現代知識“だけ”ある記憶なし無自覚転生者が、訳あり行き倒れを拾う話   作: トウコ

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百暗視点


昭昭たる諦観⑤完

 

何とも言えない空気のまま猫附家を後にし、二人並んで帰路につく。

夕暮れの中、横を歩く額月だけが鮮やかに見えて落ち着かない。

 

俺の仕出かしたことが、許されたわけではない。

 

『――何でもするって、何をするつもりだったんですか』

 

あの場で幼さを残す子の問いに対し、

 

『何でも、だよ』

 

額月はひんやりとする微笑みを浮かべた。

 

 

常は鷹揚な性格で、心の広い彼女ではあるが――

謀られるというのは、額月にとって両親に次ぐ逆鱗の一つ。

その報復の苛烈さは目を見張るものがある。

自分が例外だとは、とても思えなかった。

彼女は情に厚いが、公正な人物だ。

 

それなのに、額月は受け入れた。

 

『――桃弓木にはそうしようと思えないから、仕方がないね』

 

力ない、どこか甘やかな声。

矛盾を持て余し、心底弱ったという顔で笑った。

その顔を自分がさせたという事実に心臓を鷲掴みにされ、畳に突っ伏した。

 

思い出すだけで顔から火が出そうになる。今が夕方で良かった。

すると、少し冷えた――額月の指先が頬に触れた。

 

「トマトみたい」

 

微笑む目に浮かぶ、からかいの色に戦慄く。

 

「……俺はもういっぱいいっぱいなんだ。しまいには地面を転げ回るぞ」

「そのときは抱えて連れて帰ってあげる」

「絵面が不味すぎて心が死にそうになるからやめてくれ。頼むから」

「なら背負おうか」

 

いつかしたような会話をしながら、どちらからともなく手を取り歩く。

夕日を浴び、二人の影がどこまでも伸びていった。

 

 

 

 

手を繋いで戻ってきた俺たちの顔を見るなり、姐ちゃんは噴き出した。

ケタケタと笑い声が背に追いすがる。

ろくに言葉も返さず、繋いだ手を引いて足早に家へ向かった。

二人きりになりたい。

ずっと言いたいこと――いや、聞きたいことがあった。

猫附家では無理だったこと。

 

引き戸を閉め、鍵を掛ける。

乾いた音がやけに大きく響いた。

 

振り返ると、目が合う。

額月はわずかに瞬き、握られた手と、俺の顔を見比べて――首を傾げる。

 

「桃弓木?」

 

呼ばれるだけで、逃げ道が塞がれるような焦燥。

必死だった。

その両手を取り、縋るように握る。

そして、希った。

 

「……お前の名を、知りたい」

 

額月の目がわずかに見開かれ、その奥に揺らぎが走る。

 

 

初めて出会った日、彼女が本名を名乗らないことを当然と受け止めていた。

危険を避ける、賢明な判断だと。

そもそもあの時代、貴族の娘の名を知るのは、家族を除けば……夫になる人物のみ。

――いつしか、焦がれるようになった。

 

「お前の名を呼びたい。それを許される男がこの先、俺だけであって欲しい」

 

願いというより、ほとんど祈りだった。

資格などないことは、とうに知っている。

それでも口にしてしまったのは――彼女が、受け入れたからだ。

 

あのとき。

赦しきれないはずのものを、飲み込んだ。

 

ならば。

この願いもまた、届いてしまうのではないかと。

そんな都合のいい期待を、捨てきれなかった。

 

 

沈黙が落ちる。

額月は、何も言わない。ただ、静かな目でこちらを見つめている。

 

肩から力が抜けた。

 

――求めすぎた。

 

遅れて理解が追いつく。

自嘲が、喉の奥でかすかに鳴る。

 

そのとき。

 

「……うん」

 

小さく、肯く気配。

顔を上げる。

 

「わかった」

 

息をのみ、瞠目する。

あまりにもあっさりとした、その言葉に。

 

そして、額月はほんの少しだけ逡巡するように視線を揺らし、

 

静かに――

 

「――」

 

音が、落ちてきた。

 

 

「祝言を挙げなくても……あなたにそう言われたら、私は応えたよ」

 

息をするのも忘れて見つめていると、彼女はわずかに眉を下げた。

 

「随分遠回りをしたね」

 

責めるでもなく。ただ、呆れたように。

その視線が、刺さる。

思わず顔を覆って天を仰ぎ、たたらを踏んだ。

 

「……っ、は……」

 

息とも笑いともつかないものが漏れた。

指先から、力が抜けていく。

 

 

――ただ求めることが正答だった……!

 

 

ついに堪えきれず膝から崩れ落ちた。

額月は縁台に腰掛け、その様を悠然と眺めている。

 

「感情がせわしないね」

「お前が揺るがな過ぎる……!」

 

敵わない。

どうしようもなく、抗えない。

胸いっぱいに、いや、全身から込み上げるものを処理しきれず――

俺は結局、呻きながら転げ回ることになったのだった。

 

 

 

完




これにて完結。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
もしよろしければ、感想・評価をいただけたらとてもうれしいです。

続編は、もし書く場合はpixivで書き、完結してからこちらに投稿する形になると思います。
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