〜大喜視点〜
「大喜、30日の日曜空けとけよ」
1月も終わりに近づいたある日、針生先輩から唐突に告げられた。
「30日って午前練ですよね?」
「だな。それが終わって少しした18時から」
「何かあるんですか?」
「ライバルがお呼びらしいぞ」
「ライバル……」
針生先輩は含みのある笑みを浮かべる。そしてライバルと言われて一番に思いつくのが……
「遊佐くん?」
「正解」
そこで遊佐くんが真っ先に出てくるのが大喜だよな、とまた笑われた。
「兵藤さん家の近くに体育館があって、そこで打とうだってさ。俺も久しぶりに兵藤さんと打てるし、お前もリベンジしたいだろ」
夏のIH予選、9月の練習試合、11月の県大会。三連敗中の遊佐くんに、今度こそリベンジしたい。
来月頭の一年生大会に向けて、いい予行演習だ。
「んで、来るか?」
「行きます!」
「そう言うと思った。じゃ、詳しいことはまた連絡するわ」
「よろしくお願いします」
コートに向かう針生先輩を見送って、俺はとある言葉を思い出していた。
──強い人が、一番強いの
──強い人のところにはね、色んな強さが集まるの。強い選手、強くなれる方法を知ってるコーチ、練習環境や機会。全部、強いからこそ集まってくるんだよ
──だから経験が増える。もっといい経験が、たくさんできる
──強い人って、そういう経験をいっぱいしてきた人のことなんだよ
年末、漫画喫茶の二人個室で、雛に言われたこと。
今回、俺が強くなったから誘われた。遊佐くんが一年生大会の前哨戦として、俺と打ち合いたいって思ったからこその機会。
勝ちたい、絶対にこのチャンスを無駄にしないと。そう固く心に決めた。
そうして30日、こじんまりとした市民体育館を訪れる。
「こんちはー」
「こんにちは」
「久しぶりだな、二人とも」
針生先輩のあとに続いて挨拶を投げると、兵藤さんが振り向いた。
奥には遊佐くんがいて、目が合うとこちらへ歩いてくる。
「久しぶり猪股くん」
「久しぶり。遊佐くん、今日はありがとう」
「針生さんも、今日はどうも」
「こちらこそ」
遊佐くんは俺にはいつも通りな感じだけど……針生先輩には県大会決勝で負けたからか、若干ピリピリしてる。
「時間も余裕があるわけじゃないし、旧交を温めるのはそのくらいにして始めるか」
そんな空気を、兵藤さんが割って壊した。
それぞれアップをしてから、行ったのは4人での総当たりリーグ戦。
計6試合も、2コートを使えるならそんなに時間はかからなかった。
俺の対戦成績は、
兵藤さん15ー21、16ー21。
針生先輩19ー21、22ー20、18ー21。
遊佐くん21ー16、19ー21、14ー21。
兵藤さんには、普通に力負けした。壁のような守備を突破できず、逆に強烈なスマッシュで決められる。夏の全国一位の実力を思い知らされた。
針生先輩相手には、いつも通り善戦した。最近はフルセットにもつれることも多いけれど、それでも勝ち切るまでは中々いけない。
そして遊佐くん。
直前に兵藤さんとフルセットの激闘をしていた遊佐くん。休憩を取っているとは言え、第一セットは動きが鈍かった。そこに総攻撃を仕掛け、セットを奪った。
けれど、その勢いは第二セット中盤で失速した。俺も針生先輩とフルセットの試合をした直後、前半は11ー8とリードしていたものの、体力の消耗は隠せず、終盤で逆転された。
第三セットは執拗にコート対角を狙われ、足を動かされ、最終的に大差で負けた。
「「ありがとうございました」」
ネット越しに、遊佐くんと握手を交わす。
「あのさ」
「うん」
「今日、会えてよかった」
「俺も。負けちゃったけど、それでも打ててよかった」
第二セットで勝ち切れなかったことが、最大の敗因。プレーの中にも、反省点はいくつも見つかった。
いつもと違う環境だからこそ、得られた成果だ。
「勝ててよかった。一年生大会では戦えないから、負けたくなかったし」
「え?」
なんて?
