駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~ 作:木乃実なぎ
◆
そうして――一週間が経った。
昼前の角兎亭。
二階の小さな部屋で、僕は机。
中では、この一週間で稼いだ硬貨が重なり、頼りなく光っていた。
大金ではない。
ギルドにいる上位のハンターなら、仲間へ食事を奢うだけで使い切ってしまうかもしれない。
防具屋に並ぶ立派な鎧なら、入口へ立つ前に諦める程度の金額なのだろう。
けれど――僕にとっては違う。
薬草を摘んだ。
港で荷物を運んだ。
スノウラビを捕まえ、古くなった依頼書を新しいものへ貼り替えた。
掲示板から抜けかけた釘を打ち直し、素材袋を種類ごとに整理した。
教会へ薬草や清潔な布を届けたこともある。
「華々しくは、なかったですね」
どれも『蒼空のアルヴィス』に出てくるような冒険ではない。
邪竜を倒したわけでもない。
盗賊団から街を救ったわけでも、囚われた姫を助けたわけでもなかった。
夢にまで見たハンター生活は――思っていたより、ずっと地味だった。
それでも、価値がないわけではないらしい。
僕が摘んだ薬草は、誰かの傷を治す薬になる。
港で運んだ荷物は、店の棚へ並び、誰かの生活に使われる。
整理した素材袋は、これから依頼へ向かうハンターの手へ渡る。
掲示板の釘だって、抜けたままなら大切な依頼書が落ちてしまうかもしれない。
僕のしたことは小さい。
でも――小さいなりに、どこかへ繋がっている。
「悪くなかったな」
忙しくて、慌ただしくて。
夜になれば疲れて、寝台へ入った途端に眠ってしまう日もあった。
それでも毎朝ギルドへ向かい、依頼を受けることは楽しかった。
「……とはいえ」
革袋を指先で軽くつつく。
中の硬貨が、ちゃり、と心細い音を立てた。
「使うのは、怖いなぁ」
貯めるのは大変だった。
薬草を何束も摘み、荷物を何箱も運び、数日をかけてようやく増えた。
けれど、減る時はきっと一瞬だ。
お金とは、なんと儚いものなのだろう。
森で母と暮らしていた頃は、ほとんど意識したことがなかった。
食事も服も本も、暮らしに必要なものは、いつの間にか用意されていたからだ。
「母は、すごかったんだな……」
母はすごい。
母は偉大だ。
そして、お金は大事だ。
あまりにも当たり前のことを改めて噛み締め、ギルドカードを確認する。
隅には、教会登録を示す小さな羽の印も刻まれていた。
「そろそろ時間かな」
カードをしまい、いつものようにフードを深く被る。
今日の予定は、昼過ぎからの買い物だった。
アルナさんが仕事の時間を調整し、防具屋と道具屋を一緒に回ってくれることになっている。
『新人の初期装備を相談することも、受付の仕事です』
本人はそう言っていた。
けれど、僕にとってはかなりありがたい。
一人で店へ行ったら、きっと黒くて格好いい肩当てに目を奪われる。
値札を見て心を折られるか、勢いで買って宿代を失っていたかもしれない。
「財布を守るためにも、必要ですね」
命だけでなく財布まで守ってもらう。
受付嬢という仕事は、ずいぶん大変らしい。
革袋を外套の内側へ大切にしまい、部屋を出た。
◆
「おや。今日は、ずいぶん念入りに身支度をしてるじゃないか」
一階へ下りると、厨房で大鍋をかき混ぜていた女将さんが、すぐにこちらへ気づいた。
昼前の角兎亭は、朝食の慌ただしさが一段落したところだった。
夜の仕込みが始まるまでの、少し緩んだ時間らしい。
客の姿はまばらで、窓から差し込む光が木の床へ落ちている。
厨房からは、肉と豆を煮込む匂いがゆっくり漂っていた。
「今日は、装備を買いに行くんです」
「おお。ようやく血まみれ坊やから卒業かい?」
「その呼び名からは、早く卒業したいです」
「なら、半人前坊や」
「悪化していませんか?」
女将さんは大きな腹を揺らし、からからと笑った。
「半人前なら、一人前になる楽しみがあるだろう?」
