駆け出しハンターは英雄に憧れる ~だけども、どうやら人間は滅んでいるらしい~ 作:木乃実なぎ
◆
さらさらと流れる水音が、白い回廊の奥まで静かに響いていた。
昨日とう血の匂いだけが、この場所にはひどく不似合いだった。
「……早かったなぁ」
白い尖塔を見上げ、小さく呟く。
昨日、ハンターとして教会登録を済ませたばかりだ。
セラフィーンさんからは、怪我をした時には自己判断をせず、早めに教会へ来るように言われた。
だから、言いつけは守っている。
守っているのだけれど――登録した翌日に利用するとは、自分でも思っていなかった。
「早すぎるよね……」
受付で事情を伝えると、白い衣を着た男性は一瞬だけ僕の姿を見つめた。
頬の傷。裂けた袖。血の滲んだ脇腹……何かを言いたそうな顔をしたものの、何も聞かずに奥へ案内してくれる。
その気遣いが、今は少し痛かった。
昨日と同じ処置室の前で待っていると、白い扉が静かに開く。
「お待たせしましたー」
白と淡い青の衣をまとい、セラフィーンさんが姿を現した。
朝日に透けるような金色の髪。その背中には大きな白い翼が寄り添い、深い青の瞳が僕の姿を上から下まで確かめていく。
そして――ほんの少しだけ、目が細くなった。
「ずいぶんと、お早いご利用でしたねー」
「はい……」
気まずい。
かなり気まずい。
「昨日、登録をされたばかりだったと思うのですが」
「はい」
「できれば、もう少し先までお会いしないことを願っていました」
「僕もです」
セラフィーンさんは怒鳴らなかった。
声も、昨日と変わらず穏やかだった。
それなのに、静かな分だけ一つ一つの言葉が胸へ刺さる。
「ひとまず、傷を確認します。こちらへどうぞ」
「はい」
先に処置室へ入る白い翼を、僕はおとなしく追いかけた。
◆
白い布を敷いた寝台へ腰掛け、外套と革鎧を外す。
室内には薬草の匂いが漂い、机の上には水を張った器と、何枚もの清潔な布が並べられていた。
「服へ張りついていますね。少し痛みますよー」
「分かりました」
セラフィーンさんが脇腹の布を、ゆっくりと傷口から剥がしていく。
乾きかけた血が皮膚を引っ張り、細い痛みが走った。
「……っ」
思わず息を止める。
セラフィーンさんの視線が、まず頬へ向いた。
次に腕と肩。そして最後に、ほかより深く切られた脇腹で止まる。
「ナイフバードですねー」
「傷を見ただけで分かるんですか?」
「はい。これだけ多くのハンターさんを診ていますと、傷の形にも覚えができますから」
すごい。
熟練の治癒術士ともなれば、傷跡だけでモンスターの種類まで分かるらしい。
「では、まず脇腹から――」
「いたっ」
傷の周囲へ指が触れ、声が漏れる。
セラフィーンさんはすぐに手を止めた。
青い瞳が傷の角度を辿り、そのまま僕の顔へ持ち上がる。
「……この傷、避け損ねたものではありませんねー」
「…………」
「ルキウスさん?」
「はい」
「どうして、急に黙ってしまったのですか?」
「正直に言ったら、怒られる気がして」
「正直に話さなければ、もっと怒りますよー」
「ごめんなさい」
ほとんど反射で頭を下げる。
セラフィーンさんは小さく息をつくと、器の水へ布を浸した。
「どうして分かったんですか?」
「傷の向きが不自然です。普通にすれ違って切られたのなら、この角度にはなりません」
濡らした布で、血の固まった部分を丁寧に拭われる。
誤魔化せそうにない。
もっとも、最初から誤魔化すつもりはあまりなかった。
たぶん。
「どうして、わざと攻撃を受けるような真似をしたのですか?」
優しい声だった。
けれど――逃げ道はなかった。
「捕まえるためです」
「捕まえるために、刃の翼を脇腹で受けたのですか?」
「はい」
答えると、セラフィーンさんの長い睫毛が伏せられた。
青い瞳へ淡い影が落ちる。
「……そうですか」
ただ、それだけだった。
怒鳴られたわけでも、呆れられたわけでもない。
それなのに、僕は自然と背筋を伸ばしていた。
「それでは、先に傷を塞ぎましょう」
「お願いします」
セラフィーンさんが脇腹へ手をかざす。
細い指先から、水に朝日を溶かしたような光がこぼれた。
光が、熱を持った傷へ静かに染み込んでくる。
「……っ」
痛みが引いていく。
