箱の境界   作:yuruyuru

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第5話

 足元に大きく入ったスリット。裂けるように空いた胸元には絢爛さを象徴するような首飾り。手元を覆い隠す白い手袋に高いヒール。希少動物の毛皮を使った手触りの良いストール。携帯端末を入れるのが精いっぱいの小さな鞄。

 

 普段の活動では決してしない格好にユリは「うーん」と唸り自分の背後を確認するようにストールを翻す。拠点を出てくる前に何度も鏡で確認したがやはり見慣れない。大股で歩けないのは単純に不便。荷物が無ければ用意も手薄い。先に部屋へ荷物は送ってあるとしても気になるものは気になる。

 

「何度確認したって似合ってねえから安心しろ」

 

 傍で様子を見ていた黒のタキシード姿の男が落ち着かないユリの様子に笑う。彼はユリの師匠だ。普段とは異なり身辺を整え髪を上げている。

 

「似合ってないのはお互い様だからね! 荷物が少ないのそわそわする」

 

「我慢しろ。その時までは不測に備えて表に居ろって言われてんだからな」

 

「せめて従業員が良かったなあ」

 

「それは依頼主の方で担当するらしい。と言っても依頼主は『護衛』がメイン。余裕がない限りはこっちにも不干渉さ」

 

「じゃあご飯出てるの食べていい?」

 

「……まあ素人の会食だし問題ないだろ。違和感があれば部屋に戻れ」

 

「はあい」

 

 ユリの間の抜けた返事を合図に部屋の中、二人を囲うように展開されていた念の箱が解除される。彼女の能力である「箱」は師匠との再会と再度の修行を経て変質していた。作り出せる最大数はひとつ。中に入れるのはユリ自身か、ユリが「守る」意志を向けた者を含まなくてはならない。だが強度は高く外からの攻撃もある程度防ぎ、ユリの意志で遮音、視界を遮ることも出来る。

 

 ある程度閉鎖された安全な空間であれば今のように外からの盗聴を気にすることなく話が出来るが、攻撃性は一切ない。

 

 まぎれもなく外からの防御、中の保全性を高めるだけの箱。加えて能力使用中のユリは絶の状態に近くなるため一般人程度に無防備だ。

 

 能力を使うときは必ず自分を中に入れろ。

 

 師匠である男との口約束だ。敵が念能力者でない今、そう追い詰められることはないはずだ。

 

「会場へ行こうか」

 

 師匠、ここではクロウという偽名を名乗る男に手を差し出され、しとやかに手を乗せる。

 

 ここはとある街の高級ホテル。表向きは富裕層に向けての宿泊施設だが、時折違法なオークションが行われている。特殊な人体の一部や、遺跡から出土した遺物を盗んだ物、そして希少生物。

 

 元々は主催を捕えるか消すためにクロウへと寄せられた依頼だった。依頼主はオークション参加のため訪れており頭の護衛と情報収集のため潜入し主催に手を出す余裕がない。当日か前日に潜入したら良いかと思えば不測の事態では護衛に参加のため事前に参加を要請された。

 

 このホテルに入れるのは富裕層でありパートナーが居ることが必須。適当に一時的な協力者を見付けようとしたが当日のオークションに「希少生物」の違法売買があるならば、と弟子のユリを伴うこととした。

 

 彼女はプロハンターとして様々な場を経験している。こうしたフォーマルな場でも事前に話しておけば装うのは容易い。

 

 対象のオークションは三日目の夜。同時に荷物の搬入・搬出が行われ警備の動きも読みやすい。一日目、二日目は適当に過ごしながら情報収集。

 

 無理して疑われるくらいなら普通にパーティを楽しめばいい。

 

 動きにくいことを除けば確かに、修行もないお休みに等しいが。パーティ会場に入り様々な視線が向けられる。

 

 伺うような視線を従業員から、媚びるような視線はパートナーが居るであろう女性たちからクロウへ。こういうパーティはルール無用なことも多く、互いに単独の方が情報は得やすい。事前に話していた通り、ここからは単独で、何かあれば合流だ。

 

 適当なテーブルへ向かえば案の定女性からはクロウのことを聞かれ、男性は口説き半分、商魂半分の質問がされる。

 

 この場に来るにあたって依頼主が作った適当な身分をあらかじめ詰めておいて正解だった。深く興味が持たれるわけでもなく、無視されるわけでもない。なりあがりの社長夫婦、に見えていることだろう。

 

