〜守屋花恋視点〜
2月13日、バレンタイン前日。
この日は毎年恒例、ちーが我が家に遊びに来る日だ。
「まったく、彼氏持ち二人が何サボってるんだか」
ぶつくさ言いながらキッチンに立つのは菖蒲。明日のバレンタインに向けて、男バドの部員たちにチョコを作っているらしい。
「バレンタインは市販に限るのよ」
「ごめんね、菖蒲ちゃん。私もチョコは市販で」
「別にちーちゃんが悪いわけじゃないけど……お姉は毎年そうだけど、今年はちーちゃんと作れると思ってたから」
「ほんとにごめんね」
私は健吾と合意に至り、毎年バレンタインは市販のチョコを贈っている。ちーも去年までは義理チョコの域を出ない市販のものだった。
だから菖蒲は『今年は彼氏ができたんだから、ちーちゃんと一緒にチョコ作れる!』と意気込んでいた。
そんな菖蒲の拗ねた態度に、ちーの苦笑が深まる。
「あとでオムライスご馳走するから許して?」
「うん! ……ていうか、ずっと気になってたけど、なんでバレンタインなのにオムライス?」
「翔にご飯とチョコどっちがいいって聞いたら、即答でご飯って言うから」
「あー、なんか言いそう」
「イベント甲斐がないよね」
まったくもう……と零すちーだけど、その雰囲気は仕方ないなぁくらいに柔らかい。そもそもそんな質問をする時点で、ご飯と言われるのを分かっていたのだろう。
少し地雷っぽい話題に身構えたけど、菖蒲も吹っ切れたのか特に変な感じはしなかった。
「オムライスなのは藤原先輩のリクエスト?」
「両方、かな? 前にデートで食べにいって、美味しかった、今度家でも作ってあげるねみたいな話になって。それで今回翔から『オムライスがいい』ってリクエストされたの」
「へぇ〜。そう言えばデミグラスソースはチョコ入れるといいみたいなこと聞いたことあるけど」
「うん、だからチョコ入りのソースにするんだぁ。家で練習した時も美味しかったし、楽しみにしてて」
「うんっ」
ちーと藤原くんが付き合って半年。何をするにもドキドキする時期から、少しずつ安心感を得る頃。高校生だとこの辺りから『半年? 長いね』と言われだすのに、二人は未だラブラブだ。
良きかな良きかな、と内心で先輩風を吹かせてみる。
「でもさ、オムライスと言えばあれじゃない?」
「あれ?」
「ケチャップでハート描くやつ。今回はできないけどさ」
「あー……」
「したことあるんだ?」
「うん、オムライスじゃないんだけど……卵焼きでハートにしたことは、ある」
「あーあれ、可愛いよね〜」
「うちも体育祭とかのお弁当はそれだわ」
菖蒲はチョコを作る手を止めることなく、ちーから恋バナを聞き出す。私もテレビを眺めながら時折会話に混ざり、会話は弾む。
「終わったー」
「お疲れ様、それじゃあキッチン借りてもいい?」
「ちょっと待ってて、今片付ける」
「手伝うよ……あれ、これだけラッピング違う」
「あ、これ? 松岡先輩にあげるやつ」
「松岡くんに?」
「そ、前に話聞いてもらったから。そのお返し」
「そうなんだ」
「松岡くんってどっかで聞いた名前なんだけど、私も知ってる人?」
「健吾のゲーム友達じゃない? ほら、一緒にアイテム収集してるっていう」
「あーそれだ」
「じゃあ私はその松岡くんを恨まなきゃいけないってことね」
「お姉いつも愚痴ってるもんね。夜に電話してくれないって」
「もう慣れたけどね。それに本当に相談したいときはちゃんと時間取ってくれるし……菖蒲もゲーム好きと付き合うと大変よ」
「今のところそういう感じではないかなぁ」
「そういう意味だと、ちーちゃんは平気そう」
「私?」
「うん。藤原先輩ゲームとかしないんでしょ?」
「そうだね、話も聞いてくれるし……あ、でも、あんまり返事をしてくれるわけじゃないかな」
「というと?」
「多分翔は、電話とか場所とかはどうでも良くて、ルーティンを崩されるのが嫌いなんだと思うの。だから、二人で身体のメンテナンスしてる間は、絶対に生返事しか返ってこない。『話は聞くから邪魔すんなよ』オーラがすごいの」
「うわぁ……それちーちゃんはいいの?」
「え、うん……返事は適当でも、内容はちゃんと聞いてるみたいだし。私も大したこと話してるわけじゃないから」
「理解のある彼女だねぇ」
「そんな事ないと思うけど。どちらかと言えば私がワガママ言ってる側だし」
「ワガママって、そんなに電話してるの?」
「電話、はしてないかも。私が帰省してた年末年始にちょっとしたかなくらい」
「あー、じゃあちーちゃん家に?」
「…うん」
「……もしかして、毎日?」
「……うん」
「あー、そうなんだ……なんか、すごいね。私だったらそんなに一緒はちょっと嫌かも」
「そんなに一緒ってわけじゃない……と思う」