「血まみれには、楽しみがなかったんですか?」
「掃除が大変だったねぇ」
「すみませんでした」
あの時に汚した床や寝具のことだろう。
今さらながら、申し訳なくなった。
豪快な笑い方。
厨房から漂う温かな匂い。
森の家とは違う。
母とも違う。
けれど、こういう場所にも「帰ってきた」と思えるものがあるのだと、この一週間で少し分かってきた。
「装備って、やっぱり高いんですね」
外套の上から革袋を押さえる。
女将さんは棚から皿を一枚取り出し、薄く切った黒パンと焼いた肉を手際よく載せていった。
「そりゃあね。命を守るものが安すぎても、怖いだろう」
「それは、そうですね」
「いいかい、坊や。格好いい装備より、ちゃんと帰ってこられる装備を選びな」
皿の上へ炙った野菜が追加される。
「まあ、あの受付嬢が一緒なら、変なものは買わせないだろうけどね」
「アルナさん、財布に厳しいですから」
この一週間、少し良い食事でも食べようかと思ったことが何度かあった。
けれど、そのたびアルナさんに、
『装備を買ったあと、余裕があればにしてください』
と止められた。
「いい女じゃないか」
「財布に厳しいのがですか?」
「命に優しいってことさ」
女将さんは焼いた肉と野菜を挟んだパンを、僕の前へ置いた。
ついでに、小さな器へ入ったスープも添えてくれる。
「買い物へ行くなら、腹へ入れておきな」
「ありがとうございます」
椅子へ座り、温かいうちにパンへかじりつく。
焼けた肉の香ばしさに、野菜の甘み。
固めの黒パンにも肉汁が染み込み、簡単な食事なのに十分美味しかった。
「で、そのアルナ嬢と買い物かい?」
「はい。装備の相談です」
「そうかい。装備の相談ねぇ」
女将さんが、妙に含みのある声で繰り返した。
「……なんですか、その言い方」
「いやいや。若いねぇと思ってね」
「装備の相談ですよ?」
「そうだねぇ。装備の相談だねぇ」
短い兎耳まで、楽しそうに揺れている。
けれど、僕にはよく分からない。
アルナさんは受付嬢で、僕は新人ハンター。
今日は装備を買うために、一緒に店を回る。
――つまり、装備の相談である。
それ以上でも、以下でもないはずだ。
「帰ったら見せな。似合っているか、見てやるよ」
「はい!」
「変なのを買ってきたら、笑ってやる」
「それは困ります!」
食事を終え、女将さんへ礼を言う。
革袋があることをもう一度確かめ、角兎亭を出た。
午後の光が、石畳へ白く反射している。
なぜだろう。
今日のエルドランは、いつもより少しだけ眩しく見えた。
◆
ギルドへ着くと、アルナさんは受付台の向こうではなく、入口に近い柱のそばで待っていた。
「……あれ?」
最初は、誰だか分からなかった。
いつもの受付服ではなかったからだ。
白を基調にした、柔らかな生地のブラウス。
胸元には淡い黄色のリボンが結ばれ、その上から紺色の短いベストを重ねている。
腰は細い革ベルトで軽く締められ、そこには小さなポーチがいくつか下がっていた。
スカートも、いつもの仕事着より軽やかだ。
白に近い布地へ紺色の装飾布が重なり、動くたびに裾がふわりと揺れている。
足元は編み上げの短靴。
肩には小さな鞄。
そして栗色の猫耳の横には、紺色の小さなリボン飾りがあった。
「お待たせしました!」
僕へ気づいたアルナさんが、ぱっと表情を明るくする。
その瞬間、猫耳もぴこんと立った。
「……あ」
変な声が漏れた。
アルナさんが、小さく首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「い、いえ。その……」
普段の、てきぱきとした受付嬢の姿とは少し違う。
落ち着いた色なのに柔らかく、明るい。
受付台越しに見ていた時より、ずっと年齢の近い女性に見えた。
いや、年齢が近いかどうかは知らない。
とにかく――可愛かった。
「私服なんですね」
