しかし、三か月後に結婚を控えた前の両家族がそろうお茶会で、エンリコは男のプライドを大事にしてくれないという理由で婚約破棄をし、なぐさめてくれた側近のオルランドと真実の愛を見つけたと告げる。
絶望と怒りに震えるパメラだが、彼女は一発の祝砲を空に響かせて威圧し、尊厳を守る。
そして、対等な関係を築ける相手をあらたに求めることを決意する。
世界で最も繁栄をしていた人類はパンデミックや大災害を受け、住みやすい場所や食料と資源を求めて他種族との大規模戦争をして負け、支配されて滅びかけた。
それから技術や文化は大きく衰退し人の数は減って電気とガスを失ったが、千年ほどの時間をかけて頑張って文化と技術に制限を受けるなかで文明を進めた。
人との繋がりは重要になり、王族や貴族の結婚というのは人という種族の繁栄に大きい影響を与えている。
そんな世界で、鉱山を持つ裕福な貴族の長女である私、パメラ・ディ・カントーニは十六歳で結婚することとなった。
相手は良い馬を産出する貴族の長男で私と同じ歳で、十歳の時に婚約したかわいい男の子だ。
今日は結婚式の三カ月前にやる、両家族そろってのお茶会だ。
場所は旦那側の屋敷にある、芝生や木々が丁寧に手入れされている庭。青空が広がり、五月ということもあって気温も涼しくて過ごしやすい。
上質な木で作られた大きな丸テーブルに椅子が三個ずつ配置されている。
結婚を目前に控えた今、話し合いは大変なごやかに進んでいる。
世の中、貴族の婚約というのは恋愛感情を無視して利益で進むことが多いが私の場合は違う。
十歳の時から一目惚れをし、愛情を育ててきた相手だ。
そんな相手だから、今日の装いはしっかりと準備してきた。
褐色肌を持つ専属メイドの手で丁寧に手入れをしてもらった、肩まで伸びるルビーのような赤色をしたまっすぐな髪と、白色の肌。
ドレスはキルティングステッチがある、最新の流行を取れたベージュ色だ。
それらで私は近づいていく婚姻の日に胸をときめかせて話をする。
我が家の領地で採れる鉱石の話や銃であるマスケット、向こう側の領地で有名な馬の能力についてが話題となっている。
将来は緊密な関係になり、通商協定や相互防衛協定を結ぶこととなる。
普通の貴族子女ならこういう話は興味がないのが普通。でも幼い頃から領地内で鉱石や宝石の原石探しとエンリコと一緒に馬で遊んでいる私は別だ。
おてんばな私だけど親からは活発でよい、メイドからは落ち着きが少し欲しいと言われている。
自由にさせてくれる親に感謝の気持ちでいっぱいだ。
親たちの会話に混ざりながら楽しい気持ちでカモミールのハーブティーを飲んでいると、ふと婚約相手のエンリコ・ディ・グラナータがけわしい顔をして静かに席を立つ。
エンリコは黄鉄鉱のような淡い金色の短い髪をしていて、その髪を見ていると意識が吸い込まれるような魅力を持っている。
身長は私と同じ百五十センチ後半。小柄で薄い青色の瞳を持つ顔はとてもかわいい。日焼けして白から黒っぽくなている肌はすべすべしているし、男の子らしい低い声を気にしなければ女装をすれば女の子に見える。
そんなかわいい彼に私は一目惚れをし、初恋をした。
そのエンリコにとって経済の話がつまらなかったんだろうか、と不思議に思っていると私が原石をひとつにつき3時間かけて研磨してからプレゼントをしたアメジストのネックレスを首から静かに外してテーブルの上へと置いた。
「パメラ、僕は君との婚約を破棄する!」
大きな声でそんなことを言った。不満げな顔で言う顔もかわいいと思うけど、そのかわいさを感じている場合じゃない。
突然の発言に場の空気は静まり、困惑が私たちの間で広がる。
エンリコの冗談と感じない声のこわばりからして、これが本気で言っていると私は気づく。
