駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~   作:木乃実なぎ

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少年は竜姫に教えを貰う

 

◆009

 

 僕は腕当てを見ていた。

 黒い革の腕当て。

 茶色い革の腕当て。

 金属板が少しだけ入った腕当て。

 すごく格好いい腕当て。

 たぶん予算外の腕当て。

 

 値札を見て、静かに戻す。

 また別のものを手に取る。

 値札を見る。

 戻す。

 現実は、厳しい。

 

「ルキウスさん」

「あ、アルナさん。おかえりなさい」

 

 振り向く。体を翻して、そのまま硬直した。

 アルナさんの後ろに、フレイヴィアさんがいた。

 近い。あとでかい。

 

 受付前ですれ違った時も思ったけれど、やはりこの人は空気が違う。

 綺麗で、強くて、怖い。

 こちらを襲うつもりがないと分かっていても、近くにいるだけで、森の奥で大きな獣の気配を感じた時みたいに背筋が伸びる。

 

 でも、とフレイヴィアさんの姿をぼんやりと観察する。今日は、この前と少し違うところがあったから。

 服だ。

 前に見た時は、実用的な装備に身を包み、背中には身の丈ほどもある大剣を差しているが服自体は結構かわいらしいのを着ているんだな、とぼんやりと思う。

 

 黒を基調にした上質な外套。

 胸元には控えめな銀の留め具。

 袖口には赤い刺繍が少しだけ入っていて、腰には動きやすそうな細身のベルトが巻かれている。

 その下には、膝下まである黒いスカートが揺れていた。

 こうしてみると、どこかの国のお姫様みたいだ、と思った。

 

「えーっと。ヴォルデグラート、さん?」

 

 いきなり名前で呼ぶのは失礼かと思い、家名を言う。

 

「フレイヴィアでいい。家名は好かん。

 

 しかしどうやら、それは悪手だったらしい。

 少しだけ顔をしかめたヴォルデグラート――もとい、フレイヴィアさん。

 そんなフレイヴィアさんは一歩前に出ると、僕の前で足を止め、黄金の瞳でまっすぐこちらを見下ろした。

 

「主」

「は、はい!」

「主の名はなんという」

「る、ルキウス、です」

「ルキウス」

 

 フレイヴィアさんは、確かめるように僕の名前を口にした。

 それだけなのに、少し緊張する。

 

「余はフレイヴィア・ヴォルグラート。竜族のハンターだ」

「知ってます! アルナさんに教えてもらいました。ランク7のすごい人だって!」

「すごい人」

 

 フレイヴィアさんの眉が少し動いた。

 しまった。

 言い方が雑だったかもしれない。

 

「い、いえ! その、すごい人というか、すごいハンターというか」

「間違いではない」

「間違いではないんですね」

「うむ」

 

 自信がすごい。

 でも、実際すごい人なのだ。

 だから何も言えない。

 

 横に立っていたアルナさんは、僕が余計なことを言わないようにするためか、控えめに一歩近づいてから小さな声で忠告してくれた。

 

「ルキウスさん、フレイヴィア様はこの支部でも最高位のハンターですから、失礼のないように」

「はい!」

「アルナ。構わぬ」

 

 フレイヴィアさんはアルナさんを制し、僕へ視線を戻した。

 その目に、先ほどまでとは違う色が宿る。

 観察されている。

 見極められている。

 そう感じた。

 

「ルキウス。主に聞きたいことが、一つあったのだ」

「聞きたいことですか」

 

 真っすぐと僕を見る瞳に、自然と背筋が伸びる。

 

「僕に答えられることであれば、全然なんでも答えますか」

「そうか」

 

 そういうつ少しだけ目を伏せて何やら考えるフレイヴィアさん。

 しかし、それは一瞬のことで、すぐに顔を上げた。

 

「主はなぜ、ハンターを試みた」

「え」

 

 意外な質問だった。

 しかし、それは明確に答えを持っている質問でもある。

 なぜ、ハンターになろうと思ったのか。それは――英雄になりたいからだ。

 

 『蒼空のアルヴィス』に憧れたから。

 誰かを助けられる人になりたいから。

 胸の中には、いくつも言葉がある。

 

 けれど、それをそのまま口にするのは、少しだけ怖かった。

 目の前にいるのは、ただのハンターではない。

 ハンターランク7。

 この支部で最高位の、竜族のハンター。

 

