雄英高校という場所は常に世間の視線を集め続けている、それは日本最高峰のヒーロー育成機関という肩書きが持つ宿命でもあり、人々は未来のヒーローが育つ瞬間を見たがり、マスコミはその一場面を切り取るだけで記事になり視聴率にも繋がると理解しているからで、当然ながら話題性というものは人を集める最も単純で最も強力な餌なのだから仕方ない事でもあるし、私も正門前へ群がる無数のカメラやマイクを眺めながら、今日も随分と賑やかねとぼんやり考えていた。
もっとも雄英高校ほどの学校ともなれば取材陣への対応など既に日常業務の一つとなっていたはずであり、広報担当も警備員も教師達も必要以上に慌てる様子は見せず、決められた境界線の内側を淡々と守りながら記者達へ応対していたのだが、それでも今日だけは空気がどこか違っていて、普段なら諦めて引き下がるような者達まで校門前へ押し寄せ、僅かな隙間すら見逃すまいと目を光らせている姿には流石の教師陣も露骨な疲労を滲ませていたし、数が増えれば質まで比例して向上する訳ではないというのは人間社会でも海でも案外変わらない現象なのだろう。
私はその様子を少し離れた場所から眺めている、別に驚いている訳ではないけれど波が寄せれば泡も増えるように注目が集まれば便乗する者も増えるという理屈くらい理解していたし、誰かが光を放てば虫が集まるのと同じようなものだと思えば腹も立たない、もっとも集まって来る全てが美しい蝶とは限らず、中には随分と羽音の騒がしいものも混ざるのだから困ったものだけれど。
「……今日は随分と騒がしいな」
障子は正門前へ集まる報道陣を眺めながら静かに呟いていた、その六本の腕は普段通り落ち着いているのに視線だけは僅かに細められていて、明らかに警戒心を抱いている事が分かるのだけれど、それは決して記者そのものを敵視している訳ではなく、騒ぎが大きくなれば誰かが無茶をする可能性まで考えてしまう彼らしい慎重さでもあり、人間というものは責任感が強いほど最悪の事態を先回りしてしまう生き物なのだから仕方ない事でもある。
私は彼の隣へ立ちながら校門前を見つめていた、何人かの一年生は既に記者へ捕まってしまい困ったように質問攻めへ遭っていて、マイクが何本も突き付けられカメラが顔を追い掛ける光景はまるで獲物を囲む魚群にも似ており、本人達に悪意がある訳ではないのだろうけれど欲しい情報しか見えていない時の人間は案外周囲が見えなくなるものだから、少しだけ居心地の悪さを覚えてしまうのも当然だった。
「そうね……」
原因など考えるまでもない。
オールマイトが雄英高校へ赴任した、その一事だけで全国規模の話題になってしまうのだから日本一のヒーローという肩書きはあまりにも重く、元々撮れ高の塊だった男が最高峰のヒーロー科という撮れ高の塊へ飛び込んだ結果、報道関係者達からすれば毎日が宝探しになったようなものだったし、当然そのお零れへ預かろうとする者が現れるのも無理はない、しかしだからといって節度まで置き去りにして良い理由にはならないというのもまた当然の話である。
彼らは少しでも新しい情報を得ようと必死だった、正式な取材申請を通す者もいれば門前で粘り続ける者もいて、その中には美味しい部分だけ吸い取ろうと躍起になる者まで混ざっており、アポイントメントなど知った事かと言わんばかりに押しかける姿勢は取材というより漁に近く、それを見ている私は海の捕食者達の方がまだ礼儀正しいのではないかしらと少しだけ首を傾げてしまうし、善悪というものは案外立場より振る舞いで決まるものなのだから仕方ない事でもある。
しかし雄英高校としても強硬手段へ出る訳にはいかなかった、彼らは騒がしく迷惑ではあっても法を破っている訳ではなく、ヒーロー育成機関という立場上こちらから排除する理由も乏しい以上、教師達は眉間へ皺を寄せながらも我慢するしかなく、それが相澤を筆頭に全員の表情へ滲み出ていたし、正義という看板を掲げる者ほど法と倫理へ縛られるのは仕方ない事でもある。