婚約してから今日までの六年間、エンリコのことをずっとかわいがっていたのに何が悪かったんだろう。
「理由は婚約してから今までずっと僕をかわいいとしか言わず、男扱いをしてくれなかったことだ
エンリコの次の言葉を待っていると、今までの彼に対すること全部を否定されたかのようだった。
ショックを受けながら、何も言わずにじっと聞いていく。
「パメラは僕に肌や爪、髪の手入れを熱心に教えてくれた。きれいになったのはよかったが、そのせいで家のメイドたちからはかわいがられるようになった。使用人たちと仲良くなるのはいいが、男扱いせずに妹、または姉のように接してくるのは気持ちがいいものではなかった。僕は男として見てほしかったのに。
そしてパメラはいつも僕をリードしてくれた。街へ遊びに行くときも危険を感じたときも。普通の女性とは違う活発さと行動力は男の僕より強く生きていける。
……夫婦になっときはパメラと比較されるのが嫌なんだよ」
はじまりは拳を振りかざし、けれど段々と声が小さくなり落ち込んでいく。
その様子を見て、私は心を痛める。
「エンリコ。たしかにあなたがかわいすぎて同性と同じように扱ったのは悪かったわ。でもとうして言ってくれなかったの?」
一言でも言ってくれれば、私はエンリコのしたいことをさせていたのに。
私とエンリコ、それぞれが相手の家に行ったとき、一週間や二週間の泊りがけだったから会う時間は多くあった。でもそういう不満は聞いたことがない。
一緒にいるときは家庭教師からの勉強、遊ぶときは私の好きなものじゃなくエンリコの好きなものも。
たとえば馬の遠乗りや兵士の行軍訓練の真似事。それらはきちんと計画を練り、両親にも確認してもらった。実際にやったときにはお互いに世話係や側近と護衛付きだったから、寂しいときがあっても甘えることもできた。
こうやって配慮していたのに何が足りなかったんだろう?
「君が優秀過ぎたせいだ。僕が君の案に苦情を言えば、それは君に劣っているということになる。そもそも結婚間近という今になって、ようやく意見が言えるぐらいの気弱なんだよ僕は」
……思い返せば、遊ぶのは私主導の計画しかなかった。エンリコは私の後ろについてくるだけ。
私がよかれと思った行動は、パメラという、かよわくなくて行動力がある自立心が強い女子という形になっていた。
それがエンリコにある男のプライドを傷つけたということになるのね。
「それで婚約破棄をしたあなたはどうするの? 私は結婚延期をして、あなたと付き合いなおしてもいいと思っているけど」
見た目がとても好みであり、いまだ強い恋愛感情を持っている私からすれば、これくらいは恋愛のスパイスだ。
困難があって達成した恋愛は素晴らしいものであり、その後の結婚生活もうまくいくと思っている。
恋愛の物語が大好きな両親に育てられたから、愛情というのはぶつかってこそ育っていくと知っているから。
「オルランド、こっちに来てくれ!」
あまり耳にすることのない、エンリコの大声は周囲にいるグラナータ家の兵士へと向けられた。
その兵士は馬を隣の兵士へと預け、こちらへとやってくる。
兵士の男は六年前から知っていて、私とエンリコが危ないことをやったときには助けてくれた側近の人だ。
彼はエンリコよりもずっと大柄で無表情。でも心は優しくて落ち着いている。私たちより七歳年上の二十三歳で、頼りになるお兄さんだ。
そんな彼は私たちの怪しむ視線に突き刺されて困惑しながらも、素早く歩いてきてエンリコの隣の後ろへとやってきた。
エンリコはオルランドが来ると安心したふうに頬をゆるめ、彼の隣へと立つ。
そしていとおしそうに腕を組んだ。
男同士でだ。
……これは友情関係?