 僕とは比べものにならないほど強い人だ。

 そんな人に、僕が英雄になりたいなんて言ったら、どう思うのだろう。

 僕は少しだけ視線を落とした。

 けれど、逃げたくはなかった。

 この人の前で、嘘はつきたくなかった。

 

「……理想が、あるんです」

「理想」

「はい。その理想に、少しでも近づきたくて、それで」

 

 それ以上は、うまく言葉にならなかった。

 何になりたいのか。

 何をしたいのか。

 どんな自分でありたいのか。

 

 本当は、胸の中にもっとたくさんの言葉がある。

 けれど、それを今ここで全部語るには、僕はまだ何も持っていなかった。

 力も。

 実績も。

 自信も。

 だから、言えたのはそれだけだった。

 理想がある。

 そこに近づきたい。

 ただ、それだけ。

 

 フレイヴィアさんは僕の言葉を聞くと、すぐには何も言わなかった。

 代わりに、こちらの顔をじっと見るように少しだけ目を細め、それから小さく頷いた。

 

「そうか」

 

 フレイヴィアさんは、それだけを言った。

 笑わなかった。

 馬鹿にもしなかった。

 ただ、僕の言葉を受け取ったみたいに、静かに頷いた。

 

「一つ覚えておけ」

「はい」

「余が師に言われた言葉だ」

「師、ですか?」

「うむ」

 

 フレイヴィアさんは、黄金の瞳を細める。

 

「力なき理想は詭弁であり、理想なき力は暴力である」

 

 防具屋の空気が、ほんの少しだけ引き締まる。

 力なき理想。理想なき力。

 意味が分からないわけではない。

 けれど、分かったと言い切れるほど、今の僕には何もない。

 だから僕は、ただ黙ってその言葉を聞いた。

 

「今は分からなくてもよい。この言葉の意味は、いずれ分かる」

 

 フレイヴィアさんは言う。

 

「だから分かるその時まで、生きろ。理想を掲げるのならば、それに届くための力を持て。力を持つのならば、それを何のために振るうのかを忘れるな」

「……はい!」

 

 胸の奥が熱くなった。

 ガルドさんの言葉とは違う。

 アルナさんの言葉とも違う。

 セラフィーンさんの言葉とも違う。

 フレイヴィアさんの言葉は、刃みたいだった。

 重くて、鋭くて、逃げ場がない。

 

「ありがとうございます、フレイヴィアさん」

 

 僕が頭を下げると、フレイヴィアさんは少しだけ顎を引き、組んでいた腕を解いた。

 どこか少しだけ誇らしそうな顔に見えたのは僕の気のせいだろうか。……もしかして、この人結構可愛い人なんじゃないだろうか。

 なんて。

 

「礼を言われることではない。余はただ、師の言葉を借りただけだ」

「でも、僕に言ってくれたので」

「……そうか」

 

 フレイヴィアさんは少しだけ視線を外した。

 その横顔を見て、僕はふと、さっきから思っていたことを口から滑った。

 

「それより」

「? なんだ」

「あ、いえ。大したことじゃないんですけど」

「よい、申してみろ」

 

 否。滑りかけたのだが、それなら、遠慮なくと僕は精一杯の笑顔と共に、フレイヴィアさんを褒めることにした。

 

「フレイヴィアさんって、意外と可愛らしい服を着るんですね!」

 

 瞬間。

 空気が凍った。

 本当に、凍ったかと思った。

 

 防具屋の奥で革を選んでいた客の手が止まる。

 店員の説明が途切れる。

 近くにいたハンターが、ぎょっとした顔でこちらを見る。

 誰かが小さく息を呑んだ。

 

 ――やばいこと言ったぞ、あのビギナー。

 そんな声にならない声が、店内に広がった気がした。

 

 けれど、僕はまだ気づいていなかった。

 褒めたつもりだったのだ。

 強くて綺麗な人だけど、今日のフレイヴィアさんはいつもより少し柔らかい服装をしていた。

 てっきり私生活まで鎧を着こんで、かっちりとしてるんじゃないか、なんて思っていたから。

 

 黒を基調にした上質な外套。

 胸元の控えめな銀の留め具。

 袖口の赤い刺繍。

 それから、大剣と尻尾の存在感に負けない、膝下までの黒いスカート。

 

