駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~   作:木乃実なぎ

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第1章「駆け出しハンターは自由都市に夢を見る」
少年は始まりの町に踏み出す


 

 

 からからと、車輪が回る。

 石でも踏んだのだろう。荷台が、ガタン、と大きく揺れた。

 

「おぉ、わりぃな。ここら辺は道が整備されてなくてよ」

 

 ケルンの手綱を握っていた犬耳のおっちゃんが、申し訳なさそうにこちらを振り向いた。

 快活な笑み。

 頭の上で揺れる犬のような耳。

 耳の形からして、犬系の獣人族なのだろうか。

 

「いえいえそんな!こうして乗せてくださってるだけで感謝しかありませんよ!」

「がっはっは!そうかそうか!そう言ってくれると俺も気が楽だよ」

 

 おっちゃんは豪快に笑い、また前を向いた。

 心地の良い風。湿った土の匂い。僕は荷台から外を見渡す。

 辺りは木々に囲まれている。

 その真ん中、草が生えていないだけの獣道のを、荷台は勢いよく走っていく。

 それだけで、胸が躍った。

 

「それより坊主は、どうしてあんな場所にいたんだ?」

「あんな場所?」

 

 聞き返すと、おっちゃんは少しだけ眉を上げた。

 

「あんな辺境も辺境。あの奥には山しかないだろう。近くに集落もないし、ハンターか何かか? にしても若すぎるしな」

「あはは。あれはちょうど家から出立したところだったんですよ。あの奥の山に家がありまして、そこからちょうど」

「……あの山に家って、本当か?」

 

 おっちゃんは驚いたように目を丸くした。

 言っていることがよく分からず、僕は首を傾げる。

 

「? えぇ」

「坊主一人でか?」

「まさか。母がいましたよ」

 

 僕が生まれてから、この年まで愛情いっぱいに育ててくれた母だ。

 感謝しても、感謝しきれない。

 それはもう、自分で言うのもなんだかあれだけれど、かなり溺愛されていたと思う。

 旅に出る直前も、母は大号泣だった。

 

『いやぁぁぁあ。やっぱりお母さん心配だわ!あと百年はここで一緒に暮らしましょうルキ君!それがいいわ!』

『百年もしたら母さんはともかく僕は死んじゃうよ!』

『いやぁぁ。死ぬだなんて言わないでぇぇ』

 

 ――なんてことがあったりもした。

 最後にはなんとか送り出してもらえたけれど、僕が立派にお金を稼いだら、母の大好きなお酒でも買って帰省でもしようと思っている。

 

「ほぉーん。世の中、いろんな人がいるもんだな」

 

 僕の話を聞いて、おっちゃんは感心したように頷いた。

 

「でもって。なんで坊主はその家から出てきたんだよ」

「え。僕ですか?」

「おうとも。見たところ成人もしてないだろうに、そんな男が一人旅だなんて穏やかじゃねぇな。お前の母さんが泣いて止めたのも納得だ」

 

 そうなのだろうか?……いや、きっとそうなのだろう。

 いかんせん、生まれてこの方森から出てこなかったものだから、世間の常識がよく分からない。

 

「普通は、この年で旅に出たりしないんですか」

「まぁいないことはないが、多くはないわな」

 

 犬耳のおっちゃんは言う。

 そうなのか、と考えていれば何かを勘違いしたのかおっちゃんが心配そうにこちらを見た。

 

「なんだ?親喧嘩か?」

「まさか!母さんには感謝こそすれ、喧嘩なんてしませんよ!」

「じゃあ、どうしてお前さんは外に出てきたんだよ」

 

 おっちゃんが、にやりと笑った。

 それは、僕に確かな理由があるのを見抜いたような、少し意地の悪い笑顔だった。

 

「ま、別に言いたくないなら無理に言わなくてもいいけどよ」

「そ、そういう訳じゃ、ないんですけど」

「ほぉー。それなら聞かせてくれよ。森に引きこもっていた坊主が、こうして外に出てきた理由をよ」

 

