「え!TSしてからも入れる保険があるんですか!?」
ボクのものとは思えない、クール系イケメス王子様みたいな声が部屋に鳴り響いた。
「ああ、もちろんあるとも。この契約書にサインしてくれたまえ」
そう言って、ボクの担当の女医さんは、黒のストッキングに包まれた長い脚を目の前で組み替えてみせた。
差し出された書類には、『突発的性別転換総合保障プラン』の文字がでかでかと踊っている。
「こういうのって、なってからじゃ遅いんじゃ?」
「TSは突発的に起こるものだろう」
「たしかに……そうだけど……なんでそんなものが存在するんですか」
ボクの人生はTSとは無縁のものだった。家族や、友達にだってTSした人はいない。交通事故にあったり、空き巣に入られた人だっていない。ごくごく平凡な高校生活を送っていたはずなのに。
「昨年度だけで8万人がTSしたからな」
「そんなに!?」
「日本では1500人に1人がTSしている」
「多いな!」
「つまり全国の高校に1人はTSメス堕ち生徒がいる計算になる」
「それはちがくない?」
「キミも同級生の性処理オナホになりたくなかったら契約書にサインしたまえ」
「どういうこと!?」
「つまりだね……」
女医さんは、ボクにとつとつと語って聞かせてくれた。保険に入らなかったTS娘の末路を。多分、30分くらい。ボクはその話に聞き入ってしまい、女医さんがボクの太ももに手を置いているのも気づかなかったくらいだ。なんだか頭がふわふわしてくるし。
「やばぁ……こわぁ……」
「だろう? だからサインしたまえよ」
カチカチッ。カチッ。カチッ。女医さんはボールペンを小気味よくノックしてボクの前に置いた。
そして、ボクはサインした。昨日までバカやって遊んでいた同級生たちが突然鼻の下を伸ばしてデカチチを揉んでくる光景を想像して、耐えられなかったからだ。
「ところでなんですけど」
「なんだい?」
ボールペンといっしょに書類を渡し、引き換えにパンフレットを受け取りながらボクは女医さんに聞いてみる。
「この『プレミアム特約』ってなにがプレミアムなんですか?」
「プレミアムな特典がつく」
「その中身を聞いてるんですけど」
「それはだな……」
女医さんはクールに茶髪を搔き上げた。
「万が一にも男に戻ることはないという保証がつく」
「へぇ~……ん?」
「そして『ほんとうは女の子がほしかったのぉ~♡』とか宣うノンデリマザーの存在を消す」
「消す!? てか、お母さんがそんなこと言うわけ……」
女医さんのモノマネに背筋がゾワゾワとした。怖いよ。
「これにより、キミは着せ替え人形にされる心配をすることなく家に帰れる」
「な、なるほど……? てか男に戻ることはないって……」
「そんなことよりだな」
「待って! スルーしないで!」
「パンフレットを見給えよ」
「あっはい……」
ドスの聞いた低音ボイスで言われて、ボクは思わず従ってしまった。女医さんの声ってなんか頭がふわふわして、心地いいんだよね。
さて、どれどれ。ボクは言われた通り、パンフレットに目を落とした。
【女子制服買い替え補助】
【催眠導入開始】
【下着購入支援】
「おお……??」
【戸籍変更事務代行】
「おぉ」
【親族説明サポート】
「おぉ!」
【元男子向け護身講習】
【催眠完了】
【元男子向けメイク講座】
「おほ?」
「どうだね? 充実のサポートだ」
「……しまった、否定できないぞ」
ボクは女医さんの言葉に納得せざるを得なかった。
「先人たちの苦労が偲ばれるだろう」
「……なるほどぉ」
ボクはパンフレットを食い入るように何度も何度も眺めた。プレミアム特約なんて些細な問題だった。きっと、先人たちの犠牲でこの保険は成り立っているのだ。そう思うと、まだ見ぬTS娘たちに感謝せざるを得ないね。
「ところで疑問があるんですけど」
「なんだい?」
「女医さんって本当に医者なんですか? 保険の営業なんじゃないですか?」
「ふっ。両方だ」
「それってありなの?」
「当然だ。政府がTS保険医を認めているからな」
「政府……」
ボクはこれ以上疑問の余地を挟むのをやめた。ボクは権力に弱い。
「もっと一番の疑問があるんですけど、いいですか?」
「もちろん、なんでも答えてあげよう」
「ボクがここに運ばれた経緯とかって」
「その質問は私の力を超えている」
「なんで!?」
「保険適用外だ」
「適用外!?」
保険適用外なら仕方ないのかもしれない。ボクは納得して矛を収めた。
▼
TSしてから一週間が経った。
保険のおかげでボクは日常を取り戻している。
だけれど、女医さんと会うときはいつも非日常感があってドキドキする。
「よく来たね。今日の診察だが……」
「はい」
「胸の成長具合を確認する」
「え、嫌ですけど……」
「保険適用だ」
「保険適用なら……仕方ない……わけないだろ!おかしいって!」
「でも皆さんやられてますから」
「そ、そうなんだ……」
流されるなボク。これは女医さんの手口なのだ。ボクが国家権力とか同調圧力とかその他諸々に弱いことを見越した詐欺だ。
「ダメですよ! この前だってそう言って胸揉むだけじゃ済まなかったじゃないですか!」
「それはキミが『あん♡』とか喘ぐのが悪い」
「ボクは悪くない!」
「私は何も間違ったことは言っていない。そうだね?」
「は、はい……」
ボクは低音イケメンボイスで凄まれてすっかり意気消沈してしまった。女医さんはゴム手袋をパチンッ、と音を立ててハメた。ヒッ、ハメられる!
「まだハメてないが?」
「ハメる!?」
「ハメてないと言ってるだろう」
「ハメ!?」
「いい加減うるさいぞ」
「は、はい……」
ボクは低音イケメンボイスで凄まれてすっかり意気消沈してしまった。
「まったく。ほら、力を抜きなさい」
「はーい……」
最近、いつも同じようなやり取りを繰り返してる気がする。
……はっ!?
「もしかしてボク……」
「ちっ、気づいたか……」
「ループしてる……!?」
「バカだったか……」
「バカ!?」
「ああ」
ボクのことバカって言った!!!
ママー!!!
「こんなに催眠にかかりやすいなんてな」