駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~ 作:木乃実なぎ
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ハンターズギルドの中は、港とはまた違う活気に満ちていた。
港の活気が、商人たちの声と潮の匂いと荷車の音で出来ているのだとしたら。
ここにあるのは、鉄と革と獣の匂い。
それから、どこか血の混じったような、少しだけ鼻の奥に残る匂いだった。
壁に立てかけられた大剣。
背中に弓を背負った女の人。
僕の胴体くらいありそうな盾を片手で担いでいる大男。
見たこともない牙や角を机に置いて、何やら真剣に話し込んでいる人たち。
すごい。
すごいすごいすごい。
思わず、口元が緩みそうになる。
というか、たぶん緩んでいた。
ここが、ハンターズギルド。
英雄譚に出てくる冒険の始まりの場所。
依頼を受けて、未知の土地へ向かい、モンスターと戦い、誰かを助ける人たちが集まる場所。
つまり。
「ここから、僕の英雄譚が……」
始まる。
――なんて格好良く言えたら良かったのだが。
「……まず、どこ行けばいいんだろう」
始まりの場所は、想像よりだいぶ広かった。
いや、本当に広い。
小さく呟きながら、圧巻されながらも、僕は辺りを見渡す。
どこもかしこも賑わっているハンターズギルドの中。依頼書の張られた掲示板。素材を持ち込んでいる人たち。机でジョッキを片手に何やら騒いでいる人。
怒られている人。笑っている人。
そんな中で、明らかに一つ
「あ……」
異質な空間があった。
まるで、そこだけ切り取られたみたいな静けさ。
――その中心には、一人の女性が立っていた。
思わず、言葉を失う。
自然と、僕の視線はそちらに向いた。
綺麗な人だった。綺麗で、強い人。そう感じた。
夜を写したみたいな綺麗な黒髪。見るもの全てを威圧してしまいそうな黄金の瞳。大きくて強靭そうな尻尾に、首元に見える龍鱗。そして、背中に差された、身の丈ほどの大きな剣。
彼女は受付嬢と何かを話していた。女性にしては低く、落ち着いた声。そして、その相手をしている受付の人の態度も明らかに丁寧だった。
「はい。確かに。今回も完璧です。いつも助かっております、フレイヴィア様」
「良い。余が勝手にやっていることだ」
「はい。お疲れ様でした」
フレイヴィア様。そう呼ばれた黒髪の女性は、受付嬢から書類を受け取り、それを軽く確認してからしまった。
――思わず、見惚れていた。
しかし、すぐに我に返る。
僕はハンターになりに、ここに来たのだ。危うく当初の目的を忘れるところだったと反省して、僕は一番右の受付の――彼女の隣の列に並ぶ。
「……おい」
「見たか、あいつ」
言葉の余韻を残したまま、次の返事が重なる。
「マジか」
「隣、行ったぞ」
周囲が、ざわついた。思わず、周囲を見る。
何だろう。僕、何か間違えただろうか。受付に並ぶだけで、作法があったのだろうか。だとすれば、大変申し訳ないことはした。
しかし、ちらりと受付の猫耳のお姉さんを見れば、そんな素振りは見せていない。なんだ。なんだというのだ。都会って、難しい。
「え、えっと……」
僕は少し不安になったけれど、誰かが止める様子はない。なら大丈夫なのだろう。たぶん。僕はそう判断して、受付の方へ足をのばした――ちょうどその時だった。
「ご苦労だった」
凛とした声が鼓膜を震わす。
黒髪の女性が受付を終えたらしい。彼女は受付嬢から何かの書類を受け取ると、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
なんだろう。妙に、緊張する。
かつ、かつと、地面をブーツでたたきながら女性はそのまま僕の隣を通り過ぎようとして――ぴたり、と。一瞬だけ、足を止めた。
「……主」
視線が、僕に向いた。
彼女の目が細くなる。スゥっと、瞳孔が縦に伸びる。
まるでフードの下まで見透かされてしまいそうな……そんな目。
僕は何も言えなかった。彼女もまた、何も言わなかった。
しかし、いつまでもこうしていては気まずいし。
「あの、なんでしょう」
――か。そう言いかけた、タイミングで外から声がかかった。
「フレイヴィア様ー?」
ギルドの入口側から、誰かが呼ぶ声。
