『僕は実は吸血鬼なんだぜ』って嘘をついたら 両親を食べるハメになったんですけど 作:焼肉食べ放題のレバーは生が美味い
岐大 福は、両親を────
──食べる
福はもう何も考えたくなかった。だから差し出されたのなら、それを食べる。それが何の、誰の肉かなんて福は知らない。
「……」
「もう、仕方ないなぁ」
皮に甘噛みを繰り返す福を見かねたトキは、福の手元にある生首を取る。
「私、初めてなんですよ?」
そう言って肉を口に含み咀嚼した後、飲み込まずにその唇を福の唇に近づけてゆく。
トキがやろうとしていることは、つまりは雛鳥への餌やりと同じだ。噛み砕いて柔らかくした後に、口移しで食べさせてやる。
「……」
二人の唇が触れ合い、福の口の中に生暖かくて血生臭いモノが入ってくる。
初めてのキスはレモンの味だ、なんて言うが、福のそれは鉄の味だった。
福は口の中にあるそれを吐き出そうとはしないが、だからといって飲み込もうともしない。しかし吸血鬼の体質なのか、トキの異様に長い舌によって肉を喉の奥に押し込まれると、反射でそれを
「美味しいですか?」
トキの言葉に、福は何も考えずにコクリと頷いた。本当は味なんて何も感じなかった。
トキは笑って「じゃあ私も」と言って、福の
彼の意識は二階の子供部屋で眠っている妹に向けられていた。せめて彼女だけは守ろうと。もしトキが彼女を食べようとしたら、トキを殴ってでも止めようと。そんなボロボロの少年の決意。しかし、それを嘲笑うように突如、岐大家の二階が吹き飛んだ。空から降ってきたとあるものが、岐大家を半壊させたのだ。
「え?」
いよいよ心の現界を向かえ、顔の真横に瓦礫が落ちて来ようとも口をポカンとあけて黙ったままの、痴呆にかかり言葉を忘れた老人のようになってしまった福。そんな彼の横でトキが困惑の声をあげた。
トキの目線は、空から落ちてきてリビングの床にめり込んだとあるモノに向けられていた。
「父様?」
そう。それはトキの父親だった。
「に、逃げろ……ト、き……」
その言葉を遺言に、上空から飛んできた十字架が、彼の脳天を貫いた。血飛沫が舞い、トキの顔がベチャリと紅く染まる。
「……」
吸血鬼を殺す。
弱き人間が異形のバケモノを倒すという偉業。
それを成した男がトキと福の眼前に舞い降りる。
長い金髪の、西洋人らしいその男は、修道服を身に纏い、さらには背に大きな十字架を担いでいた。そして彼が手に持っているのは、月を二つ埋め込んだサッカーボール大の……
「母様?」
少女は状況を理解した。そして……
「うわぁぁぁぁ!!」
叫びながら、男の立っている場所と反対の向きに走り出した。
大切な人がいなくなって泣き。受け入れたくない現実から逃げる。
それはバケモノである吸血鬼らしくない行動だった。
それは酷く人間らしい行動だった。
それは、福が切り捨てた選択肢だった。
きっとトキは、側で腰を抜かしている福よりは正しい。しかし、ただガムシャラに走っただけで逃げ切れるほど、現実は甘くない。
「あ……」
トキの逃げ道は、すぐに家の壁に塞がれた。
「少女よ。無駄な足掻きは寄せ」
背後に立つ血塗れの聖職者が無慈悲に紡ぐ。そして家屋の崩壊によって起こった土煙が晴れると、彼の背後から次々と十字架の紋章が記された仮面を被った者達が現れた。
数の力。
それが、たかが人間ごときが成熟した吸血鬼を2体も殺すことが出来た
「お前は殺人罪及び食人罪を犯した。これは人妖刑法77条と666条に抵触している」
聖職者は懐から令状のようなモノを取り出し、それをトキに見せつける。
「お前の父親と母親は公務執行妨害罪で殺したが、お前はまだ子供らしいのでな。殺しはしない。保護するだけだ。まぁ無力化のために、死ぬほど痛い思いはしてもらうがな」
聖職者の背後に控えていた仮面の者達が前に出て、瞬く間にトキの四肢を抑えつける。
「ッ……」