「はい。今日は仕事ではなく、買い物のお付き合いですから」
アルナさんが、肩の鞄の紐を持ち直す。
その仕草まで、いつもとは少し違って見えた。
「すごく似合っています。可愛いです」
「――えっ」
アルナさんの動きが止まった。
猫耳も、ぴたりと固まる。
ほんの少し遅れて、先端だけがぴくぴくと揺れ始めた。
「か、可愛い……ですか?」
「はい。すごく」
正直に頷く。
受付服も似合っている。
けれど、今日の服は柔らかくて明るく、それでいて動きやすそうで。
アルナさんに、よく似合っていると思った。
「そ、そういうことは……あまり急に言わないでください」
「え。すみません」
「いえ、嫌というわけではないのですが……」
そこまで言ったところで、アルナさんは口ごもる。
頬が、うっすらと赤い。
尻尾も、落ち着かない様子で左右へ揺れていた。
「と、とにかく!」
こほん、と小さく咳払いする。
少しだけ赤い顔のまま、アルナさんが僕を見上げた。
「早く行きましょう。今日は、お店を何軒か回るのですから」
「あ、はい!」
「時間がなくなると、きちんと選べなくなります」
「分かりました」
歩き出そうとしたアルナさんが、一度だけ足を止めた。
「……それと」
「はい?」
猫耳が僅かに伏せられる。
「あ、ありがとうございます」
「はい」
言い終わると、猫耳がまたぴくりと揺れた。
アルナさんは照れ隠しをするように、くるりと背を向ける。
「で、では行きますよ、ルキウスさん! 時間は有限ですから!」
「はい!」
慌てて、そのあとを追った。
いつもなら、アルナさんは受付台の向こうにいる。
けれど今日は、同じ通りを歩いていた。
人混みでは僕に歩幅を合わせ、曲がり角の前では何度か振り返ってくれる。
それはきっと、受付嬢としての仕事なのだろう。
新人の装備相談。
そのための付き添い。
分かっている。
分かっているのだけれど――私服姿のアルナさんと二人で街を歩くことが、少しだけ特別なことのように思えた。
「まずは、防具屋へ行きます」
「道具屋ではなく?」
「はい。ナイフバードの時の傷を考えると、腕、首元、脇腹の保護が優先です」
アルナさんが僕の装備へ視線を走らせる。
「道具はそのあと。残った予算で選びましょう」
「予算」
「はい。大切です」
「この一週間で、だいぶ分かりました」
「それは良いことです」
満足そうに頷く。
その時、通りの反対側へ黒い肩当てが並んでいるのを見つけた。
艶のある金属に、銀色の縁取り。
かなり格好いい。
「…………」
「ただし、見た目だけで選ばないでくださいね」
「まだ何も言っていません」
「先に言っておきます」
「信用が……」
「積み重ねです」
いつものやり取りだった。
けれど、今日は少しだけ楽しい。
受付台の前で話すのとは違い、街を歩きながらだと同じ会話も少し違って聞こえる。
僕はアルナさんに案内され、装備通りへ向かった。
◆
装備通りは、港ともギルド前とも教会の周辺とも違う匂いがした。
焼けた金属に、機械油。
乾いた革と、削られた木材……そこへ槌の音や値段を交渉する声が、絶え間なく重なっている。
「すごいですね」
壁いっぱいに盾を飾った店。
剣や槍を並べる露店。
革鎧を天井から吊るした店に、靴や手袋を山のように積んだ店。
見るものすべてが、森で暮らしていた頃とは違った。
「ここが装備通りです。正式な名称ではありませんが、ハンターや護衛の方は、だいたいそう呼んでいます」
「分かりやすい名前ですね」
「分かりやすさは大切です」
アルナさんは一軒の防具屋の前で足を止めた。
扉の上には、革の胸当てと剣を組み合わせた看板。
店先には、手袋や簡易的な腕当てが並んでいる。
値札を見た瞬間――僕は革袋を押さえた。
「た、高い……」
「これでも、初心者向けの品ですよ」
「初心者は、お金持ちなんですね」
「そういうことではありません」
でも、今日はこのために来た。