「僕と彼は性別にとらわれない、真実の愛を見つけたんだ。僕は彼と結婚をする」
違った。恋愛感情だった。
私は好かれていなかったとはいえ、男相手に恋愛で負けると心のダメージが。
恋愛の障害が同性愛者だとは想像していませんでしたよ。いえ、同性愛に理解がないわけではないですが。私の専属メイドが女性兵士と恋人なのは知っていますし。
でも子供という、家の血筋を残すのが大事な貴族でそれをするのはどうかと思うのですが。
お父様とお母様は普段から恋愛話が好きだから同性同士という禁断の愛を聞いて、一瞬だけ目を輝かせたのは気になりますが。
まぁ、すぐに私のために厳しい目をしたので許しますけど。
ていうか、向こうのグラナータ家としてはいいんだろうか。常識として同性同士の結婚なんてよいものじゃないとして、教会からも言われているのに。
と、私は男に負けた絶望的な感情を持ちながら相手の親を観察すると、どうにも私と同じぐらいには驚いている。
その驚き具合を見て、私の心は少しだけ平穏を取り戻した。
あ、お父様が後ろにいる我が家の兵士たちにハンドサインを出した。
十人の兵士たちは肩にかけていたライフルを地面へと置いて、銃口から火薬と弾を装填し始めた。
向こうはまだ言い争っていてオルランドはこっちの行動に気づいているものの、あちら側は指示がないために今の状況を眺めることしかできない。
「オルランドとは真実の愛を誓える! 恋愛感情を一切持てないパメラと結婚してもうまくやっていけず、オルランドと一緒にいたほうが家のためになるんだ!」
こっちを忘れてヒートアップしているグラナータ家の家族喧嘩。
私のほうが大声をあげて怒りたいのに。この悲しみと怒り、虚無感はどうすればいいの。
もう私の心に大きな痛みが来てつらい。特にエンリコが私へ恋愛感情のかけらすらもなかったことに。
私はばっちり恋愛していたんだけど。
恋愛感情がなくても友情はあるはずだから、結婚してもそこそこうまくやっていけると思う。
エンリコが私に恋愛はしてなかったとしても、友情はあったとおもう。言葉にはしていなくてもそう思っていて欲しい。
悲しみながら、うちの両親ともども静かにして待つも向こうの話し合いが終わる気配はない。
うちの親の顔を見るとお父様は
お母様は私に向かってうなづいたあと、私の専属メイドへハンドサインを送る。すると、離れたところにいたメイドが近くへとやってくる。
メイドが服の中から出したのは普段から携帯している、火を使わずに撃てるフリントロック式拳銃と紙に包まれた火薬だ。それらを私へと差し出してくる。
今は荒れたお茶会になっているとはいえ、これを私にどうしろと。
撃つ練習はたまにしているけど。あ、火薬だけだから威嚇射撃しろと?
お母様が力強い目で私をじっと見ているから、それが正しいのか。言葉で言うよりも一発の銃声で静かになるなんてことは領内でもよくあったから。
同じことをやれと言っているのね。いいでしょう、みごと私が場を静めて見せましょう!
と、拳銃を受け取った私は銃を受け取り、銃についているカルカという鉄の細い棒をを使って銃口から火薬を詰めていく。
トントン、と銃身の底で火薬を固るという心落ち着く作業をしながら思うことがある。
「……私、物語に出てくる意地悪な婚約者ね」
小声で自嘲的につぶやきく。
真実の愛を誓ったふたりと親たち。そのもめている会話に割って入る婚約者。物語で見る悪の令嬢の立ち位置な感じじゃないの、私って。
エンリコはこっちに気づくそぶりもないけど、オルランドだけは気づいて立ち位置を変えてエンリコの盾になったし。
「跡継ぎは弟の子供に任せれば家は存続する。パメラと結婚して家庭不和をやるよりも、信頼できる相手と結婚したほうが家のためになるとわかって欲しい!」
そんなことをオルランドは自身の両親へと言っている。
いやー……ここまで言うと貴族のプライドを盛大にぶっ壊して不利益が大きいような。まぁ、結婚したあとに私を愛せないと言ってくるよりはいいけれど。
火薬を装填し終わり、あとは引き金を引けば火がついて発射できる。
向こうの怒鳴りあいはどんどんと盛り上がっていく。