「一年生大会、出ないの?」
「うちの主力はその週、海外遠征行くことになったから」
「そうなの!?」
海外遠征。凄いけど、カッコいいけど!
「それ先に言ってよ!」
「言ってなかった?」
「聞いてない!」
さっきも全力でやったし、その上で負けた。聞いていたからと言って、何かが変わるわけではない。
でも、気持ちの持ちようは全然違う。
「……俺も聞いてないぞ」
「自分で言うことだと思って、俺からは何も」
視線を向けられた針生先輩と兵藤さんも、首を横に振った。
「じゃあもう一試合……」
「駄目だぞ」
遊佐くんが口にしかけた提案を、兵藤さんが制する。
「体育館の時間もあるし、何より二人ともヘロヘロだろう」
「元気ですよ」
「アドレナリンが出てるだけだ。片付けしてダウンするぞ」
やる気を見せる遊佐くんに、兵藤さんは取り合わない。
俺たちは片付けを終えて、まとまってダウンをしていた。
「それで針生、例の件の返事は変わらないのか?」
「変わらないですよ」
試合の反省会をしながら進める中で、兵藤さんがこう問い掛けた。
「兵藤さんと同じ大学には行きません。日都大でバドすんのもいいけど、一般大行ってしっかり勉強します」
針生先輩はそれにはっきりと断りを──おそらく変わらない返事を──示した。
「そうか、残念だな……まだ決めるには早いと思うが」
「やりたい事もありますし、そのために学力も必要なんで」
大学に行くということは、当たり前だけど受験が必要で。スポーツ推薦を使わなければ、当然学力で競うことになる。
「俺の学年は、そういう奴多いと思いますよ」
「前に言っていた親友か」
「ええ。そいつもこないだ、ようやく進路を決めたみたいで」
……多分、藤原先輩のことだ。
話から察するに、大学でもバレーボールを続けるのだろう。
「翔を間近に見てたら、俺程度じゃやめたほうがいいなってなります。才能もそうだけど、それ以上に努力の量が違う……夢を見るにはそれに見合う努力が必要で、俺は多分そこまで頑張れない」
針生先輩はそう言いながらも、悲観的な様子はない。むしろ気合に満ちている。
「ただ、こんな俺だからこそ。引退までの間、残り7ヶ月くらいは本気で頑張ってやろうと思ってるので。今年の夏は、遊佐くんにもこいつにも、負けませんよ」
「そうか」
兵藤さんも、針生先輩の意志の強さを見て、説得は諦めたようだ。
「大喜もだぞ」
「え?」
唐突に、針生先輩が俺の方を向いた。
「俺ですか?」
「そう。進路考えるのはまだまだ先だろうけど……IH行くんだったら、俺か遊佐くんに勝たなきゃだろうし。遊佐くんのいない一年生大会で負けてたらIHなんて到底無理だからな」
「…っす」
確かにそうだ。
おそらくIHに向けた県予選では、第一、第二シードは針生先輩と遊佐くん。二人のどちらかに勝たなければ決勝には進めない、IH出場権の2枠は掴み取れない。
「あんまり後輩追い詰めてやるなよ」
「事実ですから。それに、これからの大喜には『勝ちたい』だけじゃなくて、『負けない』『負けるわけにはいかない』って、そういう負荷も必要だと思いません?」
「……そうかもな」
そして、針生先輩の言葉が胸に残ったまま、場の話題は移り変わっていった。
◆
〜雛視点〜
お風呂上がり、スマホを見ると、一件の通知が来ていた。受信時刻は30分前。
「大喜?」
あんまり頻繁に連絡を取るタイプじゃない大喜からのLINE。
内容は、
『電話してもいい?』
『相談したいことがある』
とのこと。
『ごめん、お風呂入ってた!』
『いいよ、準備できたらかけてきて!』
電話なんて付き合ってから二度目、年越しの瞬間以来だ。