僕は少しだけ心を強く持ち、アルナさんと一緒に店へ入った。
店内は、外よりも革と金属の匂いが濃い。
壁には胸当てや革鎧が並び、棚には手袋、腕当て、膝当て。
首元を守る厚手の布や、腰へ巻いて脇腹を覆う防具も置かれていた。
奥では店員が、別の客へ靴底の補強について説明している。
「守るといっても、いろいろあるんですね」
鎧と聞けば、身体全体を覆うものを想像していた。
けれど実際には、手首を守るもの。
肘や膝を守るもの。
首元や脇腹を覆うもの。
滑らないように靴底を補強することだって、身を守ることに繋がるらしい。
――命を守るというのは、こういう細かな積み重ねなのだろう。
「まずは手袋です」
「手袋」
「ナイフバードの時、腕と手の傷が多かったですよね」
「はい」
アルナさんが、棚へ並んだ商品を順番に確認していく。
「厚手の手袋と、簡単な腕当ては優先です。ただ、剥ぎ取りや採取もありますから、指が動かしにくすぎるものは避けましょう」
「なるほど」
「それから首元。フードの内側へ入れられる形のものを選びます」
そこで、アルナさんは深く被ったフードを見上げた。
「ルキウスさんにとって、これは大切なものなのですよね?」
「あ……はい」
「では、外さなくても使えるものにしましょう」
やはり、理由は尋ねなかった。
けれど、僕が大切にしていることは覚えていてくれる。
「ありがとうございます」
「いえ。装備が使いにくければ、意味がありませんから」
受付嬢として当然のこと。
アルナさんなら、そう言うのだろう。
それでも――少し嬉しかった。
棚へ並んだ手袋を手に取る。
厚い革で作られたもの。
手の甲に金属板が入ったもの。
指先が動かしやすいものに、手首まで覆えるもの。
「……全部、少しずつ違う」
二つを手に取り、見比べる。
「どちらがいいのでしょう」
「用途によります」
アルナさんは片方を受け取り、縫い目や革の厚みを確かめた。
指で何度か曲げてから、もう片方を僕の手へ戻す。
「剥ぎ取りや細かな作業をするなら、指が動かしやすい方がよいです。戦闘で切り傷を防ぐなら、厚みも必要になります」
「両方ほしいです」
「だから悩むのです」
装備選びは、思っていたより難しい。
格好いいものを選べばよいわけではない。
高いものなら、必ず自分に合うわけでもない。
今の自分に必要なもの。
自分の動きに合うもの。
そして――予算に収まるもの。
「ハンターって、考えることが多いですね」
「多いですよ」
「物語では省略されていました」
「現実では省略できませんから」
アルナさんが、楽しそうに笑う。
その横顔を見ながら、もう一度手袋を比べていた――その時だった。
「あ……」
視界の奥に、見覚えのある姿が映った。
防具屋の奥。
珍しい装備が飾られた棚の前に、一人の女性が立っている。
夜を映したような黒髪。
見る者を気圧す黄金の瞳。
大きく強靭そうな尾と、首元に覗く黒い竜鱗。
背中には、身の丈ほどもある大剣。
「フレイヴィアさん……でしたよね」
以前、ギルドの受付前ですれ違った竜族の女性だった。
小さく口にすると、アルナさんも店の奥へ顔を向ける。
一瞬だけ目を丸くしたあと、すぐにいつもの丁寧な表情へ戻った。
「はい。よく覚えていらっしゃいましたね」
「かなり印象に残っていたので」
「少しだけ、ご挨拶をしてきます」
「挨拶?」
「ギルドでは、大変お世話になっておりますから」
手にしていた手袋を棚へ戻し、服の裾と髪を軽く整える。
それからアルナさんは、防具屋の奥へ歩いていった。
僕は、入口近くの棚の前で待つ。
フレイヴィアさん。
ハンターランク7。
このギルド支部に所属する、最高位のハンター。
本来は複数人で行う依頼を、一人で終わらせて帰ってくることもあるらしい。
そんな人が、防具屋にいる。
「装備の新調でしょうか」
強い人も装備を整える。
いや――強い人だからこそ、装備の大切さを知っているのかもしれない。
