Fate/Draco―蛇竜王戦線―   作:ぴーらー

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第41話:鉄錆の残響

2020.04.03 07:40 UTC / 固有結界内 

 

「……一つ、此の身からも問わせてもらう」

 キャスターは滝の頂から、アサシンを見下ろして口を開く。

 戦いの最中と分かっていても、彼は問わずにはいられなかったからだ。

 

「此方の在り方は、共に旧き竜であるという点において通ずる。されど、根本はあまりにも異なる。人と、その祈りを……一方は否定し、一方は肯定した」

 問いかけと共に、竜牙兵たちの動きも緩やかになる。少しずつ距離を詰めながらも、その動きは明らかに鈍っていた。

 アサシンも足を止めたが、どちらも一瞬で再開できる構えのままだった。

 

「……固有結界の景色は、此方の主と共に刻んだ、此方自身の心象の顕れ。そこに虚偽はあり得ない。此方は……何故、それを肯定できる?」

 

 アサシンはキャスターを数秒見つめた後、口を開いた。

「……言っておくけど、私も人間に嫌悪が一切ないわけじゃない。好きな奴もいれば嫌いな奴もいる。かつて慈しんだ村人たちを欲のまま滅ぼした者たちに、悪感情を抱かなかったなんてことはあり得ない。

“彼らは人ではなく化け物だから殺しても構わない”という理屈で、差別と殺戮を肯定した者を好ましく思うことは難しい。だから英霊となった私は、“見棄てられた者総て”を救いたいと思った。否定され、排斥され、忘れ去られた全部を」

 

「……なるほど。然れど、此方の願いは矛盾している。“見捨てられた者”を選んで救うということは、救わなかった者は“見捨てられた”も同然のはず」

 キャスターの追及に、アサシンはふっと小さく笑って答えた。

「ええ、そんなことは分かってるわ。世の中、白黒で切り分けられるほど単純じゃない。

例えば、あの殺戮だってそう。戦いに携わった者、全ての思いが同じだったわけじゃない。彼ら全てがどうしようもない絶対悪で、被害者は絶対的善だったと断じられれば楽だけど――そういうわけにはいかない」

 

 彼女の脳裏に浮かんだのは、ユキネとの「旅」の中で改めて見た人間たち、一人ひとり全ての顔だった。

「生き方を選ぶ余裕すらなく、兵士となった者もいた。犠牲者の側にも、死にたくなくて内通や裏切りを行った者がいた。

それに、人間なんて心が弱い者の方が大多数。戦いを強要され、今殺しているのは人間ではないと、自分たちを騙さなければいけなかった者だっていた」

 アサシンは一度言葉を切り、続けた。

「それでも、この願いを否定することは自分自身の否定と同義。それこそ、貴方と同じようにね。だったら、とことん突き詰めるしかない。――そうね、方向性としては仏教にある、千の手を持つ菩薩が一番近いわ」

 

 その言葉を聞き、無機質なキャスターの眉間に皺が刻まれる。

 固有名詞を避けたが、アサシンが言及したのは「千手観音菩薩」のことだ。

 それは、日本における観音菩薩信仰の形態の一つ。

 インドから中国を経て日本に伝わる中で、より強大な慈悲と救済の力を持つ姿に変化したもの。

 千の手と、その掌にそれぞれ一つの眼を持つことで、あまねく衆生を見逃すことなく救済せんとするもの。

「私は――八つの首と八つの尾をもって、“八方を見渡し、八方へと手を伸ばす”。人間非人間を問わず、全てと向き合う。群れや総体じゃなくて、一つひとつと。それが、どれだけ困難なことであろうとも。

そして、その上で我がマスターの願いを何よりも最優先し戦う。別段難しいことはない。シンプルな話よ」

 そう言い切ると共に、アサシンの右足が半歩前に滑り出す。

 同時に上体は沈み込み、背は極端に傾斜。

 今にも弾ける弓矢のごとく、全身が張り詰めていた。

 

 同じタイミングで、キャスターも魔力を込めて腕を掲げる。

 彼の頭上では、更に巨大な術式が組み上がりつつあった。

 その名は『龍星群』(Drakstjarnaflokkr)

 無数の流星を呼び落とす、殲滅の魔術。

 宝具『焔輝咆聲・天哭之星』(ビャルトグリュム・リンドヴルム)と違い、精密操作性に難はあるが、総合威力と持続性は遥かに高い。

 流星とは即ち、絶滅の炎だ。

 美しき大自然というノスタルジアごと全て焼き尽くせば、この固有結界も崩壊する。

 

「然り。我々の間に横たわるは、単純にして深淵たる断絶。それが埋まることはないと……改めて、理解した」

「ええ、そこについては気が合うわね。――じゃあ、続けましょうか」

 