脇腹へ残っていた熱が、冷たい水に流されるように薄れていく。
二度目でも、まだ慣れない。
身体の内側へ細い流れが生まれ、傷ついた場所まで迷わず届いてくる。
血が止まり、裂けていた皮膚がゆっくりと元の形へ戻っていった。
「やっぱり、すごいな……」
思わず呟く。
その直後――セラフィーンさんの指先が、ほんの僅かに止まった。
「……やはり、治癒の通りがとても良いですねー」
「良いこと、なんですよね?」
「はい。治療をする上では、とても助かります」
治療をする上では。
少しだけ、言い方が引っかかった。
それ以外では、何か問題があるのだろうか。
尋ねようと顔を上げる。
けれど、セラフィーンさんはすでに次の傷へ視線を移していた。
「腕も治しますねー」
「はい」
それ以上聞く機会を逃し、僕は差し出した腕を見つめた。
淡い光が、腕から肩、頬へと順番に移っていく。
小さな傷が一つずつ消えていき、身体が少しずつ軽くなっていった。
「それで――」
頬の傷へ手をかざしたまま、セラフィーンさんが口を開く。
「どうして、攻撃を受けなければならないと思ったのですか?」
「普通に戦っても、当てられなかったんです」
「はい」
「速すぎて、目で追えなくて。剣を振っても、避けられてばかりでした」
セラフィーンさんは何も挟まず、続きを待っている。
「でも、ナイフバードが攻撃する時だけは、向こうから近づいてきます」
「それで、自分の身体を餌にして動きを止めようと思ったのですね」
「……はい。それしか思いつきませんでした」
光だけが、二人の間で静かに揺れていた。
セラフィーンさんはしばらく黙り、僕の頬から手を離す。
そこにあった痛みは、もうほとんど残っていない。
「それは、勝つための方法にはなります」
「はい」
「ですが――生き残るための方法とは限りません」
静かな言葉が、胸の奥へ落ちた。
勝つための方法。
生き残るための方法。
僕は、ナイフバードに勝った。
依頼を達成し、素材も持ち帰った。
けれど、そのために自分から脇腹を差し出した。
――それでも、勝ちは勝ちだ。
そう思う。
けれど、セラフィーンさんが伝えたいのは、そういう話ではないのだろう。
「傷つくことを前提とした戦い方は、何度も続けられるものではありません」
「……はい」
「痛みに耐えられることと、身体が壊れないことも別です」
「…………」
自分が痛みに強いことは、昔から知っていた。
母との訓練でも、転んだり殴られたりしたくらいなら、すぐに立ち上がれた。
今日だって、傷は痛かったけれど、動けないほどではなかった。
「私の治癒術も、万能ではありません」
セラフィーンさんの手が、塞がったばかりの脇腹へ新しい布を当てる。
「治せない傷もあります。取り戻せないものもありますし、すべての病を癒せるわけでもありません」
「……そうなんですか」
「もちろん、そうあれるように日々努力はしていますけどねー」
そこでようやく、表情が少しだけ柔らかくなった。
けれど、何も言い返せなかった。
治癒術を使えば、傷は消える。
痛みもなくなる。
だから、傷ついても最後に治せばいい。
心のどこかで、そんなふうに考えていたのかもしれない。
「弱いんです、僕」
気づけば、言葉が口からこぼれていた。
セラフィーンさんの手が止まる。
「追えなくて、当てられなくて。避けるのも下手で……普通に戦っていたら、勝てませんでした」
「はい」
「肯定」
思わず顔を上げる。
「否定しても、傷は減りませんからー」
「…………」
予想していたより、かなり真っすぐ肯定された。
少し痛い。
先ほどまでの傷より、こちらの方が痛いかもしれない。
「もう少し、励ますような言葉が入ると思いました」
「嘘を言っても、ルキウスさんが強くなるわけではありませんから」
「それは……そうですね」
正しい。
正しすぎて、何も言えない。
「それに、弱いことと、自分の命を雑に扱ってよいことは別です」
セラフィーンさんの声は、相変わらず穏やかだった。
けれど、その柔らかな声音の奥には、曲がらない芯がある。
静かな水の底に、動かない石が沈んでいるようだった。
「私は、傷を治します」
「はい」
「ですが、傷ついていた時間までは戻せません」
脇腹へ当てられた白い布を見る。
傷は塞がっている。
