駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~ 作:木乃実なぎ
◆
第二防衛線へ着くと、僕は肩を貸していたハンターを待機していた二人へ預けた。
「脚をやられてます。歩けますけど、かなり痛そうです」
「分かった、こっちで診る!」
「悪いな、坊主」
「いえ」
腕が肩から離れる。
その人が治療班へ連れていかれるのを確認してから振り返ると、防波壁から撤退してきたハンターたちが次々と倉庫街へ流れ込んできていた。
僕たちが何度も資材を運んだ第二防衛線は、準備をしていた時とはまるで違って見える。
大通りを塞ぐように荷車や木材が組まれ、その隙間には鉄柵まで押し込まれている。
左右に並ぶ石造りの倉庫も壁の一部として使うらしく、海側へ続く細い路地にも柵や荷箱が置かれ、通れる場所そのものがかなり絞られていた。
……第一とは違う。
防波壁では、目の前にある海だけを見ればよかった。
どこから来るのかも分かるし、壁を越えようとする相手を落とせばいい。
でも、ここは街の中だ。
正面には大通りがあって、その左右には倉庫が並び、建物の間には僕の知らない細い路地までいくつも伸びている。
その全部から来られる可能性があると思っただけで、さっきまでとは違う嫌な緊張が背中を走った。
「ルキウス!」
「はい!」
聞き慣れた声へ顔を向ける。
大通りの中央で、ガルドさんがこちらへ手を上げていた。
「こっちだ!」
「今行きます!」
撤退してくる人たちの間を抜け、ガルドさんのところまで走る。
その周りには第一防衛線から下がってきたハンターだけでなく、最初から第二に配置されていたらしい人たちも何人か立っていた。
「傷は?」
「まだ大丈夫です」
「まだ、な」
ガルドさんの視線が僕の肩から脇腹へ動く。
「開いたら今度こそ下がれよ」
「分かってます」
「それと、ここじゃ壁の上みてえには戦えねえ」
大通りの先を顎で示される。
正面には荷車と木材で作られた障害物が三つ並んでいた。
完全に道を塞いでいるわけじゃない。
むしろ、わざと一体か二体しか通れない隙間が残されている。
「狭い分、一度に来る数は減る。ただし横道がある。前だけ見てると、気づいた時には横から食われるぞ」
「はい」
左右を見る。
倉庫の間にもハンターが配置され、そのさらに上、屋根の上では弓を持った人たちが海側を監視している。
「中央は俺たちで受ける。お前は俺の右だ」
「分かりました」
「勝手に走るなよ」
「……はい」
返事が少し遅れた。
「今の間は何だ」
「何でもないです」
「だったらいい」
絶対に信用してない顔だった。
「第一から来た連中、配置につけ!」
少し離れたところから指示が飛ぶ。
防波壁から下がってきた人たちが決められた場所へ散っていく。
片腕を押さえながら剣を持っている人もいれば、頭に包帯を巻いたまま列へ加わる人もいる。
……みんな疲れてる。
僕も同じだ。
腕も重いし、背中の傷もさっきより熱を持っている。
それでも。
「来たぞ!」
屋根の上から声が落ちてきた。
倉庫街にいた人たちの空気が一気に変わる。
「正面! もう大通りへ入ってる!」
障害物の向こうへ目を凝らす。
松明の明かりが届かない通りの奥で、いくつもの影が動いていた。
最初に牙鼠が見え、その後ろから鱗蜥蜴が続いてくる。
さらに奥にも影が重なっていて、防波壁を抜けた水憑きがもうここまで追いついてきたことが分かった。
……早い。
壁が崩れてから、ほとんど時間なんて経っていない。
「弓隊!」
屋根の上から矢が飛ぶ。
