駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~   作:木乃実なぎ

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第四章 第九話『少年は滅びた理由を知らない』

 

 ◆

 

 僕の問いかけに、オルディアさんはすぐには答えなかった。

 さっきまで浮かべていた笑みが消え、椅子の肘掛けに置かれた指が一度だけゆっくりと動く。

 何か言いにくいことがあるのか、それともどこから話せばいいのか迷っているのか。

 僕には分からなかったけれど、少なくとも簡単に答えられる質問ではないらしい。

 

「……人間が、どうしていなくなったのか」

「はい」

 

 オルディアさんが確かめるように繰り返し、僕は小さく頷いた。

 

「坊やは、その辺りのことを母親から何も聞いていないのかい?」

「聞いてません。そもそも僕、人間が滅んでること自体をエルドランへ来るまで知りませんでしたから」

 

 母は人間について、ほとんど話さなかった。

 僕が顔を隠していた理由だって、人間であることを悟られないためだとは教えられていなかったし、幼い頃の僕は、この世界のどこかに自分と同じ人たちが普通に暮らしているものだと思っていた。

 それが違うと知ったのは、この街へ来てからだ。

 人間は遠い昔に滅びた。

 今のところ、僕以外にはもう一人も見つかっていない。

 そこまでは知った。

 でも考えてみれば――その先について、僕は何一つ知らない。

 

「そうかい……」

 

 オルディアさんは小さく息を吐き、それから僕の顔をまっすぐ見た。

 

「なら、最初に言っておいた方がいいね。坊やが期待しているような答えを、私は持っていないよ」

「……オルディアさんでも、分からないんですか?」

「ああ。分からない」

 

 迷いなく返された。

 その答えが意外で、思わず少し身を乗り出す。

 

「でも、オルディアさんは昔、人間と会ったことがあるんですよね?」

「あるよ」

「だったら、その頃はまだ人間が――」

「いや」

 

 僕が言い終えるより先に、オルディアさんが静かに首を横へ振った。

 

「あの人に会った時も、人間はとっくに滅びた種族だったよ」

「……え?」

 

 思ってもいなかった言葉だった。

 てっきり、オルディアさんが若かった頃には、まだどこかに人間が残っていたんだと思っていた。

 

「私が若かった頃でさえ、人間なんて昔話の向こうにいる種族だった。古い記録に名前だけは残っていたけれど、実際に見たことがある者なんて私の周りには一人もいなかったよ」

 

 オルディアさんの目が、少しだけ遠くを見るように細くなる。

 

「人間は、遠い昔に滅びた。私が生まれるよりも遥かに前から、そういうものとして扱われていたんだ」

「じゃあ……」

 

「ああ。だから私だって、初めてあの人を見た時は心底驚いたものさ」

 

 懐かしむように小さく笑う。

 

「初めは人間だなんて思いもしなかったよ。何の種族なのか分からなくてねぇ。それで話を聞いて、あの人自身から人間だと教えられた時には……本気で耳を疑ったものさ」

「オルディアさんでも?」

「当たり前だろう?」

 

 僕を見る目が柔らかくなる。

 

「滅びたはずの種族が、何食わぬ顔で目の前に立っていたんだからね。坊やを初めて見た時も驚いたけれど、あの時はそれ以上だったよ」

「……僕みたいですね」

「そうだねぇ。坊やを見た時、随分と昔のことを思い出したよ」

 

 そう言われると、昨日防波壁の前で考えた人のことが少しだけ近く感じられた。

 その人も僕と同じだった。

 生きているというだけで、周りからすればあり得ないはずの人間だった。

 

「じゃあ、その人に聞かなかったんですか?」

「何をだい?」

「人間のことです。どうして滅びたのかとか、その人がどうして生きてたのかとか」

「聞いたさ」

 

 オルディアさんはあっさり頷いた。

 けれど、そのあとには少し困ったような笑みが浮かぶ。

 

「あの人は、自分のことをあまり話したがらなかった」

「……そうなんですか」

「ああ。それに当時の私も、今ほど人間そのものへ興味を持っていたわけじゃない。目の前に人間がいることには驚いたけれど、遠い昔に滅びた種族の歴史を根掘り葉掘り聞こうとまでは思わなかったんだよ」

