旅するのは間違っていただろうか   作:ハトマヨネーズ

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走るクラネル

 身長二mを超える偉丈夫ザルド。

 かつて【暴喰(ぼうしょく)】と呼ばれていた元英雄の男は、気付いたら転生していた。

 ザルドはかつて歴史に名を残した男だった。

 陸の王者と呼ばれるモンスターを葬り去り、当時住んでいた世界を救界に近づけた。しかし、その時点で余命はわずか。陸の王者ベヒーモスから貰った猛毒のせいだ。

 しかも所属していた神の派閥は黒竜に敗れて壊滅。

 あろあことか英雄の都から追放されてしまった。

 抜け殻と化したザルドは思っていた。このまま枯れるように死んでいくのもいいと。しかし、どうせなら世界の礎となるため、派手に散ってやることに。そこそこ期待できる鼻たれ小僧に殺されてやったら、記憶を持ったまま故郷で生まれ──現在に至っている。

 

美味(うま)いな。ザルド、なんだこれは」

「マツタケアワビだ。その辺に生えていた松茸と朝市で購入してきたキンギョソウを使っている。非常にヘルシーだが食べごたえ抜群。隠し味はトカゲの尻尾だ」

 

 いきなり訪ねてくるなり八つ当たりをかましてきた戦友の女、アルフィア。

 獰猛(どうもう)な獣は落ち着かせてやらねばならんので、ザルドは手料理を振る舞った。お気に召したようで何より。

 彼女とザルドは今いる『テイワット』とは違う世界で活動していた冒険者だった。

 前世を含めると彼女との付き合いはそこそこ長い。

 死んだ時期はほぼ同じで、お互いに気付いたら故郷に転生していた。名前こそ違うものをつけられて育ったが、姿は全く変わらず。戦闘力もそこまで落ちてはいないと思う。

 

「トカゲの尻尾だと? 貴様、私の口に入るものの中に、そんなものを入れたのか」

「どうどう。怒気を発するんじゃない。体に害はないし良い隠し味になるんだ。少しピリピリして食べやすいだろう?」

「……ふむ」

   

 確かにそうかもしれない。そう言って納得したアルフィアを見て、ザルドは「フッ」と得意げに笑う。

 ザルドは料理人である。それなりのプライドも持っている。味で相手を納得させる瞬間は、いつも気持ちがいいものだ。

 

「それにしてもアルフィア。お前も難儀だな。今頃になって血筋の問題が出てくるとは」

「血筋だ? 姿は同じでも私を産んだ親は違うぞ。この体には王族の血など流れていない」

 

 アルフィアは冷笑を浮かべた。 

 彼女の故郷は()()()()のテイワットだ。そこから逃げ出してオラリオに辿り着き、向こうで生涯を終えた。ザルドも、アルフィアの妹も同じパターンであった。

 

「だが、残党共はそうは考えてはいないのだろう。お前を引き込んで上に立って欲しいと望んでいる」

「お断りだ。あまりしつこいようなら滅ぼすのみ」

 

 アルフィアは僅かに(まぶた)を動かした。ほとんどない隙間から鋭い眼光が発せられる。

 一旦は収まっていた怒気が蘇ってきて、ザルドは肩をすくめた。

 

「他にはいないのか? 王族の生き残りは」

「知らん。興味もないから調べようとも思わん」

 

 かつて彼女が生まれた国、カーンルイア。

 五百年前に滅亡しているが、全国民が()()()()()()てしまい人外の姿となった。そいつらは現代においても生き続けていて、祖国の再興を夢見ている。

 アルフィアは指導者として求められているらしいが、本人にその気は全くない。

 祖国のことが嫌いな彼女からすれば、滅びてくれてむしろよかった。せいせいしているようだ。ザルドとて似たようなものだ。生まれ故郷に興味はない。

 

「……オラリオはどうなっているだろうか」

「今となっては()(よし)はないな。俺達にできることは祈ることくらいだろう」

 

 二人が気になっているのは、迷宮都市オラリオのこと。鼻たれ共は多少は成長したか。ダンジョン攻略はどこまで進んだ。自分達が果たせなかった黒竜討伐は果たされたのか。

 そして、旧二代派閥の遺児とも言える子供。

 アルフィアからすれば愛する妹の子、ザルドからすれば友人達の子。自分達が戦死した時はまだ小さかったはずの子は、元気に歳を重ねてくれているのか。

 

「メーテリアの子に病が遺伝していなければいいが。私はそれだけが気がかりだ」

「恐らく大丈夫だろうとゼウスは言っていた。信じろ。俺にはそれしか言えん。どちらかと言うと世界が滅びていないか。そっちの方が心配だ」

「おい、縁起でもないことを言うな」

 

 向こう側の景色を見ることはできない。しかし、この戦友となら昔話をすることはできる。それはザルドにとっては心地良い時間であった。

 