狭い通りへ入ってきた牙鼠へ何本も刺さり、最初の一体が地面へ転がった。
その死骸へ後ろの個体がぶつかり、さらにその後ろまで動きが詰まる。
「続けろ!」
別の屋根から矢が降る。
動きを止められたモンスターへ次々と刺さっていく。
……なるほど。
一体が止まれば、後ろも止まる。
僕たちが積んだ荷車も。
木材も。
鉄柵も。
ただ壁を作っていたわけじゃない。
相手が一度に来られないよう、僕たちが戦いやすい形にしていたんだ。
「前衛、構えろ!」
障害物の隙間を抜けた牙鼠が飛び込んでくる。
僕は片刃剣を構えた。
爪が上がる。
右から。
……僕へ来る。
左へ一歩だけずれる。
振り下ろされた爪が身体の横を通り過ぎた。
そのまま首へ踏み込もうとして。
「待て」
ガルドさんの声に、足を止める。
牙鼠の後ろ。
障害物の隙間から鱗蜥蜴がもう頭を出していた。
……そうか。
今ここで首を斬れば、刃を振り抜いたところへあれが来る。
「一歩下がれ」
「はい!」
すぐに下がる。
ガルドさんが僕と入れ替わるように前へ出て、牙鼠の頭を剣の腹で横へ押した。
――後ろから来た鱗蜥蜴が牙鼠へぶつかる。
二体の動きが同時に止まった。
「今」
「はい!」
僕は牙鼠へ。
ガルドさんは鱗蜥蜴へ。
ほとんど同時に踏み込む。
片刃剣を牙鼠の首へ通す横で、ガルドさんの剣が鱗蜥蜴の開いた顎を下から斬り上げた。
二体が重なるように倒れる。
「次来るぞ!」
すぐに正面へ戻る。
また牙鼠が障害物を抜けてきた。
「ガルドさん」
「何だ」
「さっきの、後ろまで見えてたんですか?」
聞きながら牙鼠の爪を外へ避ける。
「見えてた」
「僕、気づかなかったです」
「知ってる」
「……」
牙鼠が僕を追って頭を動かす。
「そこ」
ガルドさんの剣が脇腹へ入った。
身体が僅かに横へ崩れる。
「首」
「はい!」
空いた場所へ片刃剣を通す。
牙鼠が倒れた。
「どうやったら、そこまで見えるんですか?」
「後ろに何がいるか分かってりゃ、目の前の奴だけ追わなくて済む」
「でも、戦いながら――」
「だから後でだ!」
鱗蜥蜴が来る。
ガルドさんが顎の横へ剣を当てて外へ流した。
「右!」
「はい!」
身体の横が空く。
そこへ片刃剣を入れる。
……やりやすい。
そう思った。
ガルドさんが相手を倒してくれるからじゃない。
僕が動こうとした場所には、ほとんどいつも空間が残っている。
ガルドさんが剣を振った後も、僕の片刃剣が通る場所を塞いでいない。
次に僕が何をするのかまで。
分かっているみたいに。
「次、牙鼠!」
ガルドさんが先に前へ出た。
牙鼠がそちらへ爪を振る。
……だったら、僕は横。
爪を避けたガルドさんが身体を少し開く。
その動きだけで、牙鼠の首が僕の正面へ出てきた。
片刃剣を振る。
倒れる。
次は鱗蜥蜴。
僕の方が近い。
先に前へ出る。
開いた顎を避け、頭が僕を追うよう半歩だけ外へ動く。
……こっちを向いた。
「ガルドさん!」
「見えてる!」
反対側から剣が入る。
鱗蜥蜴の身体がガルドさんへ向く。
……なら。
今度は僕。
首の下へ片刃剣を差し込む。
「っ……!」
刃を引き抜き、二人で身体を通りの端へ押しやる。
「……」
ガルドさんが一瞬だけ僕を見る。
「何ですか?」
「いや」
また正面へ向く。
「やりやすくなったなと思ってな」
「……僕も今、同じこと考えてました」
「そりゃ結構」
少しだけ笑われた。
次の牙鼠が来る。
今度は僕から一歩前へ出る。
爪が僕へ向く。
刃で受けず、身体を捻りながら外へ流す。
……ガルドさんは左。
だから右へ流す。
牙鼠の身体が自然とガルドさんの正面を向いた。
「お前、わざとか?」
