転生少女の受難   作:フッ軽布教女サッチ

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転生魔法少女の受難

 

かえして、と叫んだ。

 

だいじなものを盗られたから。

 

 

 

死んだら返してやる、と言われた。

 

だから、言われた通りにした。

 

 

 

心臓に銃を突きつけて。

 

躊躇いなく。

 

 

 

引き金を、引いた。

 

 


 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 


 

 

フリルたっぷりのスカートに、腰についた大きなリボン。

長く伸びた髪は、長いリボンが増えたヘアピンで纏められ。

院長先生のお古である歴戦のメイスは、キラキラピカピカのステッキに。

 

「……はぁ……」

 

どうしてこうなったんだろう。

白亜の旧都 セントアークの、歴史ある街並みの屋根上でしゃがみながら、まんまと魔法少女になってしまった私はため息をついていた。灰被り姫もびっくりの変身だ。

語尾がモナな時点で嫌な予感はしていたけれど、まさかそう来るかぁ……空の女神さまって案外幼女趣味なのかも。

 

「初変身の感想はどうモナ?」

「妙な高揚感がある。気持ち悪い」

「そりゃあ、ずっと抑えてきた魔力があふれ出しているんだから当たり前モナ」

 

モナくん曰く、女神さまは私に強大な魔力を与えたものの、前述した私の思い込みが魔力のサポーターたるモナくん共々体の奥底に沈め、封印してしまっていたそうだ。

おかげで変身したとたんにこれだ。身体能力は超アップ、屋根にひとっとびは当たり前。魔獣も一撃粉砕。こんなに高いヒールでこんなに走れたの初めてだよ。

……ちなみに、正体がバレてもモナ族になったりはしない。それは本当に安心した。

 

「それで、モナくん。何が起こったのか説明してくれるんだよね」

「当然モナ。約束モナ。耳かっぽじって聞くモナ」

 

そう言って、モナくんは両膝の上に乗って、どこからともなく取り出した学者帽とツケ髭を装着し、説明を始めた。

 

「ソフィアが一回死んだあと、ようやくモナはソフィアの外に顕現できたモナ」

 

その後、ヘアピンを奪った兵士を()()()()()()()()()、慌てて血まみれの私を時間の止まった異空間へ回収。さらに()()()()()()()()()()、保健室のベッドに寝かせて逃走。

咄嗟に使用した転移魔法によって、サザーラント州のハーメル廃道まで飛び、これ幸いと霊脈で眠らせ、その間に心臓と足を修復。

なおモナくんが使える魔力は私の魔力しかないから、転移魔法でゴッソリ消えた後チミチミ回復するのを待っていた。

結果、2年経過。

 

「つまり、今は七耀歴1206年。ソフィアの言う閃の軌跡3に突入しているモナ」

「いろいろ聞き捨てならないことが多すぎる……モナくん、貴方倫理観どこに置いてきたの?」

「そこになければないモナね」

 

くそ、百円均一の店員みたいなことを。

それにこの手口、まんまクロウ先輩をジークフリードに仕立て上げた黒の工房と同じじゃないか。いやタイミングに違いはあるけど。

つまり、世間的に私は死んだことになっているわけで。

 

眼下でエリオットくんにラウラちゃん、フィーちゃんとセントアークを巡るリィンくんも、きっとソフィア・オーディナリーの死体を見たはずだ。

……私が不用意に関わったばかりに、悪いことをしてしまった。集めた情報によれば、原作よりもずっと荒れていたらしい。

本当なら、先輩の死を背負うだけで済んでいたのに。

ぴよぴよ跳ねる黒髪を愛おしく感じながら、じっと見つめる。

 

「それにしても、もう原作なんてこりごりだ~!とほほ~!するかと思っていたモナ」

「アイリスアウトやめてね。確かにもう関わるつもりはないけど……蝶が羽ばたいた分はカバーしないと、でしょ」

 

陰からこっそり見守りながら、原作がブレたら元のルートに戻す。

それがこれからの私のやるべきことだ。

 

リィンくんが去ったことを確認して、軽々と路地裏に飛び降りる。

誰も見ていないことを確認してから変身を解き、いつもの先輩のジャケットと、ヘアピンと、ピアスを確認して息を吐く。

長い間これらに依存していたせいで身に着けていないと落ち着かない。まったく、なんて置き土産を残してくれたんだ、主人公様ご一行は。

 

「じゃあモナくん、いい感じのカバンがゲットできるまで辛抱してね」

「むう……カバンを用意できたらすぐ呼ぶモナ」

 

町の人に見られたら魔獣を連れていると思われかねない。モナくんは再び私の中へと帰っていった。

身だしなみを確認して、路地裏を飛び出す。

まずは身体慣らしに狩った魔獣のセピスを現金に交換して、それを軍資金にしよう。

幸いセピス塊がガッポガッポだ。これでちょっとした小金持ちだぞぅ。

弱っちかった昔では考えられない稼ぎ方にウキウキしつつ、私は工房を目指して歩き始めたのだった。

 

 


 

 

十数年ぶりのおニューのカバンである。

孤児院ではいつも近所の人たちの好意という名のお古だったから、実に17年ぶり……わかりやすく言えば前世ぶりだろう。

思い切り好みの、いい感じの合皮のバッグを買ってやった。モナくんはちょうどぴったりらしく、街を出るまでは心地よさそうにカバンの中で溶けていた。

 

さて、そんな現在。

リィンくんたちがハーメル廃道へと入っていくのをストーキングして、変身したまま上からその姿を見守っていた。

今のところイレギュラーもなく、アガットさんも含めた5人は順調に進んでいる。蝶の羽ばたきで超強い手配魔獣でも出たらどうしようかと思っていたけれど、どうやらそんなことはないようだ。

ふぅ、と一安心して、木の太い枝に座り込む。この分じゃ1章は大丈夫そうだ。

足をぶらぶらとさせながら、皆がハーメル村への方角へ向かうのを見届ける。

……後で私もお墓参りくらいはしておこうかな。レーヴェには思い入れもあるし。

 

さて、ここにいては西風の団長様に見つかりかねない。

木の枝から軽々と降りて、ググっと伸びをした、

 

その時。

 

「お、女の子……!?」

 

しまった。

シュバルツァーの人たらしとバニングスのタチ悪さを受け継いだ史上最強(最悪)のハイブリッド、ユウナ・クロフォードちゃんに見つかってしまった。

そうなれば当然、彼女と一緒に行動しているリィンくんの教え子たちにも見つかるわけで。出てきたアルティナちゃんにクルトくん、機甲兵に乗ったアッシュくんが顔を出す。

……私はしばらく考え込み、とにかく離脱しようと声を上げる。

 

「こほん。見なかったことにしてくれるかな」

「無茶を言わないでくれ」

「無理があります」

『逆に忘れられると思ってんのか』

 

ダメだった。そりゃあそうだよね。廃道でこんなナメた格好してる女忘れられないよね。

 

「その恰好、トールズの分校の子だよね。この先には廃村しかないけど、何の用?」

「何の用って、こっちのセリフよ。あなた何者?」

「私は~……予言と未来と魔法の戦士!通りすがりの名もなき魔法少女、まじかる☆S!(キリッ)」

「無理がありすぎます」

『名もなきならイニシャルもねぇだろ』

 

さっきからアルティナちゃんが無理があるbotになってしまっている。

アッシュ少年のツッコミもキレキレである。うんうん、やっぱり黄昏の引き金引くよりツッコミしてるほうが似合うよ、君。

 

「冗談冗談。そうだなぁ、フィロって呼んで」

「さっきのイニシャルにかけらも掠ってないけど」

「どう考えても偽名ですね」

 

だってしょうがないじゃん、私一回死んでるんだから。本名名乗ったらリィンくんにチクられかねないし。

哲学(フィロソフィア)から私の名前を抜いてフィロ。結構いい名なんじゃないだろうか。

 

「というか、魔法少女? とは、一体何なんだ」

「私もわかんない。目が覚めたらいきなり魔法少女になれって迫られて」

「迫ったわけじゃないモナ!!」

 

クルトくんの質問に答えると、モナくんが怒って体の中から飛び出してきた。

即座に引っ掴んで体の中へ押しもどす。なんだかポコポコ文句を言っているが、後で聞いてやろう。

 

「ねぇ、今何か出てきて」

「気のせい気のせい」

「無理しかないです」

「君たちは何も見なかった。いいね?」

 

キリ、とキメ顔を彼らに向けた瞬間、村の方向で爆発音が聞こえた。

 

「っ、教官が……!!」

「ああもう、時間がないわ! フィロ、あんたも一緒に来て!!」

「えっ私も!?」

 

ガシリとユウナちゃんに腕を掴まれ、引っ張られる。

若草色の、まだ闇を知らない瞳が爛と輝いて、私を映す。

 

「なんだか、あんたは()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「ちょっと、嘘でしょ!?」

 

────忘れていた。

ユウナちゃんも、主人公様の立派な一員だということを。

 

ああもう、2度と原作には関わらない(蝶は羽ばたかせない)って決めたのに!!

 

 


 

 

木陰から神機と戦うリィンくん達を眺め、思わず震える。

あ~、終ぞ見れなかった騎神戦見れるのマジで嬉しいッ……!!

 

(結局ミーハー精神ドカ盛りで草超えて森モナ)

(ねぇモナくんがネットミーム使いになってるのちょっと嫌なんだけど)

(恨むなら自分の前世を恨むモナ。君から生まれたモナがネットミーム使いになるのは当然の帰結モナ)

 

ユウナちゃんに「ここにいなさいよ!」と厳命された木陰で、私はそっと変身を解いた。この森の中で魔法少女衣装は目立ちすぎる。前トールズの平民制服なら緑の中に紛れられるしね。

カバンの中から念話を使ってくるモナくんをいなしながら、激戦の音に紛れて移動を開始する。今のうちにサクっと墓参りを済ませてフェードアウトする……!

 

いや生で動くヴァリマール良すぎるな。ガチでかっこいい。

 

よそ見をしつつ、生身でハーメルへとたどり着く。

そして、村の奥にある石碑へゆっくりと歩いていき、黒地に金の装飾がきれいな、魔剣・ケルンバイターの前へしゃがみ込み、そっと手を合わせる。

 

……今世じゃかかわりもないけれど、それでも貴方の軌跡に惹かれた者として、ひとつ挨拶させてください。

ありがとう、必死に生きてくれて。

 

さて、お参りも終わりだ。

あとは紫の騎神がここから飛び去るのを見送って、1章はおしまい。

ウキウキで振り返り、村から出ようと一歩足を踏み出したと同時に。

 

「いだっ」

 

どん、と顔面が何か固いものにぶつかった。

体勢を崩して尻餅をつく。痛む鼻先をさすりながら何にぶつかったのかと見上げれば、

 

そこには仮面のピッチリスーツ大男(蒼のジークフリード)が立っていた。

 

(アイエエエエエエエ!?ジークフリード!?ジークフリードナンデ!?)