 

 今になってみれば、もう少し聞いておけばよかったと思うこともある。

 そう続けたオルディアさんの声には、少しだけ惜しむような響きがあった。

 

「何より、当時の私にとってさえ、人間が滅びた時代なんてあまりにも昔のことだった。歴史というより、昔話に近かったんだよ」

「……」

「それくらい、人間という種族がこの世界から姿を消したのは遠い昔のことさ。そして――遠すぎるんだよ」

 

「遠すぎる……?」

 

「ああ。人間が滅びていくところを実際に知っていた者なんて、もうこの時代には一人も生きていない」

 

 部屋の中を見渡す。

 竜族のフレイヴィアさんもいる。

 天使族のセラフィーンさんもいる。

 僕より遥かに長い時間を生きる種族がいる世界でも、人間の滅亡はさらにその向こう側にあるらしい。

 

「それに、記録だって永遠に残るものじゃない」

 

 オルディアさんが肘掛けを指先でゆっくり撫でる。

 

「街がなくなれば、そこにあった記録も失われる。争いがあれば書物は燃えるし、残っていても古すぎれば読めなくなることもある。何度も写されるうちに内容が欠けたり、意味が変わったりすることだってあるさ」

「じゃあ……人間についての記録も?」

「ほとんど残っていないよ」

 

 答えは短かった。

 でも、その一言が妙に胸へ引っ掛かった。

 

「ほとんど……?」

「ああ」

 

 オルディアさんが頷く。

 

「かつてこの世界に人間という種族が存在した。そのこと自体は、いくつかの古い記録から確かめられている。それから、人間は他種族と比べて極めて脆弱だったということもね」

 

「……弱かった」

 

「そうさ。そして人間は、その弱さゆえに滅びた――今まで残っている記録から読み取れるのは、ほとんどそれだけだよ」

 

「それだけ……?」

 

 思わず聞き返していた。

 

「いつ頃から数が減ったのかは?」

「分からない」

「最後まで残ってた場所は?」

「それも分からない」

「病気とか、大きな災害とか……何かきっかけがあったんじゃ?」

「そういった記録も、今のところ見つかっていない」

 

 尋ねるたびに、同じような答えが返ってくる。

 オルディアさんが誤魔化しているようには見えない。

 本当に。

 何も残っていないんだ。

 

「じゃあ……人間が最後に確認されたのがいつなのかも?」

「定かではないね」

 

 そこで僕の言葉が止まった。

 変だ。

 何か、すごく変な感じがする。

 

 昔、人間はこの世界にいた。

 それは分かっている。

 そして今はいない。

 そこも分かっている。

 なのに、その間に何があったのかだけが、丸ごと抜け落ちている。

 

「……そんなことって、あるんですか?」

 

 アルナさんが小さく口を開いた。

 猫耳が僅かに伏せ、考えるように眉を寄せている。

 

「一つの種族がいなくなったんですよね?」

「ああ」

「だったら……もっと何か残らないんでしょうか。どこで最後に確認されたとか、どうやって数が減っていったとか」

 

 一度言葉を切ってから、アルナさんは首を傾げた。

 

「ギルドの記録だって、かなり古いものが残っています。それなのに、一つの種族が完全に滅びたことについて、理由以外ほとんど分からないなんて……」

 

「何もないというわけじゃないよ」

 

 オルディアさんが静かに訂正する。

 

「人間は弱かった。それゆえに滅びた。そこだけは、残っているいくつかの記録で似たように書かれている」

「でも、その先がないんですよね?」

「ああ」

 

 アルナさんが黙る。

 僕も同じだった。

 

 弱かったから滅びた。

 その一文だけが残っている。

 なのに、どう弱さが滅びへ繋がったのかは分からない。

 

「その弱いってのは、どれくらいなんだ?」

 

 ガルドさんが腕を組み直しながら口を開いた。

 

「坊主くらいか?」

「何で僕が基準なんですか」

「他に人間いねえんだから仕方ねえだろ」

 

 それはそうだけど。

 納得したくはない。

 

「ちょうどよいではないか」

 

