Aサイト跡地。
爆心地。
かつて最深部と呼ばれていた場所には、もう部屋らしい形は残っていなかった。
壁も床も天井も吹き飛び、繭や食卓があった痕跡すらほとんど見つからない。
辺りには瓦礫や焼けた金属、炭化した食材が散らばっている。
超新星爆弾。
グリドが最後に使った兵器は、Aサイトの中心を丸ごと抉り取っていた。
その瓦礫の奥で。
何かが動いた。
「……グリド……」
かすれた声が響く。
「許さぬ……」
そこには、黒焦げの上半身だけになったマザーグリードの姿があった。
あの美しい姿はもうない。
蝶のような羽は消え、長い髪も焼け落ちている。
腕は片方しか残っておらず、下半身は完全に失われていた。
黒く焼けた肉体は、今も少しずつ崩れている。
それでも。
マザーグリードは生きていた。
「このままでは……消える……」
体から黒い粉が落ちる。
「原形を……保てぬ……」
グルメ細胞の悪魔。
肉体を破壊された程度で完全に死ぬ存在ではない。
だが、今のマザーグリードには食欲もエネルギーも足りていなかった。
回復食もない。
長い時間をかけて作った器も消えた。
このままでは、存在そのものを維持できない。
「仮の器がいる……」
マザーグリードは瓦礫の中で呟く。
「何でも良い……誰か……」
その時だった。
ガラガラと音を立て、近くの瓦礫が持ち上がる。
「こっちだ!」
「反応はこの下から出てる!」
二つの声。
瓦礫をどかしながら、二体のグリーントロルが姿を現した。
「いたぞ!」
一体が叫ぶ。
「マザーグリード様だ!」
「本当だ!」
もう一体も目を見開いた。
「グリガードより先に発見できたな! グリット!」
「ああ! グリッサ!」
グリットと呼ばれたグリーントロルが笑う。
「俺たち第三、第四部隊同盟、初の大金星だ!」
「これで評価も一気に上がるぞ!」
二体は喜んでいた。
グリガードより先に主を発見した。
それだけで十分な手柄になる。
だが、グリッサは瓦礫の奥を見て少し顔をしかめた。
「でも……これ、生きてるか……?」
「……」
二体は黙った。
上半身だけ。
黒焦げ。
食欲反応もほとんど感じない。
以前のマザーグリードを知る者なら、とても同じ存在とは思えない姿だった。
「どちらにしても持ち帰るしかない」
グリットが言った。
「母艦へ運ぶぞ」
「ああ」
グリットは瓦礫を越え、マザーグリードの上半身を抱えた。
「マザーグリード様! ご安心くだ――」
その瞬間。
マザーグリードの口が大きく開いた。
「……え?」
人間の口ではあり得ないほど広がる。
頭部だけではない。
上半身そのものが巨大な口へ変わっていく。
「な! マザーグリード様!?」
次の瞬間。
グリットは丸呑みにされた。
「グリット!?」
グリッサが叫ぶ。
さっきまで隣にいた仲間が、一瞬で消えた。
骨も肉も。
食欲もグルメ細胞も。
全てがマザーグリードの中へ飲み込まれている。
「ひっ……!」
グリッサは後ずさる。
そして、本能のまま背を向けて走り出した。
だが、逃げられない。
黒い腕が異常な長さまで伸び、グリッサの首を掴んだ。
「ぐっ……!」
「逃げるのですか?」
先ほどより、少しだけはっきりした声。
「マ、マザーグリード様……!」
「第三部隊」
マザーグリードは静かに言う。
「第四部隊」
「……」
「兵士全員を、お前の第三母艦へ集めなさい」
グリッサの顔が引きつる。
「ぜ、全員……?」
「聞こえませんでしたか?」
首を締める力が強くなった。
「は……はい!」
グリッサは必死に頷く。
「すぐに! すぐに集めます!」
腕が離れ、グリッサは床へ落ちた。
激しく咳き込みながら立ち上がり、そのまま走り出す。
「全員集合!」
「第三母艦へ!」
「マザーグリード様を発見した!」
「急げ!」
その声が遠ざかっていく。
瓦礫の中にはマザーグリードだけが残された。
いや。
グリットを食べたことで、その体は既に変わり始めていた。
失われていた下半身が作られ、焼けた肉体も少しずつ再構成されていく。
皮膚。
