駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~ 作:木乃実なぎ
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「中にあるものさ」
メルシアさんが指した先には、相変わらず巨大な主の身体しか見えなかった。
フレイヴィアさんが大剣を振るたびに黒い肉が抉れ、その傷を埋めるように水が流れ込んでいる。
そのうちの一部だけが傷口へ残らず、もっと深い場所へ吸い込まれていく。
……あの先に、核がある。
そう言われたところで、今の僕にはその姿すら見えていない。
「それで、どうやって中へ入るんですか?」
「さて、そこが問題だね」
「考えてなかったんですか?」
「核があるって分かったのが今なんだから、入口まで用意してたら僕は予言者だよ」
言いながら、メルシアさんが右手を横へ払う。
僕たちへ飛んできていた水の塊が途中で軌道を曲げ、石畳へ叩きつけられた。
飛沫が足元まで届く。
ほんの少し触れただけなのに、冷たいというより痛い。
あれを身体ごと受ければどうなるのかなんて考えたくもなかった。
「ルキウス! 喋ってる場合か!」
「っ、はい!」
ガルドさんの声で正面を見る。
主の脇腹から剥がれ落ちた塊が、地面へ落ちながら三つに分かれていた。
一つは六本の脚を持つ獣みたいな形。
もう一つは上半身だけが異様に大きく、腕を地面へついて身体を引きずっている。
最後の一つは、何に似ているのかさえ分からない。
細長い身体の側面に口らしき裂け目がいくつも開き、その全部から歯が覗いていた。
……気持ち悪い。
「右の二体、こっちで受ける!」
ガルドさんが前へ出る。
近くにいた槍使いと、盾を持った二人のハンターもそれに続いた。
「坊主、お前は左!」
「はい!」
六本脚の異形がこちらへ走ってくる。
脚が多いせいか動きが読みにくい。
左右交互に進むんじゃなく、前の二本で地面を掴み、残りを一気に引き寄せるような動きをしている。
……跳ぶ。
身体が沈んだ瞬間に横へ出る。
予想した通り異形が飛び、さっきまで僕が立っていた場所へ前脚を叩きつけた。
そのまま首を狙おうとして、刃を止める。
首らしい場所がない。
頭から胴までがほとんど一つに繋がっている。
……なら、脚。
前へ出るために使っている二本へ狙いを変える。
片刃剣を一番近い関節へ振り下ろす。
硬い感触のあと、刃が途中まで入った。
異形が身体を捩り、残った前脚がこちらへ振られる。
「っ!」
身を引く。
先端が外套を掠めた。
切れた布が飛ぶ。
すぐに踏み込み直そうとしたところで、横から剣が伸びた。
「こっち向け!」
知らないハンターが、異形の後ろ脚へ斬りつける。
身体がそちらへ向いた。
……今。
さっき傷をつけた前脚へ、もう一度片刃剣を入れる。
今度は切れた。
支えを失った身体が大きく沈む。
「頭っぽいところ、どこだ!?」
「僕にも分かりません!」
「じゃあ動かなくなるまで斬るぞ!」
「はい!」
分かりやすい。
僕は左。
その人は右。
異形が僕へ向けば反対から剣が入り、そちらへ向けば僕が傷を増やす。
二人で何度か繰り返すうちに身体の中央から大量の水が噴き出し、六本あった脚が順番に力を失っていった。
最後に胴の中央へ片刃剣を深く入れる。
異形が崩れ、その場へ水と黒い肉だけが残った。
「助かった!」
「こちらこそ!」
すぐ主を見る。
フレイヴィアさんはまだ正面にいる。
主が両方の前脚を振り上げ、その巨体ごと押し潰そうとしていた。
「――ぬるい!」
大剣が下から跳ね上がる。
片方の前脚が弾かれ、もう片方を身体ごと横へ避ける。
石畳へ巨大な脚が落ちた瞬間、フレイヴィアさんはその上へ踏み込み、駆け上がるようにして肩まで一気に距離を詰めた。
「はあっ!」
大剣が振り下ろされる。
黒い肉が裂け、主の肩口が大きく抉れた。
そこへ周囲の水が集まり始める。
