ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第86話 男なら、リックドム。

「あれ、圭一。どこか行くの?」

 

いざ駅に入ろうとしたところで、聞き慣れた声が俺の背中にかけられた。振り向いた先には俺の親友、北条悟史。

 

マズイ奴に見つかった、と一瞬思うのだが……見つかってしまったものはしょうがない。

 

日曜の午後、興宮の駅前。

 

目深にかぶっていた帽子のつばを上げて、足を止める。

 

追いついてきた悟史が、無邪気な目で俺の背負った荷物を見ながら顔に疑問符を浮かべていた。

 

「……悟史よ。俺は、旅に出る」

 

言いたくはなかったが、言わずにはいられまい。

 

「旅行?……春休みはまだ先だよ?」

 

「だから旅行じゃねぇ、旅だ。俺はもう……雛見沢には、いられないんだよ」

 

悟史は目を丸くした。

 

「雛見沢にいられないって……どうしたのさ!?」

 

その疑問には答えず、俺は笑みを浮かべた。

 

きっと……とても疲れた顔をしていたに違いない。

 

「悟史……短い間だったけと、世話になったな。沙都子といつまでも仲良くな。実妹ルートはやめておけ」

 

「狙ってないよ!?」

 

「鷹野さんと同居できる時点でちょっぴり殺意も抱いたがお前は俺にとって、はじめての親友と呼べる奴だったよ」

 

「レナや古手姉妹と同居してる自分は棚上げかよ!?」

 

「みんなにもよろしく言っておい てくれ。そうだ、あいつらに伝言を頼む。魅音には、大変なこともあるだろうけどお前ならきっと大丈夫だって。沙都子には、村のみんながお前の幸せを願ってるぞって。羽入には、お前の笑顔で何度も救われた、ありがとうって。梨花には、アホリカ合衆国大統領の夢もほどほどにしておけって。レナには、二人のこと をよろしく、あと鉈はお前のチャームポイントだぞって。それから……」

 

「余裕で覚えきれないよ!?」

 

微妙に根性のない奴だった。

 

「そうじゃなくてさ、いったい何があったんだよ!?」

 

詰め寄ってくる悟史だった。

 

深々とため息をついて、俺は首を横に振った。

 

「何もかも疲れちまったんだよ、俺は……」

 

見上げれば、目に染みるような蒼い空。

 

雛見沢ではいろいろなことがあった。

 

たくさんの思い出が、黄金の記憶が胸に去来する。

 

「疲れたって……どういうことさ。最強圭一とか呼ばれてこき下ろされるのがそんなに嫌だったのかよ!?」

 

いやそれは確かに嫌だが……それで凹んでる人間は別にいるし、メタ発言は羽入の特権だから自重しろ悟史。

 

「そうじゃない。そうじゃないんだ、悟史」

 

いつだって心は軋み、悲鳴をあげ続けていた。

 

それが限界を迎えたというだけなのだ。

 

あえてそこに理由を求めるのならば、きっかけと呼べそうなのは……そう、明日の年中行事。

 

「明日って……3月14日、あっ!?」

 

そう。

 

愛した雛見沢を捨てて旅に出たくなるほどの俺の悩みとはつまり、ホワイトデーだった。

 

バレンタインのお返し、といえばもっと話は早い。

 

「お、お金がないなら貸すけど……そうじゃないよね?」

 

「ああ、違う」

 

真剣な目で見返すと、悟史はむぅ……と困り果てた顔をしていた。……無理もない。

 

「わからないんだ」

 

「え?」

 

「考えれば考えるほどわからない。あいつらに何を贈ればいいのか。何を贈れば喜ぶのか……俺にはわからない」

 

そりゃもう考えた。

 

クリスマスのときだって、悩んだ 末に買うよりも俺の持ち物から喜びそうなものを贈ったつもりだったのに、結果はあのざまだ。幸いなことにひぐらしキャラは誕生日がはっきり設定されていないので(沙都子除く)誕生日イベントは流されてるからあまり考えなくてもいいのだが……。

 

バレンタインはバレンタインで前原圭一は二度死ぬ状態になっていて、ちっともいい思い出ではない。

 

「で、でも……みんな、圭一からのお返しを、楽しみにしているんじゃないかな」

 

わかってる……明日という日が迫るにつれてみんなの目が輝いているのを感じている。それは無言のプレッシャーとなって余計に俺を苦しめるのだ。

 

逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……でも逃げてぇぇぇぇぇ!?

