駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~   作:木乃実なぎ

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少年は次の一歩に胸を躍らせる

◆008

 

 新しい装備を買った翌朝。

 僕は角兎亭の部屋で、昨日買ったばかりの手袋をはめたり外したりしていた。

 

 厚手の革手袋。

 手の甲には補強が入っていて、手首まできちんと覆ってくれる。昨日まで使っていた薄い手袋とは違い、指を曲げるたびに革の硬さが返ってきて、まだ少しだけ自分の手ではないものを動かしているような感じがした。

 

 腕当ても同じだ。

 革帯も同じ。

 首元を守る襟布も、フードの下に入れると妙に首回りがしっかりして、安心する一方で、ほんの少しだけ息苦しい。

 

 けれど、それは悪い息苦しさではなかった。

 守られている。

 そう思える重さだった。

 

「……うん」

 

 鏡代わりに窓へ映った自分を見る。

 相変わらずフードを深く被っているので、顔はほとんど見えない。けれど、腕当てや革帯が増えたせいで、昨日までより少しだけハンターらしくなった気がする。

 強そうかと言われると、たぶんそうでもない。

 

 でも、少なくとも血まみれで帰ってきた時よりはましだ。

 かなりましだ。

 僕は装備の留め具をもう一度確認してから、ギルドカードと教会登録札をしまい、部屋を出た。

 

 

 ギルドに着くと、いつもより少しだけ空気が硬かった。

 朝のハンターズギルドは、基本的に騒がしい。

 依頼を受ける者。

 報告をする者。

 朝から酒場の方で何か食べている者。

 仲間を待つ者。

 

 いろんな人が入り混じっていて、それだけで一つの大きな生き物みたいに動いている。

 けれど今日は、その騒がしさの下に、少しだけ落ち着かない気配があった。

 何人かのハンターが、掲示板の前でいつもより長く話し込んでいる。

 受付の奥では、職員の人たちが書類を運びながら小声で何かを確認していた。

 

 その中で、アルナさんは受付の奥に座り、何枚かの書類を前にしていた。

 いつものように笑顔で迎えてくれるかと思ったけれど、今日のアルナさんは少し違った。

 書類の上に置いた指先が止まっていて、猫耳もわずかに伏せ気味で、尻尾が椅子の横でゆっくり揺れている。

 嫌そう。

 というより、言いたくないことを言わなければいけない人の顔だった。

 

「おはようございます、アルナさん!」

 

 僕が声をかけると、アルナさんは書類から顔を上げた。

 少し遅れて、表情を整える。

 

「……おはようございます、ルキウスさん」

「どうしたんですか? すごく嫌そうな顔をしてます」

「嫌そうな顔をしています」

「自覚ありなんですね」

「あります」

 

 アルナさんはそう言うと、手元の書類を一度揃えた。

 その動作はいつも通り丁寧だったけれど、紙の端を整える指先には、どこか迷いが残っているように見えた。

 

「僕、また何かしました?」

「今回はしていません」

「今回は」

「今回はです」

 

 そこは強調された。

 僕は少しだけ胸を撫で下ろす。

 今回は何もしていないらしい。

 今回は。

 

 でも、アルナさんの表情は晴れない。

 彼女は僕を見ると、何かを言いかけて一度口を閉じた。

 それから、書類へ視線を落とし、また僕を見る。

 その様子で、僕にも少しだけ分かった。

 アルナさんは、僕に何かを言う前から、その答えをもう知っているような顔をしていた。

 

 たぶん、僕が何を言うか分かっているのだ。

 そして、その答えを聞きたくないのに、言わなければいけない立場にいる。

 そんな顔だった。

 

「ルキウスさん」

「はい」

「ルキウスさんは、ランク2への昇級試験を受ける条件を満たしています」

 

 ランク2。突然の告白。

 その言葉を聞いた瞬間、僕は一瞬だけ息を止めた。

 ハンターランク2。

 今の僕はランク1だ。

 登録したばかりで、まだまだ駆け出しで、血まみれで帰ってきたり、ナイフバードに脇腹を切らせたり、装備が必要最低限にも届いていなかったりした。

 その僕に、ランク2の話。

 

「……え。僕が、ですか?」

「はい」

「本当に?」

「本当です」

 