僕はそんなことを考えながら、棚の腕当てを手に取った。
値札を見る。
「……高い」
そっと棚へ戻した。
◆
アルナが声を掛けるより少し早く、フレイヴィアは手にしていた品を棚へ戻した。
小さな、白銀の腕飾りだった。
竜鱗を模した細工が施され、留め具には赤い石が一つはめ込まれている。
防具というより、装飾品に近い。
実用性がないわけではないが、少なくともフレイヴィアほどのハンターが必要とするものではなかった。
――ただ、珍しかった。
ただ、綺麗だった。
そして少しだけ、可愛らしかった。
それだけである。
それだけで、しばらく眺めていただけだ。
断じて、欲しくなったわけではない。
……たぶん。
「お疲れさまです、フレイヴィア様」
背後から聞こえた声に、フレイヴィアは腕を組んだ。
何事もなかったような顔で、ゆっくりと振り返る。
「ぬ。アルナか。どうした、こんなところで」
「新人ハンターの装備相談で来ています。フレイヴィア様は、装備の新調ですか?」
「……まあ、そんなところだ」
短く答える。
アルナはにこりと笑い、それ以上は追及しなかった。
受付嬢は、聞かない優しさを知っている。
そして――少しだけ、察する目も持っていた。
「そうでしたか。フレイヴィア様には、いつもギルドの依頼でお世話になっております」
「余が勝手にやっていることだ。礼を言われるほどではない」
「それでも、助かっております」
「……そうか」
正面から礼を言われ、僅かに視線を逸らす。
礼を言われ慣れていないわけではない。
ないのだが――面と向かって告げられると、少しばかり座りが悪かった。
ふと、黄金の瞳が店の入口近くへ向く。
深いフードを被った少年がいた。
棚へ並ぶ腕当てを前に、真剣な様子で悩んでいる。
一つを手に取って値札を確認し、静かに元の位置へ戻した。
あれもよい。
これもよい。
しかし、高い。
おおよそ、そのようなことを考えているのだろう。
「アルナ」
「はい」
「そなたが連れている新人とやらは、あれか?」
「はい。つい一週間ほど前に登録したばかりの方です」
アルナもルキウスへ視線を向ける。
「登録の日に、フレイヴィア様ともすれ違っていました。覚えていらっしゃいますか?」
「ああ」
フレイヴィアは黄金の瞳を細めた。
「なにぶん、不可思議な匂いのする者だったのでな」
「匂い、ですか?」
「うむ」
種族の匂い。
魔力の匂い。
血や森、獣の匂い。
竜族であるフレイヴィアは、それらを嗅ぎ分けることに長けている。
けれど――あの少年は、どこかおかしかった。
何かが薄い。
何かが足りない。
それでいて、妙に懐かしいような――本来なら知るはずのない匂いがする。
フレイヴィア自身にも、その正体は分からなかった。
「……ふむ」
もう一度、少年を見る。
彼は自分の話をされているとは露ほども思っていないらしい。
別の腕当てを手に取り、値札を見た途端に、そっと戻した。
実に分かりやすい。
弱く。
未熟で。
本来なら、歯牙にかけるにも値しない存在――そのはずなのだが。
「アルナ。少し、話してみる」
「え?」
アルナが驚いたように瞬きをする。
すぐに姿勢を整え、フレイヴィアと少年を交互に見た。
「構わぬな?」
「は、はい。もちろんです」
アルナの返事を聞き、フレイヴィアは歩き出す。
不可思議な匂いのする少年。
登録の日、無意識に目で追ってしまった存在。
その正体を確かめるため――フレイヴィアは、アルナと共に店の入口側へ向かった。
◆
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は、一週間の地道な依頼を経て、装備を買いに行く回でした。
次回は実際の装備選びと、フレイヴィアさんメインの回になります。
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