「ふーん……」
「だ、だって、合宿もあるし、あと大会中はもちろん、大会前日も来ないって約束してるし。私も翔も、何だかんだ毎月大会があるから」
「それでも月の7,8割は一緒にいない?」
「……うん」
「そんなにいて何してるの?」
「んー、翔が家でご飯とかお風呂済ませてから来るのが基本だから、そんなに長い時間ってわけじゃないんだよね。二人で身体のメンテナンスして、お喋りして、あとはバスケとか野球の試合結果見てって。ハイライトとかスーパープレー集見てると一瞬で時間溶けるの」
「ふーん、バスケは分かるけど、野球?」
「うん。翔、野球好きなんだよね。逆にバレーは国際試合以外見ないって言ってた」
「意外、でもないかな?」
「私は藤原くんなら納得かな。野球はどのチーム好きなの?」
「ワイバーンズだって」
「あー、名古屋の。珍しいね」
「水波さんと大地さん、両親が二人ともファンで、二世なんだって。弱すぎてファン辞めたくなるけど、たまに脳汁出る勝ち方するから辞められないらしいよ」
「ギャンブルじゃん」
「DV彼氏では?」
「あはは……まあそんな感じで、私も少しだけ野球観るようになって、翔もNBAに詳しくなってきてるかな」
「恋人の影響ってあるよねぇ」
「ていうか、ちーと藤原くんの所為で、健吾の『大学入ったら一人暮らししたい欲』が凄いのよね」
「あーまあ、実家だとどうしてもねー」
「……なんか、ごめんね?」
「いいのいいの。私も健吾と、将来見据えて同棲する? みたいな話するキッカケになったし……ただ、金銭問題がネックなのよねぇ」
「花恋は自分でお金稼いでるけど、私たちは大学でもアルバイトで、親に出してもらうか奨学金だもんね。私も卒業したら、翔とそこら辺の感覚擦り合わせていかないとって話してて」
「藤原くんはスポーツ選手として、一足先に社会人入りだもんね。擦り合わせ大事よぉ、ほんとに」
そんなこんなでお喋りをしているうちに、ちーのオムライスが完成した。
「ん、美味しい!」
「ほんと! 流石ちーちゃん!」
その味は、とてもとても美味しかった。
◇◇◇
〜守屋菖蒲視点〜
バレンタイン当日。朝から雰囲気が浮ついていた学校は、あっという間に放課後になった。
「はいどうぞ」
「あざーす!」
私も部活前の体育館で、列になる部員たちにチョコを配っていた。
用意していた分を配り終えると、小さな紙袋を手にその場を離れる。でも探し人は見つからない、部室棟の方かなと足を進める。
「あ、いた」
「ん? 菖蒲ちゃん」
「どうもー」
探し人──松岡先輩は、ちょうどそちらから歩いてきていた。並んで歩いていた男子──おそらく男バスの先輩──は「俺先に行ってるわ」と声をかけて、一足先に体育館に向かった。
「気遣われました?」
「まあ、だろうね」
「別に居てくれてもよかったんですけどね、すぐ終わりますし。はい、お返しのチョコです」
あの先輩には申し訳ないけど、特に何もなく普通に渡す。
「ありがとう。前に言ってたナッツ入りかな?」
「そうですよ。先輩のために初めての挑戦でした」
「マジで? 嬉しい」
あ、ちょっと表情が華やいだ。珍しく素の反応っぽいそれに、してやったりと思った。
何となく流れで、いくつ貰ったんですかとか雑談していると、
「菖蒲ちゃん!」
「あ、雛っち!」
部室棟から雛っちが来た。
「ハッピーバレンタイン! チョコあげるー」
「わぁ、ありがとう。私も、はいどうぞ」
「ありがとー。あっ、手作りだ!」
「うん、昨日頑張ったから」
「いのたのために?」
「うんっ」
「いいねぇ。いのたにはもうチョコ渡したの?」
「ううん、まだ。部活終わって帰るときに渡すんだ」
満面の笑みで頷く雛っちは、幸せいっぱいって感じですごく可愛い。昨日のお姉やちーちゃんとはまた違った、恋する女の子だ。
「それはそうと、私お邪魔だった?」
私と松岡先輩を交互に見て、雛っちがそんな事を言う。
「そんなんじゃないよ。前に話聞いてもらったから、そのお返しにチョコ渡してただけ」
その疑問に私は普通に事情を説明する。それと同時に、松岡先輩は大丈夫かなと様子を窺う。
小学校時代の初恋の女の子が、初彼氏にバレンタインを渡すことを嬉々として語っている。さらにその女の子に、自分は別の女といい感じだと誤解される。
客観的に並べるとかなり辛いシチュエーションだ。
「そうそう。去年色々あって相談されたときがあってね」
窺った先の松岡先輩は、相変わらずへらりと笑っていて……うーん、少なくとも見てる感じ、吹っ切れてそうだし平気っぽいけど……。
まぁ、私が気にしても仕方ないか。うん、そうだね、むしろこれ以上雛っちの惚気を聞かせないため、少しくらいからかってもバチ当たんないよね?
