駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~ 作:木乃実なぎ
◆
翌日の昼前。
僕はハンターギルドの入口近くで、何度目になるか分からないくらい外套の内側へ手を入れていた。
指先に触れるのは、昨日オルディアさんから届いた手紙だ。内容はもう覚えているし、何度確認したところで書かれていることが変わるわけでもない。
それでも紙へ触れるたび、これから話そうとしていることを嫌でも意識してしまう。
……別に、二人を疑っているわけじゃない。
ガルドさんもアルナさんも信頼しているからこそ、今日呼ぼうと思った。
なのに、いざ自分から正体を明かすとなると、どうにも落ち着かなかった。
「何だよ坊主、こんなとこに突っ立って」
「……うわっ」
考え込んでいたせいで、すぐ横から声を掛けられるまで気づかなかった。
顔を上げると、犬耳を立てたガルドさんが呆れたように僕を見ている。
「驚きすぎだろ」
「ガルドさんが急に声を掛けるからですよ」
「二回呼んだぞ」
犬耳が面倒そうに片方だけ動く。
本当にまったく聞こえていなかったらしい。
「……すみません。考え事してました」
「見りゃ分かる。で、何なんだ? わざわざ俺まで呼び出して」
「それは……もう一人来てから話します」
「もう一人?」
「ルキウスさん?」
ちょうど後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると、受付台の奥からアルナさんがこちらへ歩いてくる。今日は昼から別の受付嬢へ交代する予定だったらしく、いつもの制服姿ではあるものの、もう仕事用の書類は持っていなかった。
「お待たせしました。引き継ぎに少し時間がかかってしまって」
「いえ、大丈夫です」
「ガルドさんもいらしてたんですね」
「俺も坊主に呼ばれたんだよ。お前、何か聞いてねえか?」
「私も何も聞いてませんよ?」
二人の視線が同時にこちらへ向く。
……やっぱり、この二人を一緒に呼ぶと逃げ場がない。
「とりあえず、場所を移しましょう」
「ギルドじゃ話せねえことなのか?」
「はい。その方がいいと思います」
アルナさんの猫耳が不思議そうに傾いた。
「随分ともったいぶりますね」
「着いてからちゃんと話しますから」
「……分かりました」
まだ気にはなっているらしいけれど、それ以上は尋ねてこなかった。
僕を先頭にしてギルドを出て、三人で上層区へ向かう。
昨日と同じ坂を上っていく途中でも、エルドランでは復興作業が続いていた。
木材を抱えた人たちが横を通り過ぎ、崩れた壁の前では職人が新しい石を積んでいる。ガルドさんは何度か話の内容を探ろうとしてきたものの、そのたびに「着いてからです」と返しているうちに、最後には諦めたように頭の後ろで腕を組んだ。
アルナさんは何も聞いてこない。
ただ、ときどきこちらを窺うように猫耳が動いていた。
……緊張しているのは、たぶん顔に出ているんだと思う。
考えてみれば、自分が人間だと誰かへ打ち明けるのはこれが初めてだった。
セラフィーンさんには治療の時に知られ、オルディアさんには見抜かれた。フレイヴィアさんはもっと前から知っているし、母に至っては当然最初からだ。
自分から、この人には知ってほしいと思って話すのは初めてだった。
そう考えると、さっきから落ち着かない理由も少しだけ分かった気がする。
やがてオルディアさんの屋敷へ着き、扉の前へ立つ。
僕が手を上げるより早く、いつもの声が中から聞こえた。
「入っておいで」
「……失礼します」
扉を開ける。
広い部屋の奥では、オルディアさんがいつもの椅子へ腰掛けていた。
その近くにはすでにフレイヴィアさんとセラフィーンさんもいて、僕たちが入ると二人ともこちらへ顔を向ける。
「来たか、主」
「こんにちは、ルキウス様」
「こんにちは」
僕が挨拶を返すと、その後ろから入ってきた二人が揃って足を止めた。
「……竜姫様に、セラフィーン様?」
「何だ、この集まり」