 真っすぐに向けられる力強い瞳に、思わずたじろぐ。

 膝の上で、指先が落ち着かなく動いた。

 

「……ですか」

「あん?すまん坊主、なんて言った?」

「笑わないって約束できますか!」

 

 煽られるように大声を促され、僕は荷台からおっちゃんの方へ身を乗り出した。

 

「笑うかよ。俺は、男の夢を笑う男に見えるか?」

 

 おっちゃんは、したり顔で僕を見る。

 その顔を見て、僕は胸の奥にしまっていた思いを口にした。

「……に、なりたいんです」

「あん? おいおい坊主。お前の夢は、そんなちいせぇのか?」

 おっちゃんの言葉に、僕は顔を上げた。

 そして、叫ぶ。

 

「英雄に!なりたいんです!」

 

 木々に囲まれ、渓流の流れる豊かな道の中。

 僕の声は、周りのモンスターも逃げ出すくらいによく響いた。

 そして。

 

「がっはっはっはっはっはっはっは!」

 

 おっちゃんの豪快な笑い声は、それ以上だった。

「ひ、酷い! 笑わないって言ったのに!」

 きっと、僕の耳は真っ赤になっているに違いない。

 だから言いたくなかったんだ。

 

 ――英雄になりたい

 だなんて。

 自分の身の丈くらい、そんなもの自分が一番よく分かっている。

 馬鹿にされることも、嘲り笑われるような夢だということも、分かってはいた。

 でも、仕方ないじゃないか。

 胸に抱いてしまった夢なのだから。

 

「こんなひ弱な男が、英雄になんてなれるわけないって思ったんでしょう」

「そんなわけあるか」

 

 おっちゃんの声が、急に真面目なものになった。

 大きく固い手が、僕の頭をがしがしと撫でる。

 

「悪かったな坊主。そういうつもりで笑ったんじゃねぇんだ」

「じゃあなんで」

「お前さんの抱いた夢が、かつて俺が抱いたものと一緒だったからだよ」

 

 一緒。

 その言葉に、思わず顔を上げた。

 

「おっちゃんも、英雄を目指してるの?」

「馬鹿野郎!俺はまだおっちゃんなんて年じゃねぇ!お兄さんと呼べ!」

 

 いや、気にするところはそこなんだ。と笑っているとおっちゃんは言葉を続けた。

 

「……まぁ、昔はな。今はこうして運び屋をやっているが、俺にだって『蒼空のアルヴィス』に憧れて、仲間と一緒に世界を旅したこともあったさ」

「うそ!おっちゃんも読んでたの!?」

「だからおっちゃんじゃ……まぁ、この際いいか」

 

 おっちゃんは肩をすくめて笑った。

 『蒼空のアルヴィス』。

 世界中で読み継がれている英雄譚。

 平凡な少年アルヴィスが、数々の出会いと別れを経て世界を巡り、最後には世界を滅ぼそうとした古竜を討ち倒した物語だ。

 勇気とは何かを教えてくれる一冊として、多くの子供たちに愛されている。

 僕はこれを、本の幅が倍になるくらい読んでいた。

 

「おう。俺もそりゃあ読んでたさ。世界中の男で、あれを嫌いな奴はいねぇよ」

「そうだよねそうだよね!……おっちゃん、僕はアルヴィスに憧れて、家を出たんだ」

 

 興奮して身を乗り出す僕を見て、おっちゃんは目を細めた。

 その顔は、少しだけ優しかった。

 

「いいじゃねぇか」

「でも、やっぱり僕には無理なのかな」

 

 口にした瞬間、胸の中にあった熱が少しだけ萎んだ。

 本で語り継がれている数々の偉業。

 それが実在したものなのか、空想のお話なのかは僕には分からない。

 けれど、その物語が簡単な道のりではないことくらいは分かる。

 

 アルヴィスだって、何もないところから始まった。

 僕との共通点は、それだけだ。

 僕には、アルヴィスが持っていた剣の才能もない。

 仲間を引きつけるカリスマだってない。

 ただの人間で、ただの男だ。

 