(わかんないモナわかんないモナわかんないモナ!! ソフィアの記憶にこんなデータ無かったモナ!?)

 

そりゃそうだ。ジークフリードの初登場(?)は2章……クロスベルの星見の塔だから。

あ、でも実験を見守るアルベリヒの代理とか言ってたからこの時も見てないとおかしいか。タハー、やらかしたぜ!

……じゃなくて。

 

「……俺、は……何故……」

 

ジークフリードさん涙ボッタボタで草。ドカ泣きやんけ。それ仮面の内側大丈夫?

 

「えーっと、大丈夫ですか? ハンカチどうぞ」

「……わる、い……ソフィ……」

「エッソフィ!?誰デスカソレ!?」

「……? おまえの、名前じゃ……」

 

アルベリヒさんへ。洗脳剥がれかけてますよ。オーディナリーより。かしこ。

やっぱり先輩のジャケットは着たままだとまずいかもしれない。サイズが合っていないジャケットなんてトレードマーク以外の何物でもないし、今のトールズは制服が貴族平民問わず赤色一色に統一されているからトールズ生とも偽ることができないし、損しかない。

……でも、脱ぐと落ち着かないんだよなぁ。どうしよう。

 

『───どうした、蒼のジークフリード』

 

低い、腹の底から揺らされるかのような、恐ろしい声。

それを聞いた瞬間、私の本能が警戒したのか、変身アイテムであるARCUSが熱を帯び、体が勝手に変身を始める。

髪が伸びて、緑のジャケットは蝶モチーフのロリータに、持っていたメイスは武骨な鉄製からユメかわメイスへと変化する。

私の変化にギョっとしたのか、ジークフリードはハンカチを握ったまま飛びのいた。すんません返してもらっていいですか? それ新品なんで。

 

『ふむ、封印が消えかかっているようだ。君の仕業かね?』

「し、知らない。泣いてたから、ハンカチ貸してあげただけ」

『……まぁいい。掛けなおすとしよう』

 

悍ましい声の持ち主である目ん玉浮遊マシンがピカっと輝くと、ジークフリード────クロウ先輩はうめき声を上げて、地面に倒れこんだ。

うわ、痛そ……先輩には申し訳ないけど、これ以上原作には関わりたくないし。

それじゃあ私はこれで、とこの場から逃げ出そうとした……が。

 

ゆらりと立ち上がったクロウ先輩は、ジャキリと双銃をこちらに向ける。

 

『さて、存在するだけで彼の記憶を揺るがしかねない君は危険因子だ。排除しても良いが……研究のため捕獲させてもらう』

 

それだけ言い残して、目ん玉浮遊マシンはポワンと消えた。

 

「……えーっと、先輩? 見逃してもらえたりとか……」

 

両手を挙げて降参ポーズをしてみる。

だが────当然のように銃弾の雨が降ってきた。

 

「ですよね────ッ!!!!」

 

慌ててメイスを振りかぶり、一気に弾丸を弾き飛ばす。

撃ち続けてくるジークフリードから目を離さず、周りを駆け抜ける。とりあえずぐるぐる回って攻撃パターンを見る、これ別ゲー(イース)の鉄則ね。

 

「ソフィア、教えたとおりにするモナ!」

「わかってる!」

 

肩に上ってきたモナくんに返事をして、体の内側に燻る魔力を一気に解き放つ。

バサバサバサと鳥の羽音と勘違いするほどの大音量。私の魔力から発生した蝶たちが飛び立った音だ。

ジークフリードの武器は二丁拳銃。視界さえ遮ればこっちのものだ。

 

蝶の嵐の中、何とか離脱しようと村の入口へと駆ける。

足音を聞いているのか、案外正確に飛んでくる弾丸をメイスで弾き、私はハーメルの外へと飛び出した。

チッ、蝶の羽ばたきを気にしてる余裕がない……!! これ以上物語が歪んだらどうしてくれるんだ!!

 

「フィロ!?」

「いなくなったと思ったら、どこに行っていたんだ!」

「ちょっと今近寄らないで!!大技打つから!!」

 

駆け寄ってくるユウナちゃんとクルトくんを制止し、重いメイスを出てくるジークフリードへ向けて、魔力を貯める。

今使えるありったけの魔力を貯めて、貯めて、貯めて────

 

「借りるよ、アリサ……!!」

 

メイスを弓に見立て、右手を引く。

 

「まじかる☆トゥインクル・アロー!!」

 

ふざけた名前の必殺技を叫び、魔力を開放する。

光の軌跡が幾重にも重なり、ジークフリードへ向かって収束。ドでかい爆発が起きたが────きっと仕留め切れてはいないだろう。

即座に飛びのき、街道の入り口に向かって走る。案の定銃弾の雨はまた降ってきた。

 

「ああもう、しつこい男は嫌われますよ!!」

 

返事はない。そりゃそうだ。洗脳ガンギマリ中だもんね。

 

「モナくん、転移!転移!!転移魔法!!!!」

「使ったらまた眠ることになるモナ」

「いいから!!転移────ッ!!!!」

 

必死の叫びに呼応して、モナくんが転移魔法を発動させる。

 

あ、そういえば。

くそ、(新品のハンカチを)持っていかれたッ……!!

 

そこで、私の意識は途絶えた。

 

 



 

 

────借りるよ、アリサ……!!

 

ソフィア。

 

────ああもう、しつこい男は嫌われますよ!!

 

ソフィアだ。

ソフィアが、生きている。

 

血まみれで、つぶれた足を必死に動かし、絶望に浸る君を見た。

ようやく救えると思ったら、光を失った瞳を見開いて、心臓に穴が開いて事切れる君を見た。

 

痛かっただろう。苦しかっただろう。

何も言わない墓の前で、何度もごめんと謝った。

君が危険な時に限って、俺はいつも間に合わない。

 

だが。

まっすぐ、うねりも無い浅紫色の髪の奥に、氷色の瞳が煌めいて。

一緒に墓に埋めたはずの、アリサが贈ったヘアピンを今も大切そうにつけていて。

光を放った余波で見えた耳元には、俺が渡したピアスが靡いていた。

 

生きている。

間違いなく、生きている。

 

「教官……?」

「……ああ、すまない。なんでもないよ、アルティナ」

 

俺たち三人だけの、大切な女の子。

 

 

また会えたなら、今度こそは。

 

 



 

「いい報告と悪い報告があるモナ」

 

目覚めた瞬間そうモナくんに告げられた私は思わず正座をした。

クロスベル自治州、エルム湖にぽつんと立った、水没しかけの遺跡の上。転移魔法の行き先はそこだった。

すぐ近くに街道があるから、変身した身体能力ならサクっとそっちに渡れるらしい。それはそれとして湖の中に出なくてよかったよ本当に。

 

「じゃあ、いい報告から」

「限界まで魔法を酷使したおかげで魔力容量がちょっとアップしたモナ」

「よくあるパワーアップだ。悪いほうは?」

「アルベリヒがご丁寧にマーキングしていったモナ」

 

いい報告と悪い報告が釣り合ってなさすぎる。ちょっとうれしいに気持ち悪いを重ねるんじゃないよ。

 

「マーキングって、なにそれ」

「魔法を使うとアルベリヒに位置情報が飛ぶモナ」

「GPSだと……!?」

「それだとちょっと不便すぎるからモナが若干ジャミングかけておいたモナ」

 

モナくんが天才すぎる。思わず拝んでしまった。神様仏様モナ様。

変身するだけなら位置情報をジャミングできるらしい。まぁそれも完璧じゃないから必要な時以外やめておこうね、という結論に至ったが。

というわけで、素早く変身して街道へ渡り、解除する。

……やけに魔獣が少ない。遊撃士が通った後だろうか?

 

「ところでモナくん、今日は何月何日?」

「5月20日モナ」

 

そりゃあ魔獣が少ないわけだ。だってここ、ウルスラ間道だもん。

思わず眉間を揉んで、空を仰ぐ。

 

────第二分校クロスベル演習初日やないかい!!!! よく見つからんかったな!!!!

 

 


 

 

とりあえず新しいハンカチを買って、モナくんバッグに押し込んだ。「モ゛ナ゛ッ」とダメボが鳴る。

ソフィアは乱雑すぎるモナ、とかプンプンし始めて念話がやかましい。どうせ整理整頓できませんよーだ。それにしても、モナくんのダメボなんか癖になるな。モ゛ッて感じで。

 

百貨店から出て、ゆったりと歩道を歩く。高いビルが立ち並び、都会であることをひしひしと感じる。これが独立後ならもっと晴れやかなんだろうなぁ。

帝国に占領されたクロスベルはいつも通りのように言えてどこかドンヨリとしている。帝国人観光客は楽しそうだが、恐らく住人と思われる人々は息をひそめて、息苦しそうに生活していた。

ふらりと歓楽街に立ち寄ったところで、モナくんが念話で話しかけてくる。

 

(ソフィア、カジノがあるモナ)

(いかないよ)

(モナ? 賭け事、好きじゃなかったモナ?)

(競馬の時だけ見てそう言ってるでしょ。アレは制服のジャケットが欲しいから一発逆転狙っただけだよ)

 

アレは本当にひどかった。既知転生者の悪いところばかり出ていた。

許さん、許さんぞ蝶の羽ばたき。本気でもう二度と起こしてやらないからな。

 

(手遅れモナ。アルベリヒに目つけられてるんだからもう無理モナ)

(あのさぁ、そういう希望ないこと言わないでよ。今から魔法を使わず静かに暮らせばいけるかもでしょ)

(じゃあソフィアはあのバケモノから逃げられると本気で思うモナ?)

 

……それは……無理かもって思うけど、諦めたらそこで試合終了だし。

というか、また情報集めなきゃ。そろそろお昼だし、リィンくんは地下に行ってるかな……

カジノの前でうんうんと唸っていると、パシリと腰に当てていた手を捕まれる。

驚いて振り返ると────

 

「ぁ……! ソフィ、本当にソフィなのね……!!」

 

うわっ美人。とんでもねぇ美人。世界で一番の美人だ。咲いた笑顔は大輪の菊のごとし。

大人になったねぇ、アリサ……じゃなくて!!