そして記者達が目を付けたのは教師ではなく生徒、それもまだこうした対応へ慣れていない一年生達だった。
オールマイト本人から話を聞けないのなら授業を受けた生徒へ聞けばいいという理屈は確かに合理的ではあるのだけれど、合理的だからと言って褒められるものでもなく、答えに窮する新入生へマイクを突き付けながら質問を浴びせ続ける姿はどうにも感心できるものではなかったし、私は少しだけ眉を寄せてしまう、だって大人というものは子供を守る側であるべきでしょう、それが逆になってしまえば誰だって嫌な気持ちくらい抱くのだから。
障子もその光景を黙って見つめていた、助けへ入るべきか、それとも教師達へ任せるべきかを考えている様子だったけれど、現状では明確な被害が出ている訳ではなく勝手な判断もできない、その葛藤が表情へ僅かに滲んでいて、正しい事をしたい人ほど行動する瞬間を慎重に選んでしまうものなのだから仕方ない事でもある。
私はぼんやりと人混みを眺めながら、海ならこんな風に押し合いながら餌へ群がる生き物も珍しくないのだけれど、人間はそれを理性で抑えられる種族だったはずなのにねと考えていたし、だからこそ理性を忘れた時の姿は少しだけ寂しく映るのかもしれない。
その時だった。
突然校内へ鋭い警報音が鳴り響き、次の瞬間には正門周辺の防犯センサーが一斉に反応して巨大な隔壁――生徒達の間で半ば冗談交じりに「雄英バリアー」と呼ばれている防衛機構が重々しい駆動音と共に展開されていたのであり、どうやら一部の記者が取材区域を越えて校内へ踏み込もうとしたらしく、その瞬間を逃さずシステムが自動で侵入者として判定したのだろう、雄英高校という場所は伊達に日本最高峰を名乗っている訳ではなく、防犯設備まで含めて一つの要塞なのだから当然である。
巨大な壁が完全に閉じる頃には記者達は校外へ押し出される形となり校舎への侵入経路は全て遮断されていた、その様子を眺めながら私は、これで校内は安全ねと小さく安堵したのだけれど、同時にまだ登校途中だった生徒はどうするのかしらという別の疑問まで浮かんでしまい、防犯というものは時として味方まで巻き込んでしまう難しい仕組みなのだと改めて思うのである
初日から除籍を賭けた個性把握テストが行われ二日目には校舎を半壊させかねない勢いの対人戦闘訓練まで経験している以上、一年A組の面々は三日目ともなれば「今日は何が飛んで来るのか」と無意識の内に身構えてしまっているし、雄英高校という場所は普通の学校生活を送れると期待する方が間違っているのだろうけれど、それでも人間というものは慣れ始めた頃に新しい刺激を与えられる生き物でもあるから仕方ない事でもあり、私は教室へ流れるどこか張り詰めた空気を感じながら、今日は誰も爆発しなければ良いのだけれどと少しだけ考えていた。
相澤はいつも通り気怠そうな様子で教壇へ立っていた、その表情から感情を読み取る事は難しく、眠そうなのか面倒なのか、それとも最初から全部分かった上で黙っているだけなのか判別は付かなかったけれど、少なくとも生徒達だけが勝手に緊張している事だけは確かであり、教師というものは案外そういう空気の使い方が上手いのかもしれないし、だからこそ不用意な一言だけで教室全体を静まり返らせる事もできるのだろう。
「さて、ホームルームの本題だ。急で悪いが今日は君らに……」
その一言だけで教室中の視線が相澤へ集まっている、誰もが次の言葉を待ちながら息を潜めていて、中には「また実技か」「今度は何を壊すんだ」とでも考えているような者までいたのだろうけれど、ここ数日の授業内容を思えばそう考えてしまうのも無理はなく、人間というものは直近の経験ほど未来を予測する材料にしてしまうものだから仕方ない事でもあるし、私も少しだけ首を傾げながら続きを待っていた。
