旅するのは間違っていただろうか   作:ハトマヨネーズ

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男が多いという異常事態

 あっ、これは死ぬ。

 洞窟から出た後、僕はそう思った。

 周りには()()()()()。外の光を浴びた直後、待っていたのは浮遊感だった。足元が()()して()()()()に投げ出されてしまった。

 ヘルンさんは探してくれていると思うけど、罵倒も呪詛も聞こえてこない。耳に届くのは荒々しい吹雪の音ばかり。

 風がびゅうびゅうと吠えている。

 びたびたと雪が体にまとわりつく。視界は酷く狭まっていた。

 

(口を開いたら、凍る……っ)

 

 青白い光が延々と続く。

 万物平等、全て凍てつかせる絶対零度。

 なんだここは。やっぱりダンジョン? 未確認領域(エリア)? あのモフモフ達は異端児(ゼノス)みたいなもので、まだ発見されていなかった新しい生命体? ダメだ考えがまとまらない。とにかく寒い。それでも進み続けないと()()

 

(……? 光が、赤くなった?)

 

 今、どこに向かって歩いているのかは知る由もない。わかるのは傾斜を下っているということだけ。

 僕は角度の着いた道を進んでいた。そして、青い光の奥、右の方で赤い光がまたたいている。

 

(焚き火……なわけないか。なんでもいい。どうせこのままじゃジリ貧だ)

 

 ばきっ、ばきっ、と音がする。

 体についた白い霜が、踏みしめた草が、土が、僕が体を動かすたびに砕けていく。

 一(メドル)先すらまともに見えない。

 こんな状態だ。正体不明の怪しい光であっても目印にして進むのみ。まあ、待っているのがモンスターってパターンもあるかもしれないけど、その時はその時だ。

 

(これ、口が開かない……声も出せなくなった……どんな危険領域……だっ)

 

 自慢じゃないけど今の僕はLv.5。第一級冒険者と呼ばれる規格外な人達と同じ(くく)りだ。でも、その『器』すら沈黙させられるって、とんでもなく危ない領域(エリア)だ。

 

(……?)

 

 ふと、視界が半分ほど赤くなって、すぐに真っ黒になった。左目の感覚が消えている。これ、凍傷の出血が速攻で凍った……?

 痛みはないけど代わりに眠気が襲ってくる。

 まずい、寝たら死ぬ。でも、手足からどんどん力が抜けていって、あっ死んだと思った。

 

 

 

『頑張れ、死ぬな。君は英雄になるんだろう?』

(ふぁ?)

 

 ぼやけた視界の中で声が聞こえた。

 男の人の声。赤い光の方から。先程までは見えていなかった人の影が立っている。僕はヨロヨロと、フラフラと、その人物に向かって歩いていく。

 顔は見えない。体は細身。鎧と兜のシルエット。地面に刺さっているのは多分(たぶん)剣だ。

 

『もう少し、頑張れ。じきに仲間が来てくれる。少しだけ、ここで待っているんだ』

(レオン先生……? いや違う……)

 

 一瞬、特定の人物の顔が頭に浮かぶも、すぐに違うと確信する。

 落ち着いた口調の声は少し高い。

 僕が知る『騎士』とは別人だ。ハーフドワーフの彼はもっとがっしりしている。

 

『よし。ここまで来れば大丈夫だ。焚き火を灯しておいたから、後は自分で何とかしてくれ。こちとら消える寸前でね。申し訳ないけど、してあげられることはほとんどないんだ』

 

 何を言われているのか、思考することはできずに眠気に負ける。

 柔らかい何かに倒れ込んで、僕は目の前が真っ暗になった。

 

『これは君が悪いわけじゃない。今のこの場所はいわば魔境。魔の山だ。誰であろうと対策()しにさ迷えば(たお)れるだろう』

 

 暗闇の奥で赤い光が大きくなって、(はじ)ける。

 声が小さくなっていく。あたたかい炎をすぐ近くに感じながら、僕は意識を失った。

 

 

 

『それではまたな、異邦の英雄。次に会う時は、どうか私を救ってくれ(殺してくれ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルは痛みを感じて覚醒した。

 眼球が焼けて蒸発した時のような激痛。

 何事かと「ホォアー!‍?」と奇声を上げて飛び起きると、目の前にあった綺麗な顔が引きつった。それはそれは盛大に、目を見開き、手にしていた()()()があらぬ方向に飛んでいく。

 

「ってナイフ!‍? 何してるんですかヘルンさん! まさか僕を殺そうとっ」

「してないわよっ! なんなの貴方は! その目があまりにも痛々しかったから、手当てしてあげていただけです! 私をなんだと思っているのか!」

 