「坊主」

 

 俯きかけた僕の頭に、おっちゃんの手がまた乗った。

 さっきより少しだけ、乱暴ではない手つきだった。

 

「お前がお前の夢を信じてやらないで、誰がお前を信じてやるんだ」

 

 力強い言葉だった。

 一切茶化す気なんてない、本気の言葉。

 それが本当に僕のためを思って言ってくれているのだと、おっちゃんの目を見れば分かった。

 だから、僕は力強く頷いた。

 

「ありがとう。おっちゃん」

「おうよ。頑張れよ」

 

 そう、おっちゃんが言った瞬間だった。

 数時間走り続けていたケルンが足を緩め、ガタン、と荷台が止まった。

 何事だろう。

 僕は荷台から身を乗り出したまま辺りに目を向けた。そして、驚いた。

 

「――なんて。そんな話をしていれば、お目当ての場所に到着だぜ」

 

 おっちゃんの口角が、にやりと上がる。

 僕は、茫然と上を見上げた。

「す、ご」

 圧巻の光景に、声が漏れた。

 身長の何倍もある門。

 その奥に見える、さらに何倍も大きな建物。

 ここまで聞こえてくる喧騒。

 それなのに、僕の耳には自分の心臓の音ばかりが響いていた。

 

「ようこそ。自由交易都市エルドランへ。ここが坊主の始まりの町だな」

 

 おっちゃんは両手を広げて、僕を見た。

「……っ。おっちゃん!」

「だからおっちゃんじゃ……まぁ、もういいか」

 おっちゃんはがしがしと後頭部を掻いた。

 

「どうだ、すげぇだろ」

「うんっ! うんっ!」

「がっはっはっはっは! 俺との会話に付き合ってくれた礼だ。通行料は俺が払ってやるよ」

 

 門の前に並ぶ列へ、荷台がゆっくりと進んでいく。

 通行料。

 その言葉に、さっきまでの高揚がどこかへ飛んでいった。

 

「つ、通行料?」

「あん? 坊主、まさか無料で入れると思ってたのか? 流石にそれはない――って、まぁそんなことも知らないなんて、どこの辺境で暮らしてたんだって話だしな」

 

 おっちゃんは豪快に笑っている。

 一方で、僕の背筋には冷たい汗が伝っていた。

 

(え。待って。お金)

 顔が、どんどん青ざめていくのが分かる。

 恐る恐る、ポケットに手を伸ばした。

 

「ない」

 

 当たり前だ。

 用意した覚えすらないのだから。

 考えてみれば当然じゃないか。

 交易都市。

 いろんな人がいるこのエルドランで、通貨がいらないわけがない。

 

「どうした坊主。そんなうんこが漏れたみたいな顔して」

「……ない」

「あん?」

「おっちゃん。どうしよう。僕、お金忘れた」

 

 そうして、記念すべき僕の物語は、実家への帰省というお話から始まった。

 

 ◆

 

 ――なんてことはなく。

 お金は、心優しき犬耳のおっちゃんがおすそ分けしてくれた。

 

『ったく。しゃあねぇな。旅の餞別だ。百ソルはくれてやる』

『いやいや! そんな悪いですよ。ここまで乗せてもらって、さらにお金までなんて』

『つったって、それじゃあ坊主どうすんだよ。このまま野垂れ死ぬか?』

『……』

『……まぁそういうわけだ。遠慮せず持っていけ。そして街に入ったら、真っ先にハンターズギルドへ行って仕事を貰ってこい』

 

 そう言って、おっちゃんは僕を置き、自分の仕事場へ向かっていってしまった。

 否。もう、犬耳のおっちゃんだなんて口が裂けても言えない。

 本当に、感謝してもしきれない。

 とりあえず、彼の名前と家の場所だけは聞いておいた。

 

「ガルドさん。……で、港の方の住宅街、と」

 

