惑星グルディア――ウッドカーペット。
そこは、巨大な大木がどこまでも密集する森林地帯だった。
ただし、この場所では地面を歩く者はいない。
そもそも地面がどこにあるのかすら、上空からでは見えなかった。
何百メートル。あるいは何千メートル。
空へ向かって伸びる大木同士が枝を絡ませ、その上を覆う葉が、隙間なく大地のように広がっている。
この森に生えるハードリーフウッドの葉は、異常なほど密度が高い。
一枚一枚が分厚く硬く、巨大な猛獣が何百匹乗っても簡単には沈まない。
そのためウッドカーペットでは、この葉の上を歩くのが基本だ。
葉の下へ落ちれば、二度と戻れない。
底がないわけではないらしい。
ただ、これまで落下して帰ってきた者が一人もいないため、そう言われている。
「うわぁ……相変わらず下が見えないな」
「キュゥ……」
俺の隣で、はむまるが恐る恐る窓の下を覗き込んでいる。
俺とブラウス、はむまるは、グリーントロルたちが任務用に用意してくれたグルメシップに乗り、ウッドカーペットの上空を飛んでいた。
機体の下には、緑色の葉が地平線の彼方まで続いている。
これがすべて木の上だというのだから、とんでもない。
「アマジンさん、あちらです」
操縦席に座るグリーントロルが、前方を指差した。
「ん?」
俺は窓へ顔を近づける。
進行方向。
緑色の葉の上で、何かが激しくぶつかり合っていた。
金属同士が削れ合うような音。
爆発する炎。
空中に火花が飛び散り、硬い葉が何度も大きく揺れている。
「あれか」
そこでは二種類の猛獣が争っていた。
一方は、全長二メートルほどの四足獣。
細長い身体の先に、鋭い螺旋状の嘴を持っている。
ドリルスナッチャー。
嘴だけではない。
頭部や肩、尾の先からも、長いドリルが突き出している。
回転しながら相手へ飛びかかり、硬い外皮や岩盤すら抉り取る猛獣だ。
それと争っているのは、同じく全長二メートルほどの鳥型猛獣。
火花溶鳥。
羽ばたくたびに、赤熱した羽根から火の粉が舞っている。
身体の内側には溶岩に近い体液が流れているらしく、その周囲の空気は激しく歪んでいた。
ドリルスナッチャーの群れと、火花溶鳥の群れ。
両者がウッドカーペットの上で入り乱れている。
「うまそうなやつらだな!」
「そんな悠長なことを言っている場合じゃないですよ」
隣に立つブラウスが呆れたように言った。
「カーペットになっているハードリーフウッドには火への耐性があります。ですが、溶岩以上の熱を持つ火花溶鳥があれだけの数で暴れ続ければ、さすがに燃え始めるかもしれません」
すでに戦場の周囲では、葉の一部が黒く変色している。
表面が硬く焦げ付いているだけだが、このまま戦いが続けばどうなるか分からない。
「しかし、なぜ火花溶鳥がこんな場所に……。本来なら火山地帯に生息している猛獣のはずです」
「見ろ、ブラウス。あっちだ」
俺は戦場のさらに向こうを指差した。
遥か彼方。
緑の大森林の中から、赤黒い山が突き出している。
山肌の亀裂から溶岩が流れ、噴煙が空を覆っていた。
「赤銅溶岩山だ。あれが火花溶鳥の住処だろうな」
「なるほど。ですが、どうしてドリルスナッチャーと?」
「時期的に、ドリルスナッチャーのドリルが生え変わる頃だ」
俺たちが見ている間にも、一匹のドリルスナッチャーの頭から、古くなったドリルが外れた。
高速回転しながら飛んでいき、近くを飛んでいた火花溶鳥の翼を掠める。
怒った火花溶鳥が炎を吐き、ドリルスナッチャーが反撃した。
「飛んでいったドリルが火花溶鳥に刺さって、そのまま喧嘩になったってところだろうな」
「ずいぶん迷惑な生え変わりですね」
「そして何より、この時期のドリルスナッチャーのドリルは少し柔らかくなっていて、一番うまいんだ」
「結局そこですよね……」
ブラウスが小さく息を吐いた。
「柔らかいといっても、普通の包丁では傷一つつかないと思いますけど」
「だからブラウスがいるんだろ?」
「捕獲任務の最中に食べることまで考えないでください」
「任務が終わってからならいいってことだな!」
「そうは言っていません」
ブラウスはそう言いながらも、完全に否定はしなかった。
たぶん本人も味が気になっている。
「よし、降りるぞ、ブラウス」
「はい」
「はむまるは俺の懐に入っておくんだ」
「キュッ!」
はむまるが素早く服の中へ潜り込む。
頭だけを襟元から出し、戦場を見つめていた。
グルメシップの後部扉が開く。
強い風が機内へ吹き込んだ。
眼下では、ドリルスナッチャーと火花溶鳥の群れが、今も激しくぶつかり合っている。
「操縦士さん、少し離れていてくれ!」
「承知しました!」
俺とブラウスは目を合わせる。
「行くぞ!」
「ええ!」
同時に床を蹴った。
グルメシップから飛び出し、緑の大地へ向かって落下する。
降下する俺たちに気づいた火花溶鳥が、甲高い鳴き声を上げた。
ドリルスナッチャーも回転を止め、頭部のドリルをこちらへ向ける。
俺たちが降りる場所は、二つの群れが激突している中心部。
真下から炎が吹き上がる。
無数のドリルが高速回転を始めた。
俺は空中で大きく息を吸う。
そして、体内に刻まれた記憶を引き出した。
「借威幻獣――」