「少し考えてみたんだが……アルフィア、たまには旅でもしてみないか」

「なんだいきなり。頭でもおかしくなったか」

「まだ見ぬ食材が欲しいと思っていたところだ。こうして再会できたことだし、ここはひとつ、手伝え。【静寂】も【暴食】も今は昔の話だ。これからは新しい人生……美食を求めてみるのはどうだ?」

「なぜ急に饒舌になる……頭おかしいだろうお前」 

 

 こちらに戻って来てから随分と時が流れた。

 正直なところザルドは燃え尽きている。かつてのように血なまぐさい日々を送るつもりはないが、このまま山奥で歳をとっていくのは退屈だ。

 久しぶりに戦友の顔を見て冒険欲が蘇ってきたのもあるし、ここは旅をするのがいいだろう。

 まだ見ぬ食材を求めて危険な場所を巡るのだ。悪くはない。アルフィアも根は冒険者なわけだし、きっと興味を示すはずだ。

 

「アルフィア、考えてもみろ」

「なにをだ」

「お前に縋り付いてくるけったいな姿の連中。アビス教団は極めてしつこい。このままではいつまでも、どこまでもつきまとわれるぞ」

 

 また、アルフィアを引き入れようとしているカーンルイアの残党達。アビス教団のことを考慮するなら、彼女は常に移動していた方がいい。

 

「それがどうした。私には関係がない」

「それでも奴らはやって来る。このままではお前はどこにも定住できないぞ。静かな生活など夢のまた夢だ。ゆえに、旅だ」

「全くわからんぞ。なにが『ゆえに』だ。お前、頭おかしいんじゃないのか」

 

 ザルドは「フッ」と微笑んだ。

 こんな簡単な話もわからないとは、相変わらず脳筋な女だ。

 

「あえて人前に出ることで、奴らをどんどんおびき寄せる。出てきたら血祭りにあげる。それこそ何度だって挽肉にしてやるんだ。それを繰り返していけばきっと、流石のあいつらも諦めるだろう」

  

 ついでに良い気晴らしになるだろうし、ザルドは食材が手に入る。

 いいことづくし。やらない理由はない。

 

「どうだ、アルフィア」

「なるほど。あえて引き寄せるという発想はしたことがなかったな」

「ならば旅の準備を。美食を求めるのは間違っているだろうか!」

「お前、頭おかしいんじゃないのか?」

 

 ザルドはテンションが上がってきた。

 頭の中に浮かんでいるのは、一人では入れない秘境のことだ。大量の巨大蜂を誰かが引きつける必要がある、超絶危険な場所。あそこにはまだ見ぬ蜂蜜が眠っていると聞く。アルフィアとならきっとやり遂げられるはずである。

 

「蜂蜜を求めるのは間違っているだろうか!」

「よしそこになおれ。その間違いだらけの脳味噌を消し飛ばしてやろう」

 

 これは面白くなってきた。

 ザルドは意気揚々(いきようよう)と立ち上がると、すかさず麒麟(キリン)すら吹き飛ばすような凄まじいビンタが飛んできて──上半身が壁に刺さった。

 

 

 

 

 

 

 洞穴を走る、右に左に曲がって曲がって同じようなところに出る。

 暗い石の空間を駆ける。左に右に曲がって高い岩をよじ登り、同じようなところに出る。

 謎のモフモフ達を蹴散らして進む。右に曲がって右に曲がって扉をぶち破った先、同じようなところに出る!

 

「逃がすな! たとえ協力を仰げなかったとしても、タダで逃がすわけにはいかん! 生け贄がムダになる!」

「ヒルチャール共、ハタラケ!」

「ヤー!」

「ヤーー!」

 

 敵がどんどん、増える!

 モフモフさん達だけじゃなくて、棍棒を持った野蛮人みたいな方々まで出てきた!

 ダメだ出口に辿り着けない。さっきからどうやっても同じ空間に戻ってきてしまう。ダンジョン顔負けの迷宮じゃないか、ここは!

 

「ダメだ迷子だ!‍? ヘルンさんマッピングできます!‍?」

「もうやってる! ちゃんと先には進んでいる安心しろっ、これは迷っているのではなく、ただ広いだけです!」

 

 流石は女神の侍女頭! 仕事が早いですね! 

 でもやけに足が早くなってる気がするのはなんで? かなり辛そうだけど、それでも僕の脚力についてこれてるのはおかしくない? 

 どう考えてもおかしい!

 この状況も含めて、わけがわからないよ!

 ヘルンさんのことは悪いことじゃないけどぉ!

