葉隠side
あの黒いモヤのヴィランに分断された時、私が飛ばされたのは『土砂ゾーン』だった。
幸い、姿が見えない私にヴィランたちは気づかなかったけれど、同じ場所に飛ばされた轟くんが、瞬く間に周囲を凍りつかせて敵を制圧してしまった。
あまりに圧倒的すぎる力。轟くんは、凍らせた敵から情報を聞き出すと、すぐに中央広場へ走り出した。透明な私は、轟くんの背中を、足音を殺して追いかけることしかできなかった。
そして、轟くんと共に土砂ゾーンを抜け、中央広場への入り口に差し掛かった、その時。
『ただの個性なんて言うな! お前は、俺に命をくれて、一緒に笑って、同じ痛みを背負ってくれる……俺の大切な『人』だ!!』
中央広場から、ドーム中に響き渡るような、西里くんの悲痛で力強い叫び声が聞こえた。
その数秒後、広場の中央から、目を焼くような強烈な閃光が弾け飛んだ。
「何だ、あの光……?」
轟くんが思わず足を止め、目を細める。
「おい半分野郎! 邪魔だ、そこどけや!!」
突然、背後から怒声が響いた。
振り返ると、光の柱に導かれるように別のゾーンから駆けつけてきた爆豪くんと切島くんの姿があった。
「爆豪、切島……」
「轟くん! それに爆豪くんたちも!」
私がホッとして声を上げると、切島くんがビクッと肩を揺らして辺りをキョロキョロと見回した。
「うおっ!? 声だけすんのはビビるけど……葉隠か! お前らも無事で良かったぜ! てか、広場のアレ何だよ!?」
「分かんない……とにかく、行ってみよ……っ! 広場にいる相澤先生と西里くんが心配だよ……!」
私たちは急いで広場へ向かった。
だが、そこで私たちが目にしたのは、加勢に入る隙など微塵も存在しない、次元の違う戦いの光景だった。
広場の中央。西里くんの隣にいたのは、ホムラさんではなかった。純白の衣装に身を包み、眩いほどに輝く金色の髪をなびかせた、見知らぬ美少女。
「やれ、脳無、黒霧。あの鬱陶しいガキを、今度こそミンチにしろ」
遠くから、敵のリーダーの冷酷な命令が響く。
次の瞬間、モヤのヴィランと、黒い化け物が、音を置き去りにするような圧倒的なスピードで西里くんたちへ襲いかかった。
「危ないッ!」
私が思わず叫びそうになった、その時。
西里くんと、純白の少女の動きが、完全に同調した。
彼らは、敵の超高速の攻撃が“来る前から”、すでに回避と反撃の動作を終えていたのだ。まるで、少し先の未来が視えているかのように。
「そこだッ!!」
西里くんが踏み込み、純白の大剣を下から上へと斬り上げる。
光の軌跡が走り、怪物の太い腕が、いとも容易く肩口から切断された。
広場の端に立ち尽くす私たちは、息を呑むことすらできなかった。
その後も、西里くんと少女の反撃は止まらない。黒いモヤのヴィランが広場全体を覆う巨大なドームを展開しても、少女が上空へ跳び上がり、一筋の光の弾丸で敵の実体を正確に撃ち抜いて霧散させる。
そして。
「集中して、玲空!」
「ああ……ヒカリの力、俺が全部出し切ってやるッ!!」
重なり合う二人の声。
彼らが天に掲げた大剣から、無数の“光の矢”が降り注ぎ、USJの広場一帯を爆撃していく。
その圧倒的な威力の前に、怪物は完全に沈黙して地に屈し、満身創痍となった敵のリーダーたちは、逃げるようにして黒いモヤの中へと消えていった。
ほんの数十秒。
私たちが広場に到着してから戦闘が終了するまで、あまりにも一瞬の出来事だった。
「なんだ、今のは……」
その静寂の中で、轟くんが半ば呆然としたように息を吐き出した。いつも冷静な彼のオッドアイが、信じられないものを見るように大きく見開かれている。
「炎から、光へ……俺のように、二つの性質を宿している個性なのか? ──いや、敵の動きの先読みまでするあの力は、俺のそれよりも上だ。そもそもアレは、個性と呼ぶには異質すぎる……」
信じがたい現実を咀嚼するようにブツブツと分析を漏らす轟くん。
「……西里。一体、何なんだ、お前は」
轟くんの呟きは、誰に宛てるでもなく広場の空気に溶けていった。
その横で、ギリィッ……と歯が砕けそうなほど強く噛み締める嫌な音が響いた。
爆豪くんだ。彼は微かに震える両拳を握り込み、そこからパチパチと爆破の火花を無意識に散らしていた。
「……ふざ、けんな……!」
彼の血走った目は、光の粒子を散らす西里くんと純白の少女──ヒカリさんを、親の仇のように睨みつけている。
「隠してやがったのか……! あんな、次元の違うデタラメな力を……!!」