今の話題は、エンリコがオルランドの良さを語っている。男らしさはどういうものか。私と会話して落ち込んだあとはなぐさめてくれ、剣や馬の練習をしていくうちに友情を超えた愛情が育っていったらしい。
それらに返事をする向こうの親。同性愛は嫌がられており、教会でも推奨はしていない。それにこの婚約で得る利益と防衛協定はなくなる。相手への賠償も大きいぞ、と。お前はどうするんだと言った。
その言い分を聞いて、それもそうだと納得する。向こうの親側の意見に賛成する。でもそこに私へ申し訳ないという意見はないのか。私や向こう側へ申し訳ないという気持ちがまったく感じられないんだが。
今まで会っていたときは私のことを実の娘のようだと言っていたくせに。
腹が立ってきて、うちの両親を見ると無表情でいら立っている。
後ろを振り返ると我がカントーニ家の兵士たちは銃の装填を終わり、銃剣も付けていた。もういつでも戦闘ができるという状況だ。
戦闘をしたとなれば、両家の関係は修復不可能となって戦争が起きてしまう。相手も貴族なのだから、そこはなんとか回避するはずだから戦闘にはならないはず。きっと。
このまま話が続くと私が怒ってしまいそうなので、さっさと場を落ち着かせないと。
そっと静かに席を立つと、拳銃を空へと向けて引き金を引く。
空に響き渡る一発の銃声。
その音と共に場は静かとなり、全員の注目が私へと向く。
この銃声と共に私の感情も切り替える。私は一人の恋する乙女であったが、向こうがそれを拒否した。
拳銃を専属メイドへと返し、今この瞬間から落ち込むだけの女ではなく強い私となる。
「まずは真実の愛を見つけたことをお祝いいたします。その相手が私じゃなかったことはひどく残念です。私はエンリコを愛していたのに。
他にも多くの文句と愚痴を言いたいのですが、そこは淑女として我慢してお父様にお任せします。いいですか、お父様、お母様」
やわらかな笑みを浮かべてお父様を見ると、返事として太陽のように素晴らしく明るい笑顔で腰から抜いたナイフをまっすぐにテーブルへと突き立てる。
この行動からして実に頼りになる。
お母様のほうを見ると、穏やかな笑みでカップに入っていたお茶をテーブルの上へと優雅な手つきでこぼれ落としていく。
「まずは裏切られた私に対する謝罪や保証の話をするのが当然ではありませんか? あぁ、私がすべての原因というのは受け付けません。
私がエンリコの苦しみに気づいてあげられなかったのは悪いと思うけど、貴族同士の約束。特に婚約というのは相当に重いものですから。でが、この場はお父様にお任せしてもよろしいかしら?
私は難しい賠償の話はわかりませんので。それではお母様、帰りましょう」
「待ってくれ、パメラ。私はお互いにとって良い提案を──」
その言葉は父によって指示された兵士の銃声により止められた。
マスケット銃の一斉射による大きな音によっ相手側は全員が驚き、特に向こうの親たちは顔を青ざめさせている。
「真実の愛は尊いものだが、娘への無礼な行為は許しておけん」
お父様の低く、迫力をある声で楽しいお茶会の予定は終わり、顔を見わせたお父様とお母様は無言のアイコンタクトをして、私はお母様に連れられて挨拶もせずに早足でこの場をあとにする。
そして馬車に戻るまでの途中、私は怒りも泣きもせずに無感情の気持ちが続いた。
屋敷から離れ、馬車が待機しているところまでたどりつくと、お母様は帰りの支度を従者たちに作業指示をする。
私はまっすぐに専属メイドと一緒に馬車の中へと入る。扉を閉め、椅子へと座って静かな空間になったときに抑えていた感情が一気にやってくる。
愛していたエンリコに振られた気持ちが。一目惚れで初恋で、初めての失恋だった。
彼が好きでたまらず、いかにして好かれるかを頑張って勉強した。お母様に恋愛の話を聞き、家にある恋愛の本を読み、同性同士の恋愛をしていた専属メイドに相談もした。
エンリコの側近たちやグラナータ家に所属する使用人たちとも交流を深め、将来に向けて好感度を上げる努力も。
隣に座ってきた専属メイドに抱き着き、胸元へと顔を埋める。包容力がある大きさに心が落ち着き、次に恋する相手はお互いを理解できて本音で言い合える男の人にしようと決意する。
自分のことだけじゃなく、相手のことを深く考えようと思いながら。
婚約破棄の話を書いてみたかったんです。