「学級委員長を決めてもらう」
「「「学校っぽいの来たああああ!!!」」」
教室が一斉に歓声と笑いへ包まれていた、それまで張り詰めていた空気が嘘のように弾け飛び、誰も彼も肩の力を抜きながら思い思いに声を上げていて、耳郎まで一緒になって叫んでいる様子を見た私は思わず目を瞬かせてしまう、もっと深刻な何かを想像していた分だけ肩透かしだったのだろうし、こういう何でもない出来事ほど人は妙に盛り上がるものなのだから仕方ない事でもある。
もっとも学級委員長という役職は普通科であれば雑務を押し付け合う貧乏くじのような印象もあるのだろうけれど、ヒーロー科では意味合いが少し違っていた、仲間をまとめ状況を整理し判断を下す経験は将来トップヒーローとなる上で避けて通れない資質であり、だからこそ雄英高校がこうした役割を一年生へ経験させるのも教育としては極めて合理的だったし、リーダーとは才能だけで決まるものではなく経験によって磨かれる部分も確かに存在するのだから当然でもある。
私は特に立候補する気にはなれなかった、自分が前へ立つ姿を想像しても妙にしっくり来ないし、海は誰か一人が命令して動くものではなく全体が流れながら形を作るものだから、誰かを率いるというより隣で支える方が自分には向いているような気がしていたし、向き不向きを理解して身を引く事もまた一つの判断なのだろう。
気付けば投票はあっという間に始まっていた、誰かが推薦を口にし紙へ名前を書き込み、それぞれが思う人物へ一票を投じていく様子は実に学校らしい光景だったけれど、誰へ投票するかという基準には人柄も能力も昨日までの印象も混ざっていて、たった数日しか共に過ごしていないにも関わらず人間というものは案外早く相手を評価してしまう生き物なのだから面白い。
私は静かに飯田天哉の名前を書いていた、真面目で責任感も強く規律を守る姿勢は委員長という役職へ最も似合っているように思えたし、少なくとも誰よりも職務へ真摯に向き合うだろうという安心感があったからであり、適材適所という言葉はこういう時のために存在するのだろう。
「じゃあ委員長緑谷、副委員長八百万だ」
結果が発表された瞬間、教室の空気が一瞬だけ止まっていた。
予想外だった者も少なくなかったのだろうし、私も静かに瞬きを繰り返してしまう、緑谷出久という少年は優秀ではあるけれど前へ立って皆を引っ張るより隣で考えをまとめる参謀役の方が向いている印象が強く、それだけに委員長という結果は少し意外だったし、人の評価というものは本人が思っている姿と周囲から見える姿で随分違うものなのだから仕方ない事でもある。
「よろしいのでは? だからこそ、今のうちにリーダーとしての素養を身につける訓練をしているという見方もありますし」
昼休みになり私は八百万百、峰田実と共に学食で昼食を囲んでいた、昨日の対人戦闘訓練が縁となって自然と同じ卓へ座るようになったのだけれど、八百万は昼食を口へ運びながらも落ち着いた口調で先程の結果について分析していて、その視点には感情論より教育的意図を優先する彼女らしさが滲んでいたし、優秀な人ほど物事を一歩引いた位置から眺める癖があるのだろう。
私は箸を止めながら小さく頷いていた、確かに向いている人間へ任せるだけでは経験は積めず、不得手だからこそ今の内に挑戦させるという考え方も十分理解できるし、雄英高校という場所ならそうした教育方針を取る可能性も高い、人は役割を与えられて初めて成長する事も少なくないのだから仕方ない事でもある。
「んー……そういう見方もあるか」
「オイラが委員長になってたら女子のスカート短くしてやったのによ! お前もオイラに投票してくれよ!」