ガルドさんが少し眉を寄せる。
アルナさんも僕からフレイヴィアさん、セラフィーンさん、最後にオルディアさんへと順番に視線を動かしていた。
「とりあえず座りな、二人とも」
「はい」
「失礼します」
オルディアさんに促され、二人が用意されていた椅子へ腰を下ろす。
僕も隣へ座ろうとして、少し考えたあとそのまま立っていた。
今から話すことを考えると、どうしても落ち着いて座る気にはなれなかった。
「何だよ。お前は座らねえのか?」
「その前に、二人へ話したいことがあるので」
ガルドさんとアルナさんを見る。
ここまで来れば、もう言うしかない。
一度だけ息を吸い、胸の奥に残っていた緊張を少し吐き出した。
「今日二人に来てもらったのは、僕のことで知っておいてほしいことがあったからです」
「ルキウスさんのこと?」
「はい」
フードの端を摘む。
水禍渡りの時に素顔そのものは見られているし、宴の間にも二人とは何度も顔を合わせている。
それでも、この話をするなら隠したままよりはいい気がした。
ゆっくりとフードを後ろへ落とす。
角もない。
尖った耳も、獣人族の耳もない。
翼もなければ鱗もない。
二人にとっては、もう見慣れ始めている僕の顔だ。
「二人とも知ってると思いますけど、僕には種族が分かるような特徴がありません」
「まあな」
「そうですね」
今までは、この特徴のなさそのものを隠してきた。
人間であることを知られないようにと母から言われ、それが当たり前だと思っていた。
「ずっと、できるだけ誰にも知られないようにしてました。母からも、そう言われて育ったので」
最初にエルドランへ来た日、アルナさんに種族を聞かれて誤魔化したことを覚えている。
ガルドさんの荷台へ乗せてもらった時だって、顔を隠したままだった。
でも、今は。
この二人には自分から話したいと思った。
「ガルドさん。アルナさん」
一度、息を吐く。
「僕は――人間です」
部屋が静かになった。
窓の向こうから聞こえる鳥の声まで、妙にはっきりと耳へ入ってくる。
二人は僕を見たまま何も言わず、ガルドさんの犬耳だけが僅かに動いた。
……やっぱり、驚くよな。
そう思い始めたところで。
「……人間」
「はい」
「人間って、あれか?」
「どれです?」
「いや……昔滅んだっていう」
「その人間です」
ガルドさんは少し身体を前へ傾けると、フードを外した僕の顔をまじまじと眺め始めた。
「ほぉー……まだいたんだなぁ」
「……はい?」
「いや、絶滅したって聞いてたからよ。本当に一人もいねえもんだと思ってた」
「僕も最近まで知りませんでしたけど……たぶん僕はいます」
「そりゃ見りゃ分かる」
今度は頭から耳の辺りへ視線を移される。
何だか思っていた反応と随分違う。
「確かに何もねえな」
「何もないって言い方、やめてもらえません?」
「悪い悪い。人間って本当に普通の耳なんだな」
「ガルドさんだって耳はありますよ」
「俺はこっちもあるだろ」
頭の犬耳を指差される。
……それを出されると勝てない。
「ほぇー……」
今度は反対側から声がした。
顔を向けると、アルナさんまで珍しいものを見るような目で僕を眺めている。
「アルナさん?」
「えっ。あ、すみません」
猫耳がぴんと立った。
「本当に人間なんですね」
「……そうらしいです」
「まだ生き残ってたんですねぇ……」
「アルナさんまでガルドさんと同じ反応なんですか?」
僕の言葉に、アルナさんが少し慌てたように両手を動かす。
「だって、絶滅してるって習いましたから!」
「僕もそう聞きました」
「昔、この世界には八つの種族がいたけれど、人間だけは遠い昔に滅びたって。それなのに今、目の前にいるんですよ?」
「……いますね」
「ほぇー……」
「二回目ですよ、それ」
もっと深刻な顔をされるんじゃないかと思っていた。
どうして生きているんだと追及されたり、怖がられたり、少し距離を置かれたり。
そんな可能性まで考えていたのに、実際に返ってきたのは「まだいたんだなぁ」と「ほぇー」だった。
「何だその顔」