「はい!」
「上出来!」
剣が牙鼠の肩へ入る。
崩れた身体へ、僕が首元を斬る。
一体。
また一体。
最初に一緒に戦った時は、ガルドさんに助けてもらってばかりだった。
僕が無理に前へ出て。
危なくなったところへ剣が入って。
そのたびに怒られた。
……でも、今は少し違う。
僕が動けばガルドさんが使ってくれる。
ガルドさんが動けば、僕にも次に何をすればいいのかが分かる。
相手を倒すことだけじゃない。
次に隣の人が動きやすい場所まで考える。
そうすると。
不思議なくらい、身体が楽だった。
「お前、余計な力抜けてきたな」
「分かります?」
「分かる。さっきまで柄握り潰す気かと思ったぞ」
「そんなにですか?」
「そんなにだ」
言いながら、ガルドさんが牙鼠の爪を外へ流す。
今度は僕の正面へ。
……ここ。
踏み込み、首へ刃を走らせる。
「その代わり」
ガルドさんが続ける。
「前より周りは見えてる」
「それも分かります?」
「俺を使い始めたからな」
「使うって……」
言い方は悪いけれど。
たぶん、その通りだった。
ガルドさんがどこにいるのか。
何を狙っているのか。
どう動けば、その剣が使いやすいのか。
それを考えている。
そして。
たぶん。
ガルドさんも同じことをしている。
「じゃあガルドさんも、僕を使ってるんですか?」
「当たり前だろ」
即答だった。
「使えるもんは全部使う。お前も。俺も。そこにいる槍も、屋根の弓もだ」
顎で少し離れた槍使いを示す。
「戦場で一人だけ綺麗に戦おうなんて考えるな」
「はい」
「周りがいるなら、全部込みで戦え」
その言葉を聞いた直後。
障害物から牙鼠が二体同時に抜けてきた。
「左やる!」
「僕は右!」
同時に動く。
右の牙鼠へ一歩入り、爪を誘う。
振り下ろされたところで身体を外へずらす。
……後ろに槍。
「お願いします!」
「任せろ!」
穂先が牙鼠の肩へ刺さる。
僕はもう首を狙わない。
任せていい。
反対へ顔を向ける。
ガルドさんがもう一体の爪を剣で受け流し、その身体がちょうど僕の方へ開いていた。
……こっち。
踏み込む。
首へ片刃剣を入れる。
「っ!」
倒れる。
振り返る。
さっき槍を受けた牙鼠には、別の剣士がもうトドメを入れていた。
……これでいい。
僕が一体を最後まで倒す必要なんてない。
誰かが続きをやれるなら、僕は次へ行けばいい。
「ルキウス」
「はい」
「今の忘れんなよ」
「忘れません」
今度は、すぐ答えられた。
◆
第二防衛線での戦いは、防波壁とは違う意味で息をつく暇がなかった。
正面の大通りから来る数そのものは確かに減っている。
けれど、左右の路地や倉庫の裏で柵が壊れるたびに声が飛び、そのたびに誰かが配置を変えていた。
「左路地、二人応援!」
「中央から一人出せる!」
「屋根! 裏へ回った奴は見えるか!」
「二体! いや、三体!」
いくつもの声が重なる。
最初は全部を聞こうとしていたけれど、それでは目の前の相手への反応が僅かに遅れる。
……違う。
僕が聞くのは、僕に必要な声だけでいい。
「ルキウス、右!」
「はい!」
牙鼠が障害物の隙間を抜けてくる。
身体が低い。
……飛ぶ。
先に踏み込まず、その場で待つ。
牙鼠が跳んだ瞬間に半歩だけ横へ外れると、そのまま僕の脇を通り過ぎた。
「そのまま!」
後ろから槍が伸びる。
牙鼠の脇腹へ深く刺さり、身体が止まった。
……なら。
首へ片刃剣を振り抜く。
「助かった!」
「こちらこそ!」
振り返る。
槍を持っていたのは、第一防衛線でも何度か一緒に戦った人だった。
「また一緒だな!」
「はい!」