突然そんな事を言い出す峰田へ私は思わず視線を向けてしまう、その表情は真剣そのものだったけれど真剣である事と内容がまともである事は必ずしも一致しないらしく、彼の頭の中は本当に桃色一色なのだろうと少しだけ呆れてしまうし、見た目は葡萄なのだから中身くらい落ち着いていても良いのではないかと思わなくもない。
「校則変えられる程の権限はないと思うけれど…」
私がそう返すと峰田は「えぇ!?」と大袈裟に肩を落としていた、その反応まで含めてどこか憎めない人物なのだろうし、真面目な話ばかり続けば息苦しくなる教室で彼のような存在が空気を軽くしている部分も確かにある、もっとも方向性だけはもう少し改善してほしいところだけれど、それもまた彼らしいと言えば彼らしいので仕方ない事でもある。
「そういえば、心さんは0票でしたが良かったのですか?」
八百万は食事の手を止める事なく穏やかな口調でそう問い掛けている、その声音には嫌味も同情も含まれておらず純粋な疑問だけが乗せられていて、だからこそ聞かれた側も肩肘を張る必要はなく、人というものは悪意の無い質問ほど素直に答えられる生き物なのだから仕方ない事でもあるし、彼女は相手を傷付けない距離感を自然と理解している人なのだろう。
私はその問いを聞きながら少しだけ首を傾げていた、票が入らなかった事実そのものに特別な感情は抱いておらず、むしろ当然だと思っていたくらいであり、誰もが前へ立ちたい訳ではなく誰もが立つべきとも限らない、海にだって流れを作る者と流れへ身を委ねる者が存在するのだから、人間社会もそれほど違いはしないのだと思っていた。
「まあ……普段から"皆"の統率はしてるし、雑用を進んで行う気にならなかったの」
そう言いながら私は掌を静かに上へ向ける。
次の瞬間、その小さな手の上へ青黒い魚の群れが音もなく現れていた、小魚達は掌という狭い空間にも拘らず海を泳ぐように円を描きながら滑らかに尾を振り、時折一匹が群れから離れては再び合流する、その姿は掌ではなく小さな海そのものを切り取ったようにも見えていて、当然普通の個性では説明の付かない光景なのだけれど、私にとってはいつもの事であり、彼らもまた私の家族なのだから特別視する理由も無かった。
八百万は僅かに目を丸くしながらもすぐに平静を取り戻していた、その観察眼は流石というべきなのだろうし、未知の現象を前にしてもまず理解しようとする姿勢は彼女らしかった、一方で峰田だけは魚群を見て「また増えてる!」と椅子ごと少し距離を取っており、学習能力があるのか単なるトラウマなのかは本人しか知らない。
「そういえば、百の個性ってどういったモノなの?」
私が興味本位に尋ねると八百万は姿勢を正してこちらへ向き直っていた、個性について説明する時の彼女は授業中のように淀みがなく、自分自身の能力を客観的に理解している事がその話し方だけでも伝わって来るし、優秀な人ほど自分を過信せず正確に分析するものなのだから当然でもある。
「私ですか? 【創造】は分子構造を把握したものを脂質を消費して生み出しておりますわ。」
その説明は簡潔ながら実に八百万らしいものだった、感覚ではなく理論で能力を扱っている事がよく分かるし、必要な知識が無ければ何も作れないという制約まで含めて非常に完成された個性なのだろう、万能そうに見える能力ほど裏側には厳しい条件が隠されているものだから仕方ない事でもある。
「っつまり!! ゴボッ!?」
峰田が勢い良く何かを言い掛けた瞬間だった。
掌の魚群が一斉に動き、その中でも混じっていたイシャームラが矢のような速度で飛び出して峰田の顔面へ体当たりを食らわせ、そのまま口へ突っ込む勢いで押し返していたのである、その一連の動きは余りにも自然で誰も命令したようには見えず、むしろ「不埒な発言を察知した」とでも言いたげな自律行動であり、群れというものは時として個体の意思だけでは説明できない振る舞いを見せるものなのだから不思議である。
「ありがとう、イシャームラ。」
私は小さく微笑みながら魚へ礼を言っていた。
