数ヶ月前、盤星教のとある施設に悟がやってきた。
「よっ! 傑。久しぶり」
「……悟か。何の用だ?」
「つれないねー、噂は聞いているだろう?」
「噂……? ああ、あの五条悟がついに御三家当主として動くって話か。……本当かい?」
「ああ、大マジさ。それで、夜蛾学長に言って、僕の代わりに傑を東京校の教師に推薦したんだ」
相変わらず、掴みどころがない発言だな。
というか、
「……それ以前に、私は呪詛師だぞ?」
「前例がないからダメだって? 相変わらず、型にハマりまくってるね」
「はぁ……もう帰れ。私が非術師を嫌っているのは知っているだろう?」
「それじゃあ、見返りもやるよ。たまにでいいから、教師として出てくれない?」
見返りか……。
仕方ない、条件次第で受けてやるか。
「見返りって?」
「特級相当の呪霊だろうがなんだろうが、生け捕りにして僕が君のところへ運んでやるよ。それが見返り」
「そうか……。まあ、君の術式ならそれも可能か。その代わり、私の家族たちも高専に通わせられるのだろうな?」
「うーん……残念なんだけど、そこは許可が取れなかった。ごめんね」
「まあいい、わかった。やってやろう」
「いやー、話のわかる教祖様で助かるよ。僕もたまーに遊びに行くから、そこんとこよろしく。あっ、そうだ!」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「今年入った一年生に特級の生徒が編入してね。僕の受け持ちだから、妙な動きをしたら、たとえ親友でも容赦しないから、そのつもりで。じゃあね」
「はいはい」
噂は聞いていたが、あの特級過呪怨霊を連れた少年のことか。
まあ、私の受け持ちになればどうとでも……
「あっ、言い忘れてた。傑は来年度からの教師で一年担当になるから、今のうちに盤星教は畳んでおいてね」
「わかった」
「じゃ、今度こそさようなら」
そう言って、悟は去っていった。
「やれやれ、変わらないな。悟は」
それから数ヶ月後の春、私は呪術高専東京校へと足を運んだ。
「ふぅ、久しいな。ここも」
そう感傷に浸っていると、夜蛾学長に話しかけられる。
「傑か?」
「はい。久しぶりです。えーと、夜蛾学長?」
「……悟のやつ、本当に説得できたのか」
「ええ。かなり無理やりでしたけどね。ところで、今いる一年生は何人ですか?」
「まだ一人だ。一応、数ヶ月後にもう一人入学予定だがな」
なるほど。私も暇だし、教師らしいことでもするか。
「では、その生徒を鍛えます。居場所を教えてください」
「それより、呪詛師共はどうした?」
「あぁ、家族たちですか? 彼らなら、盤星教跡地にいますよ。あそこは私が正式に買い取ったので」
「意外だな。てっきり数人くらい連れてくると思ったのだが」
「いやですね。私が彼らを巻き込むわけないでしょう。それに、呪詛師のまま教師になれと言ったのは悟ですから」
「そうか。それでも……よく戻ってきてくれたな」
目元を押さえる夜蛾学長。
それを見た私も、なんだか感慨深い気持ちになってしまう。
「それにしても、久しぶりですね。本当に懐かしい」
私がそう言うと、学長は目元を拭って話を戻す。
「それで、今年の一年生だったか」
「はい」
「おそらく、寮で暇でも潰しているだろう」
「わかりました。みっちり鍛えますね」
「うむ、よろしく頼む。ところで……」
「はい?」
「……なんで袈裟なんだ?」
「いやー、教祖をやっていたもので、ほとんどの服がこれしかないんで。……すみません」
「そうか……」
◇◇◇
私は一年生のいる部屋の扉をノックする。
「なんですか? ……って、あんた誰だ? 怪しすぎるだろ」
「無愛想だなぁ……。ま、いいや。今年度から高専の教師になった、夏油傑という者だ。よろしく……えーと、学長に名前聞き忘れたな……」
「伏黒です。伏黒恵」
「そうか。よろしくね、伏黒くん」
「どうも。それで、なんの用ですか?」
「いや、せっかくだし、暇だったら鍛えてやろうかなってね。私と手合わせしよう」
「はぁ……」
「手加減してあげるから、本気でやることだね」
「はい。やるからには、勝ちますから」
そして、三十分後……
「はぁ……はぁ……」
「うーん、術式は使わないで、これでも手加減しているつもりなんだが、学生の頃の私よりも弱いなあ。君は式神に頼りすぎだよ」
「夏油さんの……」
「先生と呼んでくれ」
「じゃあ、夏油先生の術式ってなんですか?」
「呪霊操術。呪霊を使役できるのさ」
「なるほど。俺と似たタイプの術式ってことですね」
「そうだね」
といっても、式神主体の伏黒くんと比べたら、私の戦闘スタイルと異なるけど。
「それと、伏黒くんは二級呪術師らしいね。なら、もっとやれるはずだ。本気でやりなさい」
「やってるつもりだったんだがな……。失礼ですが、先生の等級は?」
「え? 特級さ」
「なるほど。どおりで強いわけだ」
「でもね、私は弱者の気持ちもわかるんだ。というわけで、準一級相当の呪霊に勝ってみなさい」
私は伏黒くんなら勝てる程度の呪霊を顕現する。
「夏油先生! 呪霊の術式は!?」
「それは持っているのか、あるいはないのか、自分で予想して戦いなさい。実戦では誰も教えちゃくれないよ」
「くそ!」