 淑女の範囲を出ないように食事を摘まんでいると大股でユリへ近づきグラスを持っていない片手を男が強引に取り上げた。

 

 こういうのが一番面倒だなあ。

 

 内心でため息を吐きながら驚いたふりをして相手の素性を尋ねる。どこかの会社の社長らしい。ユリの知らない会社だ。多分社長は家系の引継ぎだろうな。勝手な想像をしながら大人しい女のふりをしているとその男は酔っているのか「部屋に来ないか」と言う。

 

 夫が居ますから。常套句で避けようとするが男は「あっちはあっちで楽しそうだから」という。見ればクロウはクロウで女性に口説かれている最中らしい。当人も確かに楽しそうだが。

 

 こういう場に慣れてるらしいからなあ。ユリは掴まれている手を乱暴にならない程度に力を込めて外し、少しだけ距離を取る。

 

 揉め事は依頼主も御免なはずだ。近くに都合の良さそうな従業員を視線で探すユリは背後から足音も立てずに近付いた誰かに腰を抱えるように引き寄せられ誰かの胸に背をぶつけた。

 

「失礼、俺の妻が何か失礼を?」

 

 クロウ。見上げると一瞬冷えた視線がユリを見下ろす。後で怒られそうだ。

 

「今日はこれにてお暇させていただきます」

 

 あくまで外向けの笑顔と声。彼と行動を共にするユリはその中に底冷えする温度を感じて離れようとしてみるも抱え込まれた腰は固定されたように離れることなく、そのまま会場を後にする。泊まっている部屋の近くまできて腕は離れ小さなため息が聞こえてくる。

 

「とりあえず話は『中』でな」

 

 部屋に入り次第、箱で囲え。言外の指示に従い二人が部屋に入り鍵をかけられるとすぐに部屋を念で作った箱で覆う。

 

「お前なあ、もっと上手くああいうのかわせないのか?」

 

「さっきの人? ……師匠ほど場慣れしてないから」

 

「誰と比べてんだ。大体な——」

 

 こんこんこん。箱の外で扉が叩かれ言葉が止まる。

 

「……俺が出るから、着替えて今日は休め」

 

 何かを言い返そうとして、ユリは口を閉じ箱の能力を解いた。ユリの姿が入り口から見えないところまで退いたことを確認し、クロウが扉を開く。

 

「こんにちは」

 

 扉の向こう側に居たのは依頼主のグループの一人だった。クロウが事前に話したメンバーの中に居た、名前はセンリツ。事前に話したのは全員が念能力者だったが不測の事態が起きない限り「不干渉」が決めごとのため能力は互いに知らない。

 

 先ほどさっさと会場を退散したのが良くなかったか。

 

「うふふ、警戒させてごめんなさい。さっき、会場から出て行ったでしょう? 随分怒っていたみたいだから、他の顧客に手を出さないか心配で来たの」

 

「それほど怒っていたように、見えたのか?」

 

 後ろ手に扉を閉める。

 

「見えたというよりは『聞こえた』かしら。今も変わらないわ。冷静に見えるけれど怒っている。誰か手にかけてもおかしくないほどに」

 

 クロウは黙っていた。センリツの言うことはすべて正しい。

 

 ユリが寝た後に客が一人くらい事故で居なくなっていても問題ない方法はずっと考えていた。だが、外見せの表情と態度を作りバレたのは久しぶりのことだ。

 

 聞こえた、と言った。そう見えたのでなければセンリツが持つ能力の類か。心を読んだりする能力であれば厄介極まりない。

 

「それは、個人で釘を刺しに来たのか?」

 

「ええ、貴方みたいに強い人と敵対はしたくないもの」

 

「……分かった。軽率な行動は慎もう」

 

「パートナーの子に優しくね。じゃあ、おやすみなさい」

 

 余計なことまで言う必要ないだろ。クロウは考えた文句をしまい、センリツの背が見えなくなるまで見届けてから部屋に戻る。

 

 ユリを連れてきたのは失敗だったかもしれないな。

 

 部屋の中ではドレスコードではなく気安い格好に着替えたユリがベッドに座っていた。

 

「大丈夫?」

 

 箱を張り直したユリが立ち上がり片手をクロウへ向ける。

 

 見知らぬ男に取られた手。

 

 手袋をしていないその手を取ってユリを背後のベッドへ押し倒す。箱を維持して無防備な状態で押し倒されても彼女はクロウを心配する表情を崩さない。自分に対して無防備で、無邪気な弟子。

 