「まるで、どこかの国のお姫様みたいだなぁーって最初思ったんですよ」

 

 大剣を背負っているのに、戦場よりもどこかの城の廊下が似合いそうな姿。

 強さの中に、ほんの少しだけ可愛らしさがあった。

 だから、そう言っただけだった。

 フレイヴィアさんの尻尾が、ぴたりと止まる。

 黄金の瞳が、ゆっくりと見開かれた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙。

 長い沈黙。

 そして次の瞬間。

 

「んな、んななな!? か、かわ、ひ、お、おぬし何を言って……!?」

 

 フレイヴィアさんが、ものすごく動揺した。

 さっきまでの威圧感はどこへやら。

 見るもの全てを威圧してしまいそうだった黄金の瞳が、今は明らかに泳いでいる。

 大きな尻尾が、左右に小刻みに揺れている。

 首元の龍鱗まで、少し赤くなっているように見えた。

 

「え、あ、すみません!やっぱり失礼でしたよね」

「し、失礼、では、いや、違、そうではなく、可愛いなどと、余に、その、な、なぜそのような」

「似合ってると思ったので」

「似っ……!」

 

 フレイヴィアさんが、さらに固まった。

 周囲の空気が、また少し凍る。

 店員さんは視線を逸らし、近くにいたハンターは見てはいけないものを見てしまったように棚へ向き直った。

 

 アルナさんも、口元に手を当てている。

 笑っているわけではない。

 たぶん、笑ってはいない。

 けれど、猫耳が少しだけ震えていた。

 

「……主」

「はい!」

「余をからかったのであれば、ただでは済まさぬ」

「からかってません! 本当に思っただけです!」

「――っっ!?もうよい!」

「なぜ!?」

 

 フレイヴィアさんは顔を背けた。

 耳元が赤い。

 尻尾も、まだ少し落ち着きなく揺れている。

 けれど、それ以上は何も言わせない、というように、彼女は短く息を吐いた。

 

「装備を選ぶのだろう。ならば、さっさと選べ」

「あ、はい!」

「見た目で選ぶな。命を守るものを飾りのように扱うな」

「はい」

「……ただし」

 

 フレイヴィアさんは、ほんの少しだけ間を置いた。

 顔は逸らしたままだったけれど、その声は少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 

「身につけるものに誇りを持つことは、悪いことではない。自らの命を守るものだ。粗末に思う必要はない」

「誇り」

「うむ」

 

 さっきまで動揺していたのが嘘のように、フレイヴィアさんの声は落ち着いていた。

 でも、まだ少し耳は赤い。

 見ないふりをした。

 僕も、少しは学んでいる。

 

「ありがとうございます」

「……うむ」

 

 フレイヴィアさんは小さく頷き、少し離れた。

 もう話は終わり。

 そういう空気だった。

 けれど完全に去るわけではなく、少し離れた場所からこちらを見ている。

 なぜだろう。

 気になるのだろうか。

 それとも、見張られているのだろうか。

 

「ルキウスさん」

 

 アルナさんが、僕の横でそっと声をかけた。

 その声音はいつも通りだったけれど、口元は少しだけ緩んでいる。

 

「はい」

「選びましょうか」

「はい!」

 

 アルナさんが棚の前に戻る。

 僕もその横に並ぶ。

 少しだけ、さっきより背筋が伸びていた。

 

 

 装備選びは、思っていたより時間がかかった。

 最初に選んだのは、厚手の手袋だった。

 剥ぎ取りや採取のために指先が動かしやすく、それでいて手の甲と手首には補強があるもの。

 

 完全に戦闘用ではないけれど、今の僕にはその中間がちょうどいいらしい。

 アルナさんは僕に手袋をはめさせると、指先を曲げてみるように言った。

 僕がぎこちなく指を動かすのを見てから、店員さんに縫い目の位置を確認している。

 

「これなら、剥ぎ取りもできそうですね」

「はい。少し硬いですけど、動かせます」

「革は使っていれば馴染みます。ただ、最初のうちは無理に長時間使わない方がいいです」

「手袋にも慣らしがいるんですね」

「装備は体に合わせるものですから」

 

 次に選んだのは、革製の腕当てだった。

 内側に薄い金属板が入っていて、ナイフバードの羽根程度なら、浅い傷で済むという。

 試しにつけてみると、思ったより重く、腕を振るたびに少しだけ違和感があった。

 それでも、裸の腕よりずっと安心できる。

 