骨格。
筋肉。
だが、元の美しい姿には戻らなかった。
緑色の皮膚に大きな体。
グリーントロルに近い姿。
腕の長さは左右で違い、顔も少し歪んでいる。
とても完成された肉体とは言えない。
仮の器。
「……醜い姿ですね」
マザーグリードは、自分の手を見つめた。
「しばらくの我慢です」
そして、第三母艦の方向を見る。
そこには今、第三、第四部隊の兵士たちが集まり始めている。
大量の肉。
大量のグルメ細胞。
そして、大量の食欲。
マザーグリードは静かに笑った。
・・・
・・
・
・
Aサイト付近。
豪迅部隊。
大型母艦が、ゆっくりと残骸地帯へ入っていく。
「慎重に進め」
豪迅隊長が言った。
「反応がなさすぎる」
「はい」
Aサイトがほぼ全壊していることは、事前情報で分かっていた。
問題は、グリーントロル側の大型母艦が二機、そのまま残されていたことだ。
大きな損傷は見える。
だが、原形は残っている。
本来なら大量の兵士がいるはずだった。
「食欲反応なし」
「生命反応も?」
「ありません」
「……気味が悪いな」
攻撃される気配はない。
罠らしい反応もない。
しかし、生き物の気配が本当に何もなかった。
「調査班を出せ」
「はい!」
宇宙戦艦団の兵士たちが、慎重に母艦内部へ入っていく。
複数班に分かれ、通路や機関部、食糧庫、指令室を確認する。
しばらくして通信が入った。
「豪迅隊長」
「何だ?」
「こちらへ来てください」
「何かあったか?」
「……見た方が早いと思います」
声が硬い。
豪迅はすぐにその場所へ向かった。
・・・
グリーントロル母艦内部。
大広間。
「……うげ」
豪迅は顔をしかめた。
「なんだよ、これ……」
広い部屋は、壁から床、天井まで赤黒く汚れていた。
床一面には緑色の肉片や骨、皮のようなものが散らばっている。
歯。
爪。
砕けた武器。
まるで巨大な何かが、ここで大量の生き物を食い散らかしたような光景だった。
「食材庫か?」
「いえ」
調査員が首を横に振る。
「検査の結果……グリーントロルの残骸でした」
「残骸……?」
「はい」
「これ全部か?」
「……はい」
豪迅は改めて大広間を見る。
一体や二体ではない。
何十。
何百。
それ以上。
「共食いか?」
「分かりません」
「敵襲?」
「外部からの侵入痕跡はありません」
「……」
豪迅の表情が険しくなる。
Aサイトの爆発。
完全に消えた食欲反応。
食い散らかされたグリーントロル。
何かがおかしい。
「隊長!」
別の兵士が走ってくる。
「もう一つの母艦についてです」
「どうした?」
「非常にきれいな状態です」
「きれい?」
「はい。内部損傷も少なく、動力部も生きています」
豪迅の目が動いた。
「動くのか?」
「おそらく」
「……」
「また、センサーも生きていまして……」
「何」
「記録を確認しました」
端末に宇宙図が表示される。
そこには二つの巨大な反応。
大きく航路を変え、地球へ向かっている。
「大型母艦二機が、地球に向かっています……!!」
「ち……!」
豪迅が舌打ちした。
岩剛たちが現在相手をしている母艦が三機。
Aサイトの爆発に巻き込まれた母艦が三機。
そして、この場に残された二機。
「だが、それで全部のはずだ」
「はい」
「岩剛総司令官たちが三機」
豪迅は指を折る。
「爆発に巻き込まれ、破壊された三機」
六機。
「そして、この場に二機」
八機。
最低でも十機。
残る二機。
「その二機が最後の母艦だ」
Aサイトの異常。
食い散らかされた同族。
そして地球へ進路を変えた最後の二機。
豪迅はすぐに振り返った。
「まずは岩剛総司令官に状況説明!」
「はい!」
「それから地上にも送れ」
豪迅の顔が険しくなる。
「メリスタ所長にもだ」
「分かりました!」
通信兵たちが一斉に動き始める。
Aサイトは壊滅。
グリーントロルの兵士は何者かに食い散らかされていた。
そして、最後の二機が地球へ向かっている。
戦場は宇宙だけでは終わらない。
確実に。
地球へ近づいていた。