ガルドさんが怪訝そうに眉を上げる。
「……いえ。もっと驚かれると思ってました」
「驚いてるぞ?」
「そうなんですか?」
「絶滅したと思ってた種族が目の前にいるんだから、そりゃ驚くだろ」
ガルドさんは一度僕の顔を眺め、それから肩を竦めた。
「でもまあ、坊主が人間だって言われてもなぁ」
「はい」
「昨日まで一緒に戦ってた奴が、急に別人になるわけじゃねえし。へぇ、人間だったのか。珍しいな、くらいだ」
「……珍しいな、ですか」
「滅んだと思われてた種族なんだから珍しいだろ」
「絶滅危惧種みたいに言わないでくださいよ」
「実際、お前以外見つかってねえなら似たようなもんじゃねえか?」
「嫌な言い方だなぁ……」
額へ手を当てると、隣から小さく笑う声がした。
アルナさんは少しだけ申し訳なさそうに口元を緩めている。
「すみません。でも……ガルドさんの言いたいことは分かります」
「アルナさんも?」
「はい。驚きましたけど、ルキウスさんが人間だからって、急に何か変わるわけではないですよね?」
猫耳が一度大きく動く。
「人間のルキウスさんも、昨日まで受付で無茶な依頼を探そうとしてたルキウスさんですよね?」
「そこを基準にするんですか?」
「当然です」
即答された。
それからアルナさんは少しだけ目を細める。
「人間だからって昨日までの怪我がなくなるわけでもありませんし、無茶をしなくなるわけでもないですよね?」
「……たぶん」
「そこは『はい』って言ってください」
「はい」
怒られた。
なのに、何故か肩の力が抜けていく。
「ほっほっ」
それまで黙っていたオルディアさんが楽しそうに笑った。
「随分と心配していたみたいだけど、坊やの杞憂だったようだね」
「……顔に出てました?」
「ここへ入ってきてから、ずっと固かったよ」
そんなに分かりやすかったらしい。
恥ずかしくなって視線を逸らすと、壁際にいたフレイヴィアさんが腕を組みながらこちらを見ていた。
「余は最初から心配などいらぬと思っておったぞ」
「今初めて聞きましたよ?」
「心の中では言っておった」
「分かるわけないじゃないですか」
「主ならば察せよ」
「無茶言わないでください」
フレイヴィアさんが鼻を鳴らし、その横でセラフィーンさんが口元へ手を添えて小さく笑った。
「ルキウス様がご自分から話したいと思えたのですから、それだけでも良かったのではないでしょうか」
「……はい」
正体を知られたのではなく、自分から知ってもらった。
似ているようで、僕の中ではまるで違った。
「さて」
オルディアさんがそう口にしたところで、部屋の空気が少しだけ変わった。
僕もようやく空いていた椅子へ腰を下ろす。
ガルドさんとアルナさんへ正体を話すことは、今日ここへ来た理由の一つだった。
でも、それは僕が二人を連れてきた理由であって、オルディアさんが僕たちを集めた理由そのものではない。
「坊やが話したいことも済んだようだし、今度は私の話をしようか」
「はい」
オルディアさんの視線が、一度僕へ向けられる。
「今日こうして集まってもらったのは、他でもない。坊やの種族について、一度きちんと話しておく必要があると思ったからさ」
「僕が、人間だからですか?」
「ああ」
穏やかな声だった。
ただ、その表情からさっきまでの笑みが少しだけ薄れている。
「さっきガルドの坊やが珍しいと言っていたけれどね。人間という種族は、もう珍しいなんて言葉で済ませられるものじゃない」
オルディアさんがゆっくりと僕たちを見渡す。
「遠い昔に滅びたとされている種族だ。それから長い年月が経った今まで、生きている人間が確認されたという話を私は一度も聞いたことがない」
「……」
「もしかすると、この世界に残っている人間は本当に坊や一人だけかもしれない」
分かっていたはずのことだった。
それでもオルディアさんの口から改めて言われると、胸の辺りへ妙な重さが落ちてくる。
僕以外に人間がいない。
その可能性が高いことは知っている。
でも。
やっぱり実感はなかった。