 脇腹と胸元を補強するための簡易革帯も選んだ。

 本格的な鎧ではないけれど、今の革鎧の上から締めることで、動きを邪魔せず守れるらしい。

 首元を守るための、厚手の襟布も選んだ。

 フードの下に隠れる形でつけられるものを、アルナさんが店員さんと相談して選んでくれた。

 

 靴は買い替えまでは無理だったので、底の補修と滑り止めの追加。

 最後に、少し丈夫な素材袋。

 前の袋は、スノウラビの時もナイフバードの時もかなり無理をさせていたらしい。

 

「全部買うと、かなり減りますね……」

 

 僕が革袋の中身を見て小さく呟くと、アルナさんは淡々と頷いた。

 申し訳なさそうにするわけでもない。

 突き放すわけでもない。

 必要だから必要だと、そう言う顔だった。

「はい」

 

「お金が……」

「命より安いです」

「それを言われると何も言えない」

 

 アルナさんは冷静だった。

 財布には厳しい。

 でも、僕にはもっと厳しい現実がある。

 必要最低限にも届いていなかった装備。

 それを、ようやく少しだけ整える。

 

 僕は報酬袋から硬貨を出した。

 ちゃり。

 ちゃり。

 ちゃり。

 一週間の重みが、店員さんの手元へ移っていく。

 

 少し寂しい。でも、少し嬉しい。

 新しい手袋をはめる。

 腕当てをつける。

 革帯を締める。

 襟布をフードの内側に収める。

 靴の底を補修してもらう。

 店員さんに調整してもらいながら、僕は鏡の前に立った。

 

「……おお」

 

 自分でも、少しだけハンターらしく見えた。

 まだまだ駆け出しだ。

 強そうには見えない。

 それでも、昨日までよりは少しまともに見える。

 少なくとも、必要最低限には少し近づいたはずだ。

 

「どうですか、アルナさん」

 

 僕が鏡の前でぎこちなく腕を上げてみせると、アルナさんは少し離れた場所から全体を確認した。

 それから近づいてきて、腕当ての位置を軽く直してくれる。

 

「良いと思います。動きやすさも残っていますし、今のルキウスさんには合っています。そ、それに、か――」

「か?」

 

 何かを言いかけて、表情を固めたアルナさんに首を傾げる。

 

「い、いえ。似合ってると、思いますよ」

 

 へにょ、と垂れる耳。

 ……どうなんだ、これ。本当に思ってくれているのだろうか。そうは思いながらもせっかくの褒め言葉。おとなしく礼をいっておく。

 

「い、いえいえ」

 

 アルナさんが頷く。

 その後ろで、フレイヴィアさんが腕を組んでいた。

 いつの間にか、また近くにいた。

 

「軽装だな」

「はい。予算が」

「重すぎる装備を着ても、振り回されるだけだ。今はそれでよい」

「フレイヴィアさんにもそう言われると、安心します」

 

 僕がそう言うと、フレイヴィアさんは顎に指を当てるようにして、装備を上から下まで確かめた。

 その視線は厳しい。

 けれど、先ほどのように押し潰される感じではない。

 むしろ、きちんと見てくれているのだと分かる視線だった。

 

「ただし、頼り切るな。装備は死を遠ざけるものだ。勝利を保証するものではない」

「はい」

「よし」

 

 フレイヴィアさんは短く言った。

 それだけなのに、少し嬉しかった。

 認められた、というほどではない。

 でも、悪くないと言われた気がした。

 

「ありがとうございます、フレイヴィアさん」

「うむ」

「あと、やっぱりその服、似合ってます」

「蒸し返すな!」

 

 また怒られた。

 でも、今度は空気は凍らなかった。僕本人も、少しだけ面白いかも、と思っているのも内緒だ。

 アルナさんが目を伏せて肩を小さく震わせ、店員さんも少しだけ口元を引き締めていた。

 フレイヴィアさんは顔を背けていた。

 ただ、その尻尾はさっきより少しだけ落ち着いていた。

 

 ◆

 

 防具屋を出る頃には、財布はかなり軽くなっていた。

 けれど、体には少し安心できる重みが増えていた。

 新しい手袋。

 腕当て。

 襟布。

 革帯。

 補修された靴。

 丈夫な素材袋。

 

