魔に至らず空を飛ぶ   作:呪界真悟

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一章・第二節

 

 

 

 突如、出現した少女───霊夢に周囲の反応は疎らだった。

 中心地にいる三人は其々異なる困惑を、それ以外の野次馬となり果てた学生達は彼女の姿に見惚れ、そして最後に騒ぎを聞きつけた教師がその場に急行してきた。

 

 

「おい、そこで何をしている!!」

 

「ん?ああ、黒乃さんじゃん。やっほ」

 

「霊夢………?どういうことだ、この騒ぎは」

 

 

 駆け付けた人物はこの地、破軍学園の理事長を務める女性───新宮寺 黒乃だった。

 霊夢は暢気にも彼女へと首を背後へとまわして彼女の事を視界に納め暢気にもあいさつし、それに対して黒乃は呆れるやら困惑するやらで溜息を一つ吐くと彼女へと問いただす。

 

 

「どうもこうも、こっちの赤髪の生徒とこっちの一輝さんの妹が霊装持ち出してまで喧嘩しようとしたから止めたのよ」

 

「何?」

 

 

 霊夢の率直な返しに訝しげな表情を浮かべる黒乃だったが、霊夢の左右にいる女子生徒二人の手に握られている物を見てそれが真実であると理解。即座に視線を上げて騒動の原因である二人を睨みつけると、ステラと珠雫は委縮したように身を固くした。

 そして再び溜息を吐くと黒乃はまだ残っている野次馬生徒たちをこの場から遠ざけるべく手で払いながら解散するよう告げた。やがて、今この場にいる人物が巻き込まれた一輝と巻き込まれに行った霊夢を含む五人だけになったところで黒乃は咳ばらいを一つするとこう告げた。

 

 

「今回は霊夢のおかげで怪我人が出なかったが……許可もなく霊装を持ち出したことは許されんな」

 

 

 黒乃はその名のように黒い笑みを浮かべてステラと珠雫を視界に入れながら不吉なことを言う。そんな三人を面白そうに脇で見ている霊夢とハラハラとした様子で窺っている一輝。

 ステラは冷や汗をかきながらも悪いことをした自覚はあるためドンとこいと迎え撃つ覚悟で。

 珠雫は何も悪いことをしていないと思いながらも流石に理事長からの罰則は受けねばならないと潔く黙っていた。

 そして────

 

 

「よって今回の罰則は二人仲良く校舎全域のトイレ掃除だ。あ、女子トイレだけでいいぞ」

 

「「え」」

 

 

 黒乃が告げた罰則は、二人にとっては割ときつい罰則だった。

 

 

 

 

 

 

 

───── ☆ ─────

 

 

 

 

 

 

「ああ~面白かった、やっぱし一輝さんがいるところは私に関係ない騒動が起こって楽しいわ」 

 

「そういうところあるよね、霊夢ちゃん」

 

 

 心底楽しそうにする霊夢に一輝はじとーっとした視線を投げるも、彼女が気にした様子は一切なし。どこまでも自由で自分勝手な彼女の在り方はいっそ清々しい。

 あの後、一輝と霊夢は何事もなく解放され、早々離れようとした一輝に霊夢はさも当たり前のように腕をとってあの場から連れ出したのだ。本当ならもう寮の自室に戻って精神的な疲れを休めたかったのだが、それは残念ながら彼女によって無為となった。

 

 

「………」

 

「何?私に連れ出されたのがそんなに不満?」

 

「まあ、無いとは言わないけど……でも連れ出してくれてうれしいって気持ちも確かにあるかな」

 

「じゃあいいじゃない、私も久しぶりに会ってちょっと話したかったこともあったし。暇潰しに」

 

「ほんっっっっと、霊夢ちゃんそういうとこあるよね……」

 

 

 はっきりと暇潰しに付き合わせるという霊夢に思わず大きなため息を吐きたくなるも、それはそれでまた何か言われかねないと思い吞み込んだ。

 

 一輝は前を歩く霊夢の後姿を見て過去の思いをはせる。彼女との出会いの記憶を。

 

 あれはまだ一輝が黒鉄家本家で疎外されていた時、自分にも何か一つは出来ることがあると我武者羅になっていた時期だった。

 丁度その頃に一輝は霊夢と出会ったのだ。…………それも、最も最悪な場面───己の父に「何も出来ないお前は、何もしなくていい」と言われた瞬間に、彼女は先のように音も気配もなく現れたのだ。

 

 幼き彼女はその時こう告げた。

 

 

『それはないわ(いつき)さん』

 

 

 それは一輝の父を否定する言葉だった。

 

 

『……博麗嬢、何故ここに?』

 

『だってこの家の人たち、私との会話で全くおんなじことしか言わないの。人形じゃないんだからもうちょっと会話してほしいわよね。だから抜け出して探索してたのよ。面白そうな場所を探して』

 

『それで……此処にたどり着いて先の場面を見てしまったと』

 

『そう!!なんか話してるなって思ったら厳さん酷いこと言ってるな~って』

 

『これは身内の問題だ、部外者である君にとやかく言われる筋合いはない』

 

 

 その時の父は普段よりもどこか険しい表情をしていた気がする。幼き女の子へ向けてかなり厳しい言い方をしたものの、その意味そのものはまさしく正論以外の何物でもない。だが、彼女はそれに全く動じず、自分の主張を言い放つ。

 

 

『だって、厳さん。今のはどう聞いても、()()()()()()()()()()()って言ってるようにしか聞こえないわよ?』

 