 

「エッソフィ!?誰デスカソレ!?」

「もう、とぼけないの。私の目を誤魔化せると思った?」

「イヤ~ヒトチガイジャナイデスカネ!?マイネーム イズ フィ────」

「まさか本当にリィンの言うとおりだったなんて……大丈夫。これからはずっと一緒よ、ソフィア」

 

ちょっと待てぃ。

アリサ、変な方向に進化してない?

なんというか、目が笑ってないというか。そんなアリサもかわいいけど、その、世間の需要と別方向に行ってない? あなたといえばツンデレ、あなたといえばメインヒロインでしょうが。ヤンデレはその、解釈違いというか。

アリサはするりと私の頬を撫でると、ヘアピンに触れて、愛おしそうに目を細めた。

 

「これ、ちゃんと大切にしてくれていたのね」

 

……まぁ、奪われたくなくて抵抗するくらいには。

死んだら返してくれるって言うから、自死を選んだわけで。

あ、そう考えるといきなり恥ずかしくなってきた。友達にもらったものに依存するとか精神年齢42歳として恥ずかしくないんですか?

 

(ところでソフィア。思いっきり蝶が羽ばたいてるけどいいモナ?)

(やっべ) 「アリサ、ごめんっ!!」

 

咄嗟に手を振りほどき、アリサに背中を向けて走り去る。

 

「ソフィ、待って────!!」

 

きっとジオフロントに向かうところだったのだろう。早く行ってあげないとリィンくんがヴァリマールを呼んじゃうよ。高いところからその必要はないわって言ってあげて。

アリサが今から行くってことは、おんなじ入り口は使えないな。たしか駅前通りのところから入ってたっけ。じゃあ西通りから一回入ってみるかな。

じゃあ、上手いことアリサに会わないように西通りまで行って……

 

「ふぎゅっ」

「ア゛ァ……?」

 

また固いものにぶつかった。デジャヴ。

なんだこの熱い人。熱でも出てるんじゃないか。

ぶつけた額をさすりつつ、私はぶつかった人を見上げる。

 

「……へェ……お前、『混じってる』な?」

 

オッス、オラ ソフィア!

マクバーンの兄貴から名言、言われちまったぜ!!

 

 


 

 

「『中』の人間に関わらないようにしたい、だぁ? アホかお前」

 

ぐ、アホとは失礼な。

マクバーンさんは足を組んで、めんどくさそうに欠伸をした。

 

「気にしたらキリがねぇだろ」

「でも、私の知る『中』に貴方は居ても私の姿はありませんでした」

 

閃の軌跡は、最終的にハッピーエンドを迎える。

マクバーンさん────メア=ク=バルウド=ルアウングすら乗り越えて、最高のハッピーエンドを迎えるのだ。

 

蝶の羽ばたきが怖い。

何がきっかけで、あの完璧なハッピーエンドが壊れるのかがわからない。

もしかしたら、あの日。入学が決まって、特別オリエンテーリングに参加した時点で、もう手遅れだったのかもしれない。バックれたらよかったかな。

 

「ハァ……難儀な性格してやがるぜ」

「本当は貴方にこうして話すのも怖いんですよ。何かが変わって、悪い方に向かうかもしれないって」

「この国の運命がそんな簡単に変わるかよ」

「変わったところを見たから言ってるの」

 

夏至祭の競馬の順位。

スカーレットの早期到着。

小さな変化は、すでにたくさん起こっている。タイミングからして、異物である私を吐き出そうとする黒の史書からの干渉と見て良いだろう。

 

閃の軌跡3に入ってからも何度か私はメインストーリーに干渉してしまっている。新Ⅶとの面識、ジークフリードとの戦闘、アルベリヒからのマーキング、さっきのアリサとの遭遇。

いつ揺り戻しが来るかわからない。もちろん、防ぐためにこうしてコソコソ動いているのだけれど。

それが、どうしようもなく怖いのだ。

 

俯いた私を見てか、マクバーンさんは大きなため息をついた。

 

「いいか、ソフィア。『外』の先達として教えてやる。俺たちはもう『中』に組み込まれてんだよ」

「……え」

「『中』が本気で排除しようと思ったら、俺はともかくお前なんざ一瞬で消えてるに決まってるだろ」

 

それは、そうかもしれないけど。

マクバーンさんは、肩でもちもちと揺れるモナくんを指さした。

 

「それからソイツ。お遊びだろうが女神が遣わした、言っちまえば聖獣だ。女神直々のサポーターがついてるくせに、まだ『外』の傍観者だって言い張るつもりか?」

 

あ、たしかに。

モナくんって、定義的には聖獣か。え、これが?マジで?

 

「一応判定的にはそうなるモナ。けど、女神さまの気まぐれで生まれたからあんまり力はないモナ」

 

……ダメ。頭が痛くなってきた。

一体女神さまは私に何を望んでいるのだろう。変身しないとまともに何もできない、こんな弱っちい小娘に。

 

「あー、だから……俺が好きにやってんだ、お前も好きにやりゃあいいだろうが」

 

マクバーンさんは、私の頭の上にトンと手を乗せた。

 

「『混じってる』癖に、世界に遠慮してんじゃねぇよ」

 

世界に、遠慮しない。

 

いいのだろうか。そんなこと、許されるのだろうか。

あの最高の物語に、私のエゴをぶつけてしまっても。

 

「くぁ……んじゃ、あとは自分で考えるこった」

「あ……その、マクバーンさんっ」

 

去っていく派手な背中に、その名を呼びかける。

気だるそうに振り向いた彼の、サングラスの向こうを見て、私は精いっぱいの笑顔を見せつけた。

 

「ありがとう! 何か、見えた気がする!」

 

ぴくりと眉を挙げて、魔人は珍しく、穏やかに笑った。

そして、そのまま彼は片手をひらひらとさせながら、人ごみの中に去っていくのだった。

 

 


 

 

 

クロスベル、星見の塔。

ブカブカのジャケットを握りしめながら、私は塔の頂上で行われている激しい戦闘の余波を見上げていた。

 

「モナくん、お願い」

「了解モナ。ジャミング、解除モナ!」

 

モナくんにジャミングを解除してもらって、ARCUSをそれらしく構える。

やがて熱を帯び、紫色の光を放ち始めたARCUSから、魔力がどかんと飛び出た。

それはやがて私の身体を包み、髪を伸ばし、服を変え、メイスを変化させる。

 

「予言と未来と魔法の戦士、魔法少女 まじかる☆ソフィア! ……なんちゃって」

 

キメキメでポーズを決めた途端、目の前にズドンと何かが落ちてくる。

へぇ、観察より私を優先するんだ。まぁ、あっちには目ん玉プカプカマシンが残ってるのかな。

 

「……馬鹿め。自ら罠にかかる獲物がどこにいる」

 

クロウ先輩、ニチアサの悪役みたいなこと言ってる。

いつもの様子からじゃ想像もできないな、と少し面白く感じつつ、私はメイスを構えた。

 

「罠にかかったんじゃない。私が貴方を呼び出したの」

 

そして魔力を込めて、周囲に蝶を撒き散らす。

 

「先輩に、戻ってきてもらうために」

 

もう、この世界から逃げない。遠慮なんかしない。

私だってもうゼムリアに生きる一人の人間なのだ。いくら未来を知っているとはいえ、その事実は変わらない。

どうせ先輩は元に戻るんだ。私のわがままだが、少し早く正気に戻したっていいだろう。

 

「俺は貴様の先輩ではない」

「じゃあどうしてあんなに泣いていたんですか。私が心配をかけて、挙げ句の果てに死んだからでしょう」

「ッ……!!」

「なんなら再現してもいいんですよ。足を切って、心臓を撃って」

 

魔力を込めたメイスを右足に向ける。

これで魔法を放てば、いつでも足を千切れるという寸法だ。魔法少女体ならば後で回復できることはモナくんに確認済み。

 

「やめろ!!!!」

 

そうした瞬間、先輩は歯を食いしばって、わずかに見える顔が一気に青ざめた。

 

「どうして止めるの? ちょこまか逃げる足が消えるって、貴方にとってはいいことづくめでしょ?」

「!? オレ、は……?? ちがう、そう、だな、いいことづくめで……」

 

ジークフリードは頭を片手で覆って、肩で息を繰り返す。

それでも私から目を離せないようで、仮面の奥の赤い瞳が、じっとこちらを見つめている。あまりに必死すぎて、まるで親の仇でも見ているかのようだ。

 

「それ、でも。ダメだ。絶対に」

「とんでもない矛盾まみれですね、先輩」

 

揶揄えば、ダン、と一発銃弾が撃ち込まれた。流石に遊びすぎたらしい。

それを皮切りに、私達は戦いを始めた。

先輩の導力銃は基本的に弾切れの概念がない。導力を直接打ち出しているからだ。

だからこそあんな勢いの連射ができるし、アーツの要領でさまざまな効果を付与することができる。

 

だが、実弾がないという明確な弱点がある。

その時点で先輩が魔法でコーティングした私のメイスを突破することは不可能だ。

 

雨のような弾丸の群れをメイス一振りで相殺する。

死角から襲ってきた蹴りを同じく蹴りで相殺し、そのまま左足を軸にメイスを思いきり振りぬいた。

 

言ってしまえば、先輩は今魔法攻撃しか持っていないのにADFが馬鹿みたいに高い敵を相手にしているようなもの。

まぁ、メイスをくぐり抜けられたら私もそれなりのダメージを負うのだけれど。

だから私も無策に突っ込んではいけない。体全体に魔法でバリアを張ればいいのだろうけれど、それには総合魔力がまだ足りない。

 

(……先輩、露骨に右足を避けてる)

 

それをいいことに、わざと右足を踏み出して、間合いへ踏み込んだ。

先輩は咄嗟に足へ銃を向けたものの、引き金を引けないでいる。その隙を逃すほど私も甘くはない。

メイスに魔力を込めて、思い切り仮面へと降りぬいた。

 

「────くらえぇえええッ!!」

「がっ……!?」

 

やったか、と先輩が吹っ飛んでいった方角を油断せずに見つめる。

自分でフラグを立てておいてなんだが、あの蒼のジークフリードがそう簡単にやられるわけがない。

目くらましのために蝶を出し続け、メイスに魔力をバンバン込めて、実は私の魔力もジリ貧だ。正直、これで終わってくれるのが一番なのだが────

 

砂埃の中で、赤い瞳が妖しく輝いた。

 

「っぐ……!?」

 

体が一気に重くなる。

アイ・オブ・バロール。クロウ先輩が閃の軌跡3から使い始める、中二病感満載な技の一つだ。

ジークフリードの時は即死効果だけなはずだけど……

 

