「小型機で対応しろ!」
第七部隊母艦。
指令室。
グリブランの怒声が響く。
「母艦に近づけさせるな!」
「ハイ!」
無数の小型戦闘機が着家へ群がる。
前。
左右。
上下。
宇宙空間に逃げ道を作らないよう、包囲陣形を取る。
光線。
食欲砲。
誘導弾。
一斉攻撃。
だが。
着家は止まらなかった。
岩剛が体を傾ける。
着家も傾く。
光線の間を抜ける。
岩剛が半歩引く。
着家が急減速。
誘導弾同士が衝突する。
岩剛が右腕を振る。
家の側面から、巨大な腕が展開された。
拳。
そうとしか見えない。
外壁と装甲で形成された巨大な腕が、小型機を掴む。
握る。
潰す。
投げる。
別の小型機へぶつける。
爆発。
「なんだありゃ……!」
グリブランがスクリーンに食いつく。
「止まりません!!」
「見りゃ分かる!」
着家は攻撃を避けながら、腕で小型機を破壊していく。
一機。
二機。
五機。
十機。
数が意味をなさない。
「おいおいおい……」
グリブランの顔から笑みが消える。
「あんな技術、こっちにねえぞ……!」
家を兵器にする。
それだけではない。
操縦者の肉体動作を、巨大な機体へ直接反映する。
反応速度。
判断。
戦闘経験。
そのすべてを機械へ置き換えるのではなく。
操縦者本人の戦闘感覚を、そのまま宇宙戦へ持ち込んでいる。
「右から三十機!」
「岩剛総司令!」
着家内部へ通信が入る。
「見えておる」
岩剛は右足を引いた。
着家が回転する。
光線が屋根を掠める。
そのまま巨大な腕を横に振る。
五機がまとめて砕けた。
さらに加速。
小型機の群れを破壊しながら、かいくぐる。
母艦から主砲が放たれる。
太い光。
着家を丸ごと飲み込めるほどの砲撃。
だが。
「甘いぞ」
岩剛が一歩踏み込む。
着家は、主砲が放たれるよりわずかに早く動いた。
発射口。
エネルギーの収束。
砲身の角度。
すべてを見ていた。
砲撃が放たれた時には、そこに着家はいない。
「外した!?」
「次弾急ゲ!」
「間に合いません!」
着家が母艦へ迫る。
岩剛は目を閉じた。
そして。
「悪魔共食――」
岩剛の体から、黒い食欲が溢れ出す。
「黒き饗宴」
ブラック・バンケット。
空気が変わる。
いや。
宇宙空間に空気などない。
それでも、着家の周囲が暗く沈んだ。
岩剛の食欲。
記憶。
味。
黒き饗宴へ差し出された食の記録。
その効果が。
着家にも流れ込む。
壁。
柱。
床。
屋根。
巨大な腕。
家そのものが、黒い食欲を纏った。
「なんだ……?」
グリブランが呟く。
着家の右腕が光り輝き始める。
黒い。
だが、光っている。
矛盾した輝き。
黒い食欲が圧縮され、巨大な右腕へ集まっていく。
岩剛は拳を握った。
「黒き終食――」
くろきしゅうしょく。
着家が右腕を引く。
そして。
「穿て」
岩剛が拳を突き出した。
着家の右拳も突き出される。
母艦の防御フィールド。
多重装甲。
食欲障壁。
すべてを。
黒い拳が貫いた。
「……は?」
グリブランは、目の前の光景を理解できなかった。
母艦の正面。
巨大な穴。
着家の右腕が。
指令室より遥か下。
母艦の中枢まで届いている。
「待――」
次の瞬間。
黒い食欲が内部で爆発した。
第七部隊母艦。
轟沈。
巨大な母艦が、内側から崩れていく。
動力部。
食欲炉。
推進器。
次々と誘爆する。
グリブランの母艦は、赤い宇宙の中で巨大な炎に包まれた。
・・・
着家内部。
「……ふぅ」
岩剛は大きく息を吐いた。
額から汗が流れる。
少しだけ足元が揺れた。
「さすがに、エネルギーを使いすぎた」
着家の右腕も黒く焼けている。
食欲伝導路の一部が点滅。
内部温度上昇。
動力出力低下。
黒き饗宴の負荷。
岩剛自身の消耗。
これ以上は危険だ。
「着家、一度帰還する!」
「了解!」
着家はすぐに進路を変えた。
来た時と同じ速度ではない。
それでも十分に速い。
残った小型機の攻撃を避けながら、IGO宇宙戦艦団へ戻っていく。
・・・
・・
・
第六部隊母艦。
指令室。
第六部隊隊長。
グリロックは、消えていく第七部隊母艦の反応を見ていた。
「グリブランの母艦が落ちた」
指令室のグリーントロルたちが黙る。
「気持ちを切り替えろ」
グリロックは静かに言った。
「認めよう。相手は強い」
「家型兵器、相手の母艦に戻っていきマス」
「あれに注意だ」
グリロックはスクリーンを見る。
「一機とは限らん」
「複数存在する可能性が……」
「ああ」
着家。
たった一機で。
小型機の群れを突破。
母艦砲撃を回避。
そして母艦一機を沈めた。
あれが量産機なら。
戦力評価そのものを変えなければならない。
「敵文明の再評価を行え」
「ハイ」
「カルダシェフスケールだけで見るな」
グリロックは低く言った。
「奴らは、何か別の方向へ技術を伸ばしている」
宇宙を渡る技術。
星のエネルギーを使う技術。
その尺度だけでは測れない。
食材。
食欲。
美食物質。
生物。
兵器。
