜を咆哮した。
するとそれと同時に、清水は彼女の方に向かって走った。
丁度、茜と自身の間に落ちている包丁を拾うためだ。
言うまでもなく、彼自身も目の前でキスを見せつけられた事による脳破壊によって、頭がおかしくなっていた。
茜とは別ベクトルに飛んでしまった、悲しき狂人である。
一般人なら誰しもが逃げるこの状況で、彼は立ち向かう選択を取ったのだ。
もう一度彼女を殺してやろうという意思で。
多少の恐怖はありながらも、自分が一度殺した相手にやられるわけがないと意気込んで、彼は走る。
「馬鹿女がッ!俺が油断してる間に、逃げれば良かったものをッッ!!!」
清水は拾い上げた包丁を茜の瞳へ突き立て、そのままの勢いで彼女を押し倒した。
「あぁ! 痛いッ、痛い痛い痛い! 痛イイイィィィィッッッ!!!!」
彼女の叫び声によって狂喜に染まった清水は、馬乗りになって刃を振るった。
頬を、鼻を、口を、執拗にザクザクと切り刻んでいく。
「そうだ! そうだよ藤崎!! 俺はそれを聞きたかったんだ!!!」
先ほど人としての茜からは零れなかった、悲痛の叫び。
清水はその音を浴び、己の精神をかつてない高みへと昂らせていた。
彼にとってそれは、人生で最も幸福な瞬間であったかもしれない。
「助けて、誰か助けてよぉぉぉぉオオオオッッ!!!」
「誰も助けに来るわけねえだろ!アホが!! そのまま大人しく死んで――いや、おかしいだろ……顔がぐちゃぐちゃで口も裂いたのに、どっから声が聞こえて」
「…………あーあ、別に気づかなくて良かったのに。変なことに現実性を求めてどうするんですか……全く」
清水の思考が凍りついた。
彼が目にしたのは、無惨に切り裂かれた顔面ではなかった。
顔をガードしていた彼女の
「ニヒぃ」
「――――――ッ!?」
悲鳴を噛み殺し、清水はなりふり構わずその手をめった斬りにする。
だが、その焦燥は茜の失笑によって遮られた。
「無駄ですよ。神様はまだ私に人として生きる事を望んでらっしゃいますから」
次は彼女の腹部に口が生まれていた。
「うわぁぁあああああっっ!!!!?」
ようやくそこで清水は現状に恐怖を覚えた。
遅すぎる恐怖の芽生えだ。
彼はどうにかすぐに立ち上がり、なりふり構わず後ずさる。
だが瞬きをした一瞬、眼前にいたはずの茜の姿が、陽炎のように消失していた。
「消え…………た……?」
視界からその異形が消えたことに、清水は一瞬の安堵を覚える。
だが、地獄がそれで幕を引くはずもなかった。
「いーち…………にー…………さーん…………しー……い……ごー…………お」
背後から響く幼子の遊びのような数え歌。
それと同時に肉が裂け、骨が砕ける不気味な異音が夜の静寂を侵食する。
清水が恐る恐る振り返ると、そこには背を向け、ゆっくりと雪の上を歩む茜の姿があった。
彼女は自らの左手の指を一本ずつ、事もなげに引きちぎっていた。
「何を……やってるんだ…………お前は……っ!」
「えっと、これは自分の体の耐久確認兼、どれくらいの腕力が出るのかのテストですね」
「は?」
「これから私は、清水さんに教わった
茜はちぎり取ったばかりの左手を瞬時に接合し、清水の方へと振り返った。
先ほどまで蠢いていた腹部や手の口は消え、斬り刻まれていたはずの顔も、元の滑らかさを取り戻している。
「安心してください、貴方を殺しはしません。今のはそのための力加減を測るテストも兼ねてますから」
「ヒッ……」
「さて、そろそろ始めましょうか――あぁ、忘れてました! 一応言っておきますがこれは加害性の証明なので、やり返して頂けるなら是非ともお願いします! お互いに人としてドシドシ高め合いましょう!!では……」
茜は祈るように目を細め、一歩を踏み出した。
「――ッ!」
極限の恐怖に突き動かされ、清水は包丁を構えて突進する。
だが――またも茜の姿が掻き消えた。
空振りに終わった視界の端から、茜の拳が音もなく彼の頬へと肉薄する。
「ぐはぁ――っ?!」
凄まじい衝撃。
清水の体は木の葉のように数メートル先まで吹き飛び、雪原を転がった。
「なるほど……これが加害、これが社会、これが人!!――素晴らしい、素晴らしすぎますよ!! なんでこんな簡単にできる当たり前のことを、お母さんが教えてくれなかったのか、不思議で仕方ありません!!!」
清水は苦悶の声を上げ、欠けた歯とどす黒い血を吐き出した。