まずいな。

魅了、入ってる。

 

ゆらゆらと砂埃の中から現れた先輩の姿に、目が釘付けになる。

この人が好き、この人の言うことを聞かなきゃ、という焦燥感と使命感に襲われ、残り少ない理性がこれは罠だと叫んでいる。なるほど、これが魅了……実際に食らってみると結構面白いかも。

 

先輩が、銃の片方を振り上げる。

そのままカタいところで殴って気絶させるつもりだろう。

 

「せんぱい」

 

呼べば、彼はぴくりと反応した。

 

「覚悟してくださいね」

 

絶っっっっっ対、黒キ聖杯までに思い出させてあげるから。

 

ガン、と首筋を殴られて。

パリンと何かが割れて。

変身が解ける感覚がして。

私は、ジャケットを握りしめながら、意識を失った。

 

 



 

 

「それはともかく。魔女が姿を現したのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

深淵の魔女が、対岸の塔の上に向かって視線を送る。

 

「フッ、道理だな」

 

それに応えるように、青年の声がその塔の上から聞こえてきた。

Ⅶ組は一斉にその声の源を見上げ────言葉を失う。

 

『ッ、フィロ!?』

「あれから音沙汰がないと思ったら……!!」

 

謎の青い外套の男に抱えられた、見覚えのある少女の姿に、子供たちは驚きの声を上げた。

あの派手な魔法少女の姿こそしていないが、浅紫色の髪に、特徴的な花の形をした髪飾りは、自称魔法少女たるフィロのもので間違いない。

ユウナたちが各々の得物を構えた、その時。

 

ヒュン、と、燃え盛る矢がものすごい速度で飛んで行った。

 

咄嗟に避けた謎の男だが、若干外套の襟が焦げ付いている。

子供たちが矢の持ち主を振り返った時。

 

『ひぇっ』

「なっ……」

「……アリサさん。怖いです」

 

美人の真顔は怖いものとはいえ、さすがに度を越えている。

光を失った緋色の瞳が、ぎり、と男をにらみ上げている。

すでに次の矢がセットされた導力弓は恐ろしいほど軋んでおり、その込められた力の強さを嫌でも感じさせる。

 

「あら。ごめんなさい。()()()()()()がピンチなものだから」

『はは、違うだろアリサ。()()()()()()()()だ』

「……ふふ、ええ。そうだったわね」

 

強すぎる殺気を放つアリサと、ヴァリマールから聞こえる声こそ穏やかなものの、同じくとんでもない殺気を放つリィンが並ぶ。

 

『いくらお前(彼女の兄貴分)とはいえ……やっていいことと悪いことがあるよな、()()()

「……俺は、地精の長の代理、蒼のジークフリードだ」

「独り占めはしないって約束でしょう? ()()()

 

まるで話を聞かないバーサーカー二人に、ジークフリードは思わず頭を抱えた。

ソフィアといい、この二人といい、妙な胸騒ぎをさせてくる。

封じていた蓋をパカパカと開けられるような、そんな感覚。毎回毎回強く封じ込めているのに、気にもせずに容赦なく抉ってくる。

 

「お、お二人とも? オーディナリーさんはもう、亡くなって……」

「いいえ、あの子はソフィよ。あんな可愛い子が二人もいてたまるもんですか」

「確かに、遠目で見ると彼女そっくりではあるが……」

 

目を細めてソフィアをじっくり見ようとするマキアスから隠すように、ジークフリードはソフィアを抱えなおした。ずり、とぶかぶかのジャケットが彼女の肩からずり落ちる。

 

「……まったく、今回は顔見せだけの予定だったのだが」

「フフ、大変ね。貴方だけなら助けてあげてもいいけれど?」

「不要だ。手段はあるのでね」

 

暗にその横の目玉を放っておけば助けてやる、と言いたげな魔女の提案を切り捨て、ジークフリードは魔法少女を名乗る彼女をそっと横たわらせ────ジャケットをしっかり着せて冷えないようにして、何度か頭を撫でてから────双銃を抜いた。

 

「……ずるい。私だってもう2年もソフィに触れていないのに……!!」

「それで記憶がないは無理があるだろ……!!」

 

いつのまにやらヴァリマールから降りたリィンが刀を抜き、吠える。

 

「エマくん」

「無理です。逆にマキアスさんは行けると思うんですか」

「無理だな、すまない。新Ⅶ組、こっちに!」

 

あきらめたマキアスはエマと共に子供たちを避難させ、リィン達を遠い目で眺める。

 

その日、星見の塔の屋上は半壊した。

 

 



 

 

……星見の塔、起きたらヤバいことになってたんだけど。

アルベリヒに気づかれないように目を覚ました私は、こっそり右手に魔力を貯めて、変身すると同時に目ん玉プカプカマシンをメイスでホームランのごとく遠くへ殴り飛ばし、逃げ出すことに成功した。

あそこにいたってことは、変身が解けた姿をリィンくんとアリサに見られたってワケで。

 

「マジでヤバい執着具合だったモナ。足の腱切られたくないなら絶対捕まらないほうがいいモナ」

 

モナくんがこう言うくらいには、あの二人の心に傷をつけてしまった、ということだろう。

申し訳ないというか、なんというか。本来なら愛する二人がお互いに支えあって強く在れるはずなのに、私という異物が入っちゃったせいで変な方向に行っちゃったみたい。

……記憶操作の魔法とかないかな。ワイスマンができたんだから魔法にできない道理はないよね。ちょっと練習しておこうかな。

 

さて、そんな出来事が約一ヵ月前。

現在、私は3章の舞台である海都オルディス────ではなく。

故郷のオルビアへと帰ってきていた。

せっかくオルディスに行くのだから、比較的近くの我が故郷にも一度帰ってこう、という寸法である。自分の墓とかも気になるし。

 

オルビアには都市部と郊外の農村部に分かれている。

都市部は貴族様の別荘地として有名だが、同時に裏では孤児の多いスラム街が広がっている。

私も昔は病院を抜けだしてスラムをさまよっていた時に先生に拾われたものだ。

ちらりとスラムを覗けば、ぼろ布を纏ったガキ大将が新たに誕生していた。この路地裏、定期的にボスが入れ替わるのだ。

 

やがて都市部を抜けると、一気に田舎に変貌する。

相変わらずキラキラ輝く海沿いにぽつぽつと建った一軒家、残りは全部牛の牧場みたいな有様の村に、変わらないなと笑う。

人の密度も少ないせいか、誰とも会わずに村を進む。まだあぜ道の横には牛しかいない。

懐かしい。孤児院近所の牛の世話、昔やってたな。

牛たちは知ってか知らずか、私に近寄ってきて、すりすりと鼻先を擦り付けた。

 

実家たる孤児院は、ちょっとした小高い丘の上にある。

そこまで登って、私は立ちすくんだ。

院長先生の趣味の花畑が周囲に広がる様は、一回帝国時報にも取り上げられたことがある。このオルビアの数少ない観光地になったそれを、院長先生は相変わらず世話しているようだ。

 

……会いたい。

院長先生に、会いたい。

そんな衝動が胸の内を支配する。

院長先生は、親を失って絶望していた私を拾ってくれた。本当の娘のように愛してくれた。

だから、私が死んで一番悲しんだのは、先生なんじゃないだろうか。

 

死という絶対の概念を覆して。先生は、私を受け入れてくれるのだろうか。

この世界の異物である、私を。

 

「……ソフィ、姉?」

 

思わずぴくり、と肩が跳ねる。

後ろを振り返ると、茶髪を首の付け根で豚のしっぽのようにまとめた、一人の男の子が立っていた。

 

「あ、うそ、ルノ、」

「っ、ソフィ姉!!!!」

 

ルノ。ルノ・オーディナリー。

私を姉と慕ってくれる、孤児院のチビの一人。

手を広げて駆け寄ってくるルノに、反射でしゃがんで手を広げる。

そして飛びついてきたルノは、私を思いきりぎゅうと抱きしめた。

 

「2年もどこ行ってたんだよっ!! ぐすっ……ホントに心配したんだからな!!」

「……うん」

「オレも、レミィも、ステリオも、アンジュも……せんせーだって!!」

「ごめん、ごめんね、ルノ」

 

懐かしい名前を次々と上げるルノの背に、私も手を回す。

そして暖かい鼓動に身を任せ、あふれそうになる涙をこらえながら、泣きじゃくるルノを宥めた。

 

「────ルノ?どうしたんだい、そんなに騒いで」

 

背中から、懐かしい声が聞こえた。

は、と呼吸が止まるのを感じる。

背後の人物も、私と同じように、は、と呼吸を止めた。

 

「ソフィア」

 

そして、震える声で、私を呼ぶ。

ゆっくりと振り向けば、私よりも少し暗い、短い紫髪のおとこのひとが立っている。

歯を食いしばっても、あふれる涙は止まらない。

土道に座り込んだ私に駆け寄った先生は、ルノごと私を抱きしめた。

暖かい腕が、強い力が、いきていると、実感させる。

 

「おかえり、ソフィア」

 

「……うん。ただいま、先生(父さん)……っ!!」

 

 


 

 

「わかった、二人にはしばらく言わなければいいんだね」

「うん。ごめんね先生、変なこと頼んじゃって」

「なんの。可愛い娘の頼みだ、なんだって叶えてやるさ」

 

孤児院の中で、私は久しぶりに先生の入れてくれた紅茶をゆっくりと飲んでいた。

ゼムリアだから、とあまりに気にしていないと思っていたが、どうやら私も超常現象の連続で精神がつかれていたらしい。久しぶりに実家の味を飲むと、疲れが一気に襲ってきた。

 

先生曰く、リィンくんとアリサは私の墓参りでちょくちょくオルビアまで来ていたらしい。

特にリィンくんは酷い顔をしていたから、墓参りのたびに孤児院へ招き入れ、こうして紅茶をふるまっていたとか。

やっぱり先生、相変わらずお人よしだな、なんて考えながら、私は自分の紅茶を飲み込んだ。

 

「でもさ、そこまでしてヒミツにする必要あんの?」

「そうだよ、お姉ちゃん。リィン兄もアリサ姉もいいひとだったよ」

「あのねぇ二人とも。お姉ちゃんが嫌がってるんだからおとなしく言うこと聞きなさいよ」

 

上からルノ、ステリオ、レミィだ。一番幼いアンジュは私に抱き着いたまま寝てしまった。

どうやらルノとステリオはすっかり二人になついたらしい。うんうん、わかるよ。二人とも最高に優しいし、かっこいいし、かわいいもんね。子供からしたら最高のあこがれだよ。

対してレミィは私を優先してくれている。小さいころからお姉ちゃんっ子だったもんね。拾われてきた直後なんか、私から全然離れなかったんだから。

 

「ほら、リィンくんは就職したばかりだし、アリサも室長さんになってさらに忙しいだろうから。そんなところにいきなり元同級生が実は生きてました~!って会いに行っても混乱させちゃうだけだからね」

「たしかにそーかもだけど……」

「心配せずとも、仕事に慣れたであろう頃にちゃんと会いに行くから」

 

そう伝えれば、ルノは渋々引き下がった。

どうやら私の次に年長さんであるルノはリィンくんのことを気にしているらしい。

きっと学院での私についてとか、いろいろ聞いてたんだろうな。

 

「だってソフィ姉、リィン兄とアリサ姉とオツキアイしてるんだろ」

「……へ? いやいやいや違う違う違う!ないないない絶対ない!!」

 

思わず全力で否定する。

リィンくんとアリサがお付き合い、はわかる。

どうしてそこに私が……?