トキは拘束を振りほどこうとするが、出来ない。四対一であることを踏まえても、人間の腕力が吸血鬼を封じ込めている景色は異様だった。
「……」
藻掻くトキを、福は隣で眺めていた。仮面の者達は、すぐ側にいる福には何もしない。
聖職者は手に持つ小さな十字架を、トキの目に埋め込もうとする。それを見た福は、もう既に虫の息である自分の心が、完全に息絶えて行くのを察知した。
両親を失い。
人としての尊厳を失い。
妹までも失った。
そんな福に唯一残されたもの──あらゆるものを失ってまで手に入れたトモダチすらも、福の手の内から零れようとしている。だというのに、福は指一本動かすことが出来なかった。
──皆死んで。僕も死ぬ……
福はそう思った。しかし十字架がトキの目に埋め込まれる寸前、突如トキの右腕を抑えていた女が聖職者の腕を叩いた。弾き飛ばされた十字架が宙を舞う。
それを成した裏切者は仮面を取り、額に青筋を立てた聖職者と目を合わせた。
「我らを裏切り、あまつさえ吸血鬼を救けるとは。貴様、自分が何をしたのか分かっているのか?」
聖職者に十字架の先端を向けられながら放たれた問い。それに対して裏切者は飄々と笑って返す。
「ん〜? そこで死んでる吸血鬼達と同じ。公務執行妨害罪を犯したってところかい?」
「違う! そんなことを聞いているのではない! 生の人肉の味を覚えた吸血鬼を放置することが、人類の未来にどういう影響を及ぼすのか、微塵でも理解しているのかと聞いているのだ!!」
吸血鬼の夫婦を殺し、トキに十字架を埋め込もうとした時のロボットのような鉄面皮とは打って変わって、感情を露わにして聖職者は叫ぶ。しかしやはり、裏切者はそれでも、どこか人を小馬鹿にするような笑みをその顔に湛えていた。
「ッッッ〜〜!!」
聖職者の顔がさらに赤くなる。
「科学が浸透した現代においてですら、吸血鬼──バケモノ共は人を喰えば簡単に強靭な力を手に入れることが出来る!! それに引き換え
「…………まぁ、アンタ達が正しいんだろうね。ただ正義を執行されちまうと、取り返しのつかなくなりそうな子供を見つけちゃったんでね」
裏切者は福の方をチラリと見た。
「そういえば、お前は読心の奇跡を与えられていたのだったか……」
聖職者が侮蔑の視線を裏切者に向ける。
「個を優先して多を危険にさらすことほど、生物として愚かな行動はないぞ」
「……否定はしないよ。なんなら肯定するさ。正しくて賢い。だからアンタらの方には、数がたくさん集まるんだろうしね」
裏切者の目の前に立ち塞がる何人もの仮面の兵達。それがそのまま彼らの正義の象徴だ。
「ただ、そっちに付かずに逆張りする野郎が一人ぐらいいてもいいよなっていうのが、アタシの持論なんだ。悪いけど、この憐れな少年は救わせてもらうよ」
そう強気に言ったのは良いものの、この数を一人で立ち向かうのは流石にムリだ。
「トンズラかかせてもらう」
「させるワケがないだろう」
聖職者が裏切者に向かって駆け出し、仮面の者達もそれに続いていく、が────
「おいおい、そんなに頭数を揃えてやることが、バカ正直に突っ込んでくるだけかい。まさかたかだか二人の子供を袋小路に追い込んだ程度で、調子に乗ってるんじゃないだろうね」
裏切者は余裕の笑みを崩さない。
「知らないのかい? 立派じゃない大人の逃げ足っていうのはね、恐ろしく速いよ」
瞬間、裏切者は頭上に掲げた指をパチンと鳴らした。
「ッ!!」
直後、聖職者の眼前から裏切者の姿は消えていた。いや、彼女だけではない。側に座っていた福や、3人の仮面の者達に掴まれながら藻掻いていたトキの姿も、岐大家の跡地から跡形もなく消えていた。
「……」
顔を歪める聖職者の上空には、欠けた月が輝いている。
▲▼▲
ふと、福は目を覚ました。隣を見てみるとトキが寝息を立てている。彼女の目尻から頬にかけて残るその跡は、涙によるものだろうか。
「あ、起きたかい?」
声の方を見ると、そこにはあの裏切者が立っていた。