……まただ。
傷を埋める流れ。
その途中から枝分かれして、内側へ向かう流れ。
目を離さない。
「メルシアさん!」
「見えてるよ」
隣に戻ってきたメルシアさんも同じ場所を見ていた。
赤紫色の瞳が細くなる。
「さっきより分かりやすいね」
「はい。大きな傷ができるほど、中へ行く水も増えてます」
「ということは、傷を塞ぐためだけの流れじゃない」
メルシアさんが顎へ指を当てる。
「外側を作り直す水と、内側へ戻る水。わざわざ二つに分けてる」
「……戻る?」
「そう見える」
主が大きく身体を振る。
肩へ乗っていたフレイヴィアさんが飛び降りる。
直後、その場所を大量の水が通り抜け、抉られた肉を埋めていった。
「身体の中をぐるぐる回ってるだけじゃないんですか?」
「たぶん違う。あれは一度、どこかへ戻してる」
「どこかって」
「だから、それが核なんじゃないかって話さ」
……水が戻る場所。
傷ついたところへ送り出される。
役目を終えた水が、また奥へ戻る。
もし本当にそうなら。
その流れを辿れば。
「核まで行けますか?」
「水になれるならね」
「なれません」
「知ってるよ」
メルシアさんが楽しそうに答えた。
でも、すぐに主の身体へ視線を戻す。
「だから止める」
「……止める?」
「流れをさ」
言われた意味を考える。
主の身体の中では、今も大量の水が動き続けている。
フレイヴィアさんが傷をつけるたび、その流れが外へ現れるだけだ。
それを。
「メルシアさんが?」
「全部は無理」
即答だった。
「見れば分かるだろう? あんなもの丸ごと止めようとしたら、僕だって潰れるよ」
「じゃあ」
「一本だけ」
指が上がる。
フレイヴィアさんが作った傷から、主の奥へ向かう水の流れ。
「あそこから中へ続く流れだけなら、少しくらいはどうにかできる」
「どれくらいですか?」
「やってみないと分からない」
「……それ、大丈夫なんですか?」
「何が?」
「メルシアさんが」
一瞬。
こちらを見た。
「君、今それを聞く?」
「だって」
「自分はあんなものの中へ入ろうとしてるくせに?」
言葉が止まる。
「……まだ入るって決めてません」
「へえ」
ものすごく信じていない顔をされた。
「何ですか」
「いや。君も随分、面白い冗談を言うようになったと思ってね」
「冗談じゃないです」
「だったら今、核まで行ける道が開いたらどうする?」
「それは――」
答える前に。
「前!」
ガルドさんの声が飛んだ。
「っ!」
横から異形が来る。
細長い身体。
側面の口が一斉に開いた。
避ける。
……いや。
後ろにメルシアさん。
「メルシアさん、下がって!」
前へ出る。
横薙ぎに振られた身体へ片刃剣を合わせる。
受け止めるつもりはない。
刃を斜めに当て、その勢いを下へ流す。
「っ、重……!」
腕が持っていかれそうになる。
足へ力を入れる。
腰を落とす。
異形の身体が石畳を擦った。
「そのまま!」
ガルドさんが飛び込んでくる。
剣が細長い胴へ深く入った。
「ルキウス!」
「はい!」
一度刃を離し、反対側から踏み込む。
ガルドさんが作った傷へ片刃剣を重ねる。
水が噴き出す。
「もう一回!」
二人で左右へ分かれる。
異形がどちらを向くのか迷うように身体を揺らした。
……ガルドさんを見る。
目が合う。
それだけで分かった。
僕が先。
一歩踏み込む。
わざと浅く片刃剣を入れる。
異形が僕へ身体を振る。
すぐ離れる。
その背後から。
「おらぁっ!」
ガルドさんの剣が傷口へ入った。
細長い身体が半ばから折れ、大量の水を撒きながら地面へ落ちる。
「はぁ……っ」
「大丈夫か?」
「はい」
「なら次見ろ」
言われる前から正面へ顔を向ける。
……でも。
さっきより増えてる。
主の周囲で、異形が次々と身体から剥がれていた。
一体。
二体。
もっと。
フレイヴィアさんが傷を増やすほど、その周囲から落ちる塊まで多くなっているように見える。