 

「おや、違ったのかい?」

「先生まで!?」

「君が孤児であることを自ら話すなんて珍しいと思ったからね。手紙でもよく話題に出ていたし、てっきり3人で付き合っているのかと」

「二人とも!!ただの、友達!!!!」

「僕は別に三人交際でも文句は」

「と・も・だ・ち!!!!」

「ハイ……」

 

思わずのめりこんで否定する。

もう、この青春大好きオヤジ! 申し訳ないけど私に春は来ないって何回も言ってるでしょーが!!

 

「……おねー、ちゃん……」

「あ、ごめんねアンジュ。ほら、よしよし」

「んぅ……」

 

起きてしまったアンジュを抱えなおし、てんてんと背中を優しく叩く。

出会ったころとは比較にならないほどサラサラツヤツヤになった亜麻色に手櫛を通しつつ、熱くなった頬を覚ますように息を吐いた。

 

「……とにかく、今日は泊っていくんだろう?」

「うん。17日の早朝には出なきゃいけないんだけど」

「17日……えっと、今日が10日だから」

「お姉ちゃん、一週間もいてくれるの!?」

「そうだよ~。みんなを寂しがらせた分、お姉ちゃんの一週間、ゼンブ捧げちゃいます」

 

やったぁ、とはしゃぎだすチビどもを眺めながら、私と先生は紅茶の最後の一口を飲み込んだ。

 

 


 

 

そして、あっというまに時は過ぎ。

出立前に、私は自分の墓をじっと眺めていた。

モナくん曰く、私が目覚めた時点で既に作り出した遺体は消えているらしい。つまり、この墓はすでに空っぽということだ。

海の見える、小高い丘の上。周囲には院長先生が育てている花の種が飛んできたのか、色とりどりの花が朝焼けに照らされ咲き乱れている。我ながらいいところに埋めてもらったものだ。

 

「ふふ、これも撤去しないといけないね」

 

柔らかい声が背後から聞こえた。

振り返れば、院長先生が朗らかに笑っている。

 

「えー、せっかくだから残しておいてよ。生前葬みたいで面白いし」

「縁起でもないことを言わないでくれ。これを建てた時、僕がどんなに悲しかったかわかっているのかい?」

「えへ、サーセン」

 

軽く謝ると、院長先生はワシワシと大きな手で私の頭を撫でた。

ヘアピンがちょっとズレたから直して、院長先生に向き直る。

 

「いつでも帰ってきていいんだよ」

「うん。わかってる」

「ならよし」

 

肩を叩き、院長先生は優しい笑顔で見送ってくれた。

 

「いってらっしゃい、ソフィア」

「いってきます、先生(父さん)

 

 

 

そうして、父との別れを済ませ、私はひとり始発列車に揺られ、オルディス駅に降り立っていた。

流石に始発に乗る人は10人にも満たない。帝都方面の列車ならともかく、オルビア発の始発列車なんて誰が乗るっていうんだ。

 

青空の下に身を晒し、海風を浴びる。

リィンくん達はちょうど演習地に着いたころかな。きっと街道に出れば会えるだろう。

……まぁ、まだ会いに行く気はないけどね。

 

3章のターニングポイントはミリアムちゃん行方不明事件とジュノー海上要塞襲撃事件だろう。

そこに大きな竜巻さえ起きなければ、大筋は変わらないはず。

問題は、いつクロウ先輩をぶん殴りに行くかだ。

 

(モナくん、GPS(仮)はもう壊れちゃったんだよね)

(ソフィアを捕まえたときに油断して解除したみたいモナ。次あったらたぶんまた仕込まれる気はするけど、もう油断しないモナ。跳ね返してやるモナ)

 

モナくんはふんすふんすとやる気を出しているが、こちらから先輩を呼び出せないのは少し不便だ。アルベリヒ────ルーグマン教授がいるから、どっちにしろあまり変身はしたくないし。

屋台の店員さんから3段アイスを買って、ぱくりとかぶりつく。チョコミントうめ~。

路地裏脇でアイスをぱくついていると、

 

「いたっ」

「え」

 

一人の女の子が私にぶつかり、コケてしまった。

手に持っていたアイスがべちゃりと地面に広がる。

あちゃー、やっちゃったね。

 

「君、大丈夫? 膝すりむいちゃったね」

「……う、」

「あ~ほら泣かない泣かない。ちょっと待っててね」

 

周囲に人がいないのを確認して、メイスだけ魔法少女化させる。

背負っていた武骨なそれがいきなり好みのキラキラユメかわになったことに驚いたのか、女の子は目を丸くした。

そのままメイスをアイスと女の子に向けて、少しだけ考える。

 

「え~っと、ピーリカピリララ、ポポリナペーペルト~」

 

とっさに出てきた女児向けアニメ(某お邪魔魔女)の呪文を唱え、女の子の足の傷を治し、アイスの時をほんの少しだけ戻した。

アイスはコーンの上に見事鎮座し、そこに立ち上がっている。どうやらうまくいったらしい。

 

「わぁ……っ!! おねえさん、魔法使いなの!?」

「まぁ似たようなものかなぁ。他のみんなにはナイショだよ?」

「うんっ!」

 

嬉しそうに笑った女の子を見送り、いや~魔法少女らしいことしちゃったな、と我ながら感心する。

 

「ほう、随分とお優しいものだな、魔法使い様は」

「まぁね。これでも孤児院の最年長だから……って」

 

メイスを戻したとたんに聞こえてきた声に、思わず勢いよく振り向く。

ニヤリと笑った公爵家子息様が壁にもたれ掛り、道を塞いでいる。

 

「久しいな、オーディナリー」

「お、お久しぶり、デス。アルバレア様……」

「答えろ。何故生きている」

 

あの、ちゃんと話すんで。

あなたの後ろで腕を振り上げたガーちゃんとミリアムちゃん、何とかしてくれませんか。

 

 


 

 

「魔法少女、か」

「お願いしますっ!!リィンくん達にはナイショにしてくださいっ!!」

「……仕方ない。()()()()()()()黙っておいてやる」

 

結局転生者であること以外全部ゲロゲロ吐いて変身した上にモナくんまで見せてしまった。

さてここで再三言おう。

大好きな人達に問われて黙っていられる人間のみが石を投げるといい。私は無理だった。

 

「フシギだねー、ホントに服とか変わっちゃってたし」

「私としてはホムンクルスも大概だよ。実質まだ5歳ってことでしょ?」

「ココロは15歳だもん」

 

5歳。アンジュとそう変わらない年齢じゃないか。そう考えると背負わされている運命が過酷すぎる。一体誰ですかこんな可愛い幼子にあんな未来背負わせたの。

……アルベリヒか。やっぱアイツぶち転がす。

アイスコーンの最後の一口をぱくりと食べて、空を見上げた。

 

「アルバレア様は、」

「ユーシスでいい。敬語も不要だ。ソフィア、貴様とて本来はⅦ組だろう」

「……辞退したのに」

「リィン達がずっとソフィアの話してたし、あんまり赤の他人って気もしないよ?」

 

後から転入したミリアムちゃんがそう言うってよっぽどだぞ。二人ともどれだけ私のことが好きなんだ。

なんだか頭が痛くなってきた。私が右手で眉間を解すと、ユーシスくんは黙って話の続きを促した。

 

「えっと……ユーシスくんにミリアムちゃんは、多分リィンくんに会いにきたんだよね。早く行ってあげて」

「確かに今から行くところではあったが……」

「もしかして、魔法でなにか見えたのっ?」

 

興奮するミリアムちゃんには悪いが、原作知識だ。

まぁ都合がいいから魔法ってことにさせてもらうけど。

 

「リィンくんが北の猟兵に追い詰められてる」

「何……っ!?」

「案内は付けるから、本当に早く行ってあげて。ヒト相手じゃヴァリマールも呼べないし」

 

魔法を使って、一匹の蝶を作り出す。リィンくんの奥底に眠る鬼の力の気配を辿る蝶だ。

私の指に止まるそれをユーシスくんの手に移し、私は二人の背を押した。

振り返ったミリアムちゃんがぷくりと頬を膨らませる。

 

「どーしてソフィアは行かないのさ!!」

「今はちょっと、私もやることがあるから」

「会うくらいなら別にいーじゃんっ!もーっ!」

「……これだけは言わせろ、ソフィア」

 

拳を握り込んだユーシスくんは、じっとアイスブルーの瞳をこちらに向けて、睨みつけた。

 

「お前が死んだ時、リィンも、アリサも酷い有様だった。貴族連合残党兵からのリィンの渾名を知っているか」

「へ? 知らない、けど」

 

 

「全てを滅ぼし尽くす、灰の鬼神だ」

 

 

 


 

 

【特報】灰の鬼神、貴族連合残党を殲滅

オルディスの小さな図書館に置いてあった1205年の帝国時報スクラップブックには、そんな記事ばかりが張り付けられていた。

リィンくんばかりかと思いきや、時折アリサも同行していたようで。熱愛報道と、それからアリサの戦績もたまに載っていた。

……リィンくんは、元々要請(オーダー)をあまり好ましく思っていなかったはず。それなのに、記事を見る限り貴族連合の残党殲滅戦には自ら志願したかのように綴られていた。

 

私が、原因なんだろうか。

私が身勝手に死んだから。私の死体なんかを見せてしまったから。

二人とも、今は平気そうに笑顔を見せていても────心の奥底の、私がつけてしまった傷は、まだじくじくと膿んで痛んでしまっているのではないか。

 

(……これじゃ、先輩のことトヤカク言えないな)

