大変お待たせしました……!2週間どころか1ヶ月以上もお待たせしてしまい申し訳ないです。
「……はぁ、またリリスがトップなの?あなた、本当に人間?」
訓練終了後のロッカールーム。同期が汗を拭いながら、スコアボードを見て大袈裟にため息をついた。
航空科の基礎課程を終え、戦闘機パイロットとしての訓練が始まって1ヶ月が経った頃。私の成績は、常に同期の頭一つ上をいっていた。
「ふふ、悔しかったら次の模擬戦で落としてみなさいな」
冗談を言い合いながら着替えていると、天井のスピーカーから放送が響き渡った。
『──通達。リリス少尉。13:00に特設研究室まで出頭せよ。繰り返す──』
放送が流れた瞬間、ロッカールームの空気がピキッと凍りつく。
「特設研究室って……あなた、先生に目を付けられるようなことしたの……?」
「な、何も悪いことしてないはずだけど……?」
同期の訝しむ視線を浴びつつ、腹ごしらえをするべく、私は食堂へ歩き出した。
「ふぅ……ご飯も食べたし、もうすぐ時間だから特設研究室に行ってくるね」
「リリス、粗相のないようにね。骨は拾えたら拾うわ」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、優しい方なのはあなたも知っているでしょ?」
「それはそうだけど……」
心配そうに同期は言う。
「だって、先生からの呼び出しなんて今までに前例がないのよ?リリスは最年少で成績はトップ、もしかしたら実験体にされるかも……」
「怖いこと言わないでちょうだい……でも大丈夫よ、きっと。それじゃ、行ってくるね」
とは言いつつも、私も少し……いや、かなり不安。
特設研究室といえば、テンスイ特務大佐の本拠。私にとって、というより、新兵にとってその名は畏敬の念の対象ね。
陸海空問わず、基礎課程における彼の指導力は凄まじいと言わざるを得ない。先生が指導についてから、新兵の成績はうなぎ登りらしいしね。みんな食い入るように聞き入ってたなぁ、私含めて。
それに加えて、軍人に似つかわしくない柔らかい態度で、みんな"先生"って呼んでる。
先生は多忙だから、講座は数回に1回だったし、基礎課程以外に指導を受け持つことは無い。そもそも滅多にお目にかかれない。正直、その後の課程も先生に教えてもらいたいな。他の教官が悪いわけではないんだけど、先生のが良すぎる。
そんなことを考えながら歩いていたら、もう研究室近く……。少し、緊張する。
「すうぅ…………はぁぁ…………落ち着いて、失礼のないようにしな────」
瞬間、研究室から轟音が鳴り、爆風とともにドアと人影が吹き飛ばされた。
「ゴホッ……一体何が……。いや、それよりも……先生!大丈夫ですか!?」
すると、煙の中から影が見え、声が聞こえた。
「ああ、すまないね。私は無事だよ。君は怪我してないかい?」
「大丈夫です、何ともありません」
煙が晴れ、姿が見える。そして私は思わず息を呑んだ。
毛先のみが煤を塗ったように黒く染まった、鏡のように静かに煌めく銀髪。何より目を引くのは、その双眸。空色の虹彩に赫い瞳孔という、神秘的な瞳。
爆風によって若干煤けてしまっているものの、その端正な顔立ちは健在であり、事故の直後だというのに表情に一切の焦りはない。
「それはなにより。とりあえず…………ぼーっとしているようだけれど、どうかしたかい?」
……はっ、思わず見惚れちゃってた。あまりお目にかかれないから……。
「いえ、何でもありませんよ?」
「そうか、では中に入ろうか」
「はい!」
これはいけない。気を引き締めなくては。私は静かにそう決意した。
「急に呼びつけて悪いね、リリス少尉。君にある提案をしたくてね」
先生はドアを直しながら、話し始めた。……というか、もう直ってる。どういうこと?