 アルナさんは書類を一枚、カウンターの上に置いた。

 けれど、すぐにはこちらへ渡さない。

 手のひらで軽く押さえたまま、僕をまっすぐ見ていた。

 

「この一週間、すごいペースで依頼をこなしていましたから」

「お金を貯めるために、ですけど」

「理由はどうあれ、依頼を受けて、達成して、報告して、報酬を得る。採取、運搬、素材整理、捕獲補助、納品。派手な依頼ではありませんが、どれもハンターの仕事です」

「……」

「それに、剥ぎ取り講習も受けました。教会登録も済ませています。装備も最低限、整えました」

 

 アルナさんの声は、淡々としていた。

 けれど、ただ事務的に読み上げているだけではなかった。

 この一週間、僕がやってきたことを、一つずつ確認してくれている。

 そう分かった瞬間、胸の奥がじわりと熱くなった。

 

 薬草を摘んだこと。

 荷物を運んだこと。

 掲示板の釘を打ったこと。

 素材袋を整理したこと。

 どれも小さなことだった。

 英雄譚に出てくるような、華々しい冒険ではなかった。

 でも、それがちゃんと積み重なっていた。

 

「ですので、ルキウスさん」

「はい」

「ハンターランク2への昇級試験を受けられます。受けますか?」

 

 心臓が、強く鳴った。

 受けられる。

 ランク2への試験を。

 僕が。

 駆け出しのまま、少しずつ手探りで進んできた僕が、次へ進むための試験を受けられる。

 

 ギルドカードが、胸元で急に重くなった気がした。

 たった一枚の金属板なのに。

 そこに刻まれた「ランク1」という文字の先に、初めて続きが見えた気がした。

 

「受けます!」

 

 言ってから、少し早かったかもしれないと思った。

 けれど、もう遅い。

 言葉は口から出ていた。

 アルナさんは目を閉じた。

 深く、静かに。

 まるで、そうなると最初から分かっていたように。

 

「……そう言うと思いました」

「え」

「言うと思ったから、嫌だったんです」

「嫌だったんですか」

「嫌でした」

 

 ものすごく正直だった。

 けれど、アルナさんはそれでも書類から手を離さなかった。

 僕が受けると言った以上、受付嬢として説明しなければならない。

 そんな顔だった。

 

「でも、嫌々ながらも教えてくれるんですね」

 

 僕がそう言うと、アルナさんは少しだけ目を伏せた。

 猫耳が、ぴくりと動く。

 

「私たち受付は、注意勧告はできます。危険だと説明することも、準備不足だと伝えることもできます」

「はい」

「でも、条件を満たしたハンターさんの決断に、必要以上に口を挟むことはできません」

 

 アルナさんの指が、書類の端をそっと押さえた。

 

「行くな、と命令することはできないんです」

「……」

「だから、説明します。危険も、条件も、合格に必要なことも。その上で、選ぶのはルキウスさんです」

 

 その言葉は、思っていたより重かった。

 アルナさんは、僕を止めたいのかもしれない。

 危ないから。

 まだ不安だから。

 血まみれで帰ってきたことも、脇腹を切らせたことも知っているから。

 それでも、僕が進もうとするなら、そのために必要なことを教えてくれる。

 

 心配しながら。

 不安そうにしながら。

 それでも、ちゃんと僕をハンターとして扱ってくれている。

 

「ありがとうございます」

 

 その事実が、僕にはどうしようもなく、うれしかった。

 

「お礼を言うのは、試験に受かってからにしてください」

「はい!」

「その返事が早いところが不安なんですよね……」

 

 アルナさんは小さく息を吐き、それからカウンターに置いた書類を僕の方へ向けた。

 

 ◆

 

 それでは、とアルナさんは早速説明に入った。

 

「今回のランク2昇級試験は、討伐ではありません」

「討伐ではないんですか?」

「はい。東街道外縁部の痕跡調査です」

 

 アルナさんは書類の上に指を置き、簡単な地図を示した。

 エルドランから東へ伸びる街道。

 その外れにある林道。

 渓流地帯と街道の境目にあたる場所。

 僕がまだ行ったことのない場所だが、説明を聞く限り、完全な奥地ではないらしい。

 

