学園黙示録 HYPER-BURST   作:ランディー55

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今回もまた説明です(ネタバレ)


6限目

 寮から警備室へ戻った傑と冴子を迎えたのは、カレーの匂いだった。

 沙耶と平野は机を挟んで晩飯を食べている。

 とは言っても、非常食のレトルトカレーと電子レンジで温めたパックご飯という質素な夕食だ。

 

「お、帰ってきた」

 

 平野がスプーンを止める。

 

「お疲れ様。カレーあるわよ」

 

 傑と冴子は椅子へ腰を下ろし、カレーを食べだした。

 

「……で、明日、具体的にどこ行くかとか決めてるん?」

 

 沙耶はスプーンを皿へ置き、小さく息を吐いた。

 

「孝は二年生の校舎とその周辺を回りたいって」

 

「ツレか?」

 

「ええ。置いてきたのが心残りらしいわ。

 三日も経てば、生き残ってる可能性はかなり低い。それでも探すなら明日が最後だって」

 

「……せやろな。メンバーはどうすんねん?」

 

「向こうで再編してるみたい。用務員さんがいるから、学園のバスも動かせるんですって。

 人数を分散させて効率良く回るつもりらしいわ。

 全くアイツ、こういう時だけ妙に頭が回るんだから……」

 

「では、私と金剛君は小室君達へ合流するのか?」

 

「いいえ。二人は別行動よ。向こうはもう十分な戦力があるわ。

 アンタ達には偵察をお願いしたいの。先に現地へ行って、生存者の様子を確認する。

 敵意があるのか、話が通じそうなのか、それだけでも知りたいのよ」

 

 机の上へ置かれたノートパソコンを軽く叩く。

 

「監視カメラで見て分かったんだけど…やっぱり他にも武装した生存者がいるわ。

 しかもサプレッサー付きの銃を使ってる」

 

「やろうな。俺らが持っとるんや、他にもおって不思議やない」

 

「そういう事」

 

 沙耶は頷いた。

 

「だから不用意に近付くのは危険。まずは二人で様子を見てもらうわ。

 撃たれてもアンタ達なら銃弾ぐらい交わせるでしょ」

 

「偉い無茶苦茶言ってくれるな?」

 

「それぐらいなのよ、アンタ達は」

 

 冴子は静かに笑った。

 

「しかし…となると、第一体育館も行かなあかんか」

 

「…ええ」

 

 沙耶の表情が僅かに曇る。

 

「正直、あそこには関わりたくない。でも紫藤は絶対に何か知ってる。

 生徒を集めて立て籠もってるなら、情報も集まってるはずよ」

 

「監視カメラから紫藤先生見えんのか?」

 

「無理」

 

 即答だった。

 

「多分、カメラを壊したか、レンズを塞いだか……どっちかね。

 体育館周辺だけ綺麗に映像が途切れてるのよ」

 

「…なるほどな。向こうも監視される前提で動いとる訳や」

 

「そういう事」

 

 沙耶は静かに頷いた。

 

「だからこそ、慎重に行くしかない。

 今のところ一番読めない相手は……ゾンビじゃなくて、人間よ」

 

「やなぁ……」

 

 傑は大きくため息を吐いた。

 

 そして、夜は不気味なほど静かに過ぎ去った。

 警備室では傑達が交代で見張りに立ち、沙耶は監視カメラを確認し続ける。

 幸い、大きな異常は起きなかった。

 

 翌朝。傑と冴子はDR-Zに跨り、校内の偵察へ向かった。

 

 校舎、グラウンド、各寮棟――。

 監視カメラに映る明らかに排他的な場所は除き、各所を巡回した。

 そこで遭遇した生存者達に敵意は見られなかった。

 その報告を受け、孝達の救出班が安全を確認しながら進撃する。

 