 忘れないようにメモをして、大事にバッグへしまう。

 後で絶対にお金は返しに行こう。

 そう心に決めて、僕は足を動かし始めた。

 

「にしても、凄いなぁ」

 

 門は港側に面しており、周囲には様々な露店が並んでいた。

 食欲をそそる匂いが、潮の香りと一緒に運ばれてくる。

 怒号にも近い呼び込みの声は、けれどどこか楽しそうだった。

 人通りも多く、活気にあふれている。

 それが、僕が最初に見たエルドランという街だった。

 

「ほぇ~」

 

 猫や兎の耳を忙しなく動かしている人。

 首元に鱗が生えている人。

 羽や尻尾が生えた人まで。

 視界に溢れかえるほどの、人、人、人。

 

 今まで母しか人を見たことがなかったから、あまりの情報量に脳がパンクしそうだった。

「おい、兄ちゃん!」

 しかし、他種族国家というだけあって、本当にいろんな種族がいるものだ。

 この世界には八種類の種族がいるらしいが、こうして歩いているだけで全部見つけられるのではないだろうか。

 

「おーい! 兄ちゃんってば!」

 

 こちらに向けられているらしい声に気づき、僕はフードを押さえながら振り向いた。

 

「……僕?」

「おうそうとも! どうだい、今日のリーヴァウォは脂がのってうまいぜ! 一匹どうだい?」

 

 快活な笑みを浮かべた熊耳のお兄さんが、威勢よく魚を掲げていた。

 その手に握られているのは、僕の前腕くらいありそうな大きな鱗魚種だ。

 

「ご、ごめんなさい。今、手持ちがなくて」

 

 すごく美味しそうな鱗魚種だった。

 けれど、生憎お金がない。

 ガルドさんからもらったお金を、ここで使うわけにもいかない。

 申し訳なさと一緒に頭を下げると、熊耳のお兄さんは気にした様子もなく笑った。

 

「かっか! そうかいそうかい! それならまた稼いだら来てくれや」

「は、はい!」

「ほな、おおきにー!」

 

 熊耳のお兄さんは、次の通行人に向けてまた声を張り上げた。

 凄い。初対面の人でも、あんな感じで話しかけるんだ。

 

 ――って、いけないいけない。

 

 まずはハンターズギルドに向かわないと。

 道行くものすべてが新鮮で、思わず足を止めて見入ってしまいそうになる。

 そんな気持ちをなんとか抑え、僕は人ごみをかき分けた。

 

 ◆

 

「確か、ガルドさんは大通りに行けば分かるって」

 

 大通りらしい場所に出て、僕は周囲を見渡した。

 そんなことを言われても、初めての場所で特徴も聞かずに分かるわけ――。

 そう思っていたのだが、すぐに分かった。

 明らかに、そこだけ空気が違ったからだ。

 

「あれが、ギルド」

 

 他とは一線を画す、灰色の石と太い木材で造られた三階建ての大建築。

 正面には、剣と盾の紋章が掲げられている。

 巨大な扉は、来るもの拒まずと言わんばかりに開け放たれていた。

 その中へ、人の流れが途切れることなく吸い込まれていく。

 心臓が、強く鼓動する。

 指先が震えていた。

 そしてきっと、僕の口元もその高鳴りを抑えられてはいないのだろう。

 無理もない。

 夢にまで見た物語の始まりの場所。それが、目の前にあるのだから。

 

 僕は一歩、足を踏み出した。

 知らない世界。

 知らない匂い。

 知らない音。

 目に映るどれもが新鮮で、耳に入るすべてが豊かだった。

 うるさいくらいの心臓の高鳴りをそのままに。

 僕は――ルキウスは、ハンターズギルドへと足を踏み入れた。

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

オリジナルファンタジー、
『駆け出しハンターの英雄譚 ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~』
第1話でした。

まだ何も知らない駆け出しの少年ですが、ここから少しずつ世界を広げていけたらと思っています。

感想・評価などいただけると、とても励みになります。
よろしくお願いします。……早くヒロイン出てこないかなぁ。
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