「いえ、お気になさらないでください。それで、提案というのは?」
「私が基礎課程を受け持っているのは知っているね?実は、その後の訓練の成績などは目を通しているんだ」
顔の煤を拭いながら、先生はそう言った。
「え、そうだったんですか?」
「君の1ヶ月間の成績を見させて貰ったが……優秀であるのは誰の目にも明らかだろうね」
「光栄です」
まさか褒められるとは思っていなかったので、面を食らってしまった。……まずい。絶対、にやけちゃってる。
「そこで、だ。君さえ良ければ私の個人指導を受けないか?私であれば君を更なる高みへ連れて行ける」
「…………えっ?」
思わず、驚きの声が漏れてしまった。それは、あまりにも甘美な申し出だった。
「無論、通常の訓練より厳しいものになる。無理にとは言わないよ」
「いえ……あの、嬉しいのですが、先生はよろしいんですか?私なんかに時間を使って」
「問題ないよ。君の意思次第だ」
……思ってもみなかった展開ね。まさか、あの先生から直々にこんな打診があるなんて。人とあまり関わらない人かと思ってた。
───いや、それよりも、この機会を逃しちゃダメよね。
「やらせてください。どんな厳しい訓練でも乗り越えてみせます」
私がそう言うと先生はふっと微笑んだ。
「よく言ったね。それじゃあ今後について説明するよ。まず、────」
先生の説明によると、特例にて私は正規の訓練から外れ、先生が直々に指導する特別訓練を行うらしい。どうやってそんな特例を上層部に通したのかは疑問だけど、先生のことだから考えても意味がないとは思う。
「───ということだ。説明は以上。早速明日から始めるから、8時にここに来てくれ」
「了解しました」
一礼して、私は研究室を後にする。時間を見ると、もうすぐ訓練の時間だった。少し小走りで訓練場へ向かう。
途中、先程の事を思い出す。今でも夢見心地だけど、訓練に集中しなきゃね。
翌日から先生による特別訓練が始まった。どんな訓練にも耐える覚悟はしていたけど、正直言って地獄だった。
訓練内容は大まかに分けて4つ。座学、格闘、射撃、そして戦闘機の操縦だ。本来の訓練と比べてもそう差異はないけど、内容が格段に厳しいものだった。
「いいかい?戦闘における基本はどれだけ相手の急所を突けるか。そして、そこに行き着くまでの戦術が大事になってくる」
そこで、と先生が続ける。
「現行の兵器や人体についての構造についてまとめてきた。まずは、これを全て頭に叩き込むよ」
そう言って先生が渡してきたのは3000ページ以上はあるであろう分厚い本。重い。
「構造を理解すれば、壊すだけでなく直すこともできる。機械も人体もね。全て頭に入ったら戦術の座学に移るよ。さあ、早速5ページを開いて」
5ページを開く。とてもわかりやすくまとめられている。けど、内容は全くわからない。チラッと他のページを見たけど似たような感じだった。これがこの量あると思うと、気が遠くなりそうだった。
「この構造として、パルスの────であるからして、────ファルシとなるため、────ルシということがわかる。つまり、コクーンで────から、────パージするということだよ」
大丈夫だろうか。少し不安になった。
「さあ、次は戦闘機の操縦だ。今日は指定のコースを飛んでもらう。まずは私が見本を見せるから、参考にしてね」
それを聞いて、1つ、疑問が浮かんだ。
「あの、先生って操縦できるんですか?」
「ああ、心配はいらないよ。この世の誰よりも上手くできるから」
先生はそう言うけど、正直信じ難いというか、科学者なのに戦闘機の操縦もできるとなると、流石に怖い。
そんなことを考えていると、既に発進準備が完了していた。
『それじゃあ、しっかりと見ておいて』
そう告げ、先生は空へ飛び立っていく。そして、その瞬間、気づいたことがある。
『いいかい。君は優秀だからある程度感覚でできているが、これに理論を組み────』
先生が何か言っているが、正直耳に入らない。一切無駄のない、空を自由に駆けているような操縦。私どころか、その道ウン十年の教官達でさえ目ではない、そんな操縦だった。
驚きで固まっていると、いつの間にか着陸体勢に入っていた。どうやらぼーっとしすぎてたみたい。
戦闘機から降りた先生がこちらへ向かってくる。思わず、私は駆け寄った。
「……先生、どこであんな操縦技術を身につけたんですか?」
少し悩みながら、先生は答えた。
「そうだね……まあ、偉そうに言ってたけど私も感覚が大きいよ。実際、乗るのは3度目くらいだしね。君と差があるのは、君に比べても私の感覚が優れているのと、理論があるからだよ」
「理論?」
「そう、理論だ。飛行中に説明していただろう?戦闘機の特性、その日の天候、その他色々あるが……それらを身につけようってことだね」
マウント取られたような気もするけど、理論……。それを身につければ、私もあんな風に……。
「さ、それじゃ飛んでみようか。逐一、修正点は無線で伝えるよ」
「はい!」
その後はあまりにも細すぎる理論で殴られたり、感覚すぎる感覚で殴られた。風を感じるってなんなんだろう、機内なのに。
昼休憩を挟み、午後への訓練へと移る。正直もう疲労が溜まっているが、泣き言は言っていられないわね。
それにしても、指定された場所に来たが、見たことのない場所だ。ここでやるのかな?
