ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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第二話:道化師の仮面

「踊り過ぎて身体が、もん、ばーらばら!」

 

爆笑。

 

「一人でコーミズ村に行くとは、なんて向こーみずな……」

 

再び爆笑。

 

「ボンモールで鋼の剣を三本も売る(ボンモール)っ!」

 

モンバーバラの大劇場は笑いの渦だった。舞台の上でパノンという芸人が何かを言うたびに、観客は腹を抱えて大笑い。誰も彼もが笑顔だった。

 

――なのに、私はむしろ寒々しさに襲われて、傍らのバルザックの腕に両手でしがみつく。

 

「……何よ、これ」

 

パノンの話術を貶すつもりはない。観客の呼吸を読んで、一つの笑いが収まって、次は何を言うんだろうと皆が注目するところまで間合いを取る。

 

「ソレッタでー、出会ったー。ラララ、君にー、ほれったー。それったー、ボクのー、ラララ、初恋ー、だったー♪」

 

大きな身振りに手振り、それに声の抑揚。いきなり節をつけて歌い出して人を驚かせ、注目させ、そして笑わせる。それもまた、一つの立派な『芸』だ。

観客は大喜びで拍手喝采、ゲラゲラと笑って楽しんでいる。

 

――でも。だけど。なんで、こんなにも()()()()見えるんだろう。

 

こんなにも楽しそうなのに、心から楽しんでいるようには見えない。誰もが笑顔なのに、心から笑っているようには見えない。

楽しいから笑っているというより、ただただ()()()()()()()()()()()ように見えて仕方がない。

日々の生活が苦しいから、その苦しさを忘れるために。明日の自分がどうなるか分からないから、その不安から目を背けるように。

 

「こんな、……こんなのが、今のモンバーバラの『売り』だなんて」

 

観客を楽しませて、笑顔にする。それが芸能だとするのなら、パノンは決して間違っていない。

問題があるのは、むしろ観客の方だ。心から楽しめるほどに生活に余裕がない。日々の苦しさを忘れるために、現実から逃避するために笑っている。

 

「さて、今日の締めはやはりお客様にお手伝いをお願いいたしましょうか」

 

舞台の上から観客席を見回したパノンが、おもむろに『私』を指さした。

 

「そちらの御方! 実は折り入って『お話』があるので、どうぞこちらへ!」

 

周囲の観客が私を囃し立てる。今の私たちは人から注目されたくないのに。

 

「行ってこい」

「え?」

「大丈夫だ。『お話』してこい」

 

バルザックがそう言うなら、大丈夫なのだろう。私は周りからの視線を感じながら、ゆっくりと舞台へと上がる。

 

「やあやあ、どうもありがとうございます。ちょっと私の服の裾を持ってくれますか?」

 

赤みを帯びた橙色の派手な色使いの服には、ヒラヒラの飾りが幾つも取り付けられている。腰に締めたベルトから伸びたシャツの裾を、私は指で軽く摘まむ。

 

「はい、そうです。では、いきますよ」

 

期待の眼差しで舞台に注目する観客に頷きかけて見せながら、パノンは大きな声で叫んだ。

 

「おはなしっ!」

 

これが彼の十八番というか、お約束なのだろう。ドッと沸き上がる観客達の笑い声の中をパノンは悠然と、そして優雅に一礼する。

満足した観客が次々に席から立ち上がり、帰り支度を始める。

帰っていく観客の背中を見送るパノンの横顔は、間近で見ると品良く整えた口髭と尖り気味の高い鼻が特徴的だった。もし派手な服を脱いで落ち着いた色合いの服に着替えれば、芸人というよりむしろ紳士然とした人物に見えることだろう。

 

「お帰りにならないのですかな?」

「まだ話は終わってないもの」

「ほう、そうでしたか。これは失礼を」

 

他の客が帰って、急にガランとした客席に残っているのはフードを目深に被ったバルザックと、あとはメイとフェブだけだ。

 

「とても面白かったわね、ワリフト(フェブ)!」

「はい、お嬢様(メイ)

 

仕事抜きでも舞台を楽しめていたメイは満足げだったが、フェブは早く帰りたそうにしている。今のモンバーバラで、あまり夜遅くに通りを歩きたくはないのだろう。

 

「あちらの方々はお連れ様ですか?」

 

パノンが訊いてきたので軽く首肯を返す。

 

「今夜も客席は満員だったよ。お疲れ様だ、パノン。――おや? まだお帰りになっていない客が残っておられたとは。何かお忘れ物ですかな?」

 

舞台が終わってもなかなか戻って来ないパノンを迎えに来たのか、劇場の座長が舞台の裏から顔を出す。

 

「『折り入ってお話が』って言われたから舞台に上がったのに、その話はまだ終わってないもの」

 

私の答えに座長は眉を寄せた。きっと『面倒な客だ』と思ったのだろう。公演が終わっても舞台から下りず、帰ろうともしない客ほど劇場にとって迷惑な存在はない。それはわかってる。

 

「お客様、あまり野暮なことを申し上げたくはないのですが、それはパノンの持ちネタで――」

「いえ、座長。それは少し違います」

 

だけど、私たちを帰らせようとする座長を押しとどめたのは当のパノン自身だった。

 

「こちらのお客様は、私の話で笑っておられなかったのですよ。公演の始まりから終わりまで、ずっと」

「……」

「それどころか、笑っている周りの他のお客様を見て、ひどく悲しげにしておられましてね。こちらのお客様なら、きっと座長の苦悩を理解して下さるのでは、と思ったのです」

 

苦悩? それは一体どういう意味だろう?