 

スクラップブックを閉じて、元の本棚に戻す。

ずり落ちかけたジャケットを整えて、腕をまくった。

 

図書館の外へ出れば、すでに日はどっぷりと沈んでいた。

そろそろリィンくんはラクウェルで西風の団長さんと賭けをしている頃だろう。

潮風に吹かれて、月を見上げる。

星。星といえば、星の在り処だ。そう思い立ち、港に座って、鼻歌を歌う。

軽く1番を歌い終えると、後ろからペチペチと子供らしい拍手が聞こえてきた。

 

「ソフィア、歌うまいんだね」

「発声はともかく、音程は結構自信あるかな」

 

ミリアムちゃんだ。

彼女は隣にストンと座ると、こてんと私に頭を預けた。

 

「どうしたの、ミリアムちゃん」

「んー……ソフィアの隣って、なんか落ち着くんだよね」

「ほぼほぼ初対面なのに」

「あはは、なんでだろー?」

 

楽しそうに笑うミリアムちゃん。

その揺れが私の肩にまで響いてくすぐったい。

 

「今からブリオニア島に渡る気でしょ」

「そーだけど、よくわかったね。魔法?」

「ふふ、そう。魔法だよ。魔法少女まじかる☆ソフィアは予言と未来と魔法の戦士だからね」

「なにそれー」

 

アルティナちゃんを差し置いて姉妹のようなやり取りをしてしまっているが、案外心地いい。

そういえばモナくんが随分と静かだなとカバンを開ければ、モナくんはすっかりハンカチの上で寝こけていた。夜も更けているから無理もない。

 

「ねぇ、ソフィア」

「何?」

「やっぱりさ。リィン、寂しそうだったよ」

「わかってるよ。全部終わったら会いに行く」

 

ミリアムの言葉に頷き、答えた。

すると彼女は立ち上がって、叫ぶ。

 

「わかってない! 今すぐ会いに行かなきゃ意味がないよ!!」

「……」

「ボクならユーシスが何か隠し事して会いに来てくれないの、すっごくイヤだ。リィンとアリサだって、きっとすっごくイヤだと思う」

 

イヤ。

イヤ、か。

私は二人にとんでもない傷を残した。足を失い、ぼろぼろの死体を見せて。

そんなトラウマを植え付けたというのに、二人はいまだ私のことを好いてくれていると言う。

確かに、不義理かもしれない。二人に失礼かもしれない。

それでも、

 

「というわけで繋いでみました」

「え゛。」

 

ミリアムちゃんの手にはARCUS2が握られ、その画面にはⅦの輪────Ⅶ組専用回線による通信がつながっていることを示す言葉が並んでいた。

 

『……ミリアム、じゃなくて……ソフィア……?』

 

そしてその真ん中には、困惑の表情を浮かべたリィンくんが映っている。

背景的にまだラクウェルの街中だろうか。客引きの声やえっちなお店のお姉さんの声が時折入り、夜のラクウェルの賑やかさを静かなオルディスに分け与えていた。

 

「えっと、その、リィンくん。久しぶり」

『……ソフィアの、声だ……本当に……』

「そりゃ、まぁ。ソフィア・オーディナリー本人なので。お墓から出てきちゃった~、てへぺろ、なんて……」

 

気まずっ。

ずっと避けてたから余計気まずい。ねぇミリアムちゃんこの地獄いつ終わるの?

いやニコニコしてないでさ。何か言ってよ。

画面の向こうのリィンくんは、ずび、と鼻を啜って、なるべくきりりと顔を引き締める。

 

『ソフィア、どうして逃げたんだ』

「逃げたって……」

『星見の塔だ。どうして俺達からも逃げた』

 

……答えづらいところ、聞いてくるなぁ。

あの塔の半壊具合からして、私のためにあそこまで戦ってくれたんだろうし。

ずりおちたジャケットを整え、夏の心地いい潮風を浴びる。

 

「私だって、リィンくんとも、アリサとも会いたいよ」

『なら、』

「でもね。まだその時じゃないから」

 

少しでも、試練に立ち向かう君の心を軽くして見せる。

その為には……まだ、会えない。

いや、会ってもいいんだけど。どうせなら、先輩と一緒に、サプラ~イズ! って、喜ばせてあげたい。

 

君とアリサの笑う顔が、好きだから。

 

あーあ、ダメだな、私。プレイヤーとしての視線しかあげられないはずだったのに。

 

「あのね、リィンくん。明日、もし全部終わったら……あの人と一緒に会いに行くから」

『……』

「待っててね」

『……ああ。待っているよ。俺も、アリサも』

 

ようやっと、彼は穏やかに笑った。

 

が、そこで背後のえっちなお姉さんの客引きが大音量で響く。

笑顔を見せてくれたリィンくんは顔を真っ赤にして、口端をピクピクと引き攣らせた。

 

「ふふ、教官が夜遊びはダメだよ」

『しない! 俺はアリサとソフィア一筋だ!!』

「それ一筋って言わないよね。もはや二筋だよね」

 

そこはアリサ一筋って言いなよ、もう。場合によっちゃ刺されるよ。

それから、とりとめもないことをポツポツと話して。

オルディスの街灯が消え、真っ暗になった頃、私たちは話を終えた。

 

「にしし、メンタルケア完了!」

「うまいこと使われちゃったなぁ」

 

笑うミリアムちゃんは軽やかに立ち上がり、月に向かって伸びをする。

 

「ソフィアだって、ラクになったでしょ?」

 

……確かに。

話す前よりずっと心が軽い。

どことなく感じていた焦燥感が消え、余裕が溢れる。

だって。待っててくれるって、言ってくれたから。

 

「ありがとう、ミリアムちゃん。お礼に……よかったらこの子、連れて行って」

 

メイスだけ魔法少女化して、手元に一匹、蝶を作り出す。

ミリアムちゃんの元へ飛ばせば、蝶は彼女の中にとぷんと入り込んだ。

 

「わわっ、なになに!?」

「一回だけ、どんな攻撃からも守ってくれるよ。使いどきは見極めてね」

「ソフィア……うん、ありがとーっ!」

 

手を振って去っていくミリアムちゃんを見送り、ぱたん、と石畳に大の字で寝転がった。

 

羽ばたけ、蝶よ。

ほんの少しだけ、物語を変えるために。

 

 


 

 

海風にさらされる、ジュノー海上要塞。

閃の軌跡3のオープニングの舞台である巨大な構造物を見上げ、私は息を吐いた。

時刻は午前6時。まだ日も上り切っていない、朝焼けの空間。

背後からバラバラと足音が聞こえ、私は振り返った。

 

『……貴女は』

 

鉄仮面に響く、凛とした声。スッと伸びた金髪。

結社 身喰らう蛇が使徒、鋼のアリアンロード、その人だ。

彼女は後ろから付いてきていた猟兵達を手で制止し、私に向かって槍を向ける。

 

『その制服、旧式のトールズの物ですね。一体何者ですか』

 

そんなに警戒しなくても、私なんか貴女の足元にも及ばないというのに。

私はまっすぐ彼女を見上げ、震える足を堪えて、胸を張る。

 

「ソフィアです。アリアンロードさん」

ソフィア(哲学)……良い名ですね』

「ふふ、名前負けしてるけど気に入ってはいます」

 

私に敵意がないと気付いたのか、アリアンロードさんは槍を引っ込め、私の間合いまで近づいてきた。

まだ私はメイスを持ったままだというのに。不用心か、それとも。

 

『ソフィア。そこを退いてもらえますか』

「ひとり、指名する人を置いていってくれるなら」

 

振り返ったアリアンロードさんの先。デュバリィさんよりも、さらに後ろにいる蒼色。

仏頂面のあの人が、じっと立ち尽くしていた。

 

『……なるほど。その制服、彼の縁者でしたか』

「はい。これ、あの人のお古なんです」

 

ずっと暖かい、ぶかぶかなジャケット。

先輩が私にくれた、一番大切なもの。

する、と袖を撫でると、アリアンロードさんは徐に兜を外した。

凛とした瞳が私を貫く。朝日に照らされる陶器のような肌が、微笑んで少し歪んだ。

 

「良いでしょう。彼はここへ置いて行きます」

「マスター!?」

「元々挑戦者として待っていただくつもりでした。計画に大きな変更はありません」

 

そう。だから、私はここを選んだ。

ヤツが"ルーグマン教授"としてオルディスを彷徨いている今、彼はどう足掻いても一人。

同じく挑戦者である西風の猟兵王は、律儀にヤツの言うことを聞く人じゃない。

 

「モナくん」

「待ってましたモナ!」

 

鞄からぴょこんと飛び出したモナくんと視線を合わせ、懐からARCUSを取り出す。

ぶわりと貯めた魔力を一気に放ち、蝶で目眩しをする。

る。

 

「予言と未来と魔法の戦士、魔法少女 まじかる☆ソフィア!!」

 

蝶が消えた頃、口上を叫んだ私の服はいつもの魔法少女の姿に変わっていた。

 

「ソフィア。彼を取り戻せることを祈っています」

「はい、ありがとうございます!」

 

ジュノー海上要塞へ向かうアリアンロードさん達を見送り、残された先輩をまっすぐ見据える。

案の定、西風の彼らは道の脇で静観を決め込んだ。

……口上スルーしてくれてありがとう、リアンヌさん……

 

「また、お前か」

「うん。また私だよ、先輩」

「何度邪魔をすれば気が済む」

「先輩が思い出してくれるまで」

 

静かにそう言えば、先輩は黙って二丁拳銃を取り出した。

そより、と先輩の白くなってしまった髪が揺れる。

 

私たちの間にひらりと落ちた葉っぱを、二つの攻撃が襲った。

 

 



 

 

「昔、ジュライ市国で鉄道橋爆破事件があったでしょ。あれで両親が死んじゃってさ」

 

その言葉を聞いた時、思わず手に持っていた袋をどさりと落としたのを覚えている。

 

ソフィア・オーディナリー。オレの後輩で、オレが守るべき妹分。

爺ちゃんと鉄血のゴタゴタに巻き込まれて、たった一人になってしまった女の子。

本当なら両親に愛されて、貧しい生活をせず、ジャケットだって買えていたはずの彼女に、気がつけばオレは世話を焼くようになっていた。

 

「先輩の参考書、落書きだらけじゃないですか。いや貰いますけど。そんなんだから留年しかけるんじゃないですか?」

 

ジャケットのない小さな肩。

その上でサラサラと舞う浅紫色。

ヘアピンで上げてなお長い前髪の奥からこちらを見上げる氷色に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「先輩のこと、たまにお兄ちゃんって呼んじゃいそうになるんですよね。……なんでそんな嬉しそうにするんですか。呼びませんよ」