地球人類は、それらを異常な形で融合させている。
「……面倒な星だ」
グリロックは呟いた。
・・・
・・
・
IGO宇宙戦艦団。
本艦。
着家が格納区画へ戻る。
巨大な家が所定位置へ接続される。
岩剛が内部から出てきた。
「岩剛総司令!!」
乗員たちが駆け寄る。
「さすがに少し疲れた」
岩剛は笑う。
だが、顔色は少し悪い。
「着家の回復はどれだけかかる?」
「急いでいますが……丸一日はかかると思います」
「そうか」
岩剛は着家を見る。
右腕部。
食欲伝導路。
美食物質装甲。
かなりの損傷。
黒き終食の負荷が大きすぎた。
「だが、相手は相当脅威に感じたはずだ」
「はい」
「使えないと悟らせるな」
「……!」
「着家の動力反応は維持しろ。発進準備状態を偽装。通信にも通常稼働と流せ」
「分かりました!」
岩剛は葉巻を口に戻した。
一機撃破。
敵は警戒する。
着家を恐れる。
なら、その恐怖も戦力になる。
「さぁ、このまま強気に行くぞ!!」
「はっ!」
IGO宇宙戦艦団は、そのまま突き進んでいく。
残る第六部隊母艦へ。
「無人戦闘機を展開しろ!」
「了解!」
本艦と僚艦の格納庫が開く。
高速無人戦闘機が次々と飛び出していく。
母艦前方へ。
防御線を作るように。
数十。
数百。
高速小型機が展開されていく。
敵母艦へ迫る。
だが。
「……!」
一機。
突然、砕けた。
爆発。
「何が起きた!?」
さらに一機。
真っ二つ。
次。
次。
次。
近づいた小型機が、バンバン破壊されていく。
光線は見えない。
砲撃もない。
誘導弾もない。
ただ。
壊れる。
「回避しろ!」
「攻撃方向が分かりません!」
「センサー反応なし!」
「また一機!」
小型機が次々と落ちていく。
岩剛は艦橋へ戻っていた。
スクリーンを睨む。
「あれは……」
目を細める。
「見えた者はいるか?」
一瞬。
艦橋が静かになった。
「……見えました」
古参の一人が答える。
「私も」
「こちらも、一瞬だけ」
攻撃が見えた者。
数人。
ほとんどが長年、宇宙戦艦団で戦ってきた古参だった。
若い乗員たちは何も見えていない。
「小型戦闘機に乗り込む者で、今見えなかったものはアナザを食べるんだ」
「アナザを……?」
「あれは、味覚を開花している状態でなければ見えん」
艦橋がざわめく。
アナザ。
裏の世界。
味のないものにすら味を感じるための食材。
それを食べた者だけが。
食欲そのものの流れを見る。
「しかし」
副官が言う。
「大半の者は、一時的にしか見えません」
「承知の上だ」
「一時的な開花では、実戦中に維持できる保証が……」
「一瞬でいい」
岩剛は言った。
「見えなければ避けられん」
「……」
「一度でも見れば、体が覚える者もいる」
岩剛はスクリーンを見る。
また小型機が砕ける。
今度は。
見えた。
巨大な何か。
食欲。
形を持った食欲エネルギーが、宇宙空間を走っている。
腕。
牙。
刃。
形は一定ではない。
だが確かに存在する。
「岩剛総司令……」
副官の顔色が変わる。
「あの攻撃は……」
「ああ」
岩剛は低く答えた。
「具現化した食欲のエネルギーそのものを、相手にぶつける最強の奥義だ」
「そんな……!」
若い乗員が声を上げる。
「人類ではロストテクノロジーと言われている……!」
食欲の具現化。
グルメ細胞の悪魔。
食欲エネルギー。
その根源に近い技術。
現代人類は、番重やスモックのように、個人の特性として食欲を具現化する者はいる。
だが。
純粋な食欲そのものを。
大量に。
兵器として放つ。
その技術は失われている。
「だが」
岩剛は目を細めた。
「あれだけのエネルギー……」
攻撃のたび。
敵母艦内部の反応が、一つずつ消えている。
小さな食欲反応。
兵士。
下位戦士。
それらが消える。
そして次の攻撃が放たれる。
「命が削られているな」
「命……?」
「おそらく、兵の食欲を使っている」
岩剛は推測する。
下位戦士。
大量にいる兵。
その食欲エネルギーを根こそぎ奪う。
食らいつくす。
そして攻撃へ転用する。
一発。
一人。
あるいは数人。
使い捨てに近い。
「自分たちの兵を……」
「敵にとって、下位戦士は弾薬と同じなのかもしれん」
岩剛の声が低くなる。
気に入らない。
だが。
戦場で感情を優先するつもりはない。
「敵の攻撃は見えた」
岩剛は葉巻を噛む。
「仕組みもおおよそ分かった」
着家は一日使えない。
敵は最強奥義を使い始めた。
こちらの小型機は削られている。
一回戦。
着家の奇襲は成功した。
だが、敵もこちらを認めた。
ここからが本当の戦い。
「ここから二回戦だ」
岩剛は正面を見る。
「気を引き締めろ!」
「はっ!!」
赤い宇宙。
一機の母艦を失ったグリーントロル。
切り札を一時失った人類。
互いに相手の力を知った。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
次の話は明日のお昼頃、更新予定