「まずいですね」
「ああ」
ガルドさんも気づいたらしい。
「嬢ちゃんが削れば削るほど出てきやがる」
「でも、削らないと中が見えません」
「面倒な相手だな!」
大声で吐き捨てながら、ガルドさんが剣を構える。
「ギルドマスター!」
メルシアさんが後ろへ向かって叫んだ。
「あの大きいの、中に何か隠してる!」
「何だ!」
「核みたいなものさ! それを潰さない限り、外から削っても水で形を作り直される!」
少し離れた場所からギルドマスターがこちらを見る。
肩で息をしながらも、すぐに主へ視線を移した。
「場所は!」
「身体の中!」
「狙えるのか!?」
「外からじゃ無理だね!」
「だったらどうする!」
メルシアさんが。
僕を見た。
……やっぱり。
嫌な予感がした。
「中へ入る」
「誰が!」
「まだ決めてないよ」
「こっち見ながら言わないでください」
「君が勝手に視界へ入ってるだけさ」
絶対嘘だ。
ギルドマスターは僕たちのやり取りを聞いている余裕なんてないらしく、すぐ近くへ来た異形を大剣で斬り伏せる。
「入れる道は作れるのか!」
「僕が水を止める!」
メルシアさんが答える。
「フレイヴィアが身体を開ければ、その傷から奥へ向かう流れを一本止められるかもしれない!」
「何秒だ!」
「知らない!」
「目安くらい言え!」
「十秒持てば褒めてほしいね!」
……十秒。
主の身体の中を。
核の場所も正確には分からないまま。
「短くないですか?」
「じゃあ二十秒って言えば安心する?」
「できるんですか?」
「できない」
「じゃあ言わないでください!」
返しながらも、頭では距離を考えていた。
フレイヴィアさんが今戦っている場所。
そこから傷口へ入って。
水の流れを辿る。
どこまで深いのかは分からない。
核の場所も見えない。
……十秒。
無理かもしれない。
でも。
その間に何もしなければ。
主はまた身体を作り直す。
異形は増える。
後ろには街がある。
それに。
主の背後にある水の壁は、今も消えていない。
「全員聞け!」
ギルドマスターの声が響いた。
「出てきた小型は俺たちで止める! フレイヴィアの邪魔をさせるな!」
近くにいたハンターたちが一斉に武器を上げる。
「嬢ちゃん!」
「聞こえておる!」
フレイヴィアさんが大剣で主の前脚を受け流しながら答える。
「腹を開けられるか!」
「誰に物を言っておる!」
大剣が主の脚へ食い込む。
「開けろと言うなら――」
踏み込む。
「開けてやろう!」
刃が横へ走る。
今度は脚ではない。
主の胸から腹にかけて、大きな傷が一気に走った。
「――っ!」
黒い肉が裂ける。
その隙間から、今までとは比べものにならない量の水が噴き出した。
「メルシア!」
「まだ!」
メルシアさんは動かない。
傷口だけを見る。
「流れが散ってる! もう一度!」
「注文の多い奴よ!」
主の前脚が振り下ろされる。
フレイヴィアさんが横へ避ける。
石畳が砕ける。
その瞬間。
主の横から異形が四体落ちた。
「来るぞ!」
ハンターたちが前へ出る。
一体がフレイヴィアさんへ向かおうとする。
「行かせるな!」
盾を持った人が身体ごとぶつかる。
異形の進路が逸れ、その横から槍が入った。
別の一体にはギルドマスターが向かう。
僕も。
「ルキウス!」
ガルドさんが呼ぶ。
「左、来るぞ!」
「はい!」
一体。
僕たちへ向かっている。
……でも。
主を見る。
フレイヴィアさん。
メルシアさん。
傷。
水。
核へ続く流れ。
「見るな!」
「え?」
「そっちはあいつらがやる!」
ガルドさんが僕の前へ入る。
異形の爪を剣で弾く。
「お前は今、目の前だけ見ろ!」
「……はい!」
片刃剣を構える。
異形がガルドさんへ向く。
右側が空く。
……ここ。
一歩入る。
腰を回す。
刃を通す。
「次!」
ガルドさんが身体を押す。
異形の向きが変わる。
今度は反対側。
一撃。
もう一撃。
異形が崩れる。