屋内戦闘訓練の時、爆豪くんは西里くんが『他人の力(個性の自我)に頼っている』ことに苛立っていた。でも、今の怒りの根源はその時とはまた違う。
あの黒い化け物は、まるでオールマイトと同じような身体能力を持った圧倒的な存在だった。そして、爆豪くん自身も、先ほど黒いモヤのヴィランに奇襲を仕掛けて、結果的に全くダメージを与えられなかった。
それなのに、同じクラスの西里くんは、たった二人で、そのバケモノたちを完全に蹂躙してみせたのだ。
圧倒的な、スケールの違い。
“一番”を目指す彼にとって、同じ土俵……あるいは、自分より下にいると思っていた同級生から、自分を遥かに置き去りにするような規格外の力を突然見せつけられたことは、己の自尊心を根底から粉砕されるほどの強烈な屈辱だったに違いない。
「す、すげぇ……ッ! なんだよあの力……マジでスゲェよ西里……!!」
切島くんは純粋な驚愕と極限の興奮で顔を紅潮させながらも、同時に、加勢に入る隙すらなく傍観するしかなかった己の無力さに、ギリッと悔しそうに唇を噛んでいた。
それから、彼はハッとしたように広場へ身を乗り出した。
「いや、でもアイツら無茶しすぎだろ! 見ろよ、二人とも体ボロボロじゃねェか!」
切島くんの言う通りだった。
敵が消え去った直後、極限の力を使い果たした西里くんが、糸が切れたように崩れ落ちるのが見えた。それを、ヒカリさんが苦痛に顔を歪めながら抱きとめる。
その光景を見て。私は、見えない両手を胸の前でギュッと強く握りしめた。
圧倒的な光を放つ西里くんと、その隣に並び立つ、神々しいほどに美しい金髪の少女。
ホムラさんだけでも敵わないと思っていたのに。
あんなに綺麗で、強くて、西里くんと痛みを分かち合い、未来すらも共有して戦う“もう一人の相棒”まで現れてしまった。
透明な私には、あんな風に西里くんの隣で光り輝くことなんて、絶対にできない。
泣きたくなるほどの劣等感と、手の届かない遠い距離感。
(それでも。それでも、私は……っ!)
見えない頬から、大粒の涙が溢れ出した。
個性じゃ勝てないかもしれない。彼の隣で、あんな風に戦うことはできないかもしれない。
それでも、誰よりも彼を心配するこの気持ちだけは、絶対に透明なんかじゃない。
「玲空くんッ!!」
無意識に、彼の下の名前を叫んでいた。
切島くんたちが驚いてこちらを見るのを振り切り、私は瓦礫の転がる広場を真っ直ぐに駆け抜ける。
広場に漂う黄金の光の粒子が、私のこぼした涙に乱反射してキラキラと輝く。まるで、私という存在を彼に伝えているように。
私はボロボロになった彼のもとへ、一番に駆け寄った。
***
ツンとした消毒液の匂いの中、俺はゆっくりと目を覚ました。
「……ん……」
重い瞼を開けると、視界に飛び込んできたのは白い天井だった。
体を動かそうとすると、リカバリーガールの治癒を受けた直後特有の、鉛のような重だるさと筋肉痛が全身を襲う。
(ここは……雄英の保健室か。そうか、俺たち助かったんだな)
USJでの死闘を乗り越え、無事に生還できたのだと、俺は安堵のため息を吐き出した。
少しだけ思考がクリアになってきたところで、俺は自分の右腕に、何やらふんわりとした温かくて柔らかい質量が密着していることに気がついた。
「……?」
ゆっくりと首を右に向ける。
狭い病室のベッド。俺のすぐ隣で、眩いほどに美しい金色の髪をシーツに散らして、スースーと規則的な寝息を立てている少女がいた。
「ヒカリ……?」
間違いない。USJで覚醒した、もう一人の俺の大切な相棒だ。
視線を更に横にズラすと、俺のベッドのすぐ隣には、シーツが乱れた空のベッドがあった。本来なら、ヒカリはあそこで寝ていたはずなのだろう。
それならば。なぜ俺と同じベッドで寝ているのか。感覚を共有しているから、俺の容態を一番近くで管理するためか、それともただ単に寝ぼけて俺のベッドに入り込んだのか……。
無防備な寝顔は、戦闘中のあの勝気な態度からは想像もつかないほど幼く、そして天使のように綺麗だった。
「ふむ……」
俺は彼女を起こさないように、少しだけ身じろぎをして……頭の中をフル回転させた。
(──いや、待て待て待て待て待て)
USJでの死闘。
あの時はヴィランを倒すことと、ヒカリの莫大なエネルギーに耐えることで精一杯で、極限状態だった俺は完全に視野が狭くなっていた。
だが、こうして平和な保健室のベッドで、至近距離で改めて彼女の姿を客観的に見てみると──
(ヒカリの衣装も、大概どエロくないか!?)