 ベルは身の危険を感じた。ヘルンはあらぬ疑いをかけられて怒った。本当に手当てしていただけなのだが、少年の反応は怯えであった。常日頃(つねひごろ)から凶器を片手に(ベル)を追い回していた弊害がここに。

 

「痛々しいって…………たしかに痛い! めちゃくちゃ痛いんですけどなんですかこれ……まさかさっき飛んでったナイフで」

「だから違う! まさか貴方は何も覚えていないの!‍? 吹雪に飲み込まれてここに倒れていたんですよ! なんで瞼が()()()いるのかは私が聞きたい!」

「砕け……砕けっ!‍?」

 

 少女(ヘルン)は立ち上がり、黒衣(スカート)の裾をぱんぱんと軽く叩いた。一瞬、顔が赤くなったがすぐに真っ白に戻る。やはり彼女も寒いようだ。

 

「ベル、見ない方がいいぞ。見たらもっと痛くなる」

「あ、お兄さん……無事だったんですね」

 

 段々と頭がハッキリしてきたところで、ベルはキョトンとした。焚き火の向こう側に置いてあった布の塊が動いて、中から若い男が出てきたからだ。

 謎の洞窟の出口付近に閉じ込められていた、灰色の髪の青年だ。キリッとした金の瞳にシャープな顔立ち。美形で身長も高い。いわゆるモテそうな容姿で、聡明そうな雰囲気を醸し出している。

 

「ああ、おかげさまで。そうそう、名前もわかったんだ」

 

 青年はベルに向かって拳を突き出し、(さわ)やかな笑みを浮かべた。

 

「! 思い出したんですね!」

 

 ベルは破顔した。

 自分が誰かわかないと言っていたはずだが、もしかして記憶が戻ったのか。だとしたら本当に良かったと握手しようとしたが、青年の選択はグータッチであった。ベルは手の平を殴られた。握手はして貰えなかった。

 

「ああ! 俺は(キュウ)だ! バットに名前が書いてあったから間違いない!」

「へえ、キュウさんって言うんです……ね?」

 

 そして、ベルはすぐに気付いた。

 アレ、これ多分(たぶん)記憶戻ってないぞと。

 

「ベルのお陰だ。ヘルンは鉄クズだとか酷いことを言ってくるんだけど、このバットがなければ俺は自分の名前がわからなかった。だからありがとう。この恩はいつか返すよ」

「そうですか……は、はは。ドウイタシマシテ」

 

 (キュウ)と名乗った青年は、金属バットなる鉄の棒を愛おしそうに抱きしめる。

 おそらく撲殺(ぼくさつ)用武器だ。持ち手のところはテープでぐるぐる巻きにされており……鉄の棒だ。多少(まる)みがかった鉄の棒。それ以外に形容する言葉が思いつかない。

 

「その、キュウさんはどうしてあんなところに……? もしかして誘拐とか」

「ベル、彼のことは今はどうでもいいの。私は貴方に聞きたいことがある」 

 

 と、ここでヘルンが話を(さえぎ)る。灰色の長髪を軽く耳にかける仕草をすると、彼女は静かに話し始めた。

 

「このテントはなに? 誰かここにいたの?」

 

 そう言って、ぐるりと空間内を見渡す。

 形は三角形。赤い布の素材で出来ており、出入口には幕がかけられていた。中央には焚き火。鍋が置かれていて、中にはお湯が入っている。

 

「えっと……あれ?」

 

 ベルはうろたえた。

 記憶を手繰り寄せようとするも、上手くいかない。

 たしか誰かの声を聞いたような気がするのだが、頭にモヤがかかって思い出せなかった。

 それなのになぜか、少し切ない気持ちになる。

 ちらりと斜め下を見ると、紫色の剣が布の上に横たわっていた。ベルのものではない。武器の類は全て紛失してしまっているし、その中にもなかったはずだ。

 

「すみません……」

「思い出せない……と。()()も含めて記憶に難がある人ばかりですね。頼みますよ、貴方まで記憶喪失とか嫌なので、勘弁してくださいね」

 

 彼()

 頭の上に疑問詞が浮かぶ中、テントを塞いでいた幕がヒョイ、と持ち上げられる。

 顔を出すのは赤みを帯びた茶色の髪の男。

 洞窟内で先導してくれた青年だ。彼は寒そうに体を擦りながら中に入ってくると、ベルを見て「おっ!」と嬉しそうな声を上げる。

 

「目が覚めたか! いやー、良かった良かった! 若妻を遺して凍死とか最悪だからな、生きててほんと良かったよ!」

「あはは……お騒がせしました。洞窟ではお世話になりました…………ん?」 

 

 ベルは再会を喜び、そしていぶかしんだ。

 ちょっと待て、奥さんってなんだ。

 