特にやめる理由もなかったので、私はその思いつきを実行した。
「でもよかったですね、先輩。お返しとは言え、美人で料理上手でおっぱい大きい女子からチョコ貰えて」
「え、松岡くん、菖蒲ちゃんにそんな事言ったの?」
「ちょい待ちちょい待ち、語弊がある語弊がある」
思った通り、雛っちが反応した。そして思った以上に、松岡先輩もいい反応を返してくれた。
「ふーん……じゃあ聞かせてもらいましょうか」
雛っちが凄んだ声で──それでも可愛さが勝っているけど、雛っち基準では凄んだ声で訊ねる。
「前に相談されたときに、『美人で性格も明るくて、その上おっぱいも大きいんだから、男子は好きになっちゃうよ』的なこと言ったの」
「あー、菖蒲ちゃんモテるから」
松岡先輩の咄嗟の作り話に、雛っちは納得してくれたみたい。
こういうところが抜け目ないというか……気楽に話せてイジれるけど、イジられキャラってわけじゃなくて。ちゃんと先輩って感じがする。
──まあ確かに、女の子は好きだし、守屋ちゃんみたいに美人でおっぱいおっきい子は大好きだけど
雛っちに弁明したそれも、丸っきり嘘ってわけじゃないけど、受ける印象は真逆なわけで。
ただ、あのときの感謝と弄ったお詫びも込めて、そういう事にしておいてあげた。
「それじゃ、行きましょ。寒いし、部活始まっちゃいます」
そう促して、私たちは体育館への短い道を進んだ。
◇◇◇
〜猪股視点〜
雛と付き合ってから初めてのバレンタイン。
ずっと期待して、ずっと楽しみにしていた一大イベント。
「ハッピーバレンタイン! 大喜!」
下校する二人の別れ道、満面の笑みで渡してくる雛は、チョコとかどうでもいいくらい、可愛かった。
◆
千夏と付き合ってから半年、初めてのバレンタイン。
まさかのオムライスを作ってもらうことになった。
「チョコじゃなくていいの?」
「翔が選んだんでしょ。それに、私もそっち選ばれると思ってたから」
二週間ほど前にそんな会話があり、めちゃくちゃいい彼女だなぁと思ったりして。
そんな前日譚を経て、迎えた当日。
「美味しい?」
「超美味い」
「よかった」
デミグラスソースにチョコを使ったオムライスは絶品で。大盛りにも拘らずぺろりと平らげてしまった。
「それじゃあ本命のチョコもね」
と言って、千夏は向かい合っていた席から隣へ移ってくる。
「はい、これ。ハッピーバレンタイン」
机に置かれたのは、見覚えのあり過ぎるチョコだった。
冬になるとよく見かけるお馴染みの四角いパッケージ。俺はそれを見つめ、ずっと気になっていた疑問を口にする。
「ずっと思ってたんだけど、なんで毎年メルティーキッス?」
俺の問いかけに、彼女はきょとんとしてから、仕方ないなぁと言いたげに笑った。
「翔、言ってたじゃん。美味しく感じられるチョコの最上級って、メルティーキッスだよなって」
「……言ったっけ?」
「言ってた言ってた。中2の頃かな、珍しく翔がお菓子食べてるなぁって思って聞いたら、『冬限定だからつい買っちゃった』『値段関係なくこれがチョコの完成系です』って」
「……記憶にございません」
メルティーキッスが一番というのは事実だけど、千夏にそんな事を言った記憶は全くなかった。
ずっと義理だと思っていたのに、まさかそんな何気ない一言を守り続けてくれていたなんて。
「あのときの翔は私に全然興味なかったからね」
そんな感慨に浸る俺とは対照的に、千夏は責めるでもない。けれど、「だからね」と続けて、
「これからはちゃんと、ずっと、私のこと見ててね?」
「約束します。こんないい彼女、手放しません」
「んふふ」
千夏は「それなら許します」と笑みを零す。
そして机に置かれた箱を開け、チョコを一つ、封を切って──、
──口に咥えた
「ん……」
言葉少なく、けれども愉しげに待ち構える千夏。
その、恋人にしか許されない距離感、恋人にしか見せない表情に、改めて鹿野千夏が彼女なんだと実感する。
俺も我慢できなくなって、そっと唇を重ね、そのチョコを奪った。
どうでしたでしょうか、
バレンタインのお話でした。
甘々要素は少なめですが、恋人ごとの距離感の違い、付き合ってからこその変化を、上手く表現できていればと思っています。
大喜↔雛、好き好きでいっぱい。
翔↔千夏、好きが浸透。
花恋↔健吾、安心感&これからのこと。
菖蒲ちゃんは恋愛フラグなし。進展してもおかしくはない程度に。
また、大分期間が空いてしまったため、菖蒲ちゃんと松岡先輩のお話について補足を。
41話の『強がり』辺りから関係が始まりました。今作では完結までに付き合うなどはありませんが、いい感じの先輩後輩です。
こちらも良ければ読み返していただけると嬉しいです。
それでは今回は以上です。
感想いただけるとすごくやる気が出ます。
ではまた次回。