イシャームラは満足そうに一周泳ぐと再び掌の群れへ戻っていき、その姿は褒められた子供のようにも見えて少しだけ可愛らしい、彼らは私の意思を理解しているというより私より先に感情で動く事があり、それを止める理由もあまり思い付かなかった。
「百と私の個性は似ているわよね? 私は生き物、あなたは無機物、とても仲良くなれそうね。」
私は魚達を眺めながらそう呟いていた。
創り出すという点では確かによく似ている、八百万は知識から物質を生み、私は海から命を呼び寄せる、その違いは対象が生命か無機物か程度であり、本質的には何かをこの世界へ存在させる能力なのだろうと私は感じていたし、似た個性同士だからこそ話していて妙な親近感を覚えるのかもしれない。
「はあはあ……こえーよ! いきなり襲わせるのはやめろよぉ〜!」
峰田は咳き込みながら涙目で抗議していた、その様子は流石に少し可哀想ではあったけれど、イシャームラ自身は「悪い事をした」という認識が全く無いらしく掌の上で胸を張るように泳いでいるだけであり、価値観というものは種族が違えば随分変わるものなのだから仕方ない事でもある。
「ごめんなさい、余りにもイシャームラが怒るから。」
私がそう謝ると峰田は「お前じゃなくて魚に言えぇ!」と半泣きになっていた。
もっともイシャームラ本人は褒められたと思っているらしく尾鰭をぱたぱたと揺らしているだけだったので、謝罪が伝わる未来は恐らく来ないのだろう。
「心さんは生成ではなく、どちらかというと召喚になるのでしょうか?」
八百万は改めて真面目な表情へ戻りながら問い掛けている、その目には純粋な知的好奇心が宿っていて未知を理解しようとする研究者のようでもあり、能力の本質を知ろうとする姿勢は流石推薦入学者と言うべきなのだろう。
「そうね……海や家から引っ張り出すイメージかしら?」
私は少し考えながら答えていた。
本当に生成している訳ではないという感覚だけは昔から変わらず、どこかに在るものをこちらへ迎え入れているような、そんな曖昧な認識しか持っていないし、だから私自身も個性の全てを説明できる訳ではない、人間というものは毎日使う能力ほど案外理屈で理解していないものだから仕方ない事でもある。
「それってよお、服とか着せたらどうなるんだ?」
峰田が再び恐る恐る口を開いていた。
先程襲われたばかりにも拘らず懲りずに質問する辺り肝が据わっているのか単に好奇心が勝つのか判断に困るけれど、その切り替えの早さだけは少し羨ましくもあった。
「どうして?」
私は素直に聞き返す。
「身に着けてる物も出せるならよ! 八百万がカメラ作って潜入捜査〜とか、出せないならモギモギ付けてよお、『モギモギミサイル〜!』とかできんじゃね?」
峰田は身振り手振りを交えながら力説していた。
発想そのものは妙に柔軟で、確かに装備品ごと呼び出せるなら応用の幅は大きく広がるだろうし、モギモギを弾薬代わりにするというのも彼らしい突飛な考え方ではあるのだけれど、その瞬間、掌の魚群が一斉にぴたりと動きを止め、無数の小さな眼が音もなく峰田へ向けられていた。
峰田はその視線に気付くと「ごめん! 今の無し!」と即座に両手を上げて降参していたが、イシャームラ達はまだ判断を保留しているらしく静かに尾を揺らしているだけであり、どうやら彼らの中では「もう一度襲うか否か」の会議が始まっているらしかった。
「ええ、良いかもしれま――」
その言葉が最後まで紡がれる事はなかった、昼休みの喧騒を突き破るように校舎全体を震わせる警報が鳴り響き、甲高いサイレンはまるで平穏という薄い膜を無遠慮に引き裂く刃物のようであり、しかし人間というものは日常が続くと思い込んでいる時ほど突然の異常に弱い生き物なのだから、誰もが一瞬だけ思考を止めてしまうのも仕方ない事でもあるし、私も思わず言葉を飲み込んでしまっていた。
Woooooo!!!