 壁際からフレイヴィアさんの声が飛んでくる。

 黄金の瞳がじっと僕を見ていた。

 

「現物がおる。主を見れば、人間という種族がどのようなものか多少は分かろう」

「現物って言い方やめてくださいよ」

 

 そう返しても、フレイヴィアさんはまったく気にした様子がない。

 

「まず、主は非力だ」

「……はい」

「余とは比べるまでもない」

「比較対象がフレイヴィアさんなのはずるいですって」

 

 僕だけじゃなく、大半の人が負けると思う。

 助けを求めるようにセラフィーンさんを見ると、彼女も少し困ったように僕を見返した。

 

「魔力量もかなり少ないですね」

「セラフィーンさんまで?」

「これは以前から分かっていたことですから」

 

 否定できない。

 治療のたびに散々見られている。

 

「鼻も利かねえな」

「ガルドさん?」

「耳も大して良くねえ。暗いところじゃ俺より見えねえし、単純な力も俺の方が上だろ」

「ちょっと待ってください。何で僕の悪いところを探す会になってるんですか?」

 

 さすがに抗議すると、隣で黙っていたアルナさんが慌てて口を挟んだ。

 

「み、皆さん! ルキウスさん本人の前ですよ!」

「ありがとうございます、アルナさん」

「それに、身体もあまり大きくありませんけど、それは関係ないと思います!」

「アルナさん?」

「あっ」

 

 猫耳がぴんと立った。

 

「す、すみません!」

「今の絶対いらなかったですよね?」

「擁護しようとしたんです!」

 

 ガルドさんが吹き出し、フレイヴィアさんまで声を上げて笑う。

 

「こうして並べると実に見事だな、主!」

「何がです?」

「特に秀でたところがない」

「全然嬉しくないですよ!」

 

 セラフィーンさんまで口元を押さえている。

 ……酷い。

 今日ほど人間だと明かしたことを後悔した瞬間はないかもしれない。

 

「ほっほっ」

 

 オルディアさんまで笑っていた。

 僕が恨めしそうにそちらを見ると、しばらくしてようやく笑いを収める。

 

「すまないねぇ、坊や。ただ、今の話は案外大事なんだよ」

「僕が弱いって話がですか?」

「それもそうだけど――それだけじゃない」

 

 オルディアさんは僕を改めて見る。

 

「人間には、他の種族に見られるような分かりやすい特異性も見当たらない」

 

「……特異性?」

 

「ああ」

 

 オルディアさんが頷く。

 

「竜族ならば、頑強な身体や強大な力を持つ。獣人族には優れた感覚があり、天使族には翼がある。細かく見れば、他の種族にもそれぞれその種族ならではの特徴があるものさ」

 

 そこで僕へ視線が戻る。

 

「けれど人間には、そういうものが見当たらない。少なくとも、今の坊やを見る限りではね」

 

「……確かに」

 

 言われてみればそうだった。

 僕には角もない。

 翼もない。

 ガルドさんやアルナさんのような耳もなく、鼻が利くわけでもない。

 力も弱いし、魔力量も少ない。

 何か人間だけにできることがあるのかと聞かれても、僕には思い浮かばない。

 

「つまり主は」

 

 フレイヴィアさんが口を挟む。

 

「弱いうえに、特別なものもないのか」

「まとめ方に悪意ありません!?」

 

「事実を簡潔に述べただけだ」

 

「もう少し手心を加えてくださいよ……」

 

 また笑われた。

 でも。

 今度はすぐに笑い声が収まる。

 

「人間は他種族より身体的に弱く、魔力にも恵まれず、これといった種族固有の特異性も確認できない」

 

 オルディアさんが静かに言う。

 

「残された古い記録に、人間が脆弱な種族だったと書かれていること自体には、私もそれほど違和感はないよ」

 

「……はい」

 

「私が昔知ったあの人だって、確かにそうだった。獣人族と力比べをすれば勝てなかったし、竜族と比べるようなものでもない。魔力量も特別多くはなかったし、何か人間だけが持つ不思議な力があったわけでもない」

 

 防波壁を考えた人。

 僕と同じ人間だった人。

 その人にも。

 僕と同じように、特別なものはなかった。

 

「それでも」

 