僕はすぐ主を見る。
――ちょうど。
フレイヴィアさんが踏み込んでいた。
「邪魔だ!」
大剣が主の前脚を下から弾く。
そのまま身体の内側へ入る。
今度は大きく振らない。
刃先を傷口へ差し込み。
「ぬぅ……っ!」
両腕で。
強引に。
横へ引き裂いた。
――主の腹が開く。
「メルシア!」
「今だ!」
右手が突き出される。
何かが。
変わった。
「……え」
音が。
消えた。
主の傷口から噴き出していた水が、空中で止まっている。
飛沫まで全部ではない。
でも、身体の奥へ向かっていた一筋の流れだけが、突然凍りついたように動かなくなった。
違う。
凍っていない。
水のまま。
止まっている。
「……っ」
メルシアさんの肩が僅かに沈んだ。
右手の指が震える。
「メルシアさん!」
「僕を見るな!」
いつもの声より強かった。
「流れを見ろ!」
言われて主を見る。
開いた腹。
その内側。
今まで水が勢いよく行き来していた場所に。
隙間がある。
黒い肉の間。
止まった水の向こうに。
奥へ。
続いている。
「フレイヴィアさん!」
異形が一体、横から迫る。
でも。
「余を見るな!」
フレイヴィアさんが大剣で主の身体を押さえたまま叫んだ。
「主は主のやることをせよ!」
背後から。
足音が来る。
「坊主!」
ガルドさん。
振り返りそうになる。
「前だけ見ろ!」
声と同時に。
僕の横を抜けようとしていた異形へ、ガルドさんが剣を叩き込んだ。
さらにその横。
別の異形には槍が伸びる。
「行かせるな!」
「こっちは俺たちでやる!」
「フレイヴィアの横、空けろ!」
声が重なる。
主の前では。
フレイヴィアさんが正面から巨大な身体を押さえている。
少し後ろでは。
メルシアさんが動かない水へ右手を向け続けている。
その周囲へ湧き出す異形は。
ガルドさんたちが止めている。
ギルドマスターも。
さっきの槍使いも。
名前を知らない人たちも。
みんな。
別のものを見ている。
……僕は?
目の前を見る。
開いた主の腹。
その奥へ。
道がある。
誰かが僕のために作ったわけじゃない。
フレイヴィアさんは主を止めている。
メルシアさんは水を止めている。
ガルドさんたちは異形を止めている。
みんな。
自分ができることをやっている。
その結果。
今。
そこだけが。
空いている。
僕の前だけが。
「……」
片刃剣を握り直す。
指が痛い。
脚も重い。
怖い。
あの中に入れば。
外より危ない。
核まで辿り着ける保証もない。
メルシアさんが。
何秒止められるのかも分からない。
それでも。
……僕が行ける。
今は。
それだけでよかった。
一歩。
前へ出る。
「ルキウス!」
メルシアさんの声。
「長くは持たないよ!」
「はい!」
走る。
主へ。
フレイヴィアさんの横を抜ける。
巨大な身体がすぐ目の前にある。
黒い肉の隙間から流れ落ちる水が顔へ掛かる。
冷たい。
息が詰まりそうになる。
「主!」
フレイヴィアさんの声が。
すぐ横から聞こえた。
僕は足を止めない。
「行ってきます!」
「うむ!」
大剣がさらに深く入る。
開いていた傷口が、もう少しだけ広がった。
その奥。
暗い。
水しか見えない。
でも。
流れは続いている。
さっきまで見ていた。
何度も。
フレイヴィアさんが傷を作るたびに。
水が戻っていった場所。
……あっち。
僕は片刃剣を身体へ寄せる。
最後に。
後ろからガルドさんの声が聞こえた。
「ちゃんと帰ってこいよ、ルキウス!」
「はい!」
振り返らない。
そのまま。
止められた水の間へ身体を滑り込ませる。
冷たい水が頬を掠める。
黒い肉の向こうへ足を踏み入れた瞬間、外から聞こえていた戦いの音が急に遠くなった。
それでも。
水の流れだけは。
まだ見える。
僕は片刃剣を握ったまま。
水禍渡りの主の中へ。
走った。
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