「ヘルンさん、これはどういう」

「そういう設定だったでしょう。設定は守るためにある。つべこべ言うなら殿下と呼びます」

「……えぇ?」 

 

 どうやら彼女の仕業らしい。

 檻の中でやむを得ず作った夫婦設定を継続して、彼らに対しても貫くつもりのようだ。そんな必要全くないのに、なんでそんなことを。

 

(というか、殿下……そうだった。あのモフモフさん達は僕を誰と勘違いして…………はぁ、妙なことになったなぁ)

「しかし十四歳で奥さん持ちとか凄いよなぁ。しかもとんでもなく美人だ。これが弟貴族ってやつかねえ?」

 

 ベルはガックリと項垂れ、名前も知らない青年に恨めしげな視線を送った。

 そりゃあ美人は美人だが、結婚はしてない。そんなことになったら色んな意味でまずいし、そもそもする予定もない。恋人同士ですらないのに、どうしてこんなことに!

 

「弟貴族……言い得て妙」

「ヘルンさん……?」

 

 ヘルンはなにやら感心していたが、ベルは全く意味がわからなかった。

 

「よし! それじゃベルも目が覚めたことだし、飯にしようか! 魚を取ってきたから煮て食べよう! おあつらえ向きに鍋があるしね!」

「おー、流石はタリーさん! この猛吹雪の中で釣ってきたとか凄いよあんた! 俺には真似(まね)出来ない! よっ、タリーさん!」

 

 ここで盛り上がる青年二名。

 タリーなる茶髪の青年が魚を持ってきてくれたので、本日のご飯が確保できたのだ。(キュウ)は手のひらを合わせてはしゃいでいた。

 

「おいおいキューちゃん、釣りができるわけないだろ湖は凍ってるんだから。俺は氷をかち割って、手掴みで魚を捕まえてきたのさ。自然冷凍食品ってやつだね。はは、これは鮮度も良さそうだ」

「すげえ! なんか……浪漫(ロマン)だな! こうなったら冷凍の鳥も捕まえてくるか? 鶏肉はそのままでも美味しいし……俺、鳥も食べたくなってきた」

「じゃあ、呼び寄せてきなよ。自然冷凍されてた鳥は見つからなかったけど、鳴き真似でもすれば寄ってくるんじゃないか?」

「鳴き真似(マネ)か…………チュンチュン! 凍りかけた小鳥ィ……チュンチュン!」

 

 キューちゃんは喉を震わせて鳴き真似を始めた。い

 いきなり始まった特殊なノリに、ベルはついていけない。大丈夫かこの人達と内心で汗を流しながら、愛想笑いするのが精一杯であった。

 

「ベル。思うところはあるでしょうが、とりあえず貰えるものは貰っておきましょう。貴方、随分(ずいぶん)と消耗しているようなので。ちゃんと食べなさい」

「あ、はい。もちろん食べますけど……」

「……なにか?」

「なんでもないです……」

 

 この時、ベルは違和感を感じていたが誤魔化した。

 普通のことを普通に言われただけなのだが、怒りながら言われないのはレアだ。

 もしや、ヘルンは機嫌が良いのだろうか。

 それはないだろう。こんなわけのわからない状況になってウキウキしているはずがない。

 

「チュンチュン、チュンチュン!」

「ははは! なんだよその気持ち悪い声! センスがまるで感じられない面白すぎる!」

「ひどいぞタリーさん! 俺は真面目にやってるんだ!」

「ごめんごめん! キューちゃんは素直だなぁチュンチュン!」

「「チュンチュン!」」

 

 そして、やっぱりノリについていけない。

 こういうのが男同士のノリというものなのか。いやでも、ヴェルフはチュンチュン言わないしモルド達も鳴いたりはしない。

 どうしたものかと困っていると、タリー青年が「あっ」と。何かを思い出した様子で声を上げた。

 

「ベルには自己紹介してなかったな。俺は冒険者のタリーだ。なんでここに来たのかは忘れてたんだけど、さっき思い出した」

「思い出したんですか。貴方、本当に忘れていたんですか胡散臭い」

「ちょっとちょっとヘルンちゃん。胡散臭いとか酷いって。俺は本当に記憶が飛んでいたんだよ」

 

 なるほど。

 会話を聞いている中で、ベルは合点がいった。

 ヘルンが彼()と言っていたのはこのことか。

 どうやらタリーも記憶を失っていたようだが、さっき思い出したらしい。それだけで胡散臭いとは思えなかったが、たしかに雰囲気は軽い。チャラいと言った方がいいかもしれない。ベルの周りにはいないタイプのヒューマンだ。

 

「それでね、なんで俺がここに来たかって話なんだけど……同僚がコソコソと何かやってるから、気になって見に来てみたんだ。結果、よくわかんなかった」

「は、はあ、そうなんですか……それはまた、お疲れ様でした……?」 

「うんめっちゃ疲れた。寒いし寒いし寒いし。なんだよここは、地獄か!」

 