「目的は、小型モンスターの痕跡を確認し、危険度を判断して報告することです。予想される対象は、スノウラビ、ナイフバード、それからラッシュラットなどですね」

「ラッシュラット」

「小型の鼠型モンスターです。単体なら弱いですが、群れで動くと厄介です」

「鼠」

「はい。小さいからといって油断しないでください」

「はい」

 

 小さいからといって油断してはいけない。

 ナイフバードでよく分かったことだ。

 アルナさんは僕の反応を確かめるように一度視線を上げ、それから説明を続ける。

 

「試験官が同行します。危険と判断された場合は、即中止です。合格条件は、正確な観察、無理をしない判断、そして報告です」

「倒さなくていいんですか?」

「倒さなくていいです」

「試験なのに?」

「試験だからです」

 

 アルナさんは、そこだけ少し強く言った。

 

「ランク2は、ランク1より少しだけ遠くへ行けます」

「少しだけ」

「はい。その少しが、命取りになることがあります。だから試験では、倒せるかどうかより、危険を見つけられるか、無理をしないで戻れるかを見ます」

 

 倒すことではなく、見つけること。

 進むことではなく、戻ること。

 それは、僕が最初に想像していた昇級試験とは少し違っていた。

 もっとこう、強いモンスターを倒して、実力を認められるものだと思っていた。

 けれど、アルナさんは違うと言う。

 

「ハンターは、倒せる相手を探す仕事ではありません。倒してはいけない相手を見分ける仕事でもあります」

 

 その言葉を聞いて、僕はナイフバードの時のことを思い出した。

 動きが追えなくて、剣が届かなくて、それでも勝つために脇腹を差し出した。

 セラフィーンさんは言った。

 それは勝つ方法ではある。

 でも、生き残る方法とは限らない。

 アルナさんは言った。

 弱いからこそ、装備で補う。

 そして今、目の前で言っている。

 倒してはいけない相手を見分ける仕事でもある、と。

 

「……分かりました」

 

 僕が頷くと、アルナさんはすぐに目を細めた。

 

「本当に?」

「本当に本当です」

「……そこはまだ不安ですね」

「返事を変えた方がいいですか?」

「返事ではなく、行動でお願いします」

「はい」

 

 今度は少しだけゆっくり頷いた。

 アルナさんも、それなら多少は納得したのか、小さく息を吐いた。

 

「ただ、今は少し問題があります」

「問題?」

 

 アルナさんは周囲を一度見回した。

 受付には他の職員もいるし、近くには依頼を選ぶハンターもいる。

 けれど、声を少し落とすと、その内容が無駄に広がらないように気を配っているのが分かった。

 

「最近、雪原地帯で異常が発生しています」

「雪原地帯」

 

 僕は思わず反応した。

 雪原。

 エルドランの周囲にある五つの区域の一つ。

 まだ僕が行ける場所ではない。

 けれど、名前だけで妙に胸が引かれる場所だった。

 

 白い雪。

 冷たい風。

 見たことのないモンスター。

 そんな想像が頭に浮かんだ瞬間、アルナさんの目が鋭くなった。

 

「ルキウスさんは行きません」

「まだ何も言ってません」

「顔に出ています」

「出てましたか」

「出ていました」

 

 そんなに分かりやすいだろうか。

 たぶん分かりやすいのだろう。

 

「これはランク1の方が関わる話ではありません。ルキウスさんは、試験のことだけ考えてください」

「はい」

 

 僕が素直に頷くと、アルナさんは少しだけ表情を緩めた。

 それでも、すぐに書類へ視線を戻す。

 

「雪原地帯の浅い区域で、本来なら奥地にいるはずのモンスターの痕跡が確認されています。まだ確定ではありませんが、ランク3相当の大型らしき足跡の報告もあります」

「ランク3」

「はい。放置できるものではありません。ですので、支部の中堅以上のハンターや調査員が、そちらの調査に回されています」

「それで、試験官が足りないんですか?」

「はい」

 

 アルナさんは、書類を一枚めくった。

 そこには名前の一覧と予定らしきものが並んでいる。

 いくつかの名前には線が引かれていて、横に雪原調査と小さく書き足されていた。

 

「本来なら、昇級試験はもう少し余裕のある時期に行うべきなんです。ですが今、低ランクの試験を担当できる試験官の手が足りていません」

「それなら、試験はできないんですか?」

「話は出せますが、すぐに日程を組めるかは分かりません。試験官なしでは実施できませんから」

 