それだけで、さっきより少し安心する。
この人なら。
僕がどう動けば槍が入りやすいのか。
もう少し分かる。
「次来るぞ!」
牙鼠が正面から来る。
僕が半歩だけ前へ出ると、爪がこちらへ向いた。
受けずに外へ流す。
……肩が空く。
思った通り、槍が入った。
僕は首へ。
「やりやすいな、お前!」
「僕もです!」
短く返して次を見る。
……こういうことなんだ。
同じ人と戦うほど。
その人が何をするのかが分かってくる。
僕一人の最適な動きだけじゃない。
隣にいる人まで含めて。
その場で一番いい動きが変わる。
「大型!」
屋根の上から声が飛んだ。
「正面、大型一体!」
大通りの向こうを見る。
ガルグ獣が障害物へ向かって走っていた。
「荷車、持たねえぞ!」
「全員離れろ!」
前衛が左右へ散る。
僕も障害物から距離を取る。
ガルグ獣が頭を下げる。
「避けろ!」
――ドンッ!
荷車が弾けた。
木片と積んでいた石材が大通りへ散り、腕で顔を庇った僕の外套にも何かが当たった。
「来るぞ!」
ガルグ獣が壊れた障害物を踏み越えてくる。
……道が広がった。
今まで一体ずつしか通れなかったところを、そのまま抜けてくる。
「左右から挟め!」
指示が飛ぶ。
ガルドさんが左へ動いた。
だったら。
僕は右。
ガルグ獣の頭がガルドさんへ向く。
……脚。
後脚の付け根へ片刃剣を振る。
硬い。
浅い。
すぐに離れる。
巨体がこちらへ振り返った。
「ルキウス、そのまま引け!」
「はい!」
攻撃せず、少しずつ後ろへ下がる。
ガルグ獣の頭が僕を追う。
一歩。
もう一歩。
……来てる。
ガルドさんの姿は見ない。
でも。
たぶん。
いる。
次の瞬間。
――ガルグ獣の横腹へ槍が二本突き刺さった。
「今だ!」
声を聞くより早く前へ出る。
狙うのは首じゃない。
さっき斬った後脚。
同じ場所へ。
片刃剣を振り下ろす。
「っ!」
今度は深く入った。
ガルグ獣の脚が崩れ、巨体が大きく傾く。
……頭が下がる。
「ガルドさん!」
「見えてる!」
ガルドさんが踏み込み、剣を頭部へ振り下ろす。
すぐ横から別のハンターも続いた。
僕も一歩だけ位置を変え、空いた首元へ片刃剣を入れる。
何人もの刃を受けた巨体が、ようやく大通りへ倒れ込んだ。
「……っ、はぁ」
息を吐く。
すぐに正面を見る。
倒れた身体が、大通りを半分近く塞いでいる。
「そのままにしろ!」
誰かが先に叫んだ。
「死骸で道塞げ!」
後ろから来た牙鼠がガルグ獣を越えようとして速度を落とす。
「弓隊!」
屋根から矢が降る。
止まった牙鼠へ次々と刺さった。
……倒したあとまで使える。
僕がそれを見ていると、隣でガルドさんが息を吐いた。
「いい囮だったぞ」
「僕ですか?」
「他に誰がいる」
「言ってからやってくださいよ」
「言ったらお前、余計なこと考えるだろ」
「……否定しづらいです」
ガルドさんが笑う。
「でも、ちゃんと分かってましたよ」
「何が」
「ガルドさんが横にいるって」
口にしてから。
少しだけ変な感じがした。
でも。
本当だった。
見ていなかった。
それでも。
いると思って動けた。
ガルドさんの方を見ると、少しだけ目が細くなる。
「そうか」
短く答える。
「なら、もうちょい使ってやる」
「ほどほどにしてください」
「お前も俺を使ってんだからお互い様だろ」
……確かに。
「来るぞ!」
声に二人とも同時に正面へ向いた。
「行きます!」
「おう!」
また並んで前へ出る。
◆
どれくらい戦い続けたのか分からない。
空は完全に暗くなり、大通りを照らしているのは松明と、時折屋根の上から放たれる魔法の光だけになっていた。