「うわ、なになになに!?」
峰田が椅子を跳ね上げるように立ち上がっている、その丸い瞳は不安で忙しなく揺れ、周囲を見渡しても答えを知る者など誰一人として存在しないのだから当然焦りは募るばかりであり、教室でも演習場でもない学食という場所だからこそ余計に異常さが際立って見えて、人の心というものは理由の分からない警報ほど恐ろしく感じるものなのだろう。
「……警報?」
百は冷静さを保とうとしていた、それでも僅かに眉を寄せながら耳を澄ませる様子には困惑が滲んでいて、知識が豊富だからこそ今鳴っているものが通常の校内放送ではないと理解できてしまうし、理解できるからこそ最悪の可能性も頭を過ってしまうというのは賢い者ほど抱えやすい宿命でもある。
「…………!!?」
私は思わず顔を上げていた、胸の奥ではイシャームラ達が僅かにざわめいているような感覚があり、それは危険を察知したというより海面へ落ちた小石の波紋を感じ取ったような不思議な感覚で、しかしそれが何を意味するのかまでは私自身にもまだ分からなくて、だからただ静かに耳を澄ませていた。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』
無機質な放送が学食へ流れ込む、その声には焦りも感情も存在せず、だからこそ余計に事態の深刻さだけが際立って聞こえてしまうのであり、人間というものは機械が淡々と告げる危険ほど現実味を覚えてしまう生き物なのだから仕方ない事でもある。
「セキュリティ3?」
百は放送の内容を反芻するように小さく呟いていた、その表情は状況を整理しようとする思考の色に満ちていて、慌てて動くよりもまず意味を理解しようとする辺りはいかにも彼女らしく、しかし情報が足りなければ優秀な頭脳ほど空白を埋めようとしてしまうものなのだろう。
「……誰かが校舎内に侵入したってことかしら?」
私の口から自然と言葉が零れていた、雄英高校ほどの施設でセキュリティが突破されるという事実はそれだけで異常事態を意味しているし、侵入者という言葉を使うだけで周囲の空気がさらに重くなるのを感じながらも、それ以外に思い当たる理由など存在しなかった。
「ちょっ、それヤバイんじゃねえか!?」
峰田は顔色を青くしながら椅子を蹴るように飛び出している、その動きには冷静さなど欠片もなく、とにかく逃げなければという本能だけが身体を突き動かしていたのだろうし、実際それは責められるような反応ではない、人間というものは命の危険を感じればまず逃げようとするようにできているのだから。
私は周囲を見渡している、学食中の生徒達は次々と出口へ押し寄せ始めていて、その流れはあっという間に濁流のような人波へ変わっていき、ほんの数秒前まで昼食を楽しんでいた空間が避難経路へ姿を変えてしまう様子は、平和というものが案外脆い均衡の上に成り立っているのだと嫌でも実感させられる光景だった。
雄英高校へ侵入するなど余程の愚か者か、それとも余程の覚悟を持った者しか選ばない行為であるはずだった、下手な市街地よりも遥かに多くのヒーローが集まる場所へ自ら足を踏み入れるなど普通なら自殺行為に等しいし、だからこそ本当に侵入者だとすれば相応の理由か自信があるという事になり、それは決して楽観視できる状況ではない。
「峰田、落ち着いて。」
私は静かに声を掛けていた、しかし彼は既に人波へ飲み込まれかけていて、その背中は小さな身体とは思えないほど必死に前へ進もうとしていたけれど、人混みというものは一度流れ始めれば個人の意思など簡単に押し潰してしまうものだから、当然彼一人の力でどうにかなる状況ではなかった。
案の定、出入口は既に生徒達で埋め尽くされていた、誰もが少しでも早く外へ出ようと肩を押し合い声を張り上げ、恐怖はまるで伝染病のように周囲へ広がっていき、冷静な判断ができる者まで焦り始めてしまうのだから群集心理というものは恐ろしいし、ヒーローを志す者であってもまだ彼らは十五、六歳の子供なのだから仕方ない事でもある。
ヒーロー科だけであれば多少は秩序を保てたのかもしれない、けれど雄英高校には普通科も経営科もサポート科も存在していて、戦闘や災害対応を前提としていない生徒達まで同じ場所へ集まっている以上、この混乱はある意味当然の結果でもあり、誰か一人を責めれば解決するような問題ではなかった。
私は混雑の外側へ視線を向けながら小さく息を吐いている、この状況で無理に人波へ飛び込めば将棋倒しを助長するだけだし、イシャームラ達も静かに様子を窺っているけで動こうとはしなかった、海は押し流す事はできても人を踏み越えるためには存在しないのだから。
皆の推しが出てきていることを祈ります
カチャ報告はよしなさいね