 うんそれはたしかに。

 迫真の顔で「地獄か!」と繰り返すタリーに、ベルはコクコクと頷いた。 

 

「まあ俺の事情はそんな感じ。君達を見つけたのは調査の途中だった。怪しい遺跡があったから潜入してみたら少年少女で、まさかの夫婦だったってオチ。いやほんとビックリしたよ。ヘルンちゃんが『夫を探さないと』って言うから、結婚してんのかい! って」

「……」

「なんですかベル。夫婦であっても凝視するのはどうかと思いますよ」

 

 半目でヘルンを見たら、シレッと窘められた。 

 完全になりきっている……! 女神(フレイヤ)にバレたらお仕置されること間違いなしの愚行である。

 

「……ええと、タリーさん。助けてくれてありがとうございました。質問があるんですけど、いいですか?」

「いいよ。なんでも聞いてくれ。俺に答えられることなら答えるから」

 

 にこやかに快諾してもらったので、お言葉に甘えることにする。

 この後、ベルはいくつか質問をした。

 まず、ここはどこか。オラリオまではどれくらいの距離があるのか。

 次に、タリーの所属【ファミリア】はどこなのか。

 そして、カーンルイアとはどんな国なのか。

 タリーは全て答えてくれた。ただし、それらの答えはいずれも、ベルの期待していたものではなかったが。

 

「ここは地方で言うとモンドだね。風神の加護を得ている自由の国。ただしこの山はかなり特殊な場所で、呪いみたいなものがかかってて人間が住めるところじゃない。見ての通りさ。次にオラリオっていう地名を俺は知らない。悪いね。【ファミリア】っていうのもわからないな。ヘルンちゃんとも同じような話をしたんだけど、君達はどこから来たんだ?」

 

 タリーの説明によれば、この危険領域はモンドという国の一部で、年中氷に包まれている雪山。

 何百年も前に神罰が落ちたとかで、人の住めない場所になってしまったらしい。

 そして、オラリオという地域も国も、街も()()()()()()()()。少なくともタリーは聞いたことがないという。

 

「オラリオっていうのが辺鄙(へんぴ)な場所にある小村とかなら、俺も知らない可能性はあるけどね」

「そんなはずは……迷宮都市オラリオは世界の中心で、沢山の英雄が活躍している場所で……小さな村なんてことはないです。絶対に」

「そう言われても、知らないものは知らないからなぁ……。それにあれだ。【ファミリア】っていうのは神と人が一緒に住んだりしてるんだろう? この世界ではかなり珍しい形だ。そんな光景は普通見られない。神の恩恵を背中に刻んだ冒険者は()()()。つまりだ。君たち、別の世界から来たんじゃないか?」

 

 眉を上げて面白そうな顔をするタリーに、ベルは沈黙を返す。

 ここは別世界。

 そうじゃないかとは思ってはいたが、こうも材料を並べられてしまうと反応に困る。いくらダンジョンが未知の巣窟だとは言っても、別世界にワープさせられるとか有り得るのだろうか。

 

「……もしそうなら、帰ることは」

「私も考えているけど、現状、なんとも言えない。ここの文明水準すらよくわかっていないし、まずはモンドとやらに行ってみましょう。ああ、この地獄のような雪山もモンドなんでしたね」

 

 ヘルンは落ち着いているように見えるが、胸中穏やかではないはずである。

 いや、もしかしてフレイヤと通信できていたりするのだろうか。後で確認してみようとベルは思った。

 綺麗な顔をちらりと盗み見ると、真っ白だ。

 彼女も相当、疲労が溜まっているはず。いきなり倒れたりしたら困るから気にかけておこう、と決めた。

 

「……はぁー」

 

 無意識に長嘆して、目の前の焚き火に視線を移す。

 

「……俺からもいいか? 腹減ったから、早く魚を……」

 

 そこで、少しばかり張り詰めていた空気が弛緩した。

 未だ金属バットを抱きしめている(キュウ)が、死にそうな顔で冷凍魚を見つめている。

 どうやら腹ペコのようだ。

 そんな彼を見ていたらベルもお腹がすいてきた。そういえば何日まともに食べていないか分からない。あの檻の中で眠っていた時間は不明である。

 

「そんじゃ、食事を取って今日は寝る。もう夜中だからな。しかも普段より空が荒れてるから、出発するのは朝まで待とう。それでいいかな? モンドまでへの道は案内できるから、引き続き俺がガイドするよ」

 

 タリーの言葉に異論はなく、ベル達は朝まで体を休めた。

 元々テントを使用していた人物が現れることはなく、赤い光の正体も不明なままであった。

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