俺の身体から、目には見えない気配が膨れ上がる。
「フェイク・プレデター!」
瞬間。
巨大で凶暴な猛獣の気配が、俺を中心に一気に広がった。
ウッドカーペット全体が沈み込んだように錯覚するほどの、強烈な威圧感。
目の前の生物を噛み砕き。
肉を引き裂き。
骨まで食らい尽くす。
そんな圧倒的捕食者の気配。
借威幻獣――フェイク・プレデター。
過去に食べ、その肉体と味をしっかり記憶した猛獣の気配を、自分の気配として纏う技だ。
技そのものに攻撃力はない。
だが、相手を怯えさせたり、戦意を奪ったりするには便利だった。
逆に弱い猛獣の気配を纏えば、それを餌とする捕食者をおびき寄せることもできる。
この技は、俺が自分で生み出したものではない。
俺の師匠。
グリーントロルのグリドを食べた時、その肉とともに俺の身体へ刻まれた技だ。
「ギギッ……!」
「グァ……!」
ドリルスナッチャーと火花溶鳥が一斉に動きを止めた。
回転していたドリルが止まり。
燃え盛っていた翼の炎が小さくなる。
猛獣たちは、空中から落ちてくる俺を見上げたまま身体を縮こまらせている。
俺とブラウスが、群れの中心へ着地する。
硬い葉が大きく揺れた。
「行くぞ、ブラウス!」
「はい!」
俺は両手を広げ、周囲の猛獣すべてへ意識を向けた。
「星芯番重――」
力を地面へ流し込む。
ハードリーフウッドの葉の上に、巨大な影が広がった。
「配膳!」
無数の番重が、緑の葉を覆うように出現した。
一枚。
十枚。
百枚。
大小さまざまな番重が、ドリルスナッチャーと火花溶鳥の真下へ滑り込む。
「ギッ!?」
「グァアッ!」
猛獣たちの身体が、一匹残らず番重の上へ乗せられていく。
逃げようとする火花溶鳥の足元にも番重が浮かび、空中から強引に引き下ろす。
ドリルスナッチャーがドリルを回転させて脱出しようとするが、番重はびくともしない。
星芯番重の重量が、すべての猛獣を押さえ込んでいた。
手足は動かせる。
だが、身体を持ち上げることができない。
「よし、全員乗せたぞ!」
「はい!」
ブラウスが背中へ手を回した。
そこには三つの調理器具が収められている。
響金包丁ハルシア。
そして、黒いフライパンと、長い柄を持つおたま。
ブラウスは包丁には触れず、フライパンとおたまを取り出した。
左手にフライパン。
右手におたま。
調理場へ立つ料理人のような構え。
「仕上げます!」
ブラウスは、おたまでフライパンの底を軽く叩いた。
コン。
澄んだ音が響く。
もう一度。
コン。
二つの調理器具が奏でた音が、ウッドカーペットの上を駆け抜ける。
番重がその音に共鳴した。
「山神調理――」
ブラウスがおたまを振り下ろす。
「雷火!」
バチィッ!
すべての番重から、一斉に雷が噴き上がった。
青白い電流が猛獣たちの身体を包み込む。
「ギギギギッ!」
「グァアアアッ!」
ドリルスナッチャーのドリルを雷が走り。
火花溶鳥の炎と電撃がぶつかり合う。
激しい火花が飛び散った。
だが、それも一瞬。
雷が消えると、すべての猛獣が番重の上で動かなくなっていた。
身体の表面が、ほんの少し焦げている。
殺してはいない。
全員、綺麗に気絶していた。
「ナイス、ブラウス!」
「アマジンの番重があってこそですよ!」
俺は番重を解除する。
猛獣たちの身体が、硬い葉の上へゆっくりと降ろされた。
これで、しばらく目を覚まさないだろう。
周囲を見る。
焦げた葉はいくつかあるものの、炎は残っていない。
ウッドカーペットへの被害も最小限だ。
「さて、任務完了!」
上空で待機していたグルメシップが降下してくる。
葉に触れない高さで停止すると、後部扉が開いた。
「お疲れさまです、アマジンさん、ブラウスさん!」
操縦士が安堵した表情で声を上げる。
「これで我々も安心です!」
「この猛獣たちはどうする?」
「双方の群れを別々の地域へ移送します。目を覚ます頃には、互いの姿は見えないでしょう」
「それがいいな」
一度離してしまえば、また喧嘩を始めることもないだろう。
俺は気絶しているドリルスナッチャーへ目を向ける。
生え変わり直前のドリル。
少し柔らかく、最も味が濃くなる時期。
「……一本くらい」
「駄目ですよ」
ブラウスが即座に言った。
「まだ何も言ってないだろ」
「顔を見れば分かります」
「依頼主に聞くだけだって」
「聞くんですか?」
「食材を無駄にする方がよくないだろ?」
「生え変わった後に抜け落ちたものなら、調理してもよいと思いますが」
「よし、予約しておこう」
「本気ですか……」
ブラウスは呆れながら、フライパンとおたまを背中へ戻した。
「よし。さっそくメリスタ会長のところへ報告に行くか」
「そうですね!」
「キュッ!」
俺の懐から、はむまるが元気よく返事をする。
「お前、ずっと隠れてただけだろ」
「キュ?」
「また首を傾げて誤魔化してるな」
俺たちはグルメシップへ乗り込んだ。
機体がゆっくりと上昇する。
眼下には、どこまでも続く緑色の葉。
その上で、捕獲された二つの群れをグリーントロルたちが手際よく運び始めている。
こうして惑星グルディアでの最初の任務は、無事に終了した。
そして俺たちは、メリスタ会長への報告のため、地球へと帰還した。