 アルナさんは少し困ったように眉を下げた。

 僕は、カウンターの上に置かれた試験書類を見た。

 受けます、と即答した。

 受けられる、と聞いて、胸が高鳴った。

 けれど、すぐには受けられないかもしれない。

 

 そう聞くと、肩透かしを食らったような気持ちになる。

 でも、仕方ない。

 危険があるのなら、試験官が必要なのは当然だ。

 

 焦るな。

 無理をするな。

 ちゃんと待て。

 そう自分に言い聞かせた、その時。

 ギルドの扉が開いた。

 

 ◆

 

 空気が変わった。

 それは、大げさな表現ではなかった。

 さっきまでざわざわと揺れていたギルドの空気が、扉の音をきっかけに、すっと一方向へ流れた気がした。

 

 自然と、何人かのハンターが道を空ける。

 視線が集まる。

 

 黒髪。

 黄金の瞳。

 首元に見える龍鱗。

 大きく強靭そうな尻尾。

 背中に差された、身の丈ほどの大剣。

 フレイヴィア・ヴォルグラート。

 

 昨日、防具屋で会った時とは違う。

 昨日は、少し柔らかい服を着ていて、可愛いと褒めたらものすごく動揺していた。

 けれど、今ギルドに入ってきた彼女は、やはりこの支部最高位のハンターだった。

 

 歩くだけで、周囲が勝手に道を譲る。

 声を張らずとも、誰もが気づく。

 強い人というのは、何もしなくても強いのだと分かる。

 フレイヴィアさんは迷わず受付へ歩いてくると、アルナさんの前で足を止めた。

 

「お疲れ様です、フレイヴィア様」

 

 隣の受付嬢が、姿勢を正して頭を下げた。

 フレイヴィアさんは小さく頷き、手にしていた書類を差し出す。

 

「うむ。報告だ」

「承ります」

 

 邪魔にならないように、少しだけ脇に避けた。

 そして、できれば目立たないように。

 けれど、フレイヴィアさんの視線はすぐにこちらへ向いた。

 

「ルキウス」

「は、はい! お疲れ様です!」

「うむ」

 

 短い。

 それだけだった。

 けれど、名前を覚えられていた。

 それだけで少し緊張する。

 フレイヴィアさんは僕の新しい腕当てに一瞬だけ視線を落とし、それからすぐにアルナさんの手元の書類へ目を向けた。

 

「何の書類だ」

 

 アルナさんは一瞬、試験書類を伏せるように手を動かしかけた。

 けれど、隠すものでもないと思ったのか、そのまま答えた。

 

「ランク2昇級試験の調整です」

「これのか」

 

 フレイヴィアさんが僕を見る。

 そこの。

 僕は、これの、らしい。

 

「はい。ですが、試験官が足りず、まだ日程は未定でして」

 

 アルナさんが説明すると、フレイヴィアさんは数秒だけ黙った。

 黄金の瞳が僕を見ている。

 

 何かを考えているのか。

 それとも、特に何も考えていないのか。

 よく分からない。

 けれど、その沈黙だけで、周囲の音が少し遠くなった気がした。

 やがて、フレイヴィアさんは短く言った。

 

「ならばその役、余がやろう」

 

 ギルドの空気が、また変わった。

 ざわ、と小さく声が広がる。

 近くにいたハンターがこちらを見る。

 

 受付の奥にいた職員も、手を止めた。

 僕は固まった。

 アルナさんも固まった。

 

「……フレイヴィア様が、ですか?」

「うむ」

 

 フレイヴィアさんは、当然のように頷いた。

 アルナさんは受け取った報告書と試験書類を両手に持ったまま、少しだけ言葉を探すように口を開閉した。

 

「ですが、ランク2試験にフレイヴィア様を出すのは、その、あまりにも」

「暇だ」

「暇」

「半日なら空く」

「しかし」

「問題あるか」

 

 フレイヴィアさんの言葉は短い。

 説明も少ない。

 けれど、そこに迷いはなかった。

 アルナさんは少しだけ困ったように眉を寄せ、それから僕を見て、もう一度フレイヴィアさんを見る。

 

「……安全面では、ありません」

「ならよい」

 

 それで決まりらしい。

 すごい。

 話があまりにも早い。

 

「明朝、ギルド前」

 