「じゃあ、一時間経つか、呪霊が倒されたら戻ってくるから。呪霊が祓われたかどうかはわかるから、頑張るように」
「はい! はぁああああ!!」
よし。伏黒くんもやる気になったようだ。
さっき戦ってわかったが、どうやら伏黒くんは“本気の出し方“というものを知らない。
だからといって、一級呪霊や特級相当の呪霊と戦わせると、すぐに死んでしまいそうだ。
だから、まずは戦闘スタイルを磨いてから、本気の出し方を教えてやろう。
それと……私って、案外教師に向いているのかもな。
そして、約束したとおり、一時間が経過する。
「玉犬! 鵺!」
「でざぁとはぁぁ……」
「くそ!」
「はい、タイムアップ」
ズズズ……と、準一級呪霊を鎮める。
「はぁ……ダメだったか」
「はい。じゃあ、伏黒くんの弱点というか、欠点というか、未熟で至らない部分を三つ説明しよう」
「はい! ぜひお願いします!」
「まず一つ目は、体術だね。元々のフィジカルを鍛えれば、術式なしでも倒せただろう」
「まぁ、そうですね」
「二つ目は、術式の使い方」
「えっ?」
うーん、これは自覚してなかったか。
「十種影法術だったかな? 御三家である『禪院家』相伝の生得術式の一つだ。いいもん持ってるね」
「はぁ……」
「でも、君は使いこなせていない。伏黒くんは、基本的にどう使っている?」
「玉犬は
やはりそうか。
ここは、しっかりと教えてやらないとな。
「それだよ」
「え?」
「伏黒くんは、使い方がありきたり過ぎるんだ。十種影法術は調伏した式神を使役する術式だろう? なら、式神を囮にして、呪力で身体強化してから敵を叩けばいい」
「……そうか!」
「理解したようだね。そう、三つ目は発想力。さっきのはほんの一例に過ぎない。君は式神に意識が行き過ぎて、呪力を無駄に浪費し過ぎるんだ。いいかい? しっかり腹から呪力を全体に流すことを意識すること」
「はい!」
「じゃあ、次は肉弾戦の特訓だ! 先は長いが、頑張ろう!」
「はい!!」
◇◇◇
そして六月。
私は伏黒くんにとある任務を命じた。
だが、どうやら想定外のことが起きたようだ。
「本当に百葉箱にはないのかい?」
『はい。百葉箱は空っぽです』
「わかった。おそらく、誰かが持っていってしまったのだろう。翌日の夜までに私も向かおう」
『お願いします』
そして翌日、私は宮城県仙台市にある「杉沢第三高校」へと向かった。
「伏黒くん、状況説明!」
「はい! 例の特級呪物ですが……」
「ごめん。俺、それ食べちゃった」
「そうか……」
なら、私も久しぶりに本気で戦えるだろう。
だなんて思ってしまうのは、悟に似てしまったのだろうか。
「……それで君、宿儺と代われるかい?」
「スクナ?」
「君が食べてしまった呪いのことさ」
「あぁ、うん。多分できるけど」
「なら十秒だ。十秒経ったら戻ってきなさい」
「夏油先生、本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫。私達は……じゃなくて、私は最強なんだ」
宿儺と代わると、いきなり襲いかかってきた。
飛び上がった後、私の背後から殴りかかってきた。
だが私は、そんな宿儺の拳を受け止める。
「生徒の前なんでね。カッコつけさせてもらおう」
私はナマズの呪霊を顕現させ、地面へと落とす。
すると、宿儺はグシャッと転んだ。
「な!?」
「えっ、コケた!? 夏油先生、一体なにを……?」
「ナマズの呪霊さ。落ちたと思っただろう? 傍から見れば君が勝手にひっくり返っただけなんだがね。最近取り込んだ呪霊さ」
「まったく、いつの時代でもやっかいなものだな。呪術師は」
宿儺はすぐさま地面を攻撃する。
そして、ナマズが宿儺によって祓われた。
「ならお次は……」
巨大な亀の呪霊を顕現する。
そして、再び宿儺は転んでしまったようだ。
「なんだ? また何かしたな!?」
「亀の呪霊だ。
「もしかして……?」
「そう。落ちるんだ。亀がこの場に存在しているおかげで、術式対象のモノは常に落下しているのと同じなのさ。さっきのナマズの呪霊と同じく、傍から見れば彼が大の字で寝ているだけだがね。そして、そろそろ時間だ」
十秒経つと、宿儺を受肉した少年に切り替わった。
「おっ、大丈夫だった? ……って、動けねぇ!?」
「ああ。ただ、君の存在はかなりグレーゾーンになりそうだ。だからここは、この呪霊かな」
ここで私は、山姥を顕現させる。
「ひぇっひぇっ」
「なんですか? この老婆のような呪霊は……というか、呪霊ですか?」
「山姥さ。今から彼の意識を喰ってもらう」
「「えっ!?」」
「大丈夫。私が再び山姥を取り込めば、また意識は戻るよ」
「なんだ……」
どうやら二人とも安心したようだ。
「じゃあ、しばらくおやすみ」
「……うん」
ガクンと意識を失う宿儺を受肉した彼。
「これで目覚めても宿儺に身体を奪われていなければ、彼には器の才能がある。そこで質問だ。伏黒くん、彼をどうすべきかな?」
「仮に器だとしても、呪術規定にのっとれば、虎杖は処刑対象です。でも、死なせたくありません」
「……それは私情かい?」
「私情です。なんとかしてください」
「……ふっ、いいだろう。かわいい生徒の頼みだ。大船に乗った気でいるといい」
そして数時間後、宿儺の器となる少年が高専の一年生になることが決定するが、それはまた別のお話。