純白を基調とした、神々しさすら感じるデザイン。
しかし、その布面積はホムラに勝るとも劣らないレベルで狂っていた。
胸元はこれでもかというほど大胆に開き、豊満な谷間が強調されている。さらに、背中は腰のあたりまで完全にパックリと開いており、タイトな生地が彼女の暴力的なまでのプロポーションのラインを余すところなく拾い上げているのだ。
そして何より、短いスカート(というかヒラヒラした何か)から伸びる健康的な太ももと、絶対領域。それが今、ベッドの上で俺の足に密着している。
(ホ、ホムラの赤い衣装も目のやり場に困ったけど、ヒカリの純白衣装も破壊力高すぎだろ……! ていうか、同じベッドでこの格好はダメだ、健康な男子高校生として色んな限界を突破してしまう……ッ!)
「ん……れくぅ……」
寝返りを打つように、ヒカリの腕が俺の胸元にギュッと回された。
「ぬぁッ!?」
「んぅ……なに……」
変な声を出してしまったことで、ヒカリの長いまつ毛がゆっくりと持ち上がってしまった。
至近距離で顔が合う。
黄金色の瞳が、瞬きを数回繰り返し──そして、目の前にいる俺の顔と、自分たちが同じ布団の中で密着しているという事実に焦点を結んだ。
「…………」
「あ……どうも……」
「──このッ! ど変態ドライバーッ!!」
バチィィィン!!
保険室に、特大の平手打ちの音が響き渡った。
「ぐはぁッ!?」
強烈なビンタを食らった俺は、ベッドから見事に転げ落ちた。だが、悲劇はそれだけでは終わらない。
「痛っ!? なんで私まで頬が……ッ!」
ベッドの上のヒカリも、真っ赤な顔をして自分の頬を押さえて涙目になっていた。
「そりゃ……ダメージ共有してるから、だろ……」
「そ、そうだったわね……ったく、目覚めて早々、どこ見て、何想像してんのよこのマジエロ変態ドライバー!!」
「い、いや違うんだ! これは不可抗力っていうか、戦闘中は気づかなかったけど改めて見たら衣装がその……っ!」
「うるさいっ!! ホムラは甘やかしてくれたかもしれないけど、私はそんなの許さないんだからね!」
バチィィィィンッ!!!
保健室に、再度強烈な平手打ちの音が響き渡った。
痛覚を共有しているため、当然ヒカリの頬にも同じ痛みが走るはずなのだが、彼女は涙目で自分の頬を押さえながらも「自業自得よ!」とプイッとそっぽを向いてしまった。
「これだから若いのは困るねぇ。元気なのはいいことだが、ここは保健室だよ」
突如、ベッドの足元から呆れたような老婆の声がした。
見れば、巨大な注射器を杖代わりにしたリカバリーガールが立っている。
「リ、リカバリーガール!」
「正面のベッドじゃ緑谷も寝てるんだ。少しは静かにしなさい。……それに、そこのお嬢ちゃん」
「……なによ」
「怒ってるみたいだが、元々はあんたが隣のベッドから寝ぼけて、この子のベッドに潜り込んだんだろうに」
「なっ……!?」
図星を突かれた(あるいは自分でも自覚がなかった)のか、ヒカリの顔がさらにボフンッと沸騰したように赤くなる。
「そ、そんなわけ……!」
動揺した様子で、ヒカリは俺のベッドの隣にある空のベッドを見つめ……やがて、観念した様子で口を開いた。
「わ、悪かったわよ。私、寝ぼけたら徘徊する癖があるみたい……」
「お、おう……分かってくれたなら──」
「け・ど! 私で嫌らしい想像したことは許してないからね! エッチ!」
「えええっ!!」
(いやいやいや! そんな格好してて見るなと言われても、そりゃ男として厳しいって……!)