 フレイヴィアさんが僕を見る。

 僕は慌てて背筋を伸ばした。

 

「え、あ、はい!」

「遅れるな」

「はい!」

 

 フレイヴィアさんはそれだけ言うと、アルナさんに報告書をもう一度指で示した。

 

「処理を頼む」

「は、はい。承りました」

「ではな」

 

 短い言葉。

 短い滞在。

 それだけで、フレイヴィアさんは受付を離れた。

 周囲のハンターたちは、まだ少しざわついている。

 けれど、本人はそんなことを気にした様子もなく、来た時と同じようにまっすぐ歩いてギルドを出ていった。

 

 扉が閉まる。

 ギルドの空気が、少し遅れて元に戻る。

 僕はしばらく、その扉を見ていた。

 

「フレイヴィアさんが、試験官」

「……そうなりましたね」

 

 アルナさんの声には、少しだけ疲れが混じっていた。

 

「すごいことですか?」

「すごいことです」

「ですよね」

 

 分かってはいた。

 でも、確認したかった。

 新人のランク2試験に、この支部最高位のランク7ハンターが同行する。

 普通ではない。

 たぶん、かなり普通ではない。

 

 アルナさんは書類を整理し直し、試験書類の空欄にフレイヴィアさんの名前を書き込んだ。

 その筆先が一瞬止まったのは、たぶんその名前を書く機会がこんなところで来るとは思っていなかったからだろう。

 

「ルキウスさん」

「はい」

「明日は絶対に無茶しないでください」

「はい」

「フレイヴィア様がいるから大丈夫、ではありません」

「はい」

「試験は、フレイヴィア様に守られるためのものではありません。ルキウスさん自身が判断できるかを見るものです」

「……はい」

 

 僕は、今度は少しゆっくり頷いた。

 フレイヴィアさんがいる。

 それは、たぶん、とても心強いことだ。

 けれど、だからといって無茶をしていいわけではない。

 アルナさんは、それを心配している。

 そしてたぶん、僕がそういうことをしてしまいかねないと思っている。

 

「今日は早く休んでください。装備の確認も忘れずに」

「はい」

「緊張して眠れないかもしれませんが」

「すでに少し眠れなさそうです」

「でしょうね」

 

 アルナさんは少しだけ笑った。

 けれど、その笑みはすぐに薄くなり、最後にもう一度、真面目な声で言った。

 

「ちゃんと帰ってきてください」

「はい。帰ってきます」

「本当に?」

「本当に本当です」

 

 アルナさんは、いつものように不安そうな顔をした。

 でも、今日はそれ以上は言わなかった。

 ただ、僕の新しい腕当てを見て、少しだけ頷いた。

 

 ◆

 

 部屋に戻った後、僕は机の上にギルドカードを置いた。

 ルキウス。ハンターランク1。

 その文字を、しばらく見つめる。

 

 明日、僕はランク2への昇級試験を受ける。

 受かるかどうかは分からない。

 そもそも、試験というものをちゃんと受けるのも初めてだ。

 

 しかも試験官は、フレイヴィアさん。

 支部最高位の竜族。

 昨日、可愛い服を着ていると言ったら動揺していた人。

 でも、今日ギルドに現れた姿は、やはり圧倒的なハンターだった。

 

 僕はアルナさんの顔を思い出す。

 嫌そうだった。

 けれど、それは僕が試験を受けると言うのが分かっていたからだ。

 危険があると分かっていても、僕が前に進もうとすると分かっていたからだ。

 それでも、アルナさんは話してくれた。

 

 僕がこの一週間、ちゃんと学んでいたのも見ていると言ってくれた。

 なら、ちゃんと応えたい。

 無茶をするのではなく。

 強がるのでもなく。

 見て、考えて、生きて帰る。

 

 ランク2。

 それは、昨日までより少し遠くへ行けるようになるということで、同時に、昨日までより少し危ない場所へ踏み込むということでもある。

 僕はギルドカードを手に取り、指でその端をなぞった。

 

 まだ、ランク1。

 でも明日。

 僕は、次へ進むための試験を受ける。

 そうして僕は、支部最高位の竜族に見守られながら、ランク2への昇級試験に挑むことになったのだった。

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今回は、ルキウスにランク2への昇級試験の話が出る回でした。
ただし、試験官はまさかのフレイヴィア。
次回はランク2昇級試験。

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