その声に、フレイヴィア、と呼ばれた龍族の女の人はわずかに眉を動かした。
「あ、あぁ。今行く」
龍族の女の人はもう一度だけ僕を見た。
けれど、結局何も言わなかった。
そして彼女は、腰まで届く綺麗な黒髪揺らしながらギルドから出て行ってしまった。
「……ぷはぁ。助かった」
呼吸をすることも忘れていたことに気づき、たまっていた空気を一気に吐き出す。
いや別に、何かされたわけでもされようとしたわけでもないのだけど。多分。きっと。メイビー。恐らく。
「あのー……お客様?」
「あ、はい!」
不意に、目の前から声がした。僕は慌てて振り向いた。そこには、受付の女性がいた。ふわりとした茶色の髪。
頭の上には猫の耳。
表情は柔らかいが、目はしっかりしている。彼女は、少しだけ困ったように笑っていた。
「お客様は、フレイヴィア様のご友人か誰かでしょうか?」
「? いえ。全然全く。どうしてですか?」
今しがたあって。なぜか睨まれてただけの関係の人です。
「いえ。フレイヴィア様がパーティーメンバー以外の誰かに声をかけるのが珍しかったもので、もしかしたら、と」
「はぁ、なるほど。でも残念、さっきの人とはさっきが初対面ですよ!」
正直に答えると、受付の女性は少しだけ笑った。猫耳をすこしぴこぴこと動かしながら、口元に手を当てて。……かわいい。
「ふふ。そうですか。すみません不躾な質問でした」
「いやいや!というかやっぱり、さっきの人ってすごい人なんですか?」
わずかな仕草だけが、その場の空気をやわらかくした。
「はい。フレイヴィア・ヴォルグラート様。竜族の方で、この支部だと最高位のハンターランク7のハンターです」
「――7」
僕は思わず、彼女が去っていった方を見た。
知識としては知っている、上位ランクの、そのまた上位のランク。どうやら僕はとんでもない人に睨まれていたらしい。
「さきほどの報告も、本来なら複数人で行うような調査を、お一人で終わらせてきたものです」
「一人で」
そこで一度、互いに息を整えるような間が生まれる。
「はい。もちろん、普通のハンターにはおすすめしません。あの方だからできることです」
「な、なるほど」
強い人。それは見ただけでも分かった。けれど、こうして言葉にされると、改めてすごい。
「ただ、やっぱり珍しいですね」
「何がですか?」
相手の声を受けて、その場の空気が少しだけ和らいだ。
「フレイヴィア様が、誰かを気にされることはあまりないので」
「僕、何か変だったんでしょうか」
「どうでしょう。少なくとも、怒っていたわけではないと思いますよ」
短く目を瞬かせる気配があって、すぐに会話が続いた。
「それは良かったです」
怒られていたら、たぶん僕は今頃床にめり込んでいる。いや、そんなことをする人かどうかは知らないけれど。でも、圧だけで床に沈みそうではあった。
「ところで」
受付の女性は、そこで表情を改めた。
「あなたは何用でこちらに?」
「あ」
そうだった。完全に忘れていた。龍族の彼女のことで頭がいっぱいになっていたが、そもそもここに来た理由は別にある。
胸の奥が、また熱くなる。僕は背筋を伸ばし、元気よく言った。
「ハンターになりにきました!」
「ハンター登録ですね」
落ち着いた対応。……は、恥ずかしい。なんかめっちゃ気合入っている人みたいになって島った。いや、間違えてはいないんだけど。
「では、こちらへどうぞ」
僕は慌ててカウンターの前に立ち直った。
「改めまして、私は受付担当のアルナと申します。本日はハンター登録でお間違いありませんか?」
「はい。お願いします!」
「分かりました。では、まず簡単な確認から行いますね」
アルナさんは慣れた手つきで書類を取り出した。手元には細いペン。
横には小さな金属板のようなもの。
その隣には、何かを刻むための道具らしきものが置かれている。本当に登録するのだ。僕が。ハンターズギルドに……そう思うと、胸がまたうるさくなった。
「代筆は必要ですか?」
「代筆?」
言葉に合わせるように、わずかな身振りが添えられる。
「はい。読み書きが苦手な方には、こちらで代筆していますが……いかがされますか?」
「あ、大丈夫です。それくらい自分で書きますよ?」
そう答えると、アルナさんは少しだけ目を丸くした。
「読み書きができるのですね」
「はい。母さんに教わりました」
