棺桶戦記 〜こんなのコズミック・イラじゃない!〜 作:王子の犬
「おーい、班長! 早く片付けてくれよ!
次のパトロールが来ちまう!」
「やかましい!
こびりついた肉と油がそう簡単に落ちるかッ!」
北アフリカ戦線、地球連合軍前線基地の野戦ドック。
砂塵と血の匂いが充満する中、特務曹長の老整備班長は高圧洗浄機のホースを握りしめながら悪態をついた。
彼が洗い流しているのは、先ほど回収されてきたダガーヘッドのコックピットだ。
乗っていた補充兵――つい数時間前まで「俺は主人公だ」などと意味不明な
運良く『M1アストレイ互換の超高性能モニター』だけが無傷だった。
「おい、そこ! 中の配線は切るなよ!
座席と駆動系だけ繋ぎ直して予備機に回すんだ!」
共食い整備は日常茶飯事だ。
死体を洗い流し、別の機体から生きたパーツを引っこ抜く。
明日には、見ず知らずの若者を、この「
狂気と罪悪感に押しつぶされそうになるたびに、老整備兵はわざと声を荒げて自分を誤魔化すしかなかった。
「班長。ちょっと……上を見てくださいよ!」
新しく補充されてきたばかりの二等兵——トビー・セルウッドが、ぶかぶかのヘルメットを小脇に抱えながら、夜空を指差した。
「んあ……?」
老整備班長が手を止め、汗と油にまみれた顔を上げる。
澄み切った夜空に、幾筋もの激しい「流れ星」が瞬いていた。
流星群などではなく、低軌道上で艦隊同士が命を削りながら殴り合う光であった。
「第八艦隊の軌道降下作戦……か」
傍らの無線機からノイズ混じりの通信が、上空の状況を断片的に伝えている。
どうやら『アークエンジェル』と随伴する工作艦が、ザフトの追撃を振り切って地球へ降下しようとしているらしい。
「すげえ……。
あれが、僕らの軍の本当の最新鋭機なんですよね!
指揮官のアストレイより強くて、ザフトのモビルスーツとも互角に戦えるっていう!」
トビーは無垢な瞳を輝かせ、夜空で閃く光に感嘆の声を漏らしていた。
「さっき聞いた噂じゃ、乗ってるのはコーディネーターの子なんですよね!?
工作艦から直接エネルギーをもらって、ビームランチャーをぶっ放すんだとか……!
彼らが地上に降りてくれば、この戦争も一気にひっくり返りますよね!」
神の如き力を持つ『CFR-X』と、それを操る少年少女たちのヒロイズムは、血湧き肉躍るドラマに違いない……。
トビーのような新兵にとって、夜空の閃光は文字通り「希望の星」だった。
「さあな。……俺たちには縁のない話だ」
だが、老整備班長はホースのバルブをひねり、ドック内の現実へと視線を戻した。
「あの上にどんな神様や天才が乗っていようが、明日の朝、お前が乗る機体はあの中の奴だ。
コンマ5秒の
容赦ない宣告に、トビーの顔が微かに引き攣り、笑顔が曇った。
「ああ、そうだ。
お前の着任祝いに、あの機体にいいプログラムを一つ組んでおいてやったぞ」
「えっ、大尉のUIのアップデートですか!?」
「いいや……」
老整備兵は、コックピットの奥を親指で差した。
「『遺書自動送信マクロ』だ。
敵のバクゥにロックオンされ、回避不能とシステムが判断した瞬間に、事前に入力しておいた遺書が、司令部経由で実家へ自動送信される」
絶句するトビー。
老整備班長は汚れたツナギの裾で額の汗を拭い、もう一度だけ夜空の光を見た。
「おい、二等兵! 星空のロマンに浸るのは終わりだ。
パクリUIの液晶をすぐ磨け!
大尉に見咎められたらどやされるぞ!」
「は、はいっ!」
低軌道上でアークエンジェルが閃光を放ったその瞬間、鈍色の棺桶がローラーを唸らせながら荒野へと押し出されていった。
本話の投稿準備中に第1話内の時系列記述の間違いに気づいて修正しました。
低軌道会戦は2月でしたね……。
次回はアークエンジェルが降下したあとの現場の話です。