この瞬間、彼の本能がようやく正解を導き出す。
目の前に立っているのは、決して怒らせてはいけない上位存在であること。
そしてここから逃げ出さなければ、死よりも悲惨な末路を辿るであろうことを。
「はっ、……ぁ……、こん、な……こと……が……」
肺が焼けるような過呼吸が彼を襲う。
卑屈なプライドが「ここで引くのか」と脳内で叫ぶが、生物としての本能がそれをねじ伏せた。
茜が持ち合わせていない死への恐怖。
清水はそれを全身に浴びながら、濁った白髪をなびかせる悪魔に背を向け、なりふり構わず走り出した。
「え、清水さん? 一体どこに行くつもりなんですか?」
「くっそ……っ!」
返事をする余裕すらない。
雪に足を取られ、無様にのめりながらも、彼は必死に茜から距離を置こうと先を急ぐ。
「まさか、まさかまさかまさか。まさか!!!…………貴方はここから逃げて、いなくなるおつもりなんですか?!?!」
ようやく茜が現状を察した。
その理解と同時に、彼女の中にドロリとした昏い高揚と、隠しきれない失望が同時に沸き上がる。
「酷い、酷すぎますよ。あんなにも雄弁に加害の大切さを説いてくれた同志が、今ここから去ろうとしているッ!……それは何故?」
「死にたくねえからだよ、ボケ!! お前みたいな頭のイカれた化け物に付き合ってられるか! ここを離れたら、すぐに警察に突き出してやる!!!」
叫びながら一目散に逃走を図る清水だったが、気づけばその進行方向に茜が立っていた。
いつの間に回り込んだのか。
彼女は心底興ざめしたような顔で、深い溜息をつきながら俯いている。
「…………清水さん、貴方には心底失望しました。私を切り刻んでくれた人が、ただ一発打たれただけで怖がる臆病者なんて」
「なっ?!」
「流石は私以下の低脳。強者の食べ残しでしか生き残れない弱者はやることが違いますね」
吐き捨てると同時に茜は彼の腕を掴み、その細い肢体からは想像もつかない剛力で、彼を宙へ放り投げた。
そして重力に抗う暇もなく、凍てついた地面へと叩きつける。
「アッハハハッ! 誰にも選んでもらえない、劣等遺伝子の分際でェ!!」
「がっ――あ……っ!」
嫌な音を立てて彼の腕が捻じれ、砕けた。
衝撃に耐えかねた清水は、胃の内容物を雪原にぶちまける。
「周りの人達を不幸にするだけの、歩く公害がァ!!」
「グォ、……ぉ……」
慈悲などない。
茜は再び彼を捕らえ、先ほどと同じ軌道で冷徹に地面へと叩き伏せた。
「詩音さんに執着するなんてェ!!!!」
そして絶叫と共に放たれた蹴りが、清水のみぞおちを正確に貫いた。
彼の体はボールのように弾み、背後の巨木をへし折らんばかりの勢いで衝突する。
「…………ふぅ。ただただ時間の無駄だって事を、理解できないんですか?」
「っ…………はっ…………ぁ……」
清水は痛みで声もあげれないほど、身体に激痛が走っていた。
身体中の骨が砕かれ、内臓が悲鳴を上げている。
それはまさに、死を待つのみの虫の息であった。
それでも茜の苛烈な勢いは衰えるどころか、さらに洗練されていく。
彼女は雪を静かに踏みしめ、彼の方へと歩を進める。
その姿は処刑場へと向かう神官のように、厳かですらあった。
「でもって加害性の成長率だけは、他の人と段違い……まぁこれはお互い様なんですけど。だとしても貴方の醜さっぷりは、今だけ日本一と言っても過言ではないでしょう。あそこまで詩音さんを大炎上させるなんて、私には絶対真似できませんし」
茜は、もはや自重を支えることもできない清水の襟首を掴み、軽々と持ち上げた。
「弱肉強食は世の常なんです。弱いのは罪……弱者の定義は色々ありますが、今やそのどれをとっても貴方は私以下。むしろ弱い事が貴方のアイデンティティと言ってもいいかもしれません」
冷徹な宣告と共に、茜は慈しむような笑顔で彼の顔面を殴りつけた。
「かはっ……」
「でも、貴方は弱いなりによく頑張りました。普通ならあんな風に詩音さんを蹴落として、同じ土俵近くに誘い込むことなんてできませんから。その点は凄く頭が良いと思いますよ!」
称賛を口にしながらさらにもう一撃、硬い拳を叩き込む。
「それも弱者の知恵というやつですか。私も詩音さんには同じ土俵に来てもらってる身だという事を、貴方のおかげで客観視できた気がします。これも学びですね」
殴る殴る殴る。
男の顔面が原形を留めぬほど血に塗れても、茜の手は止まらない。