 オルディアさんの声が少しだけ強くなる。

 

「普通に生きていた」

「……普通に?」

「ああ。食べて、働いて、疲れれば眠る。怪我もすれば病気にもなる。それでも、自力で生きられないほど弱い者ではなかったよ」

 

 それなら、僕とほとんど変わらない。

 僕だってフレイヴィアさんには力で勝てないし、ガルドさんより鼻も耳も利かない。

 人間にしかない何かがあるのかも知らない。

 それでも二年間、この街でハンターとして生きてきた。

 

「主は確かに弱い」

 

 フレイヴィアさんが腕を組んだまま口を開く。

 

「だが、それだけだ。余より力がないからといって、生きられぬわけではない。モンスターも倒せるし、主は実際にランク5まで上がった」

「……はい」

 

「特別な力がないことと、生きられないことは違いますからね」

 

 セラフィーンさんが続ける。

 

「私も治療を通して何度もルキウス様のお身体を診ていますが、人間の身体そのものが生存に不向きだとは感じません。種族として秀でた部分が少ないとしても、それだけで滅亡へ繋がるほどとは……」

 

「思えねえよな」

 

 ガルドさんが後を継ぐ。

 

「坊主なんか何度死にかけても帰ってくるしな」

「それは別の話じゃないですか?」

「でも生きてるだろ」

「生きてますけど」

 

 ガルドさんが鼻を鳴らす。

 それから少しだけ真面目な顔で僕を見る。

 

「力がねえ。魔力もねえ。鼻も耳も利かねえ。これといって特別なもんもねえ。それは分かった」

「もう少し優しく言ってくれません?」

「でもよ」

 

 犬耳が僅かに動く。

 

「……それで、一つの種族が丸ごと滅びるか?」

 

 誰も答えなかった。

 僕にも答えられない。

 

「だから、私にも分からないんだよ」

 

 オルディアさんが静かに言う。

 

「人間は弱かったから滅びた。残された記録には、ただそうある。それ以上を知る者は、もうこの時代には生きていない」

「……」

「いつから人間が数を減らし始めたのか。どれほどの時間をかけて姿を消したのか。最後の人間がどこにいて、いついなくなったのか――それすら定かではないんだ」

 

 窓から差し込む光の中で、細かな埃がゆっくりと舞っている。

 それを見ながら、胸の中へ何かが引っ掛かっていく。

 

 人間は弱かった。

 だから滅びた。

 今に残っているのは、ただそれだけ。

 その言葉へ至る出来事も、実際に人間が滅びていく様子を知る人も、今はもうどこにもいない。

 遠い昔という時間の向こう側で、人間という種族そのものが輪郭ごとぼやけてしまっている。

 

「……何だか」

 

「何だい?」

 

「変ですね」

 

 それしか言えなかった。

 何がおかしいのかと聞かれても、まだ上手く説明できない。

 古すぎるから記録がなくなった。

 それだけなのかもしれない。

 遠い昔の話なのだから、何が失われていても不思議ではない。

 

 でも。

 僕は人間だ。

 目の前にいる。

 昨日は依頼を受けて、フレイヴィアさんとも本気で立ち合った。

 力は弱い。

 魔力も少ない。

 特別な何かだって、今のところ思い当たらない。

 ……今日だけで嫌になるほど言われた。

 それでも、普通に生きていける。

 

「坊や」

 

「はい?」

 

「気になるかい?」

 

 オルディアさんがこちらを見ていた。

 

「……はい」

 

 答えるまでに、それほど時間はかからなかった。

 

「今まで、あんまり考えたことがなかったんです」

 

 自分の手を見る。

 人間の手。

 そう言われても、昨日までと何も変わらない。

 

「人間が滅んでるって知った時も驚きはしました。でも……僕自身はずっと僕のままだったから、それ以上何を考えればいいのか分からなくて」

 

 それで二年近く過ごした。

 依頼をして。

 怪我をして。

 ランクを上げて。

 たくさんの人と知り合った。

 その間、自分の種族について真面目に考えたことなんてほとんどなかった。

 

「でも昨日、防波壁を見たんです」

 

 フレイヴィアさんが少しだけこちらを見る。

 昨日、二人であそこに立った。

 