 

くずおれて涙する俺を見下ろして困り顔の悟史だったが、

 

「むぅ……わかったから、旅にでるのはやめようよ。僕も協力するからさ」

 

そんなことを言ってくれた。

 

「ほ、ほんとか悟史……!?」

 

「もちろんだよ!」

 

ちっくしょう、やっぱり親友っていいもんだな。

 

バレンタインのときに思いっきりバットで背中をどつかれて死にそうになったけど、その後主人公ポジションを奪われそうになったりもしたけど、でも!

 

やっぱり北条悟史は俺の親友なんだよ!

 

とりあえず場所をエンジェルモートに移動し、俺たちは計画を練ることにした。

 

「えーと……根本的なところを言うとさ、なにをそんなに悩む必要があるのかよくわからないんだ」

 

悟史は不思議そうな顔をしてそう言った。

 

「ホワイトデーって言ったら、普通にマシュマロとかキャンデーとか、そんなような食べ物をあげればいいんじゃないかと思うんだけど……」

 

「そりゃわかるんだ。でも悟史、どれを贈れば返事がイエスでどれだったらノーだかわかるか?」

 

「むぅ……言われてみるとよくわからないけど、そんなの気にしなければいいんじゃないかな。そもそも、ホワイトデーが普及したのはせいぜい数年前くらい(wikipedia調べ)のことらしいし……田舎の雛見沢じゃ、伝わってるほうが不思議なくらいなんだからさ」

 

み、身も蓋もないな悟史……。

 

「それより圭一、クリスマスのときも言ったけど大事なのは気持ちだよ。心がこもっていればきっと……」

 

「こめたつもりが罰ゲームになったんだが……?」

 

即座にツッコミを入れると、悟史は盛大に目をそらした。

 

……どうにかしてくれませんか親友とやら。

 

「わかったよ圭一。ここは、テクニカルに行こう」

 

「てくにかる!?」

 

「そう、それぞれの対象に合わせた適切な作戦を立案し、有無を言わせずプレゼントを受け取らせる。そして相手が反応する前に去るんだよ!」

 

な、なるほど……それなら罰ゲームになろうが、怒りのあまりスタンガンで気絶させられそうになろうがレナぱんが炸裂しそうになろうが醤油瓶を口につっこまれそうになろうがハリケーンミキサーで吹っ飛ばされそうになろうが、知ったことじゃないってわけだ……それ即ち!

 

「一撃離脱ってやつだな!?」

 

「そうさ、リックドムの戦法だよ!」

 

「おう、俺はリックドム、心はいつもリックドム!」

 

盛り上がりまくる俺たちふたりを、午後のエンジェルモートのお客やウェイトレスさんたちがとても不気味そうに見つめていた。

 

……で、翌日。

 

あれから悟史の助けを借りてプレゼントの数々を用意した俺は、自信たっぷりに朝を迎えていた。

 

ふっふっふ、抜かりはないぜ……。

 

本当の機動戦ってものを教えてやるぜ!

 

ジョニーライデンはリックドム乗ってないけどな!

 

で、着替えをすませて階下に降りると、レナが食卓に朝食を並べているところだった。

 

「おはよ、圭一くん」

 

「おうレナ、おはよう!」

 

気持ちが大きくなっている分、心にゆとりがあった。

 

おおらかな気持ちでリビングから庭の雪の様子を見る。

 

ふむ、この週末は天気がよかったからまた雪の量が減っているな。このぶんだと、今月中にはほとんど雪が融けてしまうのではなかろうか。

 

雪にはいろいろ酷い目にあっているし、ほぼ毎日の雪かきをしなくて済むようになったのは本当にありがたい。

 

「圭一くん、もうすぐ支度できるから、梨花ちゃんと羽入ちゃんを起こしてきてくれないかな」

 

エプロンレナにお願いされては、断る選択肢なぞあるわけがない。それが男ってものだろう。

 

……だが、タイミングはいまここだ!

 

俺は目を光らせつつ、学生服のポケットにおさめていた小さな箱を振り向きざまにレナめがけて放っていた。

 

「わ!?」

 

さすがハイスペック少女、類まれなるその反射神経で小箱を受け止め、目を丸くしている。

 

「け、圭一くん、これ……?」

 

「バレンタインのお返しさ。ありがとうな、レナ」

 

きらりん☆と歯など光らせつつ、素早く廊下に退避して羽入と梨花を起こすべく部屋へと向かう。

 

流れるようなこの動き、我ながら鮮やかの一語に尽きる。

 

これならどんなにレナの気にくわないプレゼントだったとしても、すぱぱぱぱぁあん☆と時明し編ばりのレナ乱舞を喰らう心配はないってわけだ。

 

一撃離脱こそ、我が生き様と見つけたり!

