駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~   作:木乃実なぎ

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第一章 第七話『少年は刃の鳥に傷を負う』

 

 ◆

 

 角兎肉と豆の煮込みに、焼いた黒パン。それから薄く炙られた野菜……湯気と一緒に立ち昇る香りを前に、僕は木匙を握ったまま、落ち着きなく右脚を揺らしていた。

 

「今日は、依頼を受けるぞ……」

 

 昨日は、剥ぎ取り講習と教会登録で一日が終わった。

 

 どちらも必要なことだった。

 ザックさんからは、奪った命を無駄にしないことを教わり、セラフィーンさんからは、治癒術があるからといって怪我をしてよいわけではないと教わった。

 

 知らなかったことを、二つも知った。

 ハンターとして、昨日より少し前へ進めたと思う。

 

 それでも――依頼は受けていない。

 

「やっぱり、ハンターなら依頼を受けないとですよね」

 

 呟いて、煮込みを口へ運ぶ。

 柔らかな肉と豆の甘みが広がったけれど、今朝は味わうより先に、気持ちの方がギルドへ走っていた。

 

「坊や。朝飯くらい落ち着いて食べな」

 

 頭上から、呆れた声が落ちてくる。

 

 顔を上げると、大皿を抱えた女将さんが卓の横へ立っていた。

 短い兎耳が、せわしなく動く僕の脚へ向いている。

 

「落ち着いています」

「その脚を止めてから言いな」

「……動いていましたか」

 

 意識して足を止める。

 

 女将さんは鼻を鳴らし、僕の皿へ焼いた肉を一枚追加した。

 表面から脂が滲み、香ばしい匂いが一段と濃くなる。

 

「今日は依頼へ出るんだろ?」

「はい。そのつもりです」

「なら、しっかり食べていきな。腹が減ってちゃ、逃げ足も鈍るからね」

「逃げることが前提なんですね」

 

 肉と女将さんを交互に見ると、短い兎耳がぴんと立った。

 

「駆け出しは、逃げ足が一番大事さ」

「勝つことではなく?」

「勝てない相手に意地を張るより、生きて帰って次の仕事を受ける方が立派だよ」

 

 女将さんは腰へ手を当て、当然のことのように続ける。

 

「帰ってくれば、あたしが腹いっぱい食わせてやる」

「毎日、腹いっぱい食べています」

「なら、もっと食わせてやるよ」

 

 胃袋にも限界があると思う。

 

 けれど、女将さんの言葉も、アルナさんやセラフィーンさんに教えられたことと似ていた。

 

 危険だと思ったら戻る。

 傷を軽く考えない。

 知らないことを、分かったふりはしない。

 

 皆、少しずつ違う言葉で、同じことを伝えてくれている。

 

 ――生きて帰る。

 

 たぶん、それが一番大切なのだ。

 

「分かりました。危なくなったら逃げます」

「いい返事だ」

 

 女将さんは満足そうに頷き、別の卓へ向かった。

 

 追加された肉もきちんと食べ、黒パンで皿に残った汁まで拭う。

 朝食を終えると、卓の上へ荷物を並べた。

 

 ギルドカード。

 剥ぎ取り用の短刀。

 素材袋。

 古い片手剣。

 

 カードの隅には、昨日加わった教会登録済みの羽印がある。

 

「……よし」

 

 一つずつ身につけ、外套の留め具を確かめる。

 昨日より、少しだけハンターらしくなった気がした。

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい。帰ったら、たんと食べな」

「さっきも、たくさん食べました」

「帰る頃には腹が減ってるよ」

 

 それは、たぶん間違っていない。

 

 女将さんへ頭を下げ、朝の角兎亭をあとにした。

 

 ◆

 

 ハンターズギルドの重たい扉をくぐると、革と鉄、汗と獣……少しずつ馴染み始めた匂いが、朝の喧騒と一緒に押し寄せてきた。

 

 依頼を選ぶ声。

 食器の触れ合う音。

 朝から酒を注文し、酒場の店員に怒られている声。

 

「おはようございます!」

 

 受付へ向かいながら声を上げる。

 書類を整理していたアルナさんが顔を上げ、栗色の猫耳をぴこりと動かした。

 

「おはようございます、ルキウスさん」

「今日は依頼を受けに来ました」

「でしょうね」

「そんなに分かりやすかったですか?」

 

 受付台の前で足を止める。

 

