「誰が座敷わらしか、俺はただの人間だよ!」全員「んなわけあるかッ!!」 作:ティファールは邪道
「ただいま……っと、なんだか随分と物々しい空気だな?何かあったか?」
夜も更けた頃、玄関のドアが開き、くたびれたスーツ姿の父親が帰宅した
リビングへ入ってきた父親は、テーブルを挟んで座っている勝と母親、そして見慣れない私服の青年――迅の姿を見て、怪訝そうに眉をひそめた
母親から手短に「ボーダーの人が勝のことで話がある」と伝えられ、父親も上着を脱いで席に着く
そこへ、迅が懐からタブレット端末(どうやっていれてたの?……っという顔をした勝がいたのはご愛敬である……)を取り出し、楽しげに切り出した
「お父さん、今日はお忙しいところすみません。お疲れのところ恐縮なんですが、まずはこれを見ていただけますか? 本部から特別に許可を貰って持ってきた、この間の土曜日の『勝くんの様子』です」
ー実際は許可なんて貰ってないけどね……
迅がそういいながら見せようとするのは、先日の勝の戦闘の様子だった
「勝の……様子?」
父親と、まだ見せられていない母親が身を乗り出し、迅が差し出した端末の画面を覗き込む。
そこに映し出されていたのは、三輪の視界共有データを迅が許可を得る前にコピー(無断で、とも言う)して持ち出した、あの日の警戒区域の映像だった……
画面の中の勝は、高さ十数メートルはある廃ビルの屋上から真っ逆さまに飛び降り、着地と同時に、象のように巨大な怪物(バムスター)の足を掴んで、あろうことか、もう一体の怪物に向けて力任せにぶん投げていた
さらに、道路標識を引き抜くや、二体同時に串刺しにしている……
「「…………何かの撮影(映画)ですか?」」
夫婦二人の声が見事にハモった
現実離れしすぎた我が子の怪力と大立ち回りに、両親の脳の処理が追いつかない……
「いえ、100%ノンフィクション、正真正銘の勝くんです。彼はトリガー……僕達ボーダーが使う、ネイバーと戦うための武器を使わずに、生身の『念』という力だけでこれをやってのけました。僕らボーダーも、彼を『三門市の座敷わらし』と呼んで、ずっと探していたんです」
迅がそう言うと、勝は気まずそうに視線を逸らした
母親はまだ画面の中の道路標識を見つめて硬直している
静まり返るリビング
怒鳴り出すか、あるいは警察に通報されるか――勝が最悪の展開を覚悟して身を硬くしたその時、父親が深いため息をつきながら口を開いた
「……まぁ、河原で何か怪しげな練習をしてるのは知ってたが……まさか、あんな化け物を投げ飛ばすようなことになってたとはなぁ……」
「「へ? 知ってたの!?」」
今度は勝と母親の声が綺麗にハモった
驚愕の表情を浮かべる二人を完全に無視して、父親は腕を組み、鋭い眼差しで迅を真っ直ぐに見据えた
「迅さん、と言ったか。あんた、さっき『特別に許可を貰ってきた』と言ったな」
「ええ、言いましたよ」
迅はいつも通り飄々と微笑む。だが、父親の目は騙されなかった
「ボーダーという組織が、そんな国家機密レベルの映像を、一般家庭へのスカウト活動のためだけにやすやすと持ち出しを許可するとは思えん。……まぁ、あんなものと戦うための技術を国と独立して所持してるからなんとも言えないが、あんた……本当は上に黙って勝手に持ってきたんじゃないのか?」
父親の鋭い視線と指摘に、勝の背中に何故か冷や汗が流れてしまう……
だが、迅は焦るどころか、フッと嬉しそうに口角を上げた
「……さすが、お父さんは伊達に歳を重ねてないや。お察しの通り、これは俺の独断です。本部の頭の固い上層部に見つかったら、始末書じゃ済まないレベルの最高機密ですよ」
「そんな危険を冒してまで、なぜ我が家へ来た?」
父親の低い声が、リビングの空気を支配する。息子の『念』という異常な力、そしてそれを追う防衛機関……
それも国のお膝元でなく、一般企業とも言えるような立場の組織である……
親として、幾ら人外ともいえる力を持つといえどもたった一人の息子をどこの馬骨とも知れない組織に渡すわけにはいかない
父親は値踏みするように、迅に次の問いを突きつけた
「我が子ながら、勝のあの力は異常だ。だが、あんたの言う『本部』とやらに勝を連れて行って、本当に勝の安全は保障できるのか……?
組織の都合で都合よく最前線に立たされ、挙句の果てに実験動物のように利用されるだけなんじゃないのか?」
「あなた……」
母親が不安そうに父親の袖を引くが、父親は視線を迅から逸らさない
さらに言葉を重ねる
「私は仕事柄いろんな人を見て来た...
だから貴方個人が良い人であることは直感的にわかる……
しかし、組織というものはそうじゃない。
貴方の預かり知らぬところで、息子を都合の良い兵器のように戦わせるつもりなら、親としてこの話は断りたい……。
迅さん、あんたは勝個人にどうしてほしいんだ? 本音を聞かせてくれ」
父親の厳格な、しかし息子への深い愛情が詰まった問い詰め
勝はゴクリと固唾を呑んで、隣の迅を見た。いつもの飄々とした態度で煙に巻くのか――?