『……!!!』

 

 

 それは衝撃だった。初めて、父は唖然とした表情をしたのだと、幼い自分はわかったのだ。まるで、そんな意図はなかったとでも言いたげな顔をして。─────事実それはその通りだったのだ。

 

 

『それはどういう意味だろうか、博麗嬢』

 

『どういう意味も何も、さっき厳さん言ったじゃない。「何も出来ないから何もするな」って」

 

『それがどうかしたと?』

 

『だから、何もしないってことは空気を吸うことも、何かに触れるのも、何かを聴くことも、何かを見ることも、何かを食べることもないってことよ。それって死ぬのと何が違うの?』

 

『…………』

 

 

 父は黙った。思わぬ方向からの発言に困惑し、そして先の自分の発言の意図が全く伝わっていないのだと理解したのだと、今はわかる。

 

 

『君には………私がそう言っているように聞こえたのか』

 

『ええ、私だけじゃなくて貴方の息子さんもそう聞こえた様な感じがするわよ。ほら、どう見たって目が死んでる』

 

 

 そこで初めて父は自分を見た気がした。自分も、初めて父の顔を見た様な気がした。だって、真正面から見た父の瞳は、氷のように冷たくはなかったから。寧ろ、炎のように揺らめいていたんだ。

 きっと、そこに込められた感情は失策だったという反省だったのだろう。それを決定づける発言がすぐに出てきたのだから。

 

 

『どうやら言葉を間違えたらしい。すまない一輝、先のは博麗嬢の言ったような意味は籠めていない』

 

『え?』

 

 

 あの時は本当にびっくりした。あの父が、初めて自分に謝罪したのだから。今となっては自分も父のことを見ていなかったが故の驚きだと分かってはいるが……それでも当時の衝撃は計り知れない。

 

 

『私が言いたかったのは、今自分の出来ないことをやろうとするなという意味だ。それしかないと、自分の出来ることはそれしかないのだと決めつけるな』

 

 

 それが……父が本当に自分に伝えたかったことなのだと、分かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

───── ☆ ─────

 

 

 

 

 

 

 あれから紆余曲折あって、結局は父と対立するように伐刀者としての道を選ぶことを決めたのだが、それでもあの時の出会いが自分と父との関係を変えたのだと思えた。

 父は、自分に期待していないのではなかったのだと気づけて良かったと。それを気付かせてくれた彼女には、本当に感謝してもしきれないと、今でも思っている。

 尤も、その後の交流をしていく内に彼女の人となりが分かってきてかなり適当でいい加減で横暴で、それでも目を離せないくらい綺麗で、楽しそうで、もう一人妹が出来たみたいだと思った。

 生憎、彼女と交流をしたのは数回程度だったが、それでも彼女の本質が分かる当たり本当に偽りを知らない真っ直ぐな少女だということが伺える。

 

 

「な~に物思いにふけってるのよ」

 

「いたっ!?」

 

 

 突然おでこを叩かれて仰け反る一輝。デコピンの威力ではない。かなり痛い。

 思わず両手で額を抑えてしまうほどの痛みが引いた後、顔を上げてみればいたずらっ子のようにニィっとお日様の笑顔を浮かべる霊夢がいた。

 

 

「………本当に、もう………」

 

「何か言いたいならはっきり言いなさい?言葉にしないと相手に伝わらないんだから」

 

「身に染みてるからわかってるよ」

 

「そっ、ならいいわ………それじゃ、そろそろ私も家へ帰ろうかな」

 

「あれ?破軍は全寮制じゃなかったっけ?」

 

「んん?ええそうよ、だけど私がいやだったから黒乃さんにお願いしたのよ。自宅から通わせて、さもなければ編入しないぞって」

 

「それはお願いじゃなくて脅しなんじゃ…」

 

「違うわよ。だってあっちはお願いする立場。私はお願いされる立場だったもの。条件付けてもまだ立場はこっちのが上よ」

 

「ええぇ………」

 

 

 宴も酣、霊夢は会話を打ち切ると校門前で一輝へ別れを告げて外へ歩き出す。

 

 ────その背に、一輝は声高に叫ぶ。

 

 

「霊夢ちゃん!!」

 

 

 霊夢は立ち止まり、首だけ後ろへ向けた。

 

 

「霊夢ちゃんは、今年の七星剣武祭に出るの?」

 

 

 霊夢はキョトンと首を傾げるも、すぐさま一輝へ返答する。

 

 

「何当たり前のこと聞いてんの、()()()()。当然」

 

「!!!」

 

 

 その言葉を最後に、霊夢はすたすたと去っていく。

 この時一輝は、精神的な疲れなどどこへ行ったのか、右手で胸を押さえて心臓の音に耳を当てる。

 ドクッ…ドクッ…とゆっくりと、けれど大きく脈打つ心臓の音が聞こえる。

 彼は、一輝は今無意識に笑みを浮かべていた。それは日常で目にする()()とは違う、同じ言葉でも全く異なる意味を持つ()()を。

 

 一輝の中に潜む修羅は、彼女という強者と戦えることに歓喜した。

 勝てるなどとは断言できない。いや、そう思うことさえ烏滸がましいステラを超える絶対強者。

 気まぐれな彼女に、戦う意志があったことに、自らが挑む機会が与えられたことに唯々感謝したのだった。

 

 

 

 ────命が芽吹く春の先 また 暑い夏が待っている

 

 

 

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