「扉を開けた時から、一直線にこちらへ来ましたから」

「いつも来ています」

「今日は、歩くのが少し速かったです」

 

 アルナさんが僕の足元へ視線を落とす。

 

 受付嬢という仕事は、歩く速さまで確認するらしい。

 エルドランの職員は大変だ。

 

「昨日は講習と教会登録で、一日が終わってしまったので」

「どちらも大切なことですよ」

「はい。それは分かっています」

 

 腰へ下げた短刀へ触れる。

 

「だから今日は、教わったことを使ってみたいです」

「なるほど……」

 

 アルナさんは少し考えるように目を伏せ、手元の依頼書を何枚か確認した。

 

「では、こちらはいかがでしょう」

 

 受付台へ置かれた紙には、灰青色の鳥が描かれていた。

 細い嘴と脚。それから、光を反射する鋭い翼。

 

「ナイフバード……」

「小型の鳥型モンスターです。渓流地帯の一番域で、一体だけ確認されています」

「鳥」

「鳥です」

「小さいですか?」

「小さいですよ」

 

 それなら、スノウラビよりも扱いやすいかもしれない。

 

「では、これを――」

「切れます」

「切れる?」

 

 伸ばしかけた手を止める。

 

 アルナさんは鳥の絵、その中でも翼の部分を指先で示した。

 

「名前の通り、翼と尾羽が刃物のように硬質化しています。飛び込む勢いを利用して、獲物を切りつけるモンスターです」

「鳥なのに」

「鳥だからこそ、厄介なのです」

 

 空を飛ぶ速さに、刃のような羽。

 

 確かに相性はよさそうだ。

 相手にとって。

 

「昨日のスノウラビとは違い、こちらを見つければ向こうから襲ってきます」

「追いかけなくてもいいんですね」

「前向きに受け取らないでください」

 

 アルナさんの猫耳が、少しだけ横へ倒れた。

 

「単体ならランク1相当ですが、群れになると危険度が一気に上がります。複数の個体を確認した場合は、戦わずに戻ってください」

「一体なら戦ってもいい」

「そうですが、一体でも危険だと思ったら戻ってください」

 

 視線が、僕の右手へ落ちる。

 

「約束は覚えていますね?」

「無理をしない。危なくなったら戻る」

「依頼よりも?」

「自分の命を優先する」

 

 右手の小指を立ててみせる。

 

 アルナさんはそれを見て、少しだけ目元を和らげた。

 

「よろしいです」

「では、受けてもいいですか?」

「……本当に、気をつけてくださいね」

「本当に本当です」

 

 答えた途端、柔らかくなった表情がまた曇る。

 

「なぜ、また不安そうになるんですか」

「その返事を聞くたび、不安になるようになりました」

「便利な言葉なのに」

「便利に使いすぎです」

 

 アルナさんはしばらく僕を見つめたあと、小さく息を吐いた。

 

「ナイフバード一体の討伐。受注者、ルキウスさん」

 

 依頼書へ受注印が押される。

 

「討伐後は、硬羽根と嘴を回収してください。傷の少ない硬羽根ほど、買取価格が高くなります」

「昨日の講習を思い出します」

「それから――ご自身の傷は増やさないでください」

「増やしません」

 

 少しだけ胸を張る。

 

 アルナさんが、僅かに眉を上げた。

 

「その言葉、覚えておきますね」

「はい」

 

 言い切りすぎただろうか。

 

 けれど、依頼は正式に受けられた。

 

「行ってきます!」

「はい。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 

 アルナさんが丁寧に頭を下げる。

 僕も負けないように深く頭を下げ、ギルドをあとにした。

 

 ◆

 

 共同便を降りると、渓流から吹く冷たい風がフードの端を揺らした。

 湿った土と青い葉。苔の生えた岩を流れる水の匂い……二日前と変わらない景色なのに、今日は少しだけ落ち着いて周囲を見られている。

 

「ナイフバード……」

 

 依頼書へ描かれた姿を、もう一度確かめる。

 

 探すべき痕跡は、木の幹へ残る細い切り傷。

 地面へ落ちた硬い羽根。

 斜めに断ち切られた小枝。

 

 それから――金属を擦り合わせたような、甲高い鳴き声。

 

 渓流へ沿って歩いていると、一本の木へ細い傷が走っているのを見つけた。

 獣の爪痕ではない。まるで小さな刃で、表面だけを削ったような跡だった。

 