 

「おーい、起きろオヤシロシスターズ!」

 

三人で使ってるせいもあるが、ここ数ヶ月ですっかり物が増えて生活感のでてきた客間で抱き合って寝こけている梨花と羽入の寝ぼすけコンビに声をかけながら、俺は敷き布団に手をかけた。

 

「3秒以内に起きないと強制執行するぜ。はい3秒!」

 

声をかけたくらいで起きる連中ではないので、警告は形ばかりのものだった。

 

敷き布団を思い切り引っ張ると、たまらずにころころと畳の上に転がり出る羽入と梨花。

 

「あぅ、ぅう……?」

 

「……な、何!? 敵襲!?」

 

寝ぼけ眼であたりを見回している隙に、敷き布団をぐるぐると丸めたものを両手で抱えて、二人の頭上から襲撃。

 

「ロールおふとんだッ!」

 

「みぎゃー!?」

 

「あぅうっ!?」

 

いきなりの襲撃になんら有効な手を打てず下敷きになった二人は、あぅあぅみーみーと鳴きながら手足をじたばたとさせている。

 

「もう遅い! 脱出不可能よッ! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーッ!」

 

ぐりぐりとロールおふとんで小柄なふたりを圧死させようとする俺だったが、いつのまにか二人の悲鳴が聞こえてこないことに気づいて、おふとんの下を確認する。

 

「なに……ッ!」

 

そこにいたのは、ぺちゃんこ状態であぅあぅと目を回している羽入ひとりだった。

 

「まさか……!?」

 

ひやり、と俺の首筋に冷たいものが押し当てられる。

 

それは比喩ではなく、背後に何者かが立っていた。

 

「羽入を身代わりにして脱出できたわ……圭一」

 

相変わらず姉を犠牲にすることにかけては天才的な幼女、古手梨花だった。

 

「朝っぱらから乙女の寝室を襲撃とは、いい度胸ね……。その罪に相応しき罰を与えてやるわ……圭一!」

 

……だが、このタイミングをこそ、俺は狙っていた!

 

「梨花ぁッ!」

 

ロールおふとんを蹴り飛ばすと同時に、俺はポケットの中のものを口に含むと、振り向きざまに醤油瓶を構えた梨花にタックルをかけるみたいに抱きすくめる。

 

「なッ!?」

 

そしてズッキュウゥゥゥゥンと擬音がつきそうな勢いで唇を重ね、その小さな口の中に口移しであるものを押し込んでやった。

 

「む……ぐっ!?」

 

「くっくくく……バレンタインの仕返し、いやお返しだ梨花……! もだえくるしむがいい、喜びでなッ!」

 

口を押さえた梨花の表情が苦しそうなものから一転、なにかに気づいたかのようにぱぁぁと明るい輝きを放つ。

 

「これは……この味は、ホワイトカレー!?」

 

そう、この一ヶ月カレー当番をしていた梨花はすでにカレー中毒患者と化している。だからホワイトチョコよりもホワイトカレーのほうがいいと、悟史のアドバイスだった。

 

……まぁ、ホワイトカレーのルーなんてものが手に入ったのは幸運だったし、調理前のそれを口に押し込まれて喜ぶ梨花が遠いところにいってしまったなと思わなくもない。

 

そうして口の中の白いものをんぐんぐと味わっている梨花(こう表現するとなんだか卑猥だが気のせいだ)を放っておいて、目を回している羽入を引きずりおこし、口をこじ開けてシュークリームを叩き込む。

 

「あぅッ!?」

 

「しゃぶれッ! 俺のシューをしゃぶれッ!」

 

ドドドドド……とその場の空気が鳴動するかのような音とともに羽入の目に光が取り戻されていく。

 

「こ……、このシュークリームは……!?」

 

「その稚拙な味に悶絶するがいい 羽入、そのシュークリームは、そのシュークリームはなぁ……! この俺が、エンジェルモートのお姉さんたちに助けられながら数度の失敗を経て初めて手作り し、その中で唯一食べられそうに仕上がった……世界で一つだけ、一品もののシューだッ!」

 

戦慄する羽入を見下ろしながら俺は立ち上がる。

 

「あぅあぅ、け、圭一……ッ!」

 

そして素早く部屋の出口に向かい、

 

「バレンタインのお返しだ、とくと味わうがいいぜッ!」

 

捨てぜりふとともにその場をあとにする俺だった。

 

まさに完璧な試合運び。

 

今日の俺にはオヤシロ様でも憑いているんじゃないか。

 

……負ける気がしねぇ!