──と、本人に言う訳にもいかず。
「はい。すいませんでした」
俺が素直に頭を下げて謝罪すると、ヒカリは「ふんっ」とそっぽを向きながらも、ほんの少しだけ溜飲を下げたようだった。
俺は床からベッドによじ登って体勢を立て直すと、少しだけ真面目なトーンで口を開いた。
「なぁ、ヒカリ」
「……何よ。まだ何か言い訳する気?」
「いや、そうじゃなくてさ。……ホムラは、無事なのか?」
USJであれほど無理をさせてしまった。俺の問いに、ヒカリは一瞬だけ目を丸くし……やがて、憑き物が落ちたように優しく微笑んだ。
「ええ。私の中で、ゆっくり休んでるわ。……君が、私たちを護ってくれたから」
「そっか……よかった」
その言葉を聞いて、俺はようやく心の底からUSJの死闘が終わったのだと実感できた。深く安堵の息を吐き出した、その時だった。
ガラッ……と、少し遠慮がちに保健室の扉が開いた。
宙に浮いた見慣れた制服が、そっと中を覗き込む。葉隠ちゃんだ。俺が目を覚ましているかどうか心配して様子を見に来てくれたのだろう。
「失礼します、西里くん……あ、目、覚めてる……!?」
「おお、葉隠ちゃん。……俺は平気だ。それより、葉隠ちゃんこそ怪我はないか? 無事だったのか?」
俺が身を乗り出して尋ねると、葉隠ちゃんはパァッと嬉しそうに駆け寄ってきた。
「う、うん! 私は全然怪我してないよ。土砂ゾーンで轟くんと一緒にいたから……って、えっ?」
俺の無事を確認してホッとした様子の葉隠ちゃんだったが、俺の傍らに視線を移した瞬間。
見えない彼女の顔が、完全にフリーズしたのが気配で分かった。
無理もない。
病室に入ってきた第三者から見れば、布面積が狂っている超絶美少女が顔を真っ赤にして俺のベッドに座っており、対する俺の頬にはくっきりとビンタの跡が残っているという、どう見ても痴話喧嘩か事案にしか見えない構図が出来上がっているのだから。
「あ……透。お見舞いに来てくれたのね。ありがとう」
硬直する葉隠ちゃんに対し、ヒカリは少しツンとした表情を和らげて自然なトーンで声をかけた。
「えっ……と、透!?」
下の名前で、しかも完全に親しい友人に向けるような呼び方をされ、葉隠ちゃんはパニックに陥ったように宙で両手をバタバタと振った。
「え、えと!? あ、あなたは確か、ヒカリさん……だよね? なんで私の名前を? ていうか、ホムラさんは!?」
「ホムラは私の別人格なの。あの子と私は記憶を共有してるから、透との今までのことも、バレンタインのことも、全部知ってるわ」
「バッ……!? バレンタインのことまで!?」
ヒカリが事もなげに爆弾を投下すると、葉隠ちゃんは「ひゃあっ!」と短い悲鳴を上げて両手で顔(らしき空間)を覆った。
「そ、そんな……! じゃあ、ホムラさんのあの聖母みたいな優しさの裏に、ヒカリさんっていう勝気なお姉さんまで潜んでたってこと……!? しかも私の情報全部筒抜けだなんて……!」
「……透? どうしたの?」
ヒカリが不思議そうに小首を傾げるが、葉隠ちゃんの混乱は止まらない。やがて、彼女の見えない視線が、再び俺とヒカリの距離感へと突き刺さった。
「そ、それより!! なんでヒカリさんは西里くんと同じベッドに乗ってるの!? しかも何その服!! ホムラさんよりも露出ヤバいし!! 私が来る前に、一体何してたの!?」
「ち、違うんだ葉隠ちゃん! これは事故っていうか、ヒカリが寝ぼけてて……!」
「そうよ! 私が寝ぼけてたのは認めるけど、玲空が目覚めた瞬間に私の胸とか太もも見て、頭の中で信じられないくらいエッチなこと考えたのよ! おかげで私にまで変な感覚が少し流れ込んできたの! 最低でしょ!?」
「なっ……! ヒカリ、お前それ言っちゃダメなやつ!!」
「西里くんの……大バカァ!!」
ヒカリの暴露により、葉隠ちゃんの見えない両拳が、ポカポカと俺の肩や胸に容赦なく降り注いだ。
「こらこら、保健室で暴れるんじゃないよ!」
リカバリーガールが注意するものの、葉隠ちゃんの怒りのポカポカは数秒間止まらなかった。
「痛い痛い! 治癒直後の筋肉痛に響く! 悪かったってば! 男の健康な生理現象というか、不可抗力だろ!?」