まだかなぁと待っていると、ほんの一分もしないうちにコールが鳴った。
「もしもし」
『もしもし、悪い急に』
「いいよいいよ。それでどうしたの? 今日兵藤さんと遊佐くんって人と練習だったんでしょ?」
『うん…、』
「……もしかして、手も足も出なかったとか?」
『いや、負けたは負けたんだけど、フルセットだったし……負け方というか、考え方というか……』
「説明求む」
『……長くなるけど、いいか?』
「そのために電話してるんだから、存分に語りたまえ」
そう促すと、大喜は今日の練習について語り出した。
兵藤さん、遊佐くん、針生先輩との4人で総当たり戦を行ったこと。勝てはしなかったが、フルセットの激闘を繰り広げたこと。
そして、遊佐くんが一年生大会に出ないという衝撃の事実と。「負けない」「負けるわけにはいかない」という針生先輩の言葉。
『俺、最近、部活で針生先輩に負けても、悔しさが減ってきてる気がしてて……今日の試合も、フルセットまで食らいついたって思っちゃってて……』
「うん」
『針生先輩の言葉を聞いて、負け癖みたいなのが、付いてるのかもしれないって』
「うん」
『考え出したら、無意識に逃げ道を探してる自分に気づいて。勝てないから、自信がないからって、ダメージの少ない負け方を、受け入れてて』
「そっか」
大喜の話に相槌を打ちながら。どうしよう、何を言おうって考えてる。
私はきっと、大喜の悩みを100分かってあげられない。新体操とバドミントンが違うとか、そういう問題じゃない。
私はずっと、『蝶野弘彦の娘』として、『負けるわけにはいかない』環境で戦ってきた。『全中4位』『IH3位』って、頑張れば頑張るほど背負う物は大きくなっている。
順風満帆だったわけではない、失敗もたくさんして……その度に、翔くんに助けられてきた。助けられて、今度は同じ失敗をしないように成長してきた。
私と大喜は違う。
でも、だからこそ、言えることもある。
「大喜はさ、挑戦者で居られなくなったんだね」
『……どゆこと?』
「今までの大喜は、挑戦者だったと思うの。負ける可能性が高くて、どうにかして一矢報いるって感じの挑戦者」
私の背に迫る、無数の選手たち。私が蹴落としてきた、無数の選手たち。
大喜はきっと、そこにいた。
「でも、強くなって、県大会でも実績が残せるようになった。それで今日、針生先輩の言葉を聞いて……大喜は挑戦者から抜け出そうとしてるんだよ」
『挑戦者から』
「うん。大喜は負け癖って、良くない風に言ってたけど、それは強くなったから見えてきた景色だと思うの……実力だけが先に伸びちゃって、意識が挑戦者のまま、追いついてない。だから今、大喜は戸惑ってるんだと思う」
多分、きっと、おそらく。
そんな保険を掛けたくなるけど、堪えてはっきりと言い切る。
「強い人には強い人なりの、悩みや不安があって──でもそれは良くないことじゃなくて、当然のこと。それを持ちながら行動するからこそ、力がつくこともあるんじゃないかと思うんだ」
真面目な話が続いたから、ふと思いついた例え話を、おどけたように口にする。
「ほら! 不安を負荷に筋トレするみたいな。大喜、筋トレ得意でしょ?」
『そうだな』
電話越しの大喜の声に、少しだけ生気が戻ってきた。
「それにさ、私たちも付き合ってから、お互い変わってるでしょ?」
『確かに……前は付き合いたいだったけど、今は付き合ったからこそ何かしたいになってる』
「そそ。付き合う前だったら、私も大喜の悩みにここまで踏み込めなかったと思うし……何なら大喜も電話して相談しようとはしなかったかもだし」
『……そうかも』
大喜は納得したように頷く。
『やっぱり雛は、かっけーな』