もう血も流れていない。
けれど、外套は大きく裂けたままだ。
布へ染み込んだ赤い跡も、なくなったわけではない。
「流れた血も、怖かった思いも……誰かがルキウスさんを心配していた時間も、なかったことにはできません」
その言葉を聞いた瞬間、アルナさんの顔が浮かんだ。
受付台から飛び出してきた時の顔。
僕の傷を見て、猫耳と尻尾を大きく膨らませていた姿。
本気で心配して。
本気で怒っていた。
それなのに、僕は大丈夫だと笑っていた。
歩けるから。
意識もあるから。
依頼を達成したから。
――けれど、それは僕だけの話だった。
「……すみません」
「私へ謝るより、次へ活かしてください」
「はい」
「本当に分かりましたか?」
「本当に本当です」
セラフィーンさんが、僅かに首を傾げる。
「……少し不安ですが、信じることにしましょー」
「セラフィーンさんにも不安がられた……」
「人を不安にさせている自覚はありますか?」
「少し」
「少し」
「……かなり」
「はい」
セラフィーンさんが、ふっと小さく笑った。
それまで張っていた空気が、ようやく少しだけ柔らかくなる。
「治療は終わりましたよー」
「ありがとうございます」
脇腹へ手を当てる。
傷は塞がっている。
腕も肩も、頬も痛まない。
先ほどまで身体へ残っていた熱と重さが、嘘のように消えていた。
「すごい……」
「ですが、今日はもう依頼を受けないでくださいねー」
「え」
反射的に声が出た。
「ルキウスさん?」
「あ、いえ。もちろん分かっています。怪我を治したばかりですからね」
青い瞳が、じとりとこちらを見る。
「……本当に?」
「本当に本当です」
「そうですか。まあ、すでにギルドへもお伝えしてありますが」
「そこまで」
逃げ場がなくなっていた。
いや、逃げるつもりなどない。
たぶん。
「次は、できれば怪我をする前に来てくださいねー」
「怪我をする前に教会へ来るのは、難しくないですか?」
「では、怪我をしないようにしてください」
「それは、もっと難しい気がします」
「それでも、目指してください」
セラフィーンさんは真顔だった。
たぶん、冗談ではない。
ハンターとして活動する以上、一度も怪我をしないのは難しいのだと思う。
それでも、怪我を減らすことはできる。
少なくとも――わざと脇腹を差し出すのは、もうやめた方がいい。
それくらいは、僕にも分かった。
「ありがとうございました、セラフィーンさん」
「はい。どうか、お大事にー」
深く頭を下げ、処置室をあとにする。
白い回廊を進む途中、流れる水の音へ耳を澄ませた。
「勝つ方法と、生き残る方法……」
同じではない。
その言葉を忘れないよう、もう一度だけ口にしてから、教会を出た。
◆
ギルドへ戻ると、アルナさんは受付台の前で待っていた。
僕の姿を見つけるなり、栗色の猫耳をぴんと立て、すぐにこちらへ歩いてくる。
「大丈夫でしたか?」
「はい。セラフィーンさんに、全部治してもらいました」
両腕を軽く広げてみせる。
アルナさんは頬と腕、それから脇腹へ視線を走らせたあと、胸へ手を当てて息を吐いた。
「よかったです……」
本当に安心したような顔だった。
その表情を見ていると、治ったはずの胸が少しだけ痛む。
「あの、アルナさん」
「はい?」
「心配をかけて、すみませんでした」
頭を下げる。
アルナさんは少しだけ目を丸くした。
それから、柔らかく眉を下げる。
「ハンターに怪我は付き物です。怪我をしたこと自体を、責めているわけではありませんよ」
「はい」
「ですが、怪我を顧みない戦い方は別です」
「もう、自分から攻撃を受けるのはやめます」
「絶対ですよ」
「はい」
右手の小指へ視線を向ける。
今度は指を結ばなくても、約束は伝わったらしい。
アルナさんの猫耳が、ようやく普段の位置へ戻った。
「それでは、今回の依頼の報告を済ませましょう」
受付台へ戻ると、依頼達成の確認書と、小さな革袋が置かれていた。
「ナイフバード一体の討伐。依頼達成です」
「ありがとうございます!」
革袋を受け取る。
初報酬の時ほど珍しくはない。
それでも、自分で受けた仕事の報酬は、やはり嬉しかった。
硬貨が触れ合う小さな音を聞くだけで、頬が緩む。
「それと、今回は素材の状態がよかったので、買取額を少し上乗せしています」