しかしその一撃一撃はあえて急所を外した、どこまでも礼節が込められた丁寧な暴力だった。
「……清水さん、私ばかり喋ってたらつまらないですよ。ここまで無口な子は、流石に文化祭の時に来てくれたお客様にもいません。死んだふりなんかしてないで、もっと私とお喋りしましょう?」
「…………ぇ……」
清水の裂けた唇が力なく動き、微かな掠れ声を漏らす。
だけど、それを茜は聞き取れない。
「今なんて言いました? もっとはっきり言ってくれないと聞こえませんよ!」
茜はさも慈悲深い聖母のような手つきで彼を地面に下ろすと、自らも雪の上に膝をついた。
耳を彼の口元へ寄せ、期待に目を輝かせながら次の言葉を待つ。
「ぁ…………ぅ…………え……ェ」
「なになに〜。た……す……け……て……ですか?」
茜が確認するように問いかけると、清水の首が、救いを求めるように微かに痙攣した。
「おぉ〜! やっぱり喋れるじゃないですか!! ………………それにしても」
茜の赤い瞳が、妖しく細められた。
「……急に、お腹が空いてきましたね」
茜はここ数日、先輩から無理やり食事を取らされたのを除き、水だけで生活をしていた。
お腹が空いているのは、当然の摂理だろう。
だが問題は人を半分辞めてしまっている彼女の食欲は、普通の食べ物だけに向くわけではないという事である。
茜の視線が、彼を殴り散らしたことで鮮血に濡れた自身の拳へと向けられた。
血などという不衛生な液体を嚥下したくないという理性の抵抗はあった。
しかし、一度そこへ意識を向けてしまった瞬間、本能が理性を圧殺した。
視線は釘付けになり、喉を焼くような渇きが爆発的に膨れ上がる。
結局、彼女は周りに誰もいない事を確認した後『誰も見てないなら大丈夫ですよね!』という、そんな無邪気な独り言を免罪符に、彼女はそっと、自身の拳に舌を這わせた。
「何……これ…………」
瞬間、茜の肉体をかつてない官能的な衝撃が駆け抜けた。
脳を麻痺させるほどの甘美な芳醇。
思考が停止し気づいた時には、自身の拳に牙を剥き出しにして突き立てるほど、狂ったように彼の血を啜り上げていた。
「清水さん、あなたの体は高級チョコレートか何かで出来ているんですか? ……いえ、普通に考えてそんなわけはありませんが。――ふふ、ちょっと面白いことを思いついてしまいました」
恍惚とした表情のまま、茜は彼の首を片手で掴み、締め上げた。
「私はあなたを『殺さない』と言いました。宣言通り、その約束は守りましょう。ですが、あなたの家族は例外です」
「…………っ……」
「清水さんは私に電話をかけながら、詩音さんをレイプしようとしました。ではそれのお返しとして清水さん家族を、貴方の目の前で私が殺してあげようと思うんです――よろしいですよね!」
この提案は先ほどやられたやり返しの意図を勿論含んでいるが、それはおまけ。
主目的は彼の家族の血であった。
彼の血が美味しい。
ならば彼の家族もきっと美味しいだろう。
それなら彼の家族を殺して頂いてしまえばいい。
人を辞めた影響且つ、睡眠と食が足りてない彼女の頭は、その線に一直線に向かった。
ただただ獣として、彼女は欲求のままに動く。
「家の住所を教えて下さい。断れば更に苦痛を与えた後、貴方を喰い殺します。……答えは二つに一つ、教えていただけるなら首を動かしてください」
清水はしばらくの間、石のように動かなかった。
だが、やがて絶望の涙を雪に零しながら、ピクリと縋るように首を揺らした。
「素晴らしい決断です!! 流石は私が見込んだだけありますね!!……では、移動するとしましょう」
歓喜に瞳を輝かせ、茜は彼の襟首を掴んだまま、荷物でも運ぶように雪原を引き摺り始めた。
「アッハハハハハハッ! アッハハハハハハッ!!」
夜の静寂を切り裂く高笑い。
この時、彼女の脳裏からは、ここへ来た本来の目的――詩音を救い出すという崇高な大義は、完全に霧散していた。
頭の中を占めているのは、血の悦楽で自身の渇きを潤すという底なしの欲求のみ。
そうして公園の出口まであと一歩という場所に差し掛かった、その瞬間だった。
「あれ……?」
不意に右腕に感じていた重みが消失した。
驚いて視線を落とせば、清水を掴んでいたはずの右腕は、肩の付け根から忽然と消え失せている。
当然、そこに引き摺られていたはずの男の姿も、どこにもなかった。