 校内移動用のバスも動かし、第四寮棟への生存者輸送も順調に進んだ。

 さらに各所の武器庫からは新たな銃器や弾薬も回収できたため、慢性的だった弾薬不足も徐々に解消されつつある。

 

 もっとも、MG3だけは別だった。

 あれほどの火力を維持するには大量の7.62×51mm弾と予備銃身が必要になる。

 切り札である事に変わりはないが、気軽に振り回せる代物ではない。

 

 そして昼。ちょうど正午だった。

 偵察を終えた傑と冴子は警備室へ戻ってきた。

 モニター室では沙耶が監視モニターとノートパソコンを何度も見比べながら、慌ただしく無線機へ指示を飛ばしていた。

 無線を切る間もなく、次々と通信が入っている。

 

 そんな様子を見た傑は、何も言わず警備室の小さな炊事場へ向かった。

 冷蔵庫を開ける。

 

「……余りもんばっかやな」

 

 半端に残った焼き豚。

 刻みネギ。卵。冷えたご飯。

 

「まぁ…十分か」

 

 フライパンに油を引き、一気に火へ掛ける。

 ジュワッ、と香ばしい音が警備室へ広がった。

 焼き豚を炒め、ご飯を入れ、卵を絡める。

 最後にネギを散らし、塩胡椒と醤油で味を整える。

 

 数分後、四人分のチャーハンが出来上がった。

 

「ほれ」

 

「え?」

 

 傑はお盆にチャーハンと水のペットボトルを入れ、沙耶の隣に置いた。

 

「昼飯」

 

 それだけ言って傑は沙耶がいるモニター室を出た。

 そしてベランダで見張っていた平野を連れて一階に降りた。

 一階では冴子がすでにチャーハンを食べていた。

 

「昼飯。それお前の分やから」

 

「ええ!? 金剛先輩の手料理ですか!?」

 

 平野は目を輝かせると慌ただしく椅子に座り、勢いよくレンゲを口へ運んだ。

 

「うまっ!!」

 

 一口食べた瞬間、思わず声が漏れる。

 

「…むせるぞ」

 

「落ち着けってのが無理ですよ!」

 

 平野は豪快にチャーハンを口に運ぶ。

 向かいでは冴子も静かにレンゲを口へ運び、小さく呟いた。

 

「……本当に美味しいな」

 

 短い一言だったが、それだけで十分だった。

 

「でしょ!? 金剛先輩の手料理は本当に美味しいんですよ!」

 

 平野はレンゲを片手に満面の笑みを浮かべる。

 

「……料理教室でも通っているのか?」

 

 冴子が素直に尋ねる。

 

「家で適当に練習しただけや。

 昔、元カノがうるさかった時に飯出したら機嫌直るから、それで覚えただけ」

 

「さらっと元カノの話が出てきましたけど……」

 

「聞きたいか?」

 

「いえ…、とんでもない話が出てきそうなので遠慮します」

 

「俺の事なんやと思っとるんや」

 

「やる気以外、何でも持ってる人です」

 

 一瞬、場が静まり返る。

 傑は呆れたように頭を掻いた。

 

「……アイツと同じ事言うなや」

 

「元カノ…ですか?」

 

「まあ…な」

 

 それだけ言うと、傑は自分のチャーハンを一口運んだ。

 

 昼食を食べ終えた頃には、時計の針は午後一時を指していた。

 

 第四寮棟でも一段落ついたらしい。

 平野は再び見張りへ戻り、傑と冴子はモニター室へ入る。

 沙耶は相変わらず監視モニターとノートパソコンを前に座り、無線機を手にしていた。

 

「それで、午後も救助続けんのけ? 続けるにしても寮の部屋は空いとるんか?」

 

 傑が尋ねる。

 

『ああ』

 

 無線機の向こうで孝が短く答えた。

 

『見捨てる訳にはいかねぇからな。

 部屋もまだ余裕がある。現状で200人弱。あと100人ぐらいなら収容できる』

 

「……全員助けるなんざ無理やぞ」

 