「本当ですか?」
「はい。昨日の剥ぎ取り講習が、きちんと身についていたようですね」
アルナさんが、素材確認の書類を見せてくれる。
硬羽根。
嘴。
状態良好。
「グラムさんも褒めていましたよ」
「グラムさんが?」
「はい」
アルナさんは喉を低く鳴らし、眉間へ力を入れた。
「『昨日の今日にしては、なかなかやるじゃねぇか』――だそうです」
「似ています」
「本当ですか?」
「耳以外は」
「そこは似せられません」
さすがに、猫耳を獅子の耳へ変えることはできないらしい。
でも、よかった。
昨日、頭の中で何度も手順を思い返した成果が出ている。
失敗していなかったことへ、胸を撫で下ろす。
「…………」
ふと顔を上げると、アルナさんがじっとこちらを見ていた。
それはもう、声へ出してしまうほどじっと。
「えっと……」
「ルキウスさん」
「はい」
「装備が、ぼろぼろですね」
言われて、自分の姿を見下ろす。
外套は裂けている。
袖にも何本もの切れ目が入り、脇腹の布は大きく開いていた。
革鎧にも、浅い傷がいくつも残っている。
手袋は薄く、靴の底も少し擦り減っていた。
「……確かに」
改めて見ると、かなり心許ない。
アルナさんが、人差し指をぴしりと立てる。
「というわけで、ルキウスさん」
「はい!」
「装備を整えましょう」
「装備?」
「はい。装備です」
首を傾げる僕へ、アルナさんが真剣な顔で頷いた。
「さすがに、必要でしょうか」
「さすがに必要です。それに、もともとルキウスさんの装備は、最低限のものでしたし」
「必要最低限」
「……いえ」
「え?」
「必要最低限にも届いていませんね」
「届いていなかった……」
衝撃だった。
自分では、それなりに準備をしてきたつもりだった。
母から持たされた片手剣も、革鎧もある。
けれど、最低限にも届いていなかったらしい。
「ナイフバードの攻撃も、腕当てや厚手の手袋、首元を守る防具があれば、かなり防げます」
「そうなんですか?」
「脇腹も、きちんと補強されていれば、これほど深い傷にはならなかったかもしれません」
「僕が弱いから、というだけではないんですね」
アルナさんが、ゆっくり頷く。
「弱いからこそ、装備で補うのです」
優しい声だった。
けれど、言葉ははっきりしている。
装備は、強い人がさらに強くなるためだけのものではない。
弱い僕が、生きて帰るためのものなのだ。
「買います!」
「では、予算を確認しましょう」
「予算」
「当然です。無料で装備を配っている防具屋さんはありませんから」
それは、そうだ。
僕は腰から小銭入れを外し、受付台へ置いた。
初依頼から貯めてきた報酬が入り、少しだけ重くなっている。
アルナさんが中身を出し、硬貨を種類ごとに分けていく。
「…………」
一枚。
二枚。
三枚。
数え終えたところで、猫耳が横へ傾いた。
「全然足りませんね」
「ですよね」
届かなかった。
薄々分かってはいたけれど、やはり駄目だったらしい。
宿代も必要だ。
食事代もかかる。
剥ぎ取り用の道具を揃えたばかりで、ガルドさんへ返す百ソルも貯めなければならない。
英雄への道は、とてもお金がかかる。
「すぐに装備一式を揃える必要はありません」
肩を落とした僕へ、アルナさんが依頼書の束を取り出す。
「まずは最低限、傷んだ部分の補修と、足りない防具を追加しましょう。それでも、ある程度のお金は必要になります」
「どれくらいですか?」
「ルキウスさんの現在の装備で、無理なく受けられる依頼を続ければ……一週間ほどでしょうか」
「一週間」
「はい。明日から受ける依頼を、こちらで見繕っておきます」
何枚かの依頼書が、受付台へ並べられる。
「採取、運搬、簡単な捕獲に、ギルド内での素材整理。剥ぎ取りの練習も続けましょう」
「討伐依頼は?」
「控えめにします」
「……はい」
本当は、もっと討伐依頼を受けたい。
けれど、この場で無理に頼めばどうなるかは、想像できる。
アルナさんだけでなく、セラフィーンさんにまで話が届くかもしれない。
二人から同時に怒られるのは避けたい。
「報酬は、宿代と食費を引いて貯金します」
「はい」
「一週間後、必要な装備を買いに行きましょう」
「分かりました!」
大きく頷く。