 

ソフィアと居るときは、ただのクロウで居られた。

授業でわからないところを話し合って、ジュースを奢ったり、奢られたり。たまに眼下で揺れる浅紫を撫でてやれば、はにかんで、小さく笑い声をあげて。

特別実習で《C》として顔を合わせていたリィン達と違って、お前は、お前だけは、平和な日常の象徴として そこに居た。

 

「じゃ、ジャケット……!! いいんですか!? ホントに!? やったぁ、先輩大好きっ!!」

 

オレのお古のジャケットは、ソフィアには大きすぎて、すぐに肩からずり落ちていた。

裾だってスカートより長いし、袖も余りまくり。

それでも、ソフィアは嬉しそうに笑っていた。秋の陽光の下で、大切そうにジャケットを握って。

 

「私は、リィンくんたちほど強くないんです。立ち向かうのも、抵抗しないのも怖い。だから、逃げるんです」

 

生きてほしかった。

オレはどうなってもいい。ソフィアは、ソフィアだけは、どうかオレ達が変えた帝国で穏やかに笑っていてほしい。

逃げて、逃げて、生きてほしかった。

 

だから。

 

午前中にトリスタを出ろって、言ったのに。

 

 

「今し方、連絡が入った……オーディナリー候補生が、遺体で見つかったそうだ」

 

 

どうして

 

お前は

 

生きようとしてくれないんだ

 

 

 



 

 

私も先輩も満身創痍。止める人も居ないまま戦い続け、30分ほど経っていた。

互いに肩で息をするようになった頃、ようやく私のメイスが仮面にクリーンヒットをかます。

 

仮面にヒビが入り、はらりと地面に落ちる。

赤い瞳がようやく青い空の下に暴かれ、その目尻から雫が伝った。

 

「……ソフィア……」

「っ、クロウ先輩!!」

 

こちらに手を伸ばして、でも踏み込めずに倒れ込みかけた先輩を咄嗟に抱きしめて支える。取り落としたメイスがガラン、と音を立てた。

そのまま一緒に座り込むと、消耗の激しい先輩はぐったりと私にもたれかかった。

 

「悪い……世話かけた……」

「謝罪よりお礼の方が聞きたいです」

「……そうか……クク……ありがと、な……」

 

先輩の手がそっと私の頭を撫でる。

久しぶりの感覚に、私も鼻がつん、として。

気がつけば、変身は解け、ほっぺは涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 

『……ソフィア……モナも、ちょっと、眠るモナ……』

 

力を使い果たしたらしいモナくんは、それきり黙り込んでしまった。

先輩の、ピチピチのスーツを握りしめ、引っ張り、シワを作る。

そのまま先輩は気絶してしまったようで、私の頭を撫でていた手がだらんと地面に垂れ下がった。

 

「嬢ちゃん」

 

西風の団長さんが、先輩を貸せと手を伸ばす。

それを私は首を振って拒否して、ずりずりと先輩を橋の脇まで引っ張った。

そして、院長先生に甘えるときと同じように、こてん、とその懐に潜り込む。

ついてきた団長さんが、私たちを見下ろした。

 

「すこし、寝ます……」

「……そうかい。ついでだ、人が来ないか見ておいてやろう」

「ありがとう……ルトガー、さん……」

 

それから、私は目を閉じて。

疲弊する肉体を癒すように、あっという間に意識は闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「……俺、嬢ちゃんに名前教えてねぇんだが」

 

がりがりと後頭部を掻いた猟兵王は、兄妹のように眠る二人を見下ろし、笑った。

まぁ、服がガラリと変わる時に"予言と未来と魔法の戦士"と自称していたから、未来でも見る力があるのだろう。

落とされたメイスと二丁拳銃をそっと二人の隣に添えて、ルトガーは己の得物を収め、もう一度二人を覗き込んだ。

 

「懐かしいなァ。小せぇ頃のフィーとゼノを思い出す」

「団長、この子らそんな歳の差ないやろ」

「ジークフリードが22……彼女は見たところまだ18前後だろう。差としては似たようなものではないか」

「レオニダスまで……」

 

いつの間にやら隣に来ていたゼノとレオニダスも交え、三人がかりで眠る二人を囲む。

すると背後から駆動音が聞こえ────導力バイクが3台、すぐそこへ停まった。

 

「よう。ちょうどいいところに来たな、灰の」

「……ルトガーさん」

 

バイクを降りたリィンは、ルトガーに手招きされるままに近寄っていく。

そして、橋に背を、互いに頭を預け合う二人の元死人に、は、と息を呑んだ。

 

「……ソフィア、クロウ……」

「嬢ちゃんが上手いことやりやがってな。仮面を割って、記憶を取り戻したみたいだぜ?」

 

砕け散った仮面の破片はそこら中に散らばっている。

クロウがソフィアを甘やかして寝かしつける風景は、学院生活をしていた頃はよく見た光景だった。ソフィアがクロウに体を全て預けて、クロウが兄のようにてん、てん、と肩を叩いて。

ゆっくりと呼吸によって動く肩や胸は、二人が生きていることをしかと知らせている。

 

また、見れるとは思わなかった。

そんな感情からか、リィンの頬に涙が次々と流れる。

 

 

──── あのね、リィンくん。明日、全部終わったら……あの人と一緒に会いに行くから。

 

 

あの人とは、クロウの事だったのだ。

 

「……はは……本当に、ソフィアには救われてばかりだ」

 

目尻を擦り、涙を抑える。

優しくソフィアの髪を掻き分ければ、いつも通り右耳には赤い組紐のピアスが垂れ下がっている。

それを手で弄び、ソフィアの頬を撫でて、二人纏めて抱きしめた。

 

それを後ろの方から眺めるサラは、どこか感慨深さを感じていた。

 

「ふふ、あの内気だったソフィアが、まさかこうなるなんてね」

「その、フィロ……じゃなくて。ソフィアって、Ⅶ組の先輩だったんですか?」

 

ユウナの問いかけに、サラは首を横に振り、事実を告げる。

 

「あの子、Ⅶ組入りを辞退したのよ。特別より普通の勉強がしたいってね」

「あの時は驚いたぞ。あの流れでまさか辞退する人間がいるとは思わなかったからな」

 

ユーシスも旧校舎の思い出を語る。

あの時のソフィアは前髪をピンで留めておらず、一人だけ赤いジャケットも着ていなかった。

口数も少ないし、人と協力する気配もない。言ってしまえば、第一印象が根暗なやつ、だったのだ。

続けてガイウスも証言を口にする。

 

「俺たちもそれからは関わる機会が無くてな。そんな中、どこで仲良くなったのか、リィンが毎日ソフィアの話をするようになった」

 

あの日辞退した子と仲良くなった。

あの子、本が好きらしい。

ケルディックのお土産を渡してきた。

一緒に昼食を取る約束をした。

Ⅶ組ならば毎日、特にエリオットとガイウスは沢山ソフィアの話をされた。

お陰で話したこともないのにソフィアのことならば大体知っている。

 

「ボクが来た時にはもうアリサとクロウもオチてたよね。クロウのこと探ろうと近寄ったら大抵ソフィアといるし」

「……なんというか、ソフィアさんは……」

「ええ、人を惹きつける何かをお持ちのようですね」

 

リィン、アリサ、クロウ。

その三人を惹きつけて虜にするほどの魅力があるか、と問われれば、大抵の人間は無いとしか言えないだろう。

だが、何かが三人の、共通の琴線に触れた。

それは()()()()()()()()()安心感かもしれないし、彼女の過去からくる同情……それとも、彼女が生来持つ明るい考えなしな性格かもしれない。

 

Ⅶの輪でアリサに連絡するリィンを眺めながら、その場の人間は皆微笑ましそうに見守る。

オーレリア分校長が到着するまで、この奇妙な空気は続くことになる。

 

 



 

 

「……ん……」

 

ぼんやりと目を開ける。

がたん、ごとん、と揺れる地面。音的に列車にでも乗っているのだろうか。

軽く体を強張らせるだけの伸びをして、ばさりと起き上がる。

周囲を見渡せば、そこは白でまとめられた部屋の中。少し離れたところに、ヘアピンと、ピアスと、ジャケットと、モナくんを入れていた鞄が纏めて置かれていた。

……肝心のモナくんは、鞄の中にいない。わたしの体の中で、使い果たした力を蓄えるように、深く深く眠っているようだ。

 

「……いくな……そふぃ……」

「へ? うわっ」

 

鞄を取りに行こうと腰を浮かせると、するりと長い手が伸びてきて、また寝かせられた。

そしてそのまま腕枕をされて、心臓の上あたりをとん、とん、と寝かしつけるように叩かれた。

手の持ち主────クロウ先輩は寝ぼけているのか、まだその赤い瞳は開いておらず。瞼を伏せたまま、一連の行動を起こしたようだった。

 

(そっか。私、先輩のこと、助けられたんだった)

 

むう、こんなことされちゃったらまた眠くなる。先輩、寝かしつけが上手すぎやしないか。兄力(あにぢから)が強すぎるぞ、この人。

取り合えず胸を心地よい感覚で叩く手をめりっと剥がして、また引き戻される前にベッドから立ち上がる。

 

それと同時に、部屋の扉がガラリと開いた。

見慣れたハネ気味の黒髪がぴよぴよとあちこちに飛んで、ライノ色の瞳が見開かれた。

そして、綺麗な金髪の下で、今にも泣きそうな緋色が滲んでいる。

 

「おはよう、リィンくん、アリサ」

「……ソフィア……!!」

「ソフィアっ!!」

 

いつも通りに挨拶をすると、二人はは目元いっぱいに涙を溜めて、私に縋るように抱きついた。

応えるために、私もすっかり大きくなった二つの背中に手を回して、とん、とん、と叩く。

 

「もう、アリサはともかくリィンくんは昨日通信で話したでしょ?」

「それとこれとは話がちがうっ」

「ふふ。あ、そーだ。夜遊び、してないでしょーね?」

「してない!!」

 

まるで子供に戻ったような答え方をするリィンくんに、思わず笑みが溢れる。

 

「アリサ、クロスベルではごめんね。怪我しなかった?」

「大丈夫よ……大丈夫、大丈夫なの……っ」

「大丈夫な子はこんなに泣きませ〜ん」

「うぅ……誰のせいよっ!!」

 

ちょっと意地悪言っちゃった。泣いてるアリサも可愛いなぁ。

二人の涙を左右の手で拭って、あらためて二人に抱きつく。暖かい体温と、硬い身体と柔らかい身体に挟まれ、なんだか不思議な気分になった。

 