「はーあ、馬鹿らし」

 

 押さえていた手を放し、クロウはユリの隣へと寝転がった。ばふ、と柔らかなベッドに体が沈む。

 

「師匠?」

 

 弟子は上体を起こして相変わらず心配そうに顔を覗き込んでくる。

 

「お前ももう寝ろ。明日は昼に買い出しと夜はまたあの場に行くが、俺の傍に居ろ」

 

「うん。あの、明日はもっと上手くやるようにする」

 

「? ああ、パーティ自体はどうでも良いが明後日の決行に影響を出すなよ」

 

 休息のために目を閉じたクロウはユリがどんな顔をしているか気付かなかった。

 

 

 翌日夜。昨日とは違うドレスコードに袖を通したユリはどこか強張った表情でクロウの手を取った。大丈夫なのかと問いたいが彼らのいる場所は既にパーティ会場前。

 

 昨日クロウへ媚びた声を向けた参加者の一人が今日は妻と一緒なのかと声をかけた。離れた方が仕事をしやすいだろうかと手を放そうとするもクロウの腕を掴む手にクロウの手を重ねられる。離れるな、と。

 

 作った笑顔と気のいい声で女を退けたクロウはそのまま会場内の人が少ないテーブルへ寄った。

 

「今日は食べなくて良いのか?」

 

 指し示される会場の食事に彼女は首を振る。おなかが空いてないの。

 

 珍しい。昨日食べたのは美味くなかったのか。仲良さげに見える程度の皮肉を言おうとするも近付いてくる足音に口を閉じる。昨日も近寄ってきた女たちがそろいもそろって近づいてくる。昨日話した時点で有益そうな情報がないのは確認したんだがまた相手をするのか。億劫さを表に出さず、近付く女たちへ体を向けると同時に手元から置かれていた手が抜けていく。

 

 私はあちらへ。大人らしく微笑んだユリがその場を離れた。

 

 彼女の姿を視界にとらえたまま、パーティの終わりまで参加していたクロウは部屋に戻っていた。ユリも戻っているが箱による遮音も必要無いほどに会話はない。

 

 明日の作戦決行。クロウが主催の身柄を生きたまま押さえ、ユリが希少生物を含めたオークションの商品を確保する。戦闘が想定されるのはクロウだけだが、どちらの向かう先にも遠隔で発動する罠がある。だが念能力もあるから問題ないだろう。開いていた地図を畳み、鞄の奥底に隠す。箱を解除したユリは未だ物静かだ。

 

「体調でも悪いか?」

 

 寝る前になって問いかけるも彼女は緩く首を振る。

 

「いつも通りだから大丈夫。上手くやるから」

 

 気が張っているとは違う。いつもと違う様子のユリにクロウはもう一度声をかけた。「問題ないんだな」と。「大丈夫だよ」 違和感を拭えない表情を浮かべたユリにどんな言葉をかけるのが「正解」か。

 

 分からないまま二人は決行の時間を迎えた。ここからは仕事の格好だ。誰にも見られずオークション会場の裏まで向かう。ルートに居るはずの従業員は全員依頼主繋がり。

 

 そのまま荒事も出来そうな集団だが、自分たちの実力を測られているのかもしれないな。クロウは口に出さず、軽くユリの背を叩いた。別行動の合図だ。ユリは軽く駆けてオークションの商品が保存されている階層へ向かった。この先は依頼主の力が及ばない。敵に成り得る勢力が居る。と言っても、念能力者は居ないはず。ホテル内に罠が張れそうな場所は確認済み。

 

 仕事用の外套を羽織り、彼は自分の視界を狭めるようにフードを深く被った。

 

 何にせよ単独で荒事に向かうのは久しぶりだった。クロウはフードの中で口元を歪めた。主催以外生死を問わないならば好きにさせてもらおう。

 

 誰だ。強く投げかけられた言葉にクロウは体を滑らせ叫んだ警備の喉へ手を伸ばす。

 

 指先で喉の器官が潰れた感覚を確認し武器を奪い利き手を踏み潰す。怯えた瞳と視線が絡み、彼はもう一度足を踏み下ろした。

 

 

 一方でオークション出品階層に着いたユリは警備の二人を縛って床に転がし、オークションに出品されるはずの品々を確認していた。

 

 依頼主が気にしていた人体の一部、そして希少生物が数種類。箱に囲われている小動物に、金属製の檻に囚われている中型の鳥類。動物たちはユリを見ると怯えた反応を見せるが抵抗したり騒ぐことはない。