 現実を突き付けるような声だった。

 無線の向こうで数秒沈黙が流れる。

 

『……分かってる。それぐらい』

 

 孝の声も重い。

 

『だから新しい寮も順番に奪還していくつもりだ。

 助けられる奴は、一人でも多く助ける』

 

「俺らも参加か?」

 

『いや、金剛先輩と毒島先輩には別件を頼みたい。二人だけで動いてほしいんだ。

 アンタら強すぎてこっちと歩調が合わねぇ。かえって厄介になる』

 

「内容は?」

 

『脱出口の調査だ』

 

「二人で学園内隅々までひっくり返してこいってか?」

 

『ああ。それ以外に方法がないだろ、マニュアルに書いてないなら探すしかない。

 アンタなら思い当たる節とかあるんじゃないか? 道に詳しいならどこ行っても帰ってこれるし。

 それに、各所の生存者ともやり取りもして欲しい。行けてない場所の方が多いからな』

 

「……成る程。それで、具体的な要望とかは?」

 

 そこで孝は一度息を吐いた。

 

『――第一体育館だ』

 

 部屋の空気が僅かに張り詰める。

 沙耶も無言でモニターから視線を上げた。

 冴子も静かに傑を見る。

 

『さっき紫藤派と接触があったんだ。俺と同じクラスの奴だったよ。

 向こうから伝言だ。"金剛先輩を連れてこい"ってな』

 

 傑は眉一つ動かさない。

 

「俺を?」

 

『それだけじゃない。あいつら、本館を制圧したらしい。

 本館には理事長室も職員室も事務室もある。

 学校の資料も、備蓄も、もしかしたら外部と連絡できる手段も残ってるかもしれねぇ』

 

「……なるほどな」

 

『だから話だけでも聞きたい。

 もちろん紫藤は信用はしてない。でも情報だけは欲しいんだ』

 

 沙耶も小さく頷く。

 

「私も同意見よ。紫藤は信用できない。でも情報を持っている可能性は高い。

 向こうがわざわざ接触してきた以上、一度は会う価値があるわ」

 

 傑は椅子にもたれ、大きく息を吐いた。

 

「……面倒臭い相手やなぁ」

 

 傑は静かに立ち上がった。

 冴子も何も言わず、それに続く。

 

「ほな、行ってくる」

 

 それだけ告げると二人はモニター室を後にした。

 駐車場へ降りる。

 DR-Zのエンジンに火が入り、乾いた排気音が警備室へ響いた。

 

 バイクは校内を駆け抜ける。

 

 途中、救助班と何度かすれ違った。

 バスへ生存者を誘導する者。

 校舎を警戒しながら進む者。

 校内は昨日までの混乱が嘘のように、組織だった動きを見せ始めていた。

 

 十分ほどで第一体育館へ到着する。

 体育館周辺は他とは明らかに空気が違っていた。

 

 入口には机やロッカーを積み上げたバリケード。

 その上には数人の生徒が見張りに立ち、手には拳銃やライフルが握られている。

 

 傑と冴子が近付いた瞬間、数本の銃口が二人へ向けられた。

 

「止まれ!」

 

 緊張した声が飛ぶ。

 しかし、一人の男子生徒が傑の顔を見た瞬間、その表情を変えた。

 

「待て…金剛先輩だ」

 

 周囲の生徒達も顔を見合わせる。

 警戒は解かれ、銃口がゆっくりと下ろされた。

 

「私が案内します」

 

 後ろから背の低い女子生徒が姿を表した。

 丸眼鏡に2本の三つ編み。

 昨日、保健室にいた有瀬だった。

 

「……昨日は有り難うございました。

 紫藤先生がお待ちです。こちらへ」

 

 有瀬が前を歩き始める。

 だが向かった先は第一体育館ではなかった。

 