 

リビングに戻ると、さっき渡した指輪を手にほわんとした表情のまま立ち尽くすエプロンレナがいたので、斜め45度の角度でチョップを入れて再起動させる。

 

「はぅッ☆」

 

「おい、朝飯にしようぜ」

 

「……あ、う、うん」

 

なぜか顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに俺を見て、ぱたぱたとキッチンに駆け戻り朝ご飯の支度に戻るレナだ。

 

しばらくすると登校用の支度をすませた梨花と羽入もやってきて、

 

「くふふ、くふ、くふっ☆」

 

「あぅあぅあぅあぅ……☆」

 

なにやら邪悪な笑みを浮かべながら食卓につくのだった。

 

レナも俺と視線が合うたびに大急ぎで目をそらすし。

 

三人ともタイミングは逸したものの、どうやって俺に報復すべきかと黒い考えをめぐらせているに違いない。

 

まったく油断のならない連中だぜ……!

 

そうして緊張感に満ちた朝食を済ませ、だいぶ低くなった雪の壁の間を登校するが……最大の難敵、詩音がいつもの場所で俺たちを待ちかまえていた。

 

「はろろ~ん、みんな! 今日も仲いいねぇ~☆」

 

ここだ、ここでしくじらなければ、俺は逃げ切れる……!

 

「あれ……なんかみんな、にやにやしてない?」

 

俺たちを見回して怪訝そうな顔になる詩音。

 

くっくっく……この俺の押し殺した不敵な笑みを見透かすとは、さすが鬼を継ぐ者だと言っておくぜ。……だが!

 

「おう、……お前、なんか襟がまがってるぞ」

 

「へ?……そっかな」

 

襟元をごそごそといじる詩音だが、自分では角度的によく見えないらしく首をかしげている。

 

その視線を落としたのが命取りだ……!

 

「ほら、ここだよ」

 

俺は電光石火の素早さで間合いを詰めて、用意していたものを詩音の細い首筋に巻き付ける。

 

「ひゃ!? 冷たっ!」

 

結構値の張るシルバーのチェーン。プレートには、こいつの本名(推定)である詩音の名を刻んである。

 

『園崎魅音』を演じるうちに自分を見失いそうで怖がってばかりいる詩音には、その名前こそが必要なものだ。

 

「け、圭ちゃん、これって……!?」

 

「バレンタインのお返しだ。どんな抗議も却下する!」

 

それだけ告げて、俺はダッシュで詩音ほか3名をその場に置き去りにして学校へと向かった。

 

ふう、危ねぇ危ねぇ……。

 

奴の違法改造スタンガンを喰らえば、場合によっては俺の命が危ないからな。三十六計逃げるに如かずって奴だ。

 

「おはよう、圭一!」

 

「おはようございますわー!」

 

と、昇降口の前で出会ったのは北条兄妹だった。

 

「首尾はどうだい、圭一」

 

「おう、上々だぜ!」

 

サムズアップして成果を伝える俺だった。

 

「奴等は手も足も出せなかった……反撃の魔手はかすりもしねぇ、まさに今日は俺の独壇場だぜサニーッ!」

 

「さすがだよK、この調子なら今日はバッチリだね!」

 

「おうともよ!」

 

沙都子はそんな会話に、さっぱりわけがわからないという顔をして俺と悟史の顔を見比べている。

 

ここでは危険だろうか……いや、弱気になるな圭一!

 

今日の俺はツイてる、このまま一気に畳みかけるぜ!?

 

「沙都子ッ!」

 

沙都子の小さな肩を掴み、ぐわっと至近距離まで迫る!