 どれも伝説の装備ではない。

 聖剣でもない。

 古代遺跡の鎧でもない。

 でも、今の僕には必要なものだった。

 店の外に出ると、通りには夕方に近い光が差し始めていた。

 

 防具屋の中の革と金属の匂いから解放されると、街の空気が少しだけ軽く感じられる。

 アルナさんは店の前で鞄の位置を直し、僕の新しい装備をもう一度確認してから、満足そうに頷いた。

 

「今日はありがとうございました、アルナさん」

「どういたしまして」

「一人だったら、たぶん黒い肩当てを見てました」

「買わせません」

「はい」

 

 アルナさんは笑った。

 その笑顔を見て、ふと思った。

 今日は、なんだか本当に買い物をしていた。

 装備の相談で、命を守るための買い物で、かなり現実的で、かなり真面目な一日だった。

 でも、少しだけ楽しかった。

 

「アルナさん」

「はい?」

「今日、楽しかったです」

 

 そう言うと、アルナさんは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、少しだけ頬を緩める。

 

「それなら良かったです」

「はい」

「ただし、次は怪我をしないためにこの装備を使ってくださいね」

「はい!」

「本当に?」

「本当に本当です!」

「……まあ、今日は信じます」

「やった」

 

 少しだけ信用が積み重なった気がする。

 たぶん。

 そう思っていると、防具屋の前で、フレイヴィアさんがこちらを見た。

 彼女はすでに先ほどまでの動揺をほとんど消していて、いつものような強い気配をまとっていた。

 けれど、スカートの裾をほんの少しだけ手で直した仕草のせいで、僕の中ではさっきの照れた顔がまだ薄く残っている。

 

「ルキウス」

「はい」

「理想を語るなら、まず生き残れ」

「……はい!」

「よい返事だ」

 

 フレイヴィアさんはそう言って、背を向けた。

 黒髪が揺れる。

 大剣が背中でわずかに音を立てる。

 その姿は、やはり強くて、綺麗で、物語の中の人みたいだった。

 でも今日は、少しだけ違う。

 

 可愛い服を褒められて動揺する人でもある。

 そう思うと、少しだけ距離が近くなった気がした。

 もちろん、本人に言えば怒られるだろうけれど。

 

 ◆

 

 その夜。

 角兎亭に戻ると、女将さんが僕を見るなり笑った。

 

「おお、少しはハンターらしくなったじゃないか」

「本当ですか!」

「少なくとも、血まみれ坊やよりは強そうだね」

「その呼び名はもう卒業したいです」

「じゃあ、半人前坊や」

「悪化した気がします」

 

 女将さんは楽しそうに笑った。

 でも、新しい腕当てや手袋を見て、満足そうに頷いてくれた。

 

「うん。いいじゃないか。ちゃんと帰ってこられそうな装備だ」

「はい。ちゃんと帰ってくるための装備です」

「いい心がけだよ」

 

 その言葉が、少し嬉しかった。

 部屋に戻り、僕は装備を外して机に並べた。

 新しい手袋。

 腕当て。

 襟布。

 革帯。

 丈夫な素材袋。

 

 一週間分の報酬は、ほとんど消えた。

 財布は軽い。

 でも、不思議と損をした気はしなかった。

 

 今日、フレイヴィアさんに言われた言葉を思い出す。

 力なき理想は詭弁であり、理想なき力は暴力である。

 理想を掲げるなら、力を持て。

 力を持つなら、理想を失うな。

 僕には、まだ力がない。

 

 でも、今日買った装備は、その力に近づくための一歩なのだと思う。

 英雄への道は、まだ遠い。

 相変わらず遠い。

 でも。

 少なくとも今日の僕は、昨日より少しだけ、生きて帰る準備ができた。

 

「……よし」

 

 明日からまた、依頼だ。

 新しい装備で。

 新しい気持ちで。

 僕はギルドカードを手に取り、もう一度眺めた。

 ルキウス。

 ハンターランク1。

 まだまだ駆け出し。

 でも、少しずつ。

 少しずつ、前へ。

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今回は、ルキウスの装備更新回でした。
次回からは、新しい装備でまた依頼に挑んでいく予定です。……前回に引き続き、可愛い二人の姿を書きとめようと思ったら、文字数が増えてしまいました;;

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