 

「ヤーッ!」

「すみません通ります!」

「ヤーッ!‍?」

 

 横穴から飛び出してきた野蛮人さんを突き飛ばし、僕は先に進む。モフモフさん達は『ヒルチャール』と呼んでいた。聞いたことがない種族だ。なんか言語(しゃべ)ってるっぽいし、怪物っていう分類でいいのかは迷うところ。

 

「いくらなんでも多すぎる──しつこすぎる! こいつらは一体どこから湧いてくるの!」 

「ヤーッ!‍?」

 

 ヘルンさんが真っ赤な顔で怒っている。

 天井から落ちてきた野蛮人(ヒルチャール)に掴みかかると、棍棒を奪い取って装備した。

 

「蛮族が、舐めるな!」

「ヤーッ!‍? ヤーッ!‍?」

 

 砕け散るヒルチャールのお面。生々しい音が何度も通路に響き渡り、野蛮人の頭部も砕け散った。ゲッ骨が突き出してる!‍?

 

「なんだあの凶暴な女は!」

「早く捕まえろ! 相手はたった二人だぞ!」

「ヤッ、ヤー!」

「ヤーッ!」

「うわわわわっ!‍? またいっぱい出てきた!‍?」

 

 敵の強さは正直、そこまでじゃない。 

 ゴブリンよりは全然強いけど、せいぜいダンジョン中層レベルの攻撃力。だから致命傷を貰ったりは心配ないけど、とにかく()()

 

「ランランルー!」

「ランランルーってなんですか!‍?」

 

 赤いモフモフさんが頭上から()を放ってきた。僕は落ちていた棍棒を掴み取り、投擲。

 しかしバキっと音を立てて()()()()

 モフモフさんの周りには薄い赤色の膜が広がっていて、その体は浮いていた。

 結界展開+浮遊魔法だ。

 かなりの強度なのか、全力で投擲してもヒビひとつ入らない。魔法(ファイアボルト)()()()されてしまった。

 

「この、死ね! 死ね!」

「ヘルンさんそいつもう死んでます! ってうわ()()()()()!‍?」

 

 僕達が走ってきた方向から、ドドドドドド──っと音を立ててヒルチャール達が走ってきた。

 今度はやたらでかいヤツもいる。巨大盾を構えてるんだけどアレもヒルチャールなのか!‍?

 とにかくやばいどうしよう! ダンジョンの怪物の宴(モンスターパーティ)並みにキリがない! やられることはないにしろ、このままだと泥沼だ!

 

「殿下! お覚悟!」

「ッ、こうなったら割れるまで()()!」

 

 モフモフさんが急降下してきた。

 僕は長期戦覚悟で接近戦(インファイト)を決意して、奪い取っておいた棍棒を構えた。二刀流で迎え撃とうとした! その時!

 

 

「──ブギャアッ!‍?」

 

 冷たい空気が吹き抜け、目の前の景色がゆらめく。

 床から特大の水柱が吹き上がり、モフモフさんを吹き飛ばした。凄まじい勢いで天井に叩きつけられ、結界が消滅する。そのまま、あらぬ方向に飛んでいくモフモフさん。その首は変な方向に曲がっていた。

 

「今のなに!‍? 天変地異ですかヘルンさん!‍?」

「私に聞かれても困る! だが助かった! 鬱陶しい畜生(チクショウ)共も一掃できた! ひとまず!」

 

 突然のことに足が止まったヒルチャール達を、僕達はすぐさま叩き潰した。

 よくわかんないけど有り難い! 

 少しズレてたら吹き飛んでたのは僕達だったけど、そこは結果オーライってことで!

 

「おーい! こっちだ! 出口まで連れていくからついてきてくれー!」

「誰!‍?」

 

 さあ頑張って逃げよう! 

 こうなったら壁をぶち破ってでもと考えていると、どこからか声が聞こえてきた。

 声の方向は前方から。三方向の分岐前で、こちらに手を振っている人がいた。

 濃厚な茶色い髪の、多分、男の人。

 白いズボンと赤いシャツを身につけており、朱色のマフラーを巻いている。頭に着いているカッコイイ髪飾りに、僕は目をひかれた。

 さっきの水柱、もしかしてあの人がやったのか?

 

「このタイミングで現れる謎の人物……怪しすぎる! 見なさいベル、あの男、声だけではなく顔まで胡散臭(うさんくさ)い!」

「いやそんなこと言ってる場合ですか、行きますよ!」

 

 ヘルンさんは男性に疑いの目を向けた。その瞬間に新たな水柱が生まれて、僕達の後方を水浸しにする。

 立ち上がろうとしていたヒルチャールが二人、押し流されていった。

 

「俺は味方だー! ほら早く急いで! この拠点は複雑だ! 迷子になっても知らないからなー!」

 

 朱色のマフラーの先が激しく揺れた。

 男性が僕達に背を向け、走り出す。

 

「ヘルンさん、あの人はヒルチャールを倒しました! 僕達の味方です! 大丈夫ですよ!」

「それはまだわからない! 世の中はそう単純なものではないの! 敵の敵が味方になるとは限らないから!」

 

 僕達は声を張り上げながら足を動かし、男性の後を追いかけた。

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