 

「ひッ!? な、なんですのいきなり!?」

 

びっくりして目を丸くしているのに構わず、俺は沙都子の耳当てをはずして、真新しいリボンを結んでやった。

 

「え、こ、これは……!?」

 

「バレンタインのお返しだから気にするな!」

 

叫びつつ、俺は沙都子と悟史を置き去りに校舎に飛び込もうとする……のだが。

 

「圭一さん、待っ……!」

 

正直言おう。

 

ここまで順調すぎたから油断した。

 

いつもなら沙都子のトラップを警戒してあれこれ調べながら入るのが日課だが、今日は思いきり無警戒に突っ込んでしまったのだ。

 

背後から振り子のごとく襲いか かった古タイヤに背中をどつかれてよろめいた直後、足元に張られた縄跳びでさらにバランスをくずし、廊下を飛び越えて掲示板に頭から突っ込んだが、そこに は黒板消しが両側から迫ってきて顔面に直撃。チョークの粉がちょうどいい目つぶしになってふらふらと廊下へ戻ったところへ、最高のタイミングで頭上から 降ってきたタライが脳天直撃セガサターン。

 

「が、は……っ」

 

俺は目眩がするほどの衝撃を受けて、そのまま不様に床に沈むしかなかった。

 

「け、圭一ぃぃぃっ!?」

 

「圭一さん、しっかりっ……!」

 

沙都子め……そんなに気に入らなかったのか。

 

ちゃっかりしっかり凶悪なトラップコンボを決めてくれやがって……俺はどこか遠くで北条兄妹の叫びを聞きながら意識が遠くなっていくのを感じていた。

 

「……うぅ……」

 

ぐわんぐわんとタライの音を立てながら世界が揺れる。

 

ふと気づけば、俺は保健室に寝かせられていた。

 

ああ、そうか……沙都子のトラップによる反撃で撃墜されてしまったんだっけ……くそう、一撃離脱戦法もトラップマスターにはかなわないのか。

 

やっぱりプレゼントは俺の鬼門なのかもしれない……。

 

「あら、お目覚め?」

 

と、振り返ったのは鷹野さんだ。

 

どうやら、薬棚の補充と整理をしていたらしい。

 

「はい……結構いいのをもらっちゃったみたいです」

 

情けない姿を見せてしまったなと恥じらいながらも、相手が鷹野さんだとなんだか落ち着いた気分になれる。

 

「ふふふ、沙都子ちゃん、ちょっぴり反省してたわ。もうすこし威力を抑えるべきだったって」

 

……いや、そもそも学校にトラップを仕掛けることじたいを反省しようぜ沙都子。

 

「でもなんだか今日はみんな、ふわふわして上機嫌だったわね。なにかいいことでもあったのかしら?」

 

小さく首を傾げる鷹野さん。

 

……そうか、あいつら。

 

俺に反撃を封じられて苛ついていたところに、沙都子が見事に俺を仕留めてくれたものだから機嫌がよかったのか。

 

くっそう、いったい何が気に入らないんだ……!

 

「それじゃ、私は診療所に戻るから……」

 

「あ、鷹野さん」

 

「なに?」

 

きょとんとして立ち止まった鷹野さんの手に、ノートくらいの大きさのリボンで装飾された包みを手渡す。

 

「……あら。プレゼント?」

 

「はい、先月のチョコのお礼です」

 

この状況じゃ一撃離脱というわけにもいかないし、鷹野さんならプレゼントが気に入らないくらいのことで俺をひどい目に遭わせたりはしないだろうから、正攻法で渡すことにしたのだ。

 

「開けてもいいかしら?」

 

「どうぞどうぞ」

 

包みからでてきたのは、ちょっと上品な感じの小さなアルバムだった。

 

「……鷹野さん、写真が趣味だっていうし、よく沙都子の写真とか撮ってるって聞いたから……思い出って、残しておきたくなるじゃないですか。それで」

 

鷹野さんはアルバムを開いてじっと見つめたあと、すこし目元を指でこすって、微笑んでくれる。

 

「……ありがとう。沙都子ちゃんやあなたたちとの思い出を綴っていくことにするわ」

 

泣くほど嫌なのにちゃんとお礼まで言ってくれるなんて、この人は……女神か!?

 

感動に打ち震える俺だが、鷹野さんは小さな声で、

 

「……本当に。ずっと綴っていけたら、よかったのに」

 

本当にかすかな声で呟いて、もう一度微笑みを投げてからそれを大事そうに鞄にしまって、保健室を出ていく。

 

「それじゃ、お大事にね。……具合がよくなったら教室に戻っていいから」

 

ぴしゃり、と扉が閉まる。

 

ひとり暖かな保健室に残された俺は、いま聞こえてしまった言葉にどんな意味があったのかと考える。

 

なんだろう。

 

……すこしだけ。

 

ほんのすこしだけど。

 

俺たちの未来に、影がさしたような気がしていた。

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