キヴォトス D.U. シラトリ地区
「納得の行く説明も無しに指揮権を明け渡せだと!? 本気で言っているのか羽川ハスミ!!」
「説明の必要はありません。直ちに指揮権を明け渡し、我々正義実現委員会に現場を引き継いでください、尾刃カンナ局長」
「D.U.での事件捜査・解決は我々ヴァルキューレの管轄だ!!」
小雨の降り頻る連邦生徒会のお膝元、D.U.シラトリ地区のとある路地裏への入り口。
そこでは、ヴァルキューレ警察学校とトリニティ総合学園・正義実現委員会の生徒たちが、互いにライオットシールドと銃口を向け合い、一触即発の空気を漂わせていた。
赤と青のパトランプが雨粒を照らす中、幾人ものヴァルキューレ生が慌ただしく走り回る只中。
駐車された装甲指揮車の中では、二人の少女が鋭い視線を交錯させ、火花を散らしていた。
正義実現委員会副委員長、羽川ハスミ。
ヴァルキューレ警察学校公安局局長、尾刃カンナ。
キヴォトスでも上澄みに片足を入れる戦闘力を持つ二人の凄絶なプレッシャーに、周囲のヴァルキューレ生と正義実現委員会の生徒たちは抱き合って震え上がっている。
今起きている“事件”を早急に解決したいヴァルキューレと、“事件”に介入したい正義実現委員会の話し合いは、互いの主張のぶつかり合いを経て、完全に平行線を辿っていた。
「言い争っていて良い状況かな?」
一歩間違えれば武力衝突もあり得る状況の装甲指揮車の中に、一人の女性が静かに足を踏み入れた。
「……せ、先生…」
「問題は人質になってる市民の方だよ。とりあえず二人とも落ち着こう……ね?」
黒髪をウルフカットにし、黒いスーツの上に連邦生徒会のジャケットを羽織った“大人”の女性。
連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの顧問、“先生”。
先だって発生した連邦生徒会長の失踪に端を発する、キヴォトス全土の騒動を収めた立役者である。
「……貴女が……。
お初に御目に掛かります、ヴァルキューレ警察学校公安局局長、尾刃カンナです」
「うん、よろしくカンナ。
………早速だけど状況を教えてくれる?」
カンナは背筋を正し、緊張した面持ちで口を開く。
「はっ。……数時間前、逃走中の不良生徒が市民とトリニティ生を人質に取り、路地裏へ逃走。
不良生徒は、現金一千万と逃走用の車を要求しています。
従わなければ、市民へ発砲すると……」
「……成程、ね」
先生は俯いてほんの少しだけ考え込んだ後、ハスミとカンナへ向き直った。
「連邦生徒会権限を行使し、現時刻をもって本件は私達シャーレが受け持つよ。
ヴァルキューレ生、トリニティ生は現場で待機、聖テレサ総合病院に救急車の手配をして」
「はっ!!」
「ハスミ、ちょっと…」
先生はハスミを外へ手招きし、二人で装甲指揮車の影に入る。
「今回正実が介入したい目的は?」
「……実は、人質になっている生徒はトリニティでエデン条約に絡む業務を担当していたんです……。
すみませんが、これ以上は……」
「…うん、わかった。
後は“私達”に任せて、ね?
……聞いてたよね、お仕事の時間だよ」
《ああ、了解だ》
ズドンッ!!
鈍い地響きと共に、装甲指揮車の上から数人の黒い外套をすっぽり被った者達が、先生とハスミの目の前に飛び降りた。
周囲を慌ただしく駆け回っていたヴァルキューレ生も、突如空から降ってきたその威圧感に驚き、動きを止める。
漆黒の外套にあしらわれた“三つ首の猟犬とシャーレ”のエンブレム。
そして、ブゥン……という低い駆動音と共に、外套のフードの奥で真紅の双眸が不気味に点灯した。
「……っ!?」
数体のオートマタを引き連れた男。
ハスミは男の異様な気配に気圧され、思わず一歩たじろぐ。
「目標は人質の奪還と不良生徒の捕縛。
市民には怪我をさせないでね」
外套の“大人”は肩をすくめると、手にした巨大な機関銃のボルトを引く。
ガシャコン、と重厚な金属音が雨粒を切り裂いた。
《ご忠告どうも》
ガスマスク越しにくぐもった、無機質な音声が響く。
《BatoとtogUsa、俺と一緒に正面から突入だ》
《あいよ》
《了解》
《bormAとpAzは路地の反対側を固めてくれ。
逃走を許すな、此方からそっちへ追い立てて挟み撃ちにする》
《了解》
《既に配置についている》
《isikaWaは不良生徒達への電波妨害とクロノススクールへの報道管制を継続。
並びに不良生徒達の裏にエデン条約締結に反対する勢力が居ないか、アングラネットに犯行予告等が無いか潜って調べろ》
《おう、了解だ》
《saIto、狙撃位置についたか?》
《ああ、bormA達の背後に付いた。
AR(オーグメントリアリティ)で雑多な障害物は除去したが、狙撃可能範囲は狭い》
《よし、突入したら一気に追い立てろ。
bormA達と挟み込んで不良生徒達が身動きできなくなったら、saItoが人質を取ってる生徒を狙撃しろ。
連中に反撃の隙を与えるな、目標を一気に制圧するぞ》
バサッ!!
雨を吸った重い外套が脱ぎ捨てられる。
現れたのは、全身を漆黒の重装甲で覆い、真紅に光る丸いガラスの嵌め込まれたガスマスク、フリッツヘルメットにMG42機関銃を携えた、圧倒的な死の匂いを漂わせる異形の巨体だった。
《突入準備完了だ》
「よし、突入。
……頼んだよ?」
《アイアイ。
連邦捜査部シャーレ麾下強制介入課特別機動戦闘隊、初陣だ。
派手に行くぞ!》
ギュイィィン……!!
各々の装甲と人工筋肉の軋む重低音が路地裏に響き渡り、漆黒の猟犬たちが一斉に雨の降る闇の中へと躍り出た。
連邦生徒会長の失踪から始まった混乱は一旦の終息を見る。
然し未だキヴォトス全域のスケバンや不良による騒動は、依然燻り続けていた。
連邦生徒会長の指示で組織された超法規的部活、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの登場と先生の活躍をもってしても、その許容量を遙かに超える騒動である事は目に見えていた。
加えてS.C.H.A.L.E所属生徒への強制力欠如による、常駐生徒が居ない状況、並びに突発的騒動への緊急対応力の無さもS.C.H.A.L.E所属生徒から問題視される。
そこで連邦生徒会と連邦捜査部S.C.H.A.L.E顧問の先生の発案の元、S.C.H.A.L.E内部に戦闘、捜査、並びに先生の警護を主目的とした、小規模な戦闘部隊の創設が認可された。
連邦捜査部S.C.H.A.L.E麾下、強制介入課特別機動戦闘隊ーー通称、特機隊の創設である。
三つ首の猟犬の属章を掲げ、漆黒の強化装甲服と重機関銃で武装した特機隊は、その圧倒的な火力と戦闘力でキヴォトス全域のスケバンや不良を恐怖のどん底に叩き落とした。
然し、変革を続けるキヴォトスにおいて、急速な変化をもたらす特機隊は、徐々に先生と生徒の織り成すキヴォトスを舞台とした淡い青春の一幕に巻き込まれていく……。