 大地が抉れ、土煙が吹き上がる。

 アサシンは駆け出すと同時に、負傷した両腕に神経を集中させた。

(まずは竜牙兵から。奴らの武器には、大地由来の魔術が付与されている……傷つけた相手に重圧を纏わせ、敏捷性を削ぐ厄介な呪い)

 本来なら容易に弾ける状態異常だが、それは竜種由来のスキルがあればこそ。

 アサシンは【対魔力】のクラススキルを持たないため、現在は直撃してしまう。

 武器のダメージは微細でも、デバフは確実にその敏捷性に枷を嵌める。

 一度でも被弾すれば回避率は落ち、二度、三度と連鎖していく。

 肉体を使った打撃はリスクが高い。

 「剣」を抜くには隙が大きい。

 水による攻撃は「竜ではない」故に威力が低下している。

 故にアサシンは、現在の制約に縛られぬ「血」を選んだ。

 それは己が何者だろうと、確実に流れているものだからだ。

 その両腕が赤熱し、周囲に蒸気が立ち昇る。

 

 ――次の瞬間。

 甲高い音と共に、進行方向の竜牙兵が一斉に斬り伏せられた。

(……圧縮した血液を、斬撃のごとく打ち振るったか。その射出口は、前哨戦における両腕の傷口……!)

 

 キャスターは動体視力に「強化」を集中し、眼前の敵の動きを注意深く見据える。

 スキル【記録する者】で得た知識によれば、彼女の「血」に関する能力は、目立たないが秀でている。

 吸血による魔力吸収をはじめ――血を介して他者に自らの魔力を分け与える、血中の成分を操作する、採取した血液から対象の記憶を読み取るなど。

 特に最後の能力を、キャスターは警戒していた。

 ダルグレインの「殻」を被り死を偽装している際に出血し、それをアサシンに読み取られれば全てが水の泡になりかねない。

 そのため、かつてアイスランドでアルヴェイルを陥れるため溺れたふりをした時、「アサシンに助けられた」のは想定外であり、かなり危ない状況だった。

 もし彼女が水流を使わず、髪の毛を伸ばして引き上げていたなら。

 念のため髪の毛を通して「吸血」し、こちらの記憶を読もうなどとしていれば――

(……遺憾ながら、此の身には幸運の星が重なっていたと言わざるを得ない。だが今重要なことは、大蛇が選び取った“武器”の理由だ)

 

 アサシンは、八つの「力」を持つ。

「水」や「風」による範囲攻撃は、竜牙兵の軍団に有効だろう。

 だが、彼女が選んだのは「血」だった。

 その意味を、次の動きへの予測を――並行世界のあらゆる情報を元に、組み立てる。

 

(――予測完了。目的は「粘性」と「穢れ」か……!)

 

 ウォーターカッターめいて発射された血液は、竜牙兵を薙ぎ払った直後、その身を構成する骨を絡め取った。

 血液の粘性は、水の3~4倍。より確実に骨を回収できる。

 加えて、血は日本における「清浄」の対極。

 即ち、「穢れ」だ。

 それで竜牙兵、即ちアンデッドの骨を汚染することで強力な呪物が出来上がる。

 神道における呪いとは、死者や祟り神の起こす災厄そのものを指す。

 アサシンが「呪い」を得意とするのも道理である。

 そしてアサシンは、放った血液を引き戻し――

 

「――ハァッ!!」

 その場で一回転し、「滝」に向けて蹴り飛ばした。

 凄まじい勢いで、赤黒く染まった骨は「滝」へと着弾する。

 それらは流されることなく、等間隔で水流の表面に突き刺さっていた。

 まるで楔のように。

 死者が地縛霊となって、土地に縛られるかのように。

 

「滝を登る」ことが、術を破る必須条件。

 多くの者は伝承に倣い、素直に泳いで登ろうとするだろう。

 故に、キャスターは事前に『毒息瘴』(Eitrandvari)という術を仕込んでいた。

 悪しき竜が毒や瘴気で水場を汚染する伝承。

 それを元にした、「水を毒に変える」術を。

 ――だがアサシンは骨を足場として、水に触れることなく一直線に駆け登った。

 確かに、「滝を登った」のだ。

 最後の骨を踏みしめ、頂上に向けて跳ぶ彼女と、キャスターの目が合う。

 

(……合理的だ。だが、予測の範疇を超えたわけではない)

 キャスターの術は、二段構えだった。

 滝を登り終え、「竜であることを証明した」者は特典として莫大な生命力を得る。

 単なる魚が幻想種にまで成り上がるように。

 術者からすればそのリスクと引き換えに、「抵抗を許さずスキルを封じる」強力な効果を発揮できるのだ……という話では終わらない。

 過剰なエネルギーは、それを得た者の感覚を狂わせる。

 直前までスキルを封じられて不自由だった状態から一気に解放されることもあり、脳と肉体の感覚は大いにずれることになる。

 まるで、精神と肉体が乖離したかのように。

 一瞬の隙が致命傷となる戦場において、それはあまりにも致命的だ。

 