「これかな」

 

 足元へ視線を落とす。

 

 湿った落ち葉の上に、青みがかった灰色の羽根が一枚落ちていた。

 拾い上げてみると、驚くほど軽い。

 

 けれど、縁へ指を滑らせた瞬間――ひやりと硬い感触が返ってきた。

 

「痛っ」

 

 慌てて指を離す。

 

 皮膚は切れていない。

 それでも、強く押せば簡単に傷になりそうだった。

 

「これは、当たると痛そうですね……」

 

 勢いよく飛びながら使われれば、服や皮膚くらいは簡単に裂けるだろう。

 

 羽根を素材袋へ入れ、周囲を見回す。

 

 その時、甲高い音が木々の間を抜けた。

 

 鳥の声に似ている。

 けれど、どこか金属同士を擦り合わせたような響きだった。

 

「……いた」

 

 片手剣の柄を握る。

 

 顔を上げると、少し離れた枝の上に、一羽の鳥が止まっていた。

 

 大きさは、僕の腕より一回り大きいほど。

 細い脚と鋭い嘴。青みがかった灰色の身体に、光を受けて薄く輝く翼。

 

 何枚もの小さな刃を重ねたような羽先が、きらりと光った。

 

「ナイフバード……」

 

 ゆっくりと剣を抜く。

 

 鞘から刃が離れた――次の瞬間。

 

 鳥が枝を蹴った。

 

「っ!」

 

 風が鳴る。

 

 灰青色の影が、真っすぐこちらへ迫ってきた。

 

 反射的に身体を引く。

 けれど、一歩遅かった。

 

 頬へ熱い線が走る。

 

「痛っ……!」

 

 ナイフバードは、すでに別の枝へ止まっていた。

 

 一瞬遅れて、頬を温かなものが伝う。

 指で拭うと、赤い血が付いていた。

 

「速い……」

 

 構え直す間もなく、甲高い声が響く。

 枝が揺れ、灰色の影が再び視界から消えた。

 

 今度は、剣を横へ振る。

 

 ――空を切った。

 

 ナイフバードは刃の届く直前で軌道を変え、僕の右腕を掠めていく。

 

「くっ」

 

 袖が裂け、その下へ赤い線が浮かんだ。

 

 浅い。

 けれど、痛い。

 

 頭上で羽音が鳴る。

 

 見上げた時には、また別の枝へ止まっていた。

 黒い瞳が、僕の動きを観察するようにこちらを見下ろしている。

 

「もう一度……」

 

 両手で剣を握る。

 

 鳥が飛ぶ。

 今度は正面から受けようと、進行方向へ刃を置いた。

 

 けれど、衝突する直前に角度が変わる。

 

「なっ――」

 

 肩口を、刃の翼が掠めた。

 

 布が裂ける。

 血が滲む。

 

 一歩下がった足が、湿った土へ沈んだ。

 

 次の鳴き声。

 

「また……!」

 

 今度は首元だ。

 

 慌てて上体を捻る。

 羽先がフードの端を切り裂き、黒い布片が宙へ舞った。

 

「…………」

 

 背中へ、冷たい汗が流れる。

 

 見えない。

 

 追えない。

 

 剣を振っても届かない。

 避けようとしても、完全には避けきれない。

 

 ナイフバードは、また枝の上へ戻っていた。

 

 僕より小さい。

 一度でも攻撃を当てられれば、倒せるかもしれない。

 

 けれど――その一度が、どうしても届かなかった。

 

「……どうする」

 

 逃げることはできる。

 

 今ならまだ歩ける。

 傷も、どれも浅い。

 

 アルナさんには、危ないと思ったら戻るように言われた。

 小指を絡めて、無理はしないと約束した。

 

 女将さんも、逃げ足が大切だと言っていた。

 

 ――生きて帰ることが、一番大切。

 

 分かっている。

 

 それでも、このまま何も分からずに帰れば、次に出会った時も同じだ。

 剣を振り回して、切られて、また逃げることになる。

 

「なら、考えろ」

 

 口へ出して、自分へ言い聞かせる。

 

 あいつは速い。

 けれど、ずっと飛び続けているわけではない。

 

 枝へ止まっている間は動かない。

 攻撃する時だけ、こちらへ近づいてくる。

 

 飛んでいる姿を目で追うから、間に合わない。

 動きへ合わせて剣を振るから、一歩遅れる。

 