 

「こちらの座長は、私に出演を依頼する時に『歌と踊りの街(モンバーバラ)は、もう終わりだ』と仰ったのですよ」

「!?」

 

驚きのあまり、あんぐりと口を開けてしまった私に代わって、無人になった客席の最前列に腰を下ろしたバルザックは静かな声で指摘する。

 

「――…踊り子を舞台に出せば、城に召し出される。表向きの口実はどうあれ、城からの命令を拒むことは立場上できない。だから、もう、二度と踊り子は舞台には出さない。そういうことか」

「王様の前で踊りを披露したとなれば踊り子だけでなく、その踊り子を雇っている劇場にも箔がつく。そう考えたのは座長だけじゃない。モンバーバラのどの劇場も、最初は誰もが喜んで稼ぎ頭や期待の若手を喜んで送り出しました。もちろん踊りには欠かせない伴奏を手がける楽師も、衣装係も、道具係も一緒にです」

「舞台に上がる踊り子だけなら代役を探せても、その踊り子を支える周りの人間は代えが利かない。それが小さな劇場であればあるほど少ない人数で裏方を回さねばならず、その傾向はより一層強くなる。パノンのような話術一本で笑いをとる芸人なら、楽師はもちろん大道具や小道具も最小限で済むからな」

 

膝の上に肘を突き、組み合わせた両手の上に顎を乗せたバルザックは溜め息をついた。

 

「大劇場で売り出した芸人なら他の劇場も喜んで雇う。そうやって先陣を切ることで、『歌と踊りの街』というモンバーバラの売り文句(キャッチコピー)すら無くそうとしたのか。これ以上、城から帰って来ない人間を増やさないために」

 

座長は手のひらに爪が食い込むほどに強く左右の拳を握りしめ、血を吐くように呻いた。

 

「……すまない、バルザック。せっかくお前が『城に深入りしても良いことはない』と忠告してくれていたのに、もっと早くに、私が本気でそれを受け止めていれば。こんなことには――」

「え?」

 

私は再び驚く。座長とバルザックが顔見知りだったこともそうだし、その口振りだと、私たちがモンバーバラからいなくなる五年も前からバルザックは今の惨状を予想していたことになる。

 

「オーリンを通じて大道具用の箱を使わせてもらった時のことか。あの時は俺も本気で止めたわけじゃなかった。だから、そう気に病まなくてもいい」

「だが、お前は『興行は最低限にして、すぐ引き上げさせろ』とも言っていた。そのお前が城から犯罪者として手配されて、そしてすぐに次の踊り子を要求された時。お前やオーリンとの繋がりを追及されたくないばかりに、私は城から言われるがままに次の踊り子を送り出してしまった」

「……」

「――…そして、誰も帰ってこなかった。ただの一人も。城からの使いに尋ねても何も答えてもらえず、そのたびに『もっと踊り子を寄越せ』と言われるだけだった。私は断れなかった。断ればどうなるかと脅されて、我が身可愛さに従い続けた。心配した踊り子の家族たちも大勢で行けば話を聞いてもらえるだろうと、わざわざ馬車を用立てて城に向かったんだ。だが、その家族も――」

 

そうやって、パン屋のおじさんとおばさんも城に行ったきり、もう――。

 

「今のモンバーバラでは、もう踊り子を名乗ることすら危険なんだ。この劇場は、まだパノンのおかげで何とか持ちこたえている。だが、他の劇場では客を集められるような出し物すら用意できず、次々に閉業している。それでも城からは税の支払いを求められる。だから、若い女と見れば誰彼構わず捕まえて人身御供に差し出そうとするような輩まで出てきている」

「デビュー前の卵として若い女の子を劇場に匿い、城には『まだ王様の前で披露できるほどの踊りが身についていないから』と言い訳して街の外には出さないようにする。座長さんは、決して何もしてこなかったわけじゃありません」

 

庇うように言ってくれるパノンに、座長は泣き笑いにも似た悲痛な表情で首を振った。

 

「こんな状況になってから悪足掻きをしたって、一体何になるって言うんだ。こうなってしまう前に、もっと何かをしていれば。そうすれば、こんなことには……」

「ひとまず、その踊り子たちはキングレオの外に逃がそう。『デビューするのを諦めて故郷に帰った』とでも言えば、当面は城からの追及も躱せるだろう」

 

昔はこんな風に淡々と話を進めるバルザックがすごく冷たくて素っ気ないように感じられたけど、今は自責の念に押し潰されそうになっている座長を見かねて、わざと事務的に切り出したんだってわかる。もっと相手を気遣ってるところを表に出せばいいのに、そういうところは不器用で強情なのよね。

 

「ルーラでエンドールまで連れて行けばいいの? メイたちの興行に加わってもらえば、劇でも踊りでも幅が広がるものね」

 

私が言うと、メイは嬉しそうに何度も頷き、フェブは頭を掻いた。脚本とか演出とか、どう書き換えようか悩んでいるんだろうけど。

 

「いや、先にフレノールの街だ。移民の街に行くか、メイたちの一座に加わるか、あるいはオーリンと一緒にソレッタに移住するか。身の振り方は、自分で決めさせた方がいいだろうからな」

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