あぁ、好きだな。

そんな気持ちが、暖かく、体中に広がっていく。

これからはずっと一緒に居よう。

どれだけ蝶が羽撃こうと、何があろうと。困難にぶち当たる二人を、近くで支えるんだ。

力だって手に入れた。もう、足手纏いじゃない。

 

じぃん、と感じ入って、うっすらと閉じていた目を開く。

 

 

二人の背に回した手が、透けていた。

 

 

思わずヒュッと息を呑む。でも、二人に気づかれないように、必死に元通りの呼吸に戻した。

見えた、見えてしまった。わたしの手があるはずの場所に、うっすらと、床の溝が。

おかしい。わたしは普通の人間で、半透明になることなんか……

 

違う。

私は、転生者だ。

物語の異物だ。

私という蝶が羽ばたいたから、物語は捻じ曲げられた。

 

捻じ曲がった物語は、元に戻ろうとする。

元に戻るには────異物(ソフィア)を消すのが手っ取り早い。

 

幸い今すぐには消えないようで、すぐに手のひらは元に戻った。

それでも、その光景を見てしまったから。自分が消え掛かっていることを知ってしまったから。

身体中に穴が空いて、風が通り抜けているような……そんな心地がした。

 

あぁ、女神様。

私は……愛する人達とも、一緒にいてはいけないのですか。

 

 

それから、列車────デアフリンガー号は、帝都を挟んでトリスタの反対側にあるリーヴスへと停車した。

結局クロウ先輩はまだ目覚めず、今日は第二分校の保健室に運ばれて寝ているらしい。

私はというと、リィンに手を引かれ、アリサに背を押され……

気づけば宿酒場でアリサが部屋を借りて、その中で久々に、三人だけで過ごしていた。

 

「それでね、リィンったら再開した時の一言目が元気だったか? だったのよ。信じられる?」

「あれは、その……久々でちょっと気まずかったというか。アリサだってこっちのセリフだって言い返してただろ」

「あはは、二人とも変わんないねぇ」

 

あれこれ話す二人に相槌を打ちながら、この穏やかな空間を享受していた。

私がいない間、やはり物語は歪みなく進んでいる。

時折透ける手を、先輩のジャケットで萌え袖のように覆い隠して、二人との最後の時間をじっくりと味わう。

ふと、隣に座っていたアリサがこてん、と私にもたれ掛かった。

 

「……貴女の死体を見つけた時、本当に絶望したわ」

「あぁ。漸く学院を解放できたと思ったら、その日の朝に……死んだって、聞かされたんだからな」

 

死体。モナくんが作った偽物。

それは確かに二人の心を抉って、傷を残した。

またひとつ蝶が羽ばたいて、物語が捩れる。

正面に座っていたリィンくんがアリサの反対側に座って、縋りつくように、ジャケット越しに手を握った。

 

「頼むから、もうどこにも行かないでくれ」

 

その姿は、主人公と呼ぶにはあまりに頼りなかった。

 

あぁ、二人はもう、限界なんだ。

傷ついて、失って、それでも進んで、また傷ついて。

そのうちの傷は、本当は負わなくてよかったものも多い。だって、本当は存在しないモノ────私がつけたものだから。

 

私が消えたら、二人は私のことを忘れてくれるだろうか。

世界は二人に私のことを忘れさせてくれるだろうか。

……消えかけた手のひらは答えをくれない。

 

 


 

 

モナくんが起きない。

それだけで、私の体の異変の説明は十分だ。

夏を目前に控えた夜明け前の風は、すこしぬるくて、お世辞にも心地いいとは言えない。

星々が朝焼けに覆われて消えていく。

 

「……フィロ?」

 

街道へ出ようと、学生寮の前を通った時。

頭上からユウナちゃんの声が聞こえた。

見上げれば、案の定彼女は寝起きのまま、桃髪を垂らしてこちらを見下ろしている。

ゆるりと手を振って────ふと、透けた。

手の向こうで、ユウナちゃんは目を見開き、慌てて引っ込み、ドタドタと駆け降りて、

 

「今の、何!?」

 

そう私の手を掴んで、詰め寄った。裸足のまま、石を踏むのも気にせずに。

大声に驚いた鳥たちが一気に空へと飛び立つ。

大きな羽音を聞いてほんの一瞬冷静になったのか、アルティナちゃんは一度深呼吸をして、それでも抑えきれない激情を宿し、私の手を見た。

 

「落ち着いて、ユウナちゃん」

「落ち着いてられるわけないでしょう!? なんで、なんで手が透けて……っ! あんたは普通の女の子なのに!!」

「……普通であれたら、どれほど良かっただろうね」

 

両親を失ったあの時から、私は普通じゃなかった。

前世の記憶。転生者という驕り。まるで預言者のような傲慢さ。

魔法少女という、特異な力。戦う力を得ただけで、私はいとも容易く運命を捻じ曲げた。

これは罪だ。罰だ。

私という存在そのものをもって、世界はクロウ先輩の早期帰還という捻れと釣り合いを取ろうとしている。

何かを察したのか、目の前の少女はハっとして、俯いた。大方、魔法少女の力の方と勘違いしているんだろうけれど。

 

「また、教官の前から消えるんだ」

「目の前で物理的に消えたほうがトラウマ物でしょ」

「消えない方法を考えるとか、別の手段だって取れるでしょ」

「そこまで迷惑かけたくない」

「教官もアリサさんも、貴女に関することで迷惑だと思う人じゃない!!」

 

……そうなんだろうね。

二人とも、優しいから。きっと何があろうと、どんな困難にぶつかろうと、私を助けるための道を模索するに決まっている。

 

だからこそ、去る。

これから黄昏とかいう最悪のお伽話が始まるのに、私という厄介ごとを抱えさせたくない。

 

私はARCUSを取り出して、魔法少女に変身する。

ユウナちゃんとそっと押し返して、メイスを天に掲げた。

 

「ごめんね、ユウナちゃん」

「フィロ、何を────」

 

 

「忘れて。私のこと、全部」

 

 

思えば、火事場の馬鹿力だったのだろう。普段の私では絶対にできない魔法の掛け方だった。

帝国中に広がっていく青い蝶は、一人一人の身体に潜り込んで、私のことを忘れさせる。

 

勿論、リィンくんも、アリサも。

 

指先だけだった透けが、一気に肘まで広がる。

帝国全土に魔法をかけたからだろう。改変を打ち消すための改変……盤面を荒らして、もう一度荒らして、無理やり元に戻したようなものだ。

むしろ、肩にまで行かなかったのが幸いというか。

 

蝶の大群を間近で受けたユウナちゃんはそのまま倒れ込み、再び眠る。

彼女をそっと魔法で持ち上げ、開けっ放しの寮の窓から、優しくベッドへ寝かせた。

起きたら、もう私のことなんか覚えていない。そっと消えても、誰も文句は言わないはず。

 

ようやくリーヴスを出て、ふらふらと歩き続ける。

時折足まで透けて、本当に自分で歩けているのかどうかわからなくなる。

街道に出るはずの魔獣たちは、みんな街道脇で眠っている。まだ早朝だからだろうか。

 

 

歩いて、歩いて、歩き続けて。

リーヴスが遥か遠くに見える場所で、私の体は限界を迎えた。

その場にどさりと崩れ落ち、手は殆ど消え、メイスを取り落とし。

街道灯に凭れて、朝焼けが青に溶け始めた空を見上げた。

 

 

朝、起きた時。リィンくんとアリサは、私を守るように抱きしめながら寝ていた。

 

夏にそれは暑いよ、とも思ったが……それでも、私にとっては最後の、堂々と一緒にいられる時間だった。

 

 

最高の時間をありがとう。

愛してるよ、二人とも。

先輩と一緒に、どうか────全部乗り越えてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


 


 

 

 

いや、何。

漸く研究対象が掌に転がり落ちてくれたものだと思ってね。

 

空の女神の祝福を受けた、《外》の記憶を持つ、聖獣の幼体を宿した少女……フフ、こんなもの、研究してくれと言っているようなものだ。

 

 

「────ァ……ィン……く……」

 

 

消えかけの君を助けてやったのだ。礼をされるのは当然だが、非難される覚えはない。

それに、ジークフリードを解放してくれたのは君だ。穴埋めくらい自分でするのが道理というものだろう?

 

 

「アリ……さ……ぅ、ア……」

 

 

ああ、そうだ。

()()()()の想い人でもあったね、君は。

まぁ、その想いも自身の魔法で消してしまったようだが。いやはや、勿体無いことを。

少しの結界で弾けるほど弱い魔法とはいえ、帝国全土にばら撒く力の出どころもしっかりと調べさせてもらおう。

 

 

「……………………」

 

 

おや、ダンマリかね。

ジークフリードでももう少し受け答えをしてくれたのだが……やはり、仮面では制御しきれないか。

いっそ薬でも飲んでみるかい? 丁度()()()()()()()()から抽出したグノーシスが完成したところでね。

 

君がダメなら、灰色の騎士に飲んでもらうことになるが。

 

 

「────ッ!!」

 

 

おっと、そんなに飲みたかったのか。焦らして悪かった。

 

 

「……ッ、あ、いた、い、いたい、いたい、いたいっ……!! しらない、わたし、こんなの、しらない!!」

 

 

効果は……やはり魔法少女に対する効き目は微妙か。

いやしかし、それにしては随分と効きが早い。

予言と未来と魔法の戦士、だったか。未来視の魔法が暴発でもしたかな。

 

 

「ちがう、こんなの閃の軌跡じゃ、英雄伝説じゃない!! わた、しの、わたしのせいで、わたしが、わたし、わたし、わたしが居るからぁ……!!」

 

 

ふむ、聞き取れなかった部分は《外》の知識だろうか。

酷く自分の存在を責めているね。そんなに己が許せないかい?

 

 

「…………………………りぃん、くん……あり、さ……」

 

 

またその二人か。

君も執念深いね。自身で記憶を消したというのに、いつまでも縋っているというのだから。

 

「工房長、そろそろ」

 

あぁ、今行くよ。

それではな、魔法少女。暫くはそこで狂っていると良い。

抗う術は無いのだからね。

 

次からは、我らが《地精》の悲願のため……名一杯働いてもらうとしよう。

 

 

 

 

「…………わた、しは……異物……世界の……」

 

 

「きえ、ないと……きえないと……異物は……きえないと……」

 

 

 

 

 

「バッドエンドなんか、みとめない。絶対に……!!」

 

 

 

 

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