「一人では行かせません。私もついていきます」
「え」
「変なものを買いそうですので」
即答だった。
「僕は買い物をしたことくらいあります」
「どこでですか?」
「……母と暮らしていた森では、ありません」
「では、初めてですね」
「初めてです」
抵抗は一瞬で終わった。
一体、どこでここまで信用を落としてしまったのだろう。
何の経験もないまま、ハンター登録へ来た。
初依頼で泥と血にまみれ。
その次の依頼では、わざと攻撃を受けて帰ってきた。
「……仕方ないかもしれません」
「何がですか?」
「何でもありません」
自分の過去の行動を思い返し、おとなしく頷く。
「分かりました。でも、よいのですか? 僕の買い物に付き合ってもらって」
「はい。これも受付の仕事ですから」
「ありがとうございます!」
受付嬢という仕事は、装備を買うところまで手伝ってくれるらしい。
改めて、アルナさんには助けられてばかりだと思う。
「ひゅー! よかったなぁ、アルナちゃん!」
背後から、楽しそうな声が飛んできた。
振り返ると、灰色の毛並みをした獣人族の男性が、酒杯を片手にこちらを見ている。
「初めてのデートの約束、無事にできたじゃねぇか!」
「デート?」
知らない言葉ではない。
男女が二人で出かけること。
物語にも、たまに出てくる。
「ち、違います!」
アルナさんの猫耳と尻尾が、一瞬でぴんと立った。
「これはルキウスさんの装備を整えるためで、受付業務の一環です!」
「でもでもー」
今度は、小人族の女性が頬杖をつきながら笑う。
「私がこの前、遊びに誘った時は、『仕事がありますので』って断ったじゃない」
「マ、マキアさん。それは、本当に仕事がありましたから!」
「あーあ。私も装備を新しくしたかったのになぁ」
「からかわないでください!」
頬を赤くして弁解するアルナさん。
周囲のハンターたちも、面白そうに笑っている。
困ってはいるようだけれど――どこか楽しそうにも見えた。
「ルキウスさんも、笑わないでください!」
「すみません。皆さん、仲がよいんだなと思って」
「そりゃあ、仲はいいとも!」
灰色の獣人族が、酒杯を一息に空ける。
「俺たちは、アルナちゃんがこのくらいの頃から知ってるからな!」
親指と人差し指で、小さな隙間を作る。
小さすぎる。
あれでは、酒杯くらいしかない。
「さすがに、そこまで小さくはありませんよね?」
「当たり前です!」
アルナさんが振り返る。
獣人族の男性は豪快に笑い、僕へ手招きをした。
「お前もこっちへ来いよ、ルキウスだったか? アルナちゃんの小さい頃の話を聞かせてやる!」
「いいんですか?」
「よくありません!」
僕が一歩踏み出すより先に、アルナさんが声を上げた。
「ほら、何を飲む? 今日は俺の奢りだ」
「では、果実水を」
「ちょっと、ルキウスさん!」
「これは、アルナちゃんが八歳の頃なんだけどねぇ」
マキアさんが楽しそうに口を開く。
「こ、こらー! やめてください!」
アルナさんが受付台から飛び出した。
話を止めようとマキアさんの口へ手を伸ばす。
けれど、小柄な身体でするりと避けられた。
獣人族の男性が笑う。
近くのハンターたちも、次々と面白そうに声を上げる。
その中心で、アルナさんは頬を赤くして怒っていた。
でも――やはり、少し楽しそうだった。
「……ふふ」
僕の口からも、自然と笑いが漏れた。
怪我をした。
怒られた。
自分の弱さを認め、装備を買うために一週間、お金を貯めることになった。
それでも、こうして笑える場所がある。
そのことが――少しだけ嬉しかった。
結局、その日は夜までギルドの食堂へ残ることになった。
聞かされたアルナさんの幼い頃の話が、どこまで本当で、どこから大げさに盛られているのかは分からない。
ただ一つ、確かに分かったことがある。
この街には、僕の知らないことがまだたくさんある。
そして明日からは――装備を買うための、地道な一週間が始まるのだった。
◆
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は、教会での治療、そしてアルナとのデートの約束でした。
次回はルキウスの愉快な一週間の話です。
感想・評価などいただけると励みになります。
よろしくお願いします。