「先生、ここでやるんですか?」
「そうだよ。従来の訓練場じゃ物足りなくてね」
「勝手に作ったんですか?」
「ああ。勝手に作った」
少しこの人のことがわかってきた気がする。意外に問題児気質なのかもしれない。
「午後は射撃と近接格闘を組み合わせた訓練やっていくよ。君はパイロットだから前線に出ることはまず無いだろうが、備えあれば憂いなし。体力作りにもなるしね」
「はい!」
「いい返事だね。まずは射撃からだよ」
まずは先生がお手本を見せてくれるらしい。正直、もう予想はつく。武器はリボルバーみたい。こだわりかな。
先生がスイッチを押すと数体のダミーが出てきた。止まっているもの、遅く動くもの、早く動くもの、様々な動作をしている。
先生はそれを意に返さず、小気味よいリズムで、正確に的の中心のみを撃ち抜いている。
「さあ、ここからだ。危ないから離れていて」
「……?はい」
疑問を抱きながらとりあえず離れると、先生がスイッチを操作する。
すると突然、数十体のライフルやハンドガンを構えたダミーが現れる。そして、そのダミー達は一斉に先生目掛けて撃ち始めた。
私は思わず先生へ叫ぶ。
「危ない!」
「大丈夫。そこで見てなさい」
先生は私の叫びを意にも介さず、淡々と告げた。
何が大丈夫なんだと、そう言おうとした瞬間だった。
「はっ……?」
目を疑うような光景が目の前に広がっていた。先生が銃弾を全て避けている。銃弾を、全て、避け……て……?
「い、いやいや。いくら先生でもそんな……」
有り得ない、信じられない。そう思ったけど、実際のところ、目の前では舞うように銃弾に掠りもせず避けている先生がいる。しかも、どんな体勢からも的確にダミーの頭部を撃ち抜いている。というかリボルバーだよね?いつリロードしてるんだろ……。
もう驚かないつもりだったんだけどな……。と、思いつつ、しばらくその光景を眺めていた。
1分ほど経っただろうか。一部のダミーの動きに変化が生じてきた。徒手での攻撃を仕掛けてくるようになっていた。
それと同時に、先生もリボルバーを手放し、徒手での戦闘に移った。
銃弾の雨を避ける最中、流れるように打撃をダミーへと叩き込んでいる。打撃を受けたダミーは10m以上は吹っ飛ばされているだろうか。人に向けたのなら、再起不能は免れないでしょうね。
……それにしても、
「あの銃撃の中、掠りもしないなんて……」
数体でも常人なら不可能なこと。それをあの数で、無傷で制しているというのはあまりにも人間離れしすぎている。
反射神経や空間把握能力がズバ抜けているんだろうな。そもそものスペックが常人とは比べものにならない。
その後、息切れすらしていない先生から告げられたのは、今と同じことを数体のところから始めるところだった。
それはもう必死に説得した。私はまだ生きていたい。
しばらくの時が経ち、リリスが最年少エースパイロットと呼ばれるようになった頃。
「うん、大分動けるようになってきたね」
「はっ……はっ……ありがとう、ございます……」
エースパイロットとなった後も訓練は続いている。というより、そんな称号はテンスイにとっては二の次なのだ。
「さて、少し休憩を────」
突然、テンスイの言葉が途切れる。
「……先生?どうかしましたか?」
数秒の沈黙の後、テンスイが口を開く。
「リリス、悪いけど休憩は無しだ。直ぐに戦闘準備をしなさい」
「え、そんないきなり……どうしたんですか?」
「いいから」
「もう……、わかりましたよー」
不承不承ながらも、リリスは戦闘準備のため基地へと戻った。
「ふむ……何とも、嫌な"流れ"だね。しかし、何故突然……。ああ、なるほど。そこなら有り得るね」
空を視ながら、テンスイはそう呟いた。
数分後、彼の端末に緊急連絡番号からの通信が入る。
『テンスイ大佐、緊急事態だ。今どこにいる?至急戻ってきてくれ』
「了解」
────そして世界は唐突に戦火に呑まれ、人類の平穏は終わりを迎える。
いや、本当に申し訳ない……。
理由としましては、体調不良とテストでございます。皆様も体調不良にはお気をつけくださいね。
次回こそは早めに更新!という意思表示だけはしておきます。