 

 動物たちが「売られる」こと自体、ユリに抵抗はない。希少生物は生きているうちにか、死んだ後に売られることは普通だから。その利益の一部が別の希少生物を保護する費用に充てられる。ただし、この場所に居る生物たちは「非正規」に保護区から密猟されている。それは許されない。

 

 不測の事態があっても対応できるように希少生物と目的の品だけは「箱」の範囲内にまとめておこうか。今度は上手くやるために。

 

 ガチン。無機質な音が鳴った。

 

 反射的にユリが目を向けたのは入り口側の壁。

 

 遠隔で操作される、罠。

 

 ただの壁だった場所にいくつもの穴が空き矢じりが覗く。遠隔操作ができるのはクロウが担当している主催側の人間。

 

 何故、師匠は。

 

 一瞬物思いに動きが鈍る。

 

 違う、仕事の完遂が先。ユリは状況を思い出す。手元にあるのは依頼主に頼まれた品と小型希少生物。そして「離れた」場所に中型希少生物。彼女の念能力で守れるのはどちらか片方だ。

 

 自分を守れば得体のしれない矢に中型希少動物が射られる。

 

 中型希少動物の檻を守れば。

 

 上手くやれる。

 

 

 クロウはたった今踏みつぶした男の手から零れ落ちた端末を見ていた。

 

 主催は捕らえた。生きているし自分で死ぬための手段も奪った。足下に居るコレはまだ生きている。クロウが主催を捕らえ、弟子の違和感を思い返していた刹那。腕を潰したはずの足下の男が何かを操作した。記憶と事前に調査した情報が一瞬で巡る。だが、結論が出るまでに時間がかかる。分かり切っている。男が操作したのが何なのか。

 

 それはこの部屋でも作動したのだから。

 

 依頼主たちが主催の部屋に入ってくる姿を越えクロウはゆっくりと視線を滑らせる。地面に落ち、物によっては折れ曲がった矢。

 

 奥に居るのが主催か。依頼主の言葉に返す言葉もなく、彼は床に落ちている矢を拾い上げた。金属製の矢。矢じりから粘度の高い液体が滴り落ちた。依頼主が何をしてる、と声をかけた。応えられない。

 

「パートナーさんのところに行ってあげて」

 

 知った声にクロウはようやく視線を声の元へと向けた。低い身長。一日目の夜に部屋を訪ねてきた人物だ。センリツ。

 

「あとは品があれば依頼達成だもの、ね?」

 

 言葉を続けたセンリツに仲間たちが目を向け、視線を戻した時その場には一本の矢が落ちた。

 

 

 ユリは背中から感じる激痛と歪む視界の中で必死に依頼対象の品と生物を探していた。中型希少動物は檻ごと箱で覆ったから何も問題ないはずだ。念が付与されていない矢は防げる。手元にある箱たちは自分の身体で覆った。守れたのか。

 

 倒れた姿勢から歪んだ視線では箱が見えない。音が聞こえない。彼女は自分の腹に触れた。箱に影響が出るのは矢が体を貫通した場合だ。背に刺さった矢は、腹に抜けていなかった。

 

 視界が黒くなっていく中、彼女の身体は抱え上げられ安堵に目を閉じようとした瞬間、彼女の目は見たことのない師匠の焦りを映した。

 

 

 顔をくすぐる涼風に彼女は目を覚ました。異常に感じるほど真白な天井と壁。仕切り代わりのカーテンも白い。絶対に師匠の取る宿じゃない。

 

 何があったんだっけ。身体を起こそうと力を込めた瞬間、背中全体に焼け付くような痛みが走り寝込んでいる姿勢のまま枕へ頭を落とす。涙が滲むほどに痛い。

 

「起きたか、馬鹿弟子」

 

 よく知る声に全ての記憶が一瞬で頭を駆け巡る。何の依頼を受け、どこに居て、何をして、どうなったか。

 

 そして彼とどんな約束をしていたか。

 

 窓から吹き込んでいた涼風が消えユリは視線を向ける。白い部屋に不自然なほど黒い姿。

 

 師匠。口に出した言葉は掠れ、咳き込み背中の痛みが増す。

 

「……お前は能力の弱点も忘れたのか?」

 

 掠れ刺すような痛みを訴える喉を押さえ彼女は涙ながらに師匠の姿を見上げる。滲む視界でよく見えないがきっと師匠は怒っている。

 

 上手くできなかったから。

 