そこでひと呼吸置くように、静かな間が差し込んだ。
「そうですか。良いお母様ですね」
「はい。とても!」
胸を張って答える。母さんは、いろんなことを教えてくれた。
読み書きも、計算も、森で食べられる草の見分け方も、絶対に食べてはいけない茸の見分け方も。
特に茸は大事だ。間違えると、母さんが半泣きで口の中に薬草を突っ込んでくる。あれは怖かった。主に母さんが。
「では、こちらにお名前をお願いします」
「はい!」
僕はペンを受け取って、書類に――ルキウスと自分の名前を書く。こうして正式な書類に書くのは、なんだか少し照れくさい。
「年齢はこちらへ」
「はい」
十七。実を言うと正確な年齢はよくわかっていないのだが、母さんが僕の10の誕生日の時お祝いしてくれたので、そこから自分の年齢をそういうことにして数えている。
「出身地はこちらへ」
「出身地……」
僕は少しだけ迷って、ペンを動かした。
「リューネ山奥?」
知らない地名らしく、首を傾げた。猫耳も一緒に少し傾いた。かわいい。
「あはは。ここからずっとあっちの方にあるんですよ」
僕はギルドの外、つまり街の向こう側を指差した。実際には、どの方角かかなり怪しい。けれど、あっちの方であることは確かだ。たぶん。
「ずっと、あちらの方」
「はい。辺境も辺境らしいです」
「なるほど」
アルナさんは少しだけ考えたあと、納得したように頷いた。たぶん、どこか辺境の場所なのだろう。そんな顔だった。実際そうなので、間違ってはいない。
「では、次に戦闘経験について確認します」
「はい!」
「使用武器は?」
「片手剣です」
アルナさんは書類にペンを走らせながら、次の項目へ視線を移した。猫耳が、ほんの少しだけ揺れる。
「魔法は使えますか?」
「使えません」
「治癒術や補助術は?」
「使えません」
「モンスターの討伐経験は?」
「ありません」
かり、とペン先が止まった。
「大型モンスターとの戦闘経験は?」
「ありません」
「小型モンスターの狩猟経験は?」
「ありません」
「護衛経験は?」
「ありません」
「採取依頼の経験は?」
「ありません」
「……」「……」
沈黙が落ちた。
アルナさんの笑顔は崩れていない。けれど、猫耳が少しだけ横に倒れている。かわいい……って違う。今はそれどころではない。
もしかしてこのままでは、経歴不十分でハンターになれなかったりするのだろうか。僕は慌てて、これまでの経験を頭の中から絞り出した。
「えっと……森で小さな獣を追い払ったり、罠を作ったり、木剣で練習したりはしました」
「実戦で罠を使ったことは?」
「ありません」
「片手剣でモンスターと戦ったことは?」
「ありません」
「なるほど」
アルナさんは、なるほど、と言った。声音は優しかった。けれど、その顔には少しだけこう書いてあった。
大丈夫かな、この子。
自分でも思う。
大丈夫かな、僕。
「だ、大丈夫ですか?」
心配で気が気でない僕に、アルナさんは柔らかく笑ってくれた。
「大丈夫ですよ!」
「ほ、本当ですか?」
そこで一度、互いに息を整えるような間が生まれる。
「はい。最初は誰でもランク1です。経験がないこと自体は、珍しいことではありません」
「そうなんですね」
「ただし、無理は禁物です」
相手の声を受けて、その場の空気が少しだけ和らいだ。
「はい」
「特にルキウスさんは、分からないことがあったら必ず聞いてください」
「はい!」
短く目を瞬かせる気配があって、すぐに会話が続いた。
「勢いは良いですね」
「勢いだけはあります」
「そこは少し心配です」
心配らしい。それもそうか、僕だって僕が受付で何の経験もない人がハンターになりに来たら心配する。なんて、考えていれば、アルナさんの視点が僕のフードにあることに気づく。
無意識に、僕はフードの端をつかむ。
『フードは人前では絶対に外したらだめですよ』
家を出る前、母さんが口を酸っぱくして知っていた約束だ。
しかし、自分でもハンターになりにきたのに素性を隠しているなんて大丈夫だろうか、と心配にもなる。けれど、彼女は何も聞かなかった。
何も聞かない。聞かずに、ただ書類を進める。その優しさが、僕にはうれしかった。
……まぁとれと言われれば別にフードくらいとるんですけど。
母さんにはとるなと言われているけど、流石にそのせいでハンターになれないかもしれないなら、許してくれるだろう。