 キャスターには、アサシンの次に取る行動が既に予測できている。

 「幻」で分身を作り、接近。

 本体は体内の毒を含み、針のように細く圧縮し噴射した後、それを防御させたところで素早く後ろに回り、剣で心臓を一突き。

 そんな複雑な攻撃が、『登滝』(Drakarbrú)の影響下において為せるわけもない。

 無防備な隙を突き、『龍星群』(Drakstjarnaflokkr)を発動させこの景色を粉砕する。

 だが無抵抗では怪しまれる。

 加えて予測では、アサシンは「針を作り出せず、そのまま毒をブレスのように吐いてくる」。

 そのためキャスターは、竜の炎を元にした術で防御することにした。

 

「――『焔壁』(Logvegg)……ッ!?」

 

 アサシンは、分身する様子すらなく突っ込んできた。

 彼女が毒を吐く様子はない。

 その口が、開く様子はない。

 

 頭上の“櫛”が、白く煌めいた瞬間――

 ――炎の壁が、霧散した。

「ガ……ァッ……!?」

 

 『登滝』(Drakarbrú)の後押しを受けた、驚異的な加速。

 その勢いのまま、黒い影は激突。

 キャスターを天高く、爆ぜるように打ち上げた――!!








キャスターの竜種魔術リスト
・鱗突(Skaldbiti)
砕けた物質を竜鱗めいた弾丸へ変質させ、対象へ殺到させる。
物理防御にも魔術妨害にも使える小回りの利く迎撃術。

・逆鱗(Gramfjǫðr)
自らの全身の鱗を逆向きに生える「鱗の鎧」に変質させる。物理的攻撃を加えてきた相手は傷を負い、更に攻撃によって自分がダメージを受ければ、「逆鱗に触れた」とみなし攻撃されるたびに自らの攻撃力を上げる攻防一体の魔術。

・煌鱗(Glyrskjǫldr)
全身、または指定部位の鱗を高密度魔力で硬化させる防御術。
『逆鱗』より純粋な防御力に優れるが、反撃・攻撃上昇効果はない。

・登滝(Drakarbrú)
凄まじく急な滝をその場に出現させる。「登竜門」や「鯉の滝登り」に由来する術。逆説的に、この術の標的になった相手を「この滝を登れない者は竜ではない」と定義してしまう魔術。相手の進行方向を大いに妨害する。

・竜牙弾 (Ormbolti)
竜の牙を模した弾丸を射出する。
肥沃な土地や神秘の濃い大地に突き刺さった場合、竜牙兵として発芽する。

・毒息瘴(Eitrandvari)
近辺の水場を毒によって汚染する。この水に入ったり水を飲んだものは毒への対抗判定を行い、失敗したら大体死ぬ。竜が水場を毒や瘴気で汚染する逸話から。

・焔壁(Logvegg)
竜の炎を壁状に展開する、防御用の竜種魔術。ただし、これは物理的な硬度を持つ「壁」ではなく「炎によってその場を一時的に竜の支配領域として定義する」と言うべき術。
この領域に踏み込もうとするものは、熱・魔力圧・威圧によって侵入を阻まれる。
 特に毒霧、瘴気、液体、低位の魔弾など、形を持たない攻撃に対して高い防御性能を発揮し、それらを焼却・蒸発・分解する。
 一方で、質量を伴う強力な斬撃や宝具級の突撃を完全に止めるには向かず、純粋な物理防御では『煌鱗』に劣る。
言うなれば、竜が巣穴の入口に吐きつける警告の炎。

・龍星群(Drakstjarnaflokkr)
大量の流星状魔力塊を連続召喚する上位の殲滅術。
『焔輝咆聲・天哭之星』ほど精密ではないが、持続火力と制圧力で勝る。

固有名詞を含む竜種魔術
・『龍環閉塞・天地封鎖(ヴリトラ・アーヴァラナ)』
Vṛtra-saṃvaraṇa。
水を堰き止め、干魃を引き起こす堰界竜ヴリトラを元にした術。
相手の進行を塞ぎ、防御する三層の概念結界。
特に「海・川」を始めとした「水属性」の力を持つ相手には効果を発揮する。
ただ、ヴリトラの特性上「雷属性」を持つ攻撃に対して若干弱い。

・『丸胴潜影(がんどうせんえい)』
何故か「昔から目撃例が沢山あるのに全然捕まらない」事に定評のあるUMA、ツチノコ及び「野槌」を元にした術。
対象一つを選び、それの隠密性をAランクの気配遮断に相当する程度に上げる。
気配遮断と同じく、「攻撃時」には解除される。

・『緘毒の凝視(イビルアイ・バジリスク)』
視線を合わせた相手を石化(もしくは即死)させるバジリスクの伝承を元にした術。
どのような手段であれ「視線を合わせる」ことが発動する条件であり、どれだけ距離が離れていても構わない。
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