「そんなに、なんですか?」
アルナさんが少しだけ身を乗り出す。
「ああ。坊やが普通に街を歩いているものだから実感しにくいだろうけれど、この世界から見れば、それくらい異常なことなんだよ」
「絶滅した種族が、一人だけ戻ってきたようなもんか……」
ガルドさんが頭を掻く。
さっきまでの物珍しそうな雰囲気が、少しだけ薄くなった。
「だから、坊やの母親が正体を隠せと言った意味も分かる」
その言葉に、僕は顔を上げた。
「母が……」
「ああ。私はその判断が正しかったと思うよ」
オルディアさんは一度窓の外へ視線を向け、少しだけ寂しそうに目を細める。
「人の多い場所で暮らしていれば、良い者にもたくさん出会える。坊やも、この街へ来てそれはよく分かっただろう?」
「……はい」
女将さん。
アルナさん。
ガルドさん。
セラフィーンさん。
フレイヴィアさん。
他にも、この二年間でたくさんの人と出会った。
助けてもらったことの方が、たぶんずっと多い。
「だけどね。残念ながら、この世界にいるのは良い者ばかりじゃない」
声の調子が変わる。
「むしろ、相手の善意だけを信じて生きていけるほど、この世界は優しくないだろうね」
「……」
「もし、滅びたはずの人間が生きていると知ったら。純粋に喜ぶ者もいるだろう。坊やを守ろうとする者だっている」
「でも、そうじゃない人もいる……」
「ああ」
僕の言葉に、オルディアさんが頷いた。
「珍しいから見てみたい。それだけならまだ可愛いものさ。手元へ置いておきたいと思う者もいるだろうし、人間について調べるために坊や自身を欲しがる者もいるかもしれない。何か利用できるのではないかと考える国や組織があっても、私は驚かないよ」
自分のことを言われているはずなのに、すぐには実感が湧かなかった。
僕を欲しがる。
そんなことを考えたこともない。
でも。
もし本当に僕しかいないのなら。
僕自身ではなく「人間」というものを見て近づいてくる人がいても、おかしくないのかもしれない。
「気に入らんな」
低い声がして、フレイヴィアさんを見る。
腕を組んだままの彼女は、さっきまでより明らかに機嫌が悪そうだった。
「主を物のように扱おうとする者がおれば、余が斬る」
「フレイヴィア様。話が早すぎます」
「何故だ、聖女よ」
「まだ誰も何もしていません」
「ならば何かしてから斬ればよい」
「そういう意味ではありません」
セラフィーンさんが困ったように笑う。
でも、その表情もすぐに少しだけ真剣なものへ変わった。
「オルディア様のおっしゃる通りだと思います。人間が現存していると知られれば、ルキウス様ご本人の意思とは関係なく、その存在へ価値を見出す方々は必ず現れるでしょう」
「俺たちからすりゃ坊主は坊主だけど、知らねえ奴にはそうじゃねえってことか」
ガルドさんが僕を見る。
「……そういうことだろうね」
オルディアさんの答えに、ガルドさんが小さく舌打ちした。
隣ではアルナさんの猫耳もゆっくりと伏せられている。
「それなら……やっぱり、隠していた方がいいですよね」
「私はそう思うよ」
「でも」
アルナさんが僕を見る。
「水禍渡りの時、ルキウスさんのフード……」
「はい」
思わず頭へ手を伸ばす。
あの時。
強い風に飛ばされ、そのまま最後まで被り直さなかった。
水禍渡りの主が目の前にいる状況で、自分の顔を隠すことなんて考えている余裕もなかった。
「かなりの人に顔、見られてますよね」
「見られてます」
「宴の時も普通に素顔でいましたよね」
「……いましたね」
言われるほど嫌な予感がしてきた。
オルディアさんを見ると。
「まあ」
少しだけ口元を上げる。
「もう手遅れかもしれないけどねぇ」
「笑い事じゃないですよ!?」
思わず声を上げると、オルディアさんが楽しそうに笑った。
「ほっほっ。だからといって今さら街中の記憶を消して回るわけにもいかないだろう?」
「それはそうですけど……」
「それに、顔を見ただけで人間だと分かる者はほとんどいないさ」
オルディアさんが落ち着かせるように片手を上げる。