「僕と同じ人間が考えたものが、今でも残ってました。それで今日こうして話を聞いて……」

 

 一度言葉を止め、胸の奥にあるものを確かめる。

 

「僕、人間のことを何も知らないんだなって思って」

 

 どうして滅びたのかも。

 どんなふうに暮らしていたのかも。

 何が得意で、何を考えて、どんなものを残したのかも。

 僕は何一つ知らない。

 

「だから……知りたいです」

 

 口にすると、思っていたよりすんなりと言葉が出た。

 

「僕と同じ人たちが、昔どんなふうに生きてたのか」

 

 オルディアさんが少しだけ目を細める。

 

「そうかい」

「でも、資料はほとんど残ってないんですよね?」

「ああ。一般に知られているものは、ほとんどね」

「一般に?」

 

 その言い方が引っ掛かった。

 聞き返すと、オルディアさんの口元が少しだけ上がる。

 

「この街には、古い資料をまとめて保管している場所がある」

「そんな場所が?」

「ああ。街が始まった頃の記録や、各地から持ち込まれた古文書、もう原本が残っていない写本なんかも収められているよ」

 

 初めて聞いた。

 二年も暮らしているのに、まだ知らない場所があるらしい。

 

「ただし、古いものばかりだからね。誰でも自由に入れる場所じゃない」

「……そうですよね」

 

 少し残念に思ったところで、オルディアさんが楽しそうに笑った。

 

「許可なら、私が出してあげるよ」

「え?」

 

 思わず顔を上げる。

 

「いいんですか?」

「坊や自身のことだろう? それに、私だって少し興味がある。何か見つかったら、私にも教えておくれ」

「はい!」

 

 思ったより大きな声が出た。

 隣でアルナさんの猫耳がぴくりと動く。

 

「古い資料、ですか……」

「アルナさん?」

「あ、いえ。少し気になって」

 

 アルナさんが僕を見る。

 

「ギルドでも、昔の依頼記録や古い報告書を探すことがありますから。資料を探すなら、ルキウスさんより私の方が上手だと思いますよ」

「僕、まだ一冊も探してないんですけど」

「普段の書類の探し方を見ていますので」

「そんなに酷いですか?」

「整理された棚から目的の依頼書を見つけるのに十分くらい掛かってましたよね?」

「……あれは似たような書類が多かったんです」

 

 言い訳すると、アルナさんが小さく笑う。

 

「なら、必要ならお手伝いします」

「いいんですか?」

「はい。私も人間について少し気になりますから」

 

 猫耳が一度だけ楽しそうに揺れた。

 

「それに――ルキウスさん一人だと、古い資料を乱暴に扱わないか心配です」

「扱いませんよ!」

「どうでしょう」

「信用してくださいよ」

 

 ガルドさんまで笑い始める。

 

「アルナに見張ってもらえよ」

「ガルドさんまで」

「お前、本読むよりモンスター追っかけてる方が似合ってるしな」

「僕だって本くらい読みますよ!」

 

 軽い笑いが部屋へ戻る。

 でも、僕の中にはさっきまでなかったものが残っていた。

 

 人間は、遠い昔に滅びた。

 その滅びを見た者は、もう誰も生きていない。

 人間について残っている記録自体がほとんどなく、分かっているのは他種族より弱く、これといった特異性も持たず、その弱さゆえに滅びたとされていることだけ。

 いつ。

 どこで。

 どんなふうに。

 それすら、今となっては分からない。

 

 昨日までなら、そこで終わっていたと思う。

 分からないなら仕方がないと、そう考えていたかもしれない。

 でも今は。

 

 ……知りたい。

 

 どうしてなのかは、まだ上手く説明できない。

 ただ、自分のことなのに何も知らないままでいることが、急に気になり始めていた。

 

「オルディアさん」

「何だい、坊や」

「その資料があるところ、行ってみます」

「ああ」

 

 オルディアさんがゆっくり頷く。

 

「好きなだけ調べておいで」

 

 僕は人間だ。

 でも、自分の種族について何も知らない。

 

 だったら。

 まずは知るところから始めてみようと思った。

 

 ◆

 




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