 なら――追わなければいい。

 

「……来い」

 

 構えていた剣を、僅かに下げる。

 

 左腕を開き、脇腹を晒した。

 ナイフバードから見れば、何も守られていない場所だ。

 

 甲高い鳴き声が響く。

 

 枝が揺れた。

 

 鳥が、真っすぐ飛び込んでくる。

 

 風が鳴る。

 

「っ……!」

 

 見えているわけではない。

 

 けれど、どこへ来るのかは分かっている。

 

 僕が空けた、左の脇腹。

 

 逃げない。

 剣も振らない。

 

 ぎりぎりまで――待つ。

 

 灰青色の影が迫る。

 羽先が光った。

 

 次の瞬間、脇腹へ焼けるような熱が走る。

 

「っ、ぐ……!」

 

 息が詰まった。

 

 硬い翼が外套を裂き、その下の皮膚を深く切り開く。

 熱い血が、脇腹を伝った。

 

 痛い。

 

 けれど――届いた。

 

「捕まえた」

 

 開いていた左腕を閉じる。

 

 ナイフバードの身体が、外套と腕の間へ挟まった。

 翼を振るおうと暴れるたび、硬い羽根が傷口へ食い込んでくる。

 

「くっ……離しません!」

 

 嘴が肩へ届こうとする。

 細い脚が胸元を掻く。

 

 それでも、もう飛べない。

 

 距離さえ離されなければ、僕の剣も届く。

 

 右手の片手剣を握り直す。

 

 口元が、勝手に歪んだ。

 

 血が出ている。

 脇腹も痛い。

 

 それなのに――嬉しかった。

 

 考えた方法が通じた。

 この狩りを、自分の手で終わらせられる。

 

「僕の勝ちだ」

 

 暴れる身体を押さえ込み、握った刃を振り下ろす。

 

 短い鳴き声。

 

 それを最後に、腕の中から力が抜けた。

 

「……はぁ」

 

 僕もその場へ膝をつく。

 荒くなった呼吸を整えながら、動かなくなったナイフバードを見る。

 

 脇腹が熱い。

 腕も肩も、頬も痛む。

 

 それでも――倒した。

 

「……やった」

 

 初めて、捕獲ではなく、自分の刃でモンスターを討伐した。

 

 込み上げてくるものを抑えきれず、笑みが漏れる。

 

「勝てた……」

 

 少しの間、その実感を噛み締める。

 

 けれど、狩りはまだ終わっていない。

 

「剥ぎ取りまでが、狩りの続き」

 

 ザックさんから教わった言葉を口にし、剥ぎ取り用の短刀を取り出した。

 

 まず、本当に息が止まっていることを確認する。

 嘴と脚、硬い翼へ注意しながら、身体を横へ寝かせた。

 

 脇腹の痛みで、時々手元が震える。

 

 それでも焦らず、一本ずつ硬羽根を根元から外していく。

 裂けているものと、状態のよいものを分け、最後に嘴も回収した。

 

「……できた」

 

 完璧ではない。

 何枚かの羽根には、小さな傷をつけてしまった。

 

 けれど、使える素材を捨てずに持ち帰れる。

 

 血のついた短刀を拭い、素材袋を背負った。

 

 立ち上がった瞬間、脇腹へ鋭い痛みが走る。

 

「っ……」

 

 足を止め、呼吸を整える。

 

 歩ける。

 

 依頼は終わった。

 あとは――生きて帰るだけだ。

 

 ◆

 

 夕方のギルドは、依頼を終えたハンターたちの声で賑わっていた。

 素材を運ぶ職員に、受付へ報告書を差し出す者。酒場からは、焼いた肉と酒の匂いが流れてくる。

 

 その間を抜け、素材袋を抱えて受付へ向かった。

 

「ただいま戻りました!」

 

 声を上げる。

 

 怪我はした。

 けれど、依頼は達成した。

 

 昨日教わった通り、剥ぎ取りもできた。

 もしかすると、少しくらい褒めてもらえるかもしれない。

 

「アルナさん、依頼達成――」

 

 顔を上げたアルナさんと目が合う。

 

 その瞬間、彼女の表情が固まった。

 

 猫耳が、ぴんと立つ。

 

 視線が頬へ。

 次に腕と肩。

 

 最後に――血の滲んだ脇腹へ落ちた。

 

「ル、ルキウスさん!?」

 