 本館。

 校長室や理事長室、事務室など、学校の中枢機能が集まる建物だ。

 入口にも武装した生徒が立ち、廊下にも見張りが巡回している。

 まるで小さな要塞だった。

 

 冴子は周囲を静かに観察しながら歩く。

 

「……随分と厳重だな。統率も執れている」

 

「最初から備えとったんやろ。ああ言ってたし」

 

 傑は淡々と返した。

 やがて有瀬は足を止める。

 

「こちらです」

 

 理事長室。重厚な木製の扉がゆっくりと開かれた。

 室内では、紫藤浩一が理事長の椅子へ深く腰掛け、二人を待っていた。

 まるで最初から、この学校の支配者であるかのように。

 

「ようこそ。よく来てくれた。さあ、座りたまえ」

 

 紫藤は穏やかな笑みを浮かべた。

 傑と冴子は言われるまま、部屋の中央に置かれた応接机を挟むように椅子へ腰を下ろす。

 紫藤も理事長席から立ち上がり、対面へ座った。

 

 理事長机の上にはVz.61スコーピオンが無造作に置かれている。

 飾りではない。いつでも手に取れる位置だった。

 

 扉が静かに閉まる。

 有瀬は一礼すると給湯室へ向かい、しばらくして湯気の立つ湯呑みを盆に載せて戻ってきた。

 

「ん…あんがと」

 

 傑は湯呑みを受け取り、そのままAN-94とCz75オートを有瀬に預けた。

 冴子も村雨を静かに外した。だが白露だけは腰に残したままだ。

 紫藤は何も言わない。

 

「……飲むのか?」

 

 冴子が小さく尋ねる。

 

「殺す気なら毒なんか使わへん。撃てば終いや」

 

 そう言って傑は一口、お茶を飲んだ。

 部屋が静まり返る。

 

「……この際だ。単刀直入に聞こう」

 

 冴子が真っ直ぐ紫藤を見据えた。

 

「何を、どこまで知っている」

 

 静かな声だった。

 だが剣を向けられる以上の圧があった。

 紫藤は肩を竦める。

 

「いきなり本題か。まあ構わない。

 隠していても意味はないからね」

 

 湯呑みを置く。

 

「全て話そう」

 

 紫藤は穏やかな口調のまま語り始めた。

 

「ここ、藤美学園はランダル・コーポレーションという製薬会社が出資して建設された…ゾンビウイルス災害の実験場だ」

 

 沈黙が落ちる。

 だが傑は驚きもしなかった。

 

「ま、でしょうな」

 

 あっさりと言う。

 

「ずっと思っとってん。ここ私立とはいえ、いくらなんでもやりすぎや。明らかに高等学校の域を越えとんねん。

 人里離れた山奥の盆地に立てられた死ぬ程広い高校。そこにショッピングモール、コンビニ、病院、理髪店、寮、警備。さらにはバスまで走ってる。比喩でもなんでもなくマジモンの学園都市や。

 

 何かありそうとは思ってたけど……まさかゾンビの実験場やとはな。ここなら都市崩壊のシミュレーションにはもってこいって事やろ。

 ついでに鉄砲も置いとけば戦闘データもかき集められる。アメリカみたいな銃社会の場合もある程度予想つくって事か」

 

「――鋭い。流石だな。

 それで、肝心の実験期間だが……二週間だ。

 実験が終わると特殊部隊を送り込んで、生存者は皆殺しにされる手筈だ」

 

「想像はついてたけど、元より助ける気はないんかい。

 それまでに、どないかせぇってか。

 先生も出れるならとっくに出とるもんなぁ……」

 

「……ああ。脱出できるなら、とっくにしている。

 告発もしようとした。外部へ情報を送る方法も探した。

 だが相手は巨大過ぎる。政府との繋がりもある。

 いや……もはや、どこまで根を張っているのかすら分からない。

 これだけ大きな組織なのに、全貌が全く見えないんだ。

 ……陰の政府は実在するのかもしれない」

 