「不可抗力でそんなこと考えないでよ! むっつり! 変態!」
そうして。一通り俺を叩き終えて気が済んだのか、葉隠ちゃんは「はぁ、はぁ……」と肩で息をして、俺のベッドの横にヘナヘナと座り込んだ。
「……ほんと、西里くんのバカ」
「ごめんて……」
「……でも」
不意に、葉隠ちゃんの声が震えた。
ポタッ、と。シーツの上に、透明な水滴が落ちて、丸い染みを作る。
「無事で……よかった。……ほんとに、よかったぁ……っ」
ヒッ、ヒッ、としゃくりあげる声。
USJでの絶望的な死闘。いつ誰が死んでもおかしくなかったあの状況で、俺が限界を迎えて倒れた時の彼女の恐怖と不安は、計り知れないものだっただろう。
「葉隠ちゃん……」
俺が言葉をかけようとした時、ヒカリがそっとベッドから降りて、葉隠ちゃんの隣に立った。
そして、純白の袖から伸びる細い手で、透明な彼女の背中を、まるで姉のように優しく撫でたのだ。
「……心配かけたわね、透」
その声は、さっきまでの勝気なトーンとは違う。
ホムラと同じ、どこまでも温かくて、相手を思いやる慈愛に満ちた声だった。
「ヒカリ……さん……っ」
「泣かないで。透も知ってるでしょ? 玲空は無駄に頑丈なのだけが取り柄なんだから」
「いや、頑丈て」
俺が苦笑いしながらツッコミを入れると、葉隠ちゃんは涙声のまま「ふふっ」と吹き出した。
透明な彼女が袖口でゴシゴシと涙を拭う気配を感じて、俺もホッと胸を撫で下ろした。
ホムラと、ヒカリ。
二つの人格と姿。性格は正反対のように見えても、その根底にある「優しさ」と「俺たちを護りたいという想い」は、全く同じ一つの魂なのだ。
「やれやれ。若いもんは立ち直りが早くて結構だけどね……少しは事の重大さを噛み締めなさいな」
ホッとした空気を引き締めるように、リカバリーガールがため息まじりに口を開いた。
「っ、……リカバリーガール。俺たちが倒れた後、一体どうなったんですか!? 相澤先生や13号先生、それに、ニア……猫耳の女の子と白い大きな虎は無事なんですか!?」
「……まず。あんた達が倒れた後、すぐにオールマイトやプロヒーロー、それに警察が駆けつけてね。チンピラヴィランは制圧済み。生徒達も、あんたらを除いて皆無事さね」
「そう、ですか……良かった……!」
俺は安堵のため息を吐くが、まだ安心できない。相澤先生や13号先生。それに、ニアたちは、特に酷い重傷を負っているからだ。
「13号は背中をやられたが命に別状はないよ。ただ、相澤は……顔面や両腕の骨折が酷くてね。アタシの治癒だけじゃ追いつかないから、今は設備の整った外部の病院へ運ばれて手術中さ」
「相澤先生……っ」
あの絶望的な状況で、俺たち生徒を護るために身を粉にして戦い抜いてくれたボロボロの姿を思い出し、俺はギュッと拳を握りしめた。
「それと、西里。あんたらを庇ったっていう、ヴィラン側のお嬢ちゃん……ニアと言ったかね」
「! ニアはどうなったんですか!? 彼女も酷い怪我を……!」
「アタシが最低限の応急処置はしたよ。『崩壊』とかいう厄介な個性を食らってたみたいだが、一緒にいたでかいトラが身を呈して引き剥がしたおかげで、一命は取り留めてる。……ただ、少し気になる事があってね」
「気になる事……?」
「ああ。あの崩壊の個性は、細胞を根本から壊死させる恐ろしいものだった。なのに、あのお嬢ちゃんの傷口……細胞自体が、アタシの治癒を待たずに自ら異常な速度で再生しようと抗っていた痕跡があったんだよ。まるで、彼女自身が強力な治癒の個性を持っているかのようにね」
「ニアが、治癒の個性を……?」
「まぁ、今は警察病院の特別病室で、塚内警部たちの厳しい取り調べを受けているよ。いくら土壇場で寝返ったとはいえ、ヴィランとして雄英を襲撃した事実がある以上、これからどう転ぶかは警察と……根津校長次第だろうね」
彼女は、根っからのヴィランなんかじゃない。俺たちを助けるために、命を懸けて死柄木に反旗を翻したんだ。
『借りを返さないままにするのは性に合わない』と言って、ボロボロになりながら俺たちを護ってくれたあの姿を思い出し、俺はベッドのシーツを強く握りしめた。