「人間は遠い昔に滅んだとされている。今の者たちにとっては、坊やを見ても『何の種族なのか分からない』が先に来るだろう。まさか人間だとは、普通は思わない」
「……確かに」
僕だって人間が滅んでいると知るまで、自分の姿がおかしいなんて考えたこともなかった。
今も街の人たちは僕を見れば普通に名前を呼ぶけれど、種族について尋ねられたことはほとんどない。
「それでも、今後は気をつけるに越したことはない」
オルディアさんの声が、もう一度真剣なものへ戻る。
「だから今日、ここにいる者たちには一つお願いをしておきたい」
僕。
ガルドさん。
アルナさん。
フレイヴィアさん。
セラフィーンさん。
その全員へ視線が向けられる。
「坊やが人間であることは――ここ、エルドランだけの秘密にしよう」
「エルドランだけの……」
「ああ。必要以上に広めない。外から来た者へも話さない。知る必要のない者には、わざわざ教える必要もない」
オルディアさんはそこで少し笑う。
「この街の中で噂になる程度なら、私も何とかできる。けれど、一度外へ出れば話は違う。人の口に戸は立てられないからねぇ」
「なら決まりだな」
ガルドさんが腕を組む。
「俺から誰かに話すつもりはねえよ。坊主が黙ってたかったことなら、なおさらな」
「私もです」
アルナさんもすぐに続いた。
僕の方へ向いた猫耳が、少しだけぴんと立つ。
「ルキウスさんが人間だろうと何だろうと、本人が知られたくないことを私が勝手に話したりしません」
「ありがとうございます」
「余も異論はない」
フレイヴィアさんが鼻を鳴らす。
「とはいえ、主へ手を出す愚か者がおれば種族など関係なく斬るがな」
「だからそこから離れてくださいって」
「何故だ?」
「何故って……」
相変わらずだ。
思わず笑ってしまうと、セラフィーンさんも穏やかに頷いた。
「私も当然、口外するつもりはありません。ルキウス様ご自身が望まない限り、この秘密を外へ持ち出すことはありませんよ」
「……はい」
全員の顔を見る。
昨日まで。
二人に話していいのかと悩んでいた。
でも。
今は、話してよかったと思えた。
「ありがとうございます」
頭を下げる。
誰か一人ではなく、ここにいる全員へ向けて。
「ほっほっ。それじゃあ、これで私から話しておきたかったことは終わりだよ」
オルディアさんが椅子へ深く身体を預ける。
張っていた空気が少し緩み、ガルドさんも背もたれへ寄り掛かった。
「随分大袈裟な集まりだと思ったら、坊主を隠せって話だったのか」
「お前さんはもう少し事の重大さを理解した方がいいねぇ」
「理解してるって。ただ、本人がこれだからな」
顎で示される。
「僕ですか?」
「世界に一人かもしれねえって言われた直後の顔じゃねえだろ」
「どんな顔すればいいんですか?」
「知らねえよ」
また笑われた。
アルナさんも口元を押さえている。
結局。
人間だと知られても、こういうところは何も変わらなかった。
それでも。
話が終わったからこそ、一つだけ胸に引っ掛かるものがあった。
さっきオルディアさんは、人間は遠い昔に滅びたと言った。
僕もそう聞いている。
でも、考えてみれば。
僕はその先を知らない。
どうして滅びたのか。
何があったのか。
そもそも、人間という種族がどんなふうにこの世界で生きていたのか。
昨日、防波壁を見ながら考えた名前も知らない人のことが、もう一度頭へ浮かんだ。
「……あの、オルディアさん」
「何だい、坊や」
オルディアさんがこちらを見る。
少しだけ迷ったけれど、今なら聞いてもいい気がした。
「もう一つ、聞いてもいいですか?」
「ああ。もちろんさ」
「別に大したことじゃないんです、純粋な疑問なんですけど
一度だけ息を吸う。
「人間って――どうして、いなくなったんですか?」
その瞬間。
さっきまで笑っていたオルディアさんの顔から、ゆっくりと笑みが消えた。
◆
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