「登録にあたって、簡単な注意事項を説明しますね」
「あ、はい」
いつの間にか、目の前に出されていたマニュアル本のようなものに目を通す。そのそばでアルナさんはゆっくりと色んなことを説明してくれた。
「ハンターは、依頼を受けて報酬を得る職業です。採取、運搬、護衛、討伐、調査、捕獲など、内容は様々です。依頼内容をよく確認し、自分の力量に合わないものは受けないでください」
「はい」
「特に、討伐依頼は危険です。ランク1の依頼であっても、油断すれば怪我をします」
言葉に合わせるように、わずかな身振りが添えられる。
「はい」
「依頼は、達成して戻ってくるまでが依頼です。素材や報酬より、まず生きて帰ることを優先してください。そのため、ランクごとに行ける範囲に限りがあります」
そういって、アルナさんは地図を指さしてくれた。
この町の周りには大きく分けて5つのエリアがあるらしい。雪が積もる雪原地帯。草木も生えぬ砂漠地帯。生き道に通ってきた木々が生い茂る渓流地帯。危険が蔓延る沼地に、未だ調査が全部完了しきれていない火山地帯
そのエリアがさらにそれぞれ10以上に分けられていて、ハンターランク1はそれぞれのエリアの1までしか探索が許されていないらしい。
「ランクが上がれば、勿論探索域も増えますが、その分危険も増えます。ハンターは生きて帰ってくることが最大のクエスト。これを努々お忘れなきようお願いします」
生きて帰る。その言葉は、思っていたより重かった。
「分かりました。生きて帰ります」
「本当に?」
「本当に本当です!」
アルナさんが少しだけ眉を下げた。
「なんだか、少し不安です」
「な、なぜ!?こんなに元気よく返事してるのに」
「元気が良すぎます」
そんなぁ。返事というのは、勢いがありすぎてもいけないらしい。難しい。
「では、登録を完了します」
アルナさんは金属板のようなものを手に取った。そこへ書類の内容を確認しながら、専用の道具で何かを刻んでいく。小さな音がした。
かちり。かちり。そのたびに、胸が高鳴る。やがて、アルナさんは一枚の小さな金属札を僕の前に置いた。
「はい。お待たせしました。こちらが、ルキウスさんのギルドカードです」
目の前に出されたポケットサイズのカード。
僕はそれを両手で受け取る。冷たい。少し重い。表には剣と盾の紋章。裏には、僕の名前――ルキウス。そして、その下に刻まれた文字。ハンターランク1。
「……」
言葉が出なかった。本当に。本当に、僕はハンターになったのだ。
森の奥で本を読んでいた僕が。
母さんに泣かれながら家を出て、ガルドさんの荷台に乗せてもらって、通行料すら知らずに街へ来て。
そして今。ハンターズギルドにてハンターの証を手にしている。
「……へへ」
顔が緩む。どうしようもなく緩む。
たぶん、かなりにやけている。でも、止められない。僕はギルドカードを眺めた。
表。裏。また表。また裏。
何度見ても、名前は消えない。ランク1も消えない。すごい。僕の名前が、ハンターズギルドのカードにある。
「そんなに嬉しいですか?」
「はい!」
アルナさんは、少しだけ目を細めた。それは受付嬢としての笑顔ではなく、どこか本当に嬉しそうな笑みだった。
「では、改めまして」
アルナさんは背筋を伸ばした。僕も、つられて背筋を伸ばす。
「ようこそ、ルキウスさん」
そして彼女は、明るく言った。
「ハンターズギルドへ!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。ようこそ。受け入れられた。そう感じた。僕はギルドカードを握りしめる。小さな金属の札。まだ何の実績もない、ランク1のカード。けれど、僕にとっては何よりも眩しかった。
僕は力いっぱい頷いた。
「よろしくお願いします!」
こうして僕は、ハンターになった。英雄には、まだ遠い。遠すぎて、道すらよく見えていない。でも。その一歩目だけは、確かに踏み出したのだった。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回はハンターズギルド到着、そしてルキウスのハンター登録回でした。
次回は、いよいよ初めての依頼です。
感想・評価などいただけると、とても励みになります。
よろしくお願いします。……もふもふの猫耳アルナさん、かわいい~。