だが、迅は違った。
彼はゆっくりと居住まいを正すと、机に深く手をつき、両親の目を真っ直ぐに見据えた。
「……お父さん、お母さん。仰る通りです。本部という組織は、勝くんの力を利用しようとするでしょう。だからこそ、俺は上に黙って、この映像を盗み出してまで先に来たんです」
迅の声から、いつもの軽薄さが完全に消えていた……
「俺の本音を言います……俺は、
勝くんに『自分の未来を選んでほしい』、ただそれだけです。
俺には……少し先の未来が見える能力、副作用(サイドエフェクト)というものがあります。」
「……未来が見える……?」
それを聞いた父は眉をひそめ、母はなに言ってるのこの人……?っという顔になり、勝は「あ、だから攻撃しようとしたのを察知したんだ……」っと納得した
迅は続ける
「その俺の目から見ても、勝くんの未来だけは真っ白で、無限の可能性に枝分かれしている。そんな彼を、本部の冷徹な思想で縛り付けたくない」
迅は一度言葉を切り、勝の顔を見た
「勝くんは『自分の力を試したい』『大切な人を含めて守れると思ったものは絶対に守り抜く』という、とても真っ直ぐな意志を持っています。俺が彼を誘っている『玉狛支部』は、本部とは違って、彼の意思を最優先にする場所です。戦うことを強制もしない。彼が普通の学生として過ごす安全を、俺が責任を持って保障します」
そして、迅はもう一度父親に向き直った
「組織の兵隊にするためじゃない、ましてや、都合のよい道具にしたいわけでもない……勝くんが、勝くんのままで力を極め、いざという時に自分と、守りたいものを守り切れる強さを身につけるために、玉狛の仲間になってほしいんです。それが、俺の本音です」
リビングに、しん、とした静寂が訪れる
父親はしばらく目を瞑り、迅の言葉の重さを噛み締めるように黙り込んでいた
やがてゆっくりと目を開けると、今度は隣に座る我が子――勝へと視線を移した
「勝。……あんたはどうしたいんだ」
ー家族の日常を守るか、それとも己の力を極めるために異界の門を叩くか?
父親の静かな問いに、勝はゆっくりと拳を握りしめ、自らの答えを紡ぎ出そうとしていた
「……行きたい、です。自分の力がどこまで通用するのか確かめたいし、このまま普通の生活をすることも、いずれ不可能になると思う……。それなら、いざって時に、守りたいものを守れるようになりたい」
勝の真っ直ぐな言葉が、リビングの空気に響く……
その瞳には、かつて河原で一人黙々と石を投げていた頃にはなかった、明確な覚悟の光が宿っていた
息子の決意を聞いた父親は、ふう、と深く長い息を吐き出し、組んでいた腕を解いた
「そうか。……なら、決まりだな。
三門市へ引っ越そう」
「「はいっ!?」」
勝と母親の声が、この日三度目のハモりを見せた。
迅もその言葉に目を見開く
「あ、あの、お父さん!? 引っ越しって……勝だけじゃなくて、私達もですか!?」
驚きを隠せない母親に、父親は至って真面目な顔で頷いた
「当たり前だ。勝がこれからそんな危険な場所……死地に向かうかもしれないというのに、親の俺たちがこんな離れた安全な場所でのうのうと暮らせるわけないだろ?……それに、勝はもう中学生であると同時に、"まだ"中学生だ……
高校生ならまだしも、親が近くにいた方がいいし、成人するまでは、何があっても子の味方でいてやるのが親の勤めだろう?」
父親の言葉に、母親は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに優しく、しかし確固たる決意を秘めた笑みを浮かべた
「……そうね。あなたのお父さんの言う通りだわ。勝、行くなら家族全員よ。あなたがどこへ行こうと、帰る家は私たちが守ってあげる」
「父さん、母さん……」
勝の胸の奥に、じわりと温かいものが広がる。自分の持つ異質な力を、恐れることなく丸ごと受け入れ、支えようとしてくれる家族の絆が、何よりも嬉しかった
「いやあ、素晴らしいご両親だ。勝くんは幸せ者だね」
感動的な親子のやり取りを前に、迅がパチパチと拍手を送る。と、その瞬間、父親が鋭い視線を迅へと向けた
「というわけだ、迅さん。……ついては、三門市での家探しや、諸々の移住手続き、ボーダーの特権(コネ)でちゃっかりお願いできるんだろうな?」
「おっと?まさかそう来ます……?」
迅は苦笑いしながら頭を掻いた
「さすが抜け目ないなぁ、お父さん。分かりました、玉狛のボスや本部の伝手を使って、防壁の近くの安全で良い物件をきっちり手配させますよ。任せておいて」
「頼む。……ただ、問題は俺の仕事だな」
父親は少しだけ眉の間に皺を寄せた
「急な引っ越しだし、三門市となると今の職場を辞める可能性があるな…三門市かその近辺新しく職を探さねばならん。こればかりはボーダーさんでもどうにもならんだろうが……」
父親のその呟きを聞いた瞬間、迅の脳裏に、ある一人の男の顔が浮かんだ
ーお父さんの職探しか……。あ、そうだ。外務部長の唐沢さんに相談してみよう。あの人なら、自分の畑(経済界)のコネを使って、三門市の大手企業に一発で転職斡旋してくれそうだ。勝くんっていう超規格外の『人材』をボーダーに引き入れるためなら、あの人、喜んで裏で手を回してくれるだろうしな
「あはは、仕事の件も、もしかしたらこちらでなんとかできるかもしれないんで、期待せずに待っててください……参考までにお仕事は何を?」
「あぁ……外資系に勤めていまして……」
いつのまにか、父の転職活動へと話が進めているがこうして、三門市の都市伝説『座敷わらし』は、家族全員を連れて、ついにボーダーの表舞台へと引っ張り出されることとなった……