モンスターの死骸はいくつも重なり、その間を埋めるように壊れた荷車や木材が散らばっている。
最初に作られていた障害物も、残っているのは一つだけだった。
……それでも。
まだ止めている。
「左路地! 柵が持たん!」
声が飛ぶ。
「二人回せ!」
「中央からは出せねえ!」
返事が重なる。
僕は目の前の鱗蜥蜴へ片刃剣を入れ、ガルドさんと一緒に身体を大通りの端へ押し出した。
「はぁ……っ」
呼吸が荒い。
口の中も乾いている。
背中の傷も、さっきからずっと熱を持ったままだった。
「ルキウス」
「はい」
「腕」
言われて、自分の右腕を見る。
片刃剣を握っている手が僅かに震えていた。
「まだ動きます」
「そんなこと聞いてねえよ」
ガルドさんが自分の剣を一度だけ下げる。
「相手来てねえ時まで柄握り込むな。指が先に死ぬぞ」
「……はい」
少しだけ力を抜く。
……楽だ。
「こういう時ほど、使わなくていい力は使うな」
「分かりました」
「それと、前だけじゃなく――」
「右!」
声が飛んだ。
「っ!」
倉庫の間から牙鼠が飛び出してきた。
正面じゃない。
近い。
気づくのが遅れた。
身体を向ける。
でも。
僕より先に。
――槍が飛んだ。
牙鼠の肩へ突き刺さる。
「……!」
さっきの槍使いだった。
「行け!」
「はい!」
牙鼠が刺さった槍を抜こうと身体を振る。
その隙に踏み込み、首へ片刃剣を入れた。
倒れる。
「助かりました!」
「言ったろ、また一緒だって!」
笑いながら、槍使いが新しい槍を構える。
僕も少しだけ笑った。
……見えてなかった。
今の牙鼠には。
僕は反応が遅れた。
でも。
あの人は見ていた。
僕の見えないところを。
「ソロじゃねえぞ」
少し離れた場所からガルドさんの声が聞こえた。
こっちを見てはいない。
別の牙鼠と戦いながら、それでも僕に届くよう声を張っている。
「……はい!」
今度はすぐに答えた。
◆
「中央、そのまま! 左路地が抜かれた!」
突然、後ろから大きな声が響いた。
目の前の牙鼠を押し返しながら、反射的に左を見る。
「何体だ!?」
「分からん! 倉庫の向こうで見えない!」
……分からない。
胸の奥がざわつく。
確認しに行きたい。
もし人手が足りなかったら。
もし、そのまま後ろへ抜けたら。
一歩。
足が横へ向きかける。
『見えてねえもんまで、分かった顔すんな』
ガルドさんの言葉が浮かんだ。
「……」
止まる。
僕が持ち場を離れれば。
今度はここが薄くなる。
「ルキウス!」
「動きません!」
先に答えた。
ガルドさんが一瞬だけ僕を見る。
「……上出来だ!」
すぐに正面へ戻った。
「中央は維持! 左は後方の予備隊に任せろ!」
指示が飛ぶ。
大通りの先から、またモンスターが近づいてくる。
牙鼠が二体。
その後ろに鱗蜥蜴。
……僕たちが見るのは、こっちだ。
それだけ分かっていればいい。
「来ます!」
「おう!」
ガルドさんが隣へ入る。
一体目の牙鼠が僕へ爪を振る。
外へ流す。
……ガルドさん。
身体を少し右へずらすと、牙鼠の首が左側へ開く。
剣が入った。
二体目はガルドさんへ。
だったら僕が横へ回る。
肩へ浅く一度斬りつけ、頭をこちらへ向けさせる。
「今!」
「分かってる!」
ガルドさんが首を斬る。
その後ろから来た鱗蜥蜴。
顎が開く。
僕が避ける。
ガルドさんが頭を剣で上へ押す。
……腹。
空いた場所へ片刃剣を入れる。
「押すぞ!」
「はい!」
二人で身体を通りの端へ押し出す。
……一体ずつ。
隣にいる人を使って。
自分も使われながら。
まだ戦える。
その時。
――ガシャァンッ!