 アルナさんが、受付台の奥から飛び出してくる。

 

「それ、大丈夫なんですか!」

「大丈夫です。少し切られただけです」

「少しではありません!」

 

 栗色の尻尾が、大きく膨らんだ。

 

「でも、歩いて帰ってきました」

「歩けるから大丈夫、ではありません!」

 

 怒られた。

 

 それも、かなり。

 

 アルナさんは僕の前で足を止め、頬から腕、肩へと傷を確認していく。

 最後に外套の裂けた脇腹へ視線を向け、眉を寄せた。

 

「この傷は、どうしたんですか」

「ナイフバードに切られました」

「それは見れば分かります」

 

 猫耳が、ぴくりと動く。

 

「なぜ、ここだけ傷が深いのですか?」

「動きが速くて、剣では追えなかったので……」

 

 アルナさんは無言で、続きを待っている。

 

 話したくない。

 けれど、嘘をつくのもよくない。

 

「攻撃してくる場所を決めれば、捕まえられると思いました」

「……はい?」

「なので、脇腹を空けて待ちました」

 

 アルナさんの表情から、すっと笑みが消えた。

 

 まずい。

 

 これは、かなりまずい。

 僕でも分かる。

 

「自分から、攻撃を受けたのですか?」

「結果としては、そうなります」

「ルキウスさん」

「はい」

「はい、ではありません!」

 

 尻尾が、さらに膨らむ。

 

 怒っている。

 

 いや――心配してくれている。

 

 たぶん、両方だ。

 

「約束しましたよね?」

「危なくなったら戻ると」

「依頼より、命を優先すると」

「はい」

「それなのに、なぜ自分から傷つきにいくのですか!」

 

 アルナさんは頬を膨らませ、僕を睨んだ。

 

「でも、まだ動けましたし」

「動けるかどうかを、ルキウスさんの自己判断だけで決めないでください!」

「……すみません」

 

 頭を下げる。

 

 今度ばかりは、僕が悪い。

 少なくとも、アルナさんの顔を見る限り、かなり悪い。

 

「依頼の報告は後です。素材はこちらで預かります」

「硬羽根の状態を確認してほしいです」

「後です」

「嘴も綺麗に取れたと思います」

「後です」

 

 アルナさんが素材袋へ手を伸ばす。

 

「剥ぎ取りは、昨日より上手くできました」

「教会です」

「報酬は」

「教会から戻ってきたあとです」

 

 取りつく島がない。

 

「……はい」

 

 素材袋を渡す。

 

 アルナさんは近くにいた職員へそれを預けると、もう一度こちらへ向き直った。

 

「すぐに行ってください。場所は分かりますね?」

「はい。白い尖塔です」

「寄り道はしないでください」

「しません」

「本当に?」

「本当に本当です」

 

 答えたあと、アルナさんの猫耳が僅かに伏せる。

 

「……信用してよいのでしょうか」

「今回は、本当にまっすぐ行きます」

「絶対ですよ」

 

 右手の小指を立てる。

 

 アルナさんは、その指と僕の傷を交互に見た。

 それから小さく息を吐き、自分の小指を絡める。

 

「今度こそ、約束です」

「はい。約束です」

 

 指が離れる。

 

 アルナさんへ頭を下げ、ギルドの扉へ向かった。

 

 依頼は達成した。

 素材も、きちんと持ち帰った。

 

 初めて、自分の力でモンスターを討伐できた。

 

 それなのに胸へ残っているのは、達成感だけではない。

 

 アルナさんの怒った顔。

 強くなった声。

 

 傷を確かめていた時、僅かに震えていた指。

 

 それが、脇腹の痛みよりも妙に強く残っていた。

 

「……また、心配をかけたな」

 

 昨日登録したばかりの教会へ、まさか翌日に向かうことになるとは思わなかった。

 

 外へ出ると、夕陽を受けた白い尖塔が、建物の向こうに見える。

 

 セラフィーンさんにも、怪我をしないよう念を押されたばかりだ。

 

「……怒られるだろうなぁ」

 

 今度は、自分でも心当たりがある。

 

 脇腹を押さえ、痛みに合わせて歩幅を小さくする。

 そうして僕は、少し気まずい思いを抱えながら――白い尖塔へ向かって歩き出した。

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今回はナイフバード討伐の回でした。
次回は、早すぎた教会への訪問です。ルキウスはセラフィ―ンにも怒られるんでしょうか。

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