 ごめんなさい。掠れた声でユリは何度も何度も謝る。そして咳き込み痛みに涙を落とした。

 

 クロウはユリの背に手を入れるとゆっくりと上体を起こさせる。目の前に水が入ったグラスを差し出せば彼女は様子を伺いながらゆっくりと飲み込む。

 

「仕事は上手くいった。俺が怒ってるのは、お前が、俺との約束を破ってこんなことになってるからだ」

 

「上手くいった……?」

 

「上手くいった」

 

 怒っているということを忘れ彼女は破顔し笑う。どこまでも無邪気な彼女にクロウは少し強めに額をぶつけた。

 

「俺が怒ってるということを忘れるなよ」

 

「うん……。でも、ああしなかったら失敗になってたから」

 

「失敗したからなんだ。あの程度の任務よりもお前の方が——大事だろ」

 

 強く吹き込む風が白いカーテンを揺らす。

 

 ユリは師匠を見上げる。空のコップを取り上げた師匠と目は合わない。

 

 任務、依頼よりも大事?

 

 未だ背中に触れる大きな手に体重と信頼を寄せて彼女は確かめるようにそう呟いた。

 

「……そりゃ、そうだろ。二人居た方が手は多い」

 

 立て続けに何か不満か。と返した師匠はユリにとっていつもと変わらない師匠だった。

 

「パーティに居た女の人みたいに上手く寄り添えないよ?」

 

「あんなの要らねえよ。必要が無ければ関わりたくもねえ」

 

 良かった。小さく呟いたユリは「眠たい」といってベッドへ横になると掛布をかぶった。

 

 寝息を立て始めたユリの前髪を除け、クロウは穏やかな表情を消した。彼女が眠る場所が隔絶されるようにカーテンを引き、個室の外で待っていた人を見下ろす。

 

 センリツは今まで彼らと相対していた時と変わらず穏やかな表情を崩さずクロウを迎えた。

 

「病院の手配、礼を言う」

 

「気にしないで。報酬から引いていいと言ってくれたから仲間たちから反論もなくてすんだもの」

 

「不干渉である以上アイツの怪我はただこっちの不手際だ」

 

「あの時の貴方はそう見えなかったけれど」

 

「……これは叶わなくて良い『お願い』だが、その能力で知り得た俺のことは」

 

「もちろんこちらの仲間にも言わないわ。殺されたくないもの。それこそ『叶うのなら』、会うのはこれきりにしたいくらい」

 

 にこりと人の良い笑顔を交し合いセンリツは退院まではゆっくりしていってと言葉を残し病院を後にした。

 

 真白な病院を出てセンリツは彼らが居るであろう階層を振り返り見上げた。

 

 クロウと名乗った男は裏社会で存在だけが知れていた始末屋だった。依頼料は高いが仕事は確実にこなす。しばらくは依頼を受けていなかったようだがしばらく前に二人組として依頼を受けていた。ただし依頼料へのこだわりが無くなり、代わりに危険度が高い依頼を受け付けない。

 

 理由は彼の隣に立つ、あのユリという女であることはセンリツには分かりやすい。

 

 ユリが傷を負ったあの依頼で、敵と定めた集団のトップを捕らえていたクロウから聞こえてきた「音」は酷く静かでそれでいて今にも切れて弾けんばかりに張り詰めていた。

 

 あの場で同じファミリーのメンバーが彼を詰問し足を止めさせれば静かだった彼の音は弾け矛先が「手あたり次第」になることは容易に想像できた。

 

 そして、あの場からクロウを退けさせて向かったオークションの品々が収められた場所。そこに居たのは静けさすら失った何かだった。

 

 満ちた敵意と殺意の中、クロウは気を失ったユリを抱えていた。

 

 センリツと同じファミリーが武器を構えた瞬間、センリツは提案した。「彼女の傷を治せる場所を提供しよう」と。その言葉で彼の殺意が幾許か消え「お願いしよう」と言葉を引き出せた。

 

 あのまま敵対していればどちらの被害が大きいか。

 

 センリツは病院から自分が向かう先へと視線を戻した。

 

 人とは思えないほど自分の欲に素直で、強く、何より彼女以外を同じモノと思わない独特が過ぎる心。

 

 叶うならば。本当に叶うのならば、あの二人はどちらも傷つくことなく穏やかに生き穏やかに終わってほしい。

 

 だが不思議と。

 

 センリツは軽くため息を吐いた。

 

 あの二人にはまた会う気がしていた。

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