左側の倉庫から、大きな破壊音が響いた。
「倉庫の扉が破られた!」
「裏から来るぞ!」
声が一気に増える。
「中央は維持!」
指揮官の怒鳴り声が飛んだ。
「第二の後ろへ抜かせるな!」
僕は片刃剣を握り直す。
左が気になる。
でも、行かない。
今いる場所で。
目の前を止める。
◆
そこから、第二防衛線は少しずつ形を失っていった。
正面の障害物だけでなく、左右の路地から抜けてきた水憑きが倉庫の間を走り始め、僕の位置から見える範囲でも、さっきまで後ろにいたはずのハンターが牙鼠と斬り合っている。
……押し込まれている。
「中央後退! 次の障害物まで下がれ!」
指示が飛ぶ。
「一気に退くな! 順番に!」
ガルドさんが僕の肩を叩いた。
「下がるぞ」
「はい!」
目の前の牙鼠へ片刃剣を向ける。
もう倒す必要はない。
振られた爪を外へ流し、身体を僅かに押し返す。
「今!」
前にいた人たちが二歩下がる。
代わりに後ろの列が前へ出て、追おうとした牙鼠を受け止めた。
……交代するんだ。
一度に全員で背を向けない。
前を残しながら、一列ずつ下がっていく。
「次、下がれ!」
僕も後ろへ動く。
さっき僕の前にいた場所へ、別の剣士が入った。
……任せる。
「ルキウス、走るなよ!」
「分かってます!」
少し速くなりかけた足を抑える。
周りと同じ速度で下がる。
背後から牙鼠の声がした。
反射的に振り返る。
でも。
槍使いがもう止めている。
……任せていい。
「二つ目の柵まで!」
声が飛ぶ。
そこへ着いたところで、もう一度身体を前へ向ける。
大通りに残っている障害物はあと一つ。
その向こうには、今までより多くの水憑きが入り込んでいた。
「……まずいな」
隣でガルドさんが呟く。
「はい」
今度は、僕にも分かる範囲だった。
左では倉庫の間までモンスターが入り込んでいる。
右からは何かが柵へ身体を叩きつける音が続いていて、正面に残っている障害物も一つしかない。
「これ、持ちますか?」
聞く。
ガルドさんはすぐには答えなかった。
正面。
左右。
それから一度だけ後ろへ目を向ける。
「持たせる」
返ってきたのは、それだけだった。
「どれくらい?」
「知らん」
剣を構える。
「鐘が鳴るまでだ」
「……はい」
僕も片刃剣を上げる。
防波壁の時と同じだった。
ここで全部を止められるかどうかを、僕たちが決める必要はない。
ただ。
ここにいる間は。
少しでも長く。
後ろへ行かせない。
「来るぞ!」
牙鼠が最後の障害物を越える。
ガルドさんが一歩前へ出た。
「ルキウス!」
「はい!」
僕もその隣へ並ぶ。
牙鼠の爪はガルドさんへ向く。
……なら僕は横。
剣が爪を外へ流した瞬間、空いた首へ片刃剣を通す。
次は鱗蜥蜴。
僕へ向かって顎を開く。
半歩引く。
牙が通り過ぎるところへ、ガルドさんの剣が下から入り、頭を押し上げた。
……腹が空く。
そこへ刃を入れる。
その後ろから牙鼠。
僕が動こうとした時には、槍が肩へ入っていた。
……任せる。
僕はガルドさんの横へ戻る。
見なくても。
少しずつ分かる。
この人がどこにいるのか。
どこまでなら僕が動いても大丈夫なのか。
たぶん。