「……」
上背があって、長い橙色の髪を一纏めにしている。身に纏っているものは動きやすそうで、しかし微塵も安っぽさは感じさせない。──と、ざっとパッと見で分かる情報を並べてみたが、所詮外見なんてモノはいくらでも変えられるもので、本質的な──内面的な部分では福はまだ彼女のことを全く理解していない。だがそれでも、彼女が自分と、そしてトキを助けてくれたのだけは分かっている。だから──
「本当にありがとうございます」
頭を下げて、いわゆる土下座と全く同じポーズで、しかし謝罪の意志は欠片も混じらない純正の感謝を伝える。
「いやいや、そんな堅苦しいのはやめてくれよ。それに、そんな格好をしたいのはアタシの方だよ。アンタの両親を救けてやれなくて、すまなかった」
「それは……」
それは、違う。睡眠をとっていくらか澄んだ頭なら分かる。昨日の件。あれは全部福のせいだ。福が親の言いつけを破って夜に家を出たのが悪かった。福が嘘をついたのが悪かった。福が、吸血鬼と友達になりたいだなんて思ったのが悪かった。
「……」
だけど口を開けば福自身も意図しない醜い言葉が溢れ出てしまいそうで、黙りこくってしまう。
「そういえば、ここはどこなんですか?」
逃げるように福はそう尋ね──
「ん、まぁ、アタシしか知らないし来れない秘密の隠れ家ってところかな。意外と便利なんだよね、ここ。ただ一般人を連れてくるにはやっぱり負担が大きいみたいで。ここに辿り着く前にアンタ気絶しちゃったんだよ」
「『僕は』ってことは、トキは違ったんですか?」
「あぁ。流石は天下の吸血鬼。子供といえども、肉体強度は一級品だね。初めて経験する空間転移の後でもピンピンしてたよ──って言っても、伝わんないか」
しくじった、と言いながら彼女は笑う。
「とにかく、アンタが気を失った後にもトキは起きてたんだよ。ただ、あの子はずっと泣き続けてたんだけどね。丁度一時間前くらいかな。疲れて寝ちゃたんだよ」
「……」
ナニカを思いかけて、福はそれを無理くり止める。
「自分は泣けなかったのに、自分の両親を殺したクセに、それでも勝手に泣いた彼女が憎いかい?」
「ッ!」
──裏切者は逃さなかった。
「自覚はしているだろうけどね。アンタ壊れてるよ。きっと後天的なものだ。いつそうなったのかは分からないけれど、たぶんもう治らない。まぁだから、アンタにはバケモノの才能があるよ。それこそ、そこで寝ているお嬢ちゃんよりよっぽどね」
それは昨日の福には好都合な真実だったが、きっと、今日以前の福には当てはまらないであろう事実だった。
「なぁアンタ。これからどうするんだい?」
「これから?」
「あぁ。今アンタの前には二つの道が用意されてる。全部捨てて生まれ変わるか、残った一つを抱えて演じ続けるか、だ」
それはきっと、どちらも地獄。でもそれが、親喰らいの福には似つかわしいのだろう。
「憐れな孤児として人間社会に溶け込んで、全て忘れたフリをして苦しみ続ける道を選ぶかい? それとも、自分は吸血鬼だと嘘をつき続けて、心を殺しながらあのコの隣を歩くのかい?」
「……」
一瞬悩んで、そして福は自分の鼻を思いっきり叩いた。
痛い。
結構な力で殴ったから当然鼻血が出て、また、涙も零れた。涙が出る以上、福が泣けないのは身体の異常のせいではない。それは分かりきっていたことだったが、うん。こうなれば、福の道は一つしかなかった。
そして、そんな少年の決意を、読心の奇跡を持つ裏切者は眺めていた。
「そうかい。そっちを選ぶのかい。それじゃあアンタは今日から、吸血鬼モドキの人でなしだ」
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──4年後
福の眼下にあるテーブルの上には、一つの杯が置いてある。そして福はそれを手に取り、杯に満ちる、真っ赤な血を飲み干した。
「あぁ、美味しかった」
岐大 福は、今日も笑顔で嘘をつく。