「大喜よりずーっと早くに、ずーっとたくさん、強い人として失敗してきてますから」
『ほんとにそうだな』
大喜はそう言ったのを最後に、沈黙の時間が流れる。
電話だと、無言は何か言わなくちゃいけないような気がしてくるけど、今この時は黙って待つのが正解な気がした。
『俺さ』
「うん」
『来週の一年生大会、優勝するから』
「うん」
『今年の夏、IHに行けるように。強い側の選手になれるように。──雛に、少しでも近付くために』
沈黙を破って、大喜が宣言した。
去年の夏のような、暑苦しいくらいの熱はない。静かな宣言だった。
『絶対、勝つから』
ただ真摯に、誠実に、大喜は来たる大会への決意を胸に刻んだ。
「うん、応援してる」
私もそれに、静かな、けれども確かな期待を送った。
◇◇◇
〜大喜視点〜
一年生大会当日。
会場は、たった一つの話題に占められていた。
「遊佐くん出場辞退したって!」
「海外遠征だろ、カッケーよな」
この場にいないのに、選手たちの話題の中心は遊佐くんだった。絶対的王者の不在、それが会場を覆っていた。
けれどそれは、次第に別の話題へと移り変わっていく。
「遊佐くんが優勝だと思ってたのになぁ」
「他に優勝候補っていたっけ?」
「あの人じゃない? 佐知川のパーマの」
「あー望月くん。それなら猪股くんとかは?」
「猪股?」
「ほら、栄明の」
「あー! 県大会で遊佐くんとフルセットまでいってた!」
そんな声が、俺のことを噂する声がちらほらと聞こえる中で、大会は始まった。
「ラブオール、プレイ!」
一回戦。対戦相手は……こう言っちゃなんだけど、あんまり上手くなかった。
試合自体は、苦戦しているという意識はない。傲りではなく客観的な認識として、試合の流れを作り、相手を圧倒できている。
けれど、内心はそれほど穏やかなものではなかった。
いつもと違う、雰囲気。
観客として、偵察として、俺のことを観ている人が多い。
いつもと違う、緊張感。
それでも、負けるわけにはいかないから。
──挑戦者では、居られない
強くなりかけの今だからこそ、見えてきた景色。
そこに辿り着く、もっと上に、もっと強く。そのために、この不安や緊張と向き合うのだ。
「ゲーム! 21ー11、21ー10。栄明高校、猪股くん」
審判の判定が続く。
ようやく、しっかり、勝ち切れたことに安堵を漏らしつつ、相手選手と握手を交わした。
大会を終えて、会場を出るまでの僅かな時間に、スマホからメッセージを送る。
『優勝した!』
『写真を送信しました』
短い文章に、賞状を持った俺の写真を添えて、送信する。
本当は声が聞きたい、顔が見たい。この気持ちをいち早く分かち合いたい。
けれど雛も部活中だろうし、俺も団体行動を乱すわけにもいかない。
「一旦学校戻らなきゃだし、早く行こうぜ」
「おう!」
そそくさと帰り支度を終えて、俺は会場をあとにした。
どうでしたでしょうか、
遊佐くん不在の一年生大会。原作とは少し違う展開で、大喜くんの成長を描いたお話でした。
バドミントン未経験なため競技内容は書けませんが、原作よりも『強くなること』に説得力を持たせられるようにと意識しております。
『頑張ったから』『負けたくないから』だけで勝ったとは違う。競技者としての雛と付き合ったからこその進歩を、上手いこと表現できていたらなぁと思っています。
また、針生先輩のお話ですが。
17話の『IH開始』、千夏先輩の「勝ちにこだわるバスケは、高校が最後だ」発言ともリンクしてます。
良ければ読み返していただけると嬉しいです。
それでは今回は以上です。
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