ガルドさんも。
同じように僕を見ている。
「やりやすいですね」
思わず言った。
「今更かよ」
「改めてです」
「なら次も頼むぞ」
「はい!」
牙鼠が来る。
今度は僕が前へ。
爪をこちらへ向ける。
「ガルドさん!」
「任せろ!」
僕が身体を外へ抜くのと同時に剣が入る。
――その時。
カァン、と鐘が響いた。
僕たちの動きが僅かに止まる。
もう一度。
――カァン。
「撤退準備!」
声が飛んだ。
「第二防衛線放棄! 第三へ下がるぞ!」
胸の奥が僅かに沈んだ。
……ここも。
持たなかった。
「ルキウス!」
「っ!」
ガルドさんの声に顔を上げる。
「考えるのは後だ! 目の前押し返せ!」
「はい!」
牙鼠の爪を外へ流す。
ガルドさんの剣が肩へ入り、そのまま二人で身体を後ろへ押し返す。
――カァン。
三つ。
「下がれ!」
その声を合図に、第二防衛線に残っていた人たちが一斉に後退を始めた。
正面からだけでなく左右の倉庫の間からも水憑きが入り込んでいるため、防波壁から撤退した時より敵との距離が近い。
それでも。
一人だけ先へ走らない。
見えない場所まで自分で何とかしようとしない。
前を残しながら列を入れ替え、誰かが一歩下がれば別の誰かがその場所を埋めていく。
「お前、先行くなよ!」
「分かってます!」
ガルドさんと同じ速度で下がる。
最後の障害物を越えた牙鼠が追ってくる。
僕は片刃剣を一度だけ振り、振り下ろされた爪の向きを外へ逸らした。
「今、下がれ!」
「はい!」
僕が後ろへ走る。
今度はガルドさんが一瞬だけ前に残り、追ってきた鱗蜥蜴の顎を剣で押さえた。
「ガルドさん!」
「先行け! すぐ追う!」
……大丈夫。
今なら。
そう思えた。
信じて走る。
数歩進んだところで振り返ると、ガルドさんは本当にもうこちらへ走ってきていた。
「ほらな」
「何も言ってませんよ」
「顔に出てんだよ」
そのまま二人で倉庫街を抜ける。
坂道へ入る。
前には第三防衛線へ向かうハンターたちがいて、そのさらに向こうでは、すでに何列もの人が武器を構えて待っていた。
そこで。
僕は少しだけ足を緩めた。
第三防衛線。
高台へ続く坂の下には柵や荷車が並べられている。
けれど、第一の防波壁ほど大きなものはなく、第二みたいに石造りの倉庫が進路を塞いでくれるわけでもない。
その代わり。
柵の前には、何列ものハンターが立っていた。
その後ろには、高台がある。
避難した人たちがいる。
あの女の子も。
その母親も。
アルナさんも。
セラフィーンさんも。
ここを抜かれれば。
その先には、もう次の防衛線なんてない。
……第一では、防波壁が僕たちの前にあった。
第二では、倉庫や荷車が水憑きの道を狭めてくれた。
けれど。
今、目の前に並んでいる人たちは違う。
頼れるほど大きな壁の後ろにいるんじゃない。
柵の前へ立ち、自分たちの身体でここから先へ通さないために武器を構えている。
僕も片刃剣を握り直し、その列へ向かって走った。
……そっか。
今度は、僕たちが壁になるんだ。
◆
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