「んなアホみたいな陰謀論――で終わらんからこうなっとるんよなぁ……」

 

 部屋に重い沈黙が流れる。

 冴子は黙って紫藤を見つめていた。

 嘘を吐いているようには見えない。

 だからこそ厄介だった。

 

「それで……紫藤先生は俺に何して欲しいんや?」

 

「その質問を待っていた。

 金剛君、君には学園からの脱出口を探りながら、学園に残された機密資料を集めてほしい」

 

「脱出口はわかるけど……機密資料?」

 

「ゾンビウイルスの存在を証明する資料、研究記録、被験者データ、開発経緯。それら全てだ。

 元々ゾンビウイルスがこの学園で開発されていた物なのはこっちの調査で判明している。だから、必ずこの学園の何処かに存在している。

 そして、脱出した後にそれを使ってランダル・コーポレーションを正式に訴え、表立って真正面から組織その物を潰してやる。

 勿論、そうなった暁には君の名前も入る。英雄になれる。

 ……どうだ? 悪い話ではないだろう?」

 

「英雄云々は別にいらんけど、まあええわ。

 でもそもそもや、俺である必要はあるんか? そんだけ部下いてわざわざ俺?」

 

「ああ」

 

 紫藤は即答した。

 そして立ち上がり、窓際へ歩く。

 理事長室から校舎を見下ろして続けた。

 

「世界を動かすのはいつだって主役だ。世界という舞台は、一部の主役を中心に回っている。

 アイドルがファンの声援を受けて舞台で踊るように、英雄は民衆に支持されて歴史へ名を刻む。

 そして君は……その舞台へ立つ資格を持っている。いや、もうすでに立っているんだ」

 

「……今、表で動いとるんは小室。ここを仕切っとるんは紫藤先生。

 それなら俺は舞台裏のスタッフやろ」

 

 紫藤は振り返る。

 その目だけが、不気味なほど真っ直ぐ傑を見据えていた。

 

「それは違う。君はもう舞台へ上がっている。自覚がないだけだ。

 そして、一度舞台へ立った以上――」

 

 一拍置く。

 

「人は、踊ることをやめられない」

 

 部屋に沈黙が落ちる。

 その静寂を破ったのは傑ではなく、突然の来訪者だった。

 コンコン、と軽いノック。

 

「失礼しまーす」

 

 扉が開き、夕樹美玖と角田剛が姿を現す。

 美玖は紫藤を見るなり、肩を竦めた。

 

「センセー、探索に出てた田辺班の半分が第四校舎に引きこもってる生き残りに殺された。

 帰ってきた奴がビビってて話になんねーの。落ち着かせてくんね?」

 

 紫藤は小さく眉を寄せた。

 

「……分かった、すぐ行こう。有瀬、後は頼む」

 

「はい」

 

 紫藤は立ち上がると、理事長机の上に置いてあったVz.61スコーピオンを手に取る。

 そして美玖と共に部屋を後にした。

 剛だけが部屋へ残る。

 

「ふぃー……」

 

 大きく息を吐きながら、今まで紫藤が座っていた椅子へどかりと腰を下ろした。

 

「お前はええんか?」

 

「休憩だよ休憩。さっきまで脱出口探して走り回ってたんだ。

 紫藤の野郎、人使い荒ぇんだよ……」

 

「ZX-4Rで?」

 

「いや、プジョーのXP400GT。あんな所4Rで走れるかよ」

 

 剛は呆れたように肩を竦めた。

 

「つーかお前、毒島乗せてバイク走らせてるって本当か?」

 

「別に攻めとる訳ちゃう。普通に走るだけならどうにでもなるやろ。

 毒島も体重移動ちゃんと出来るし、段差では腰も浮かせる」

 

「いや、それでも十分おかしいだろ……」

 

 剛は苦笑した。

 

「で、どこまで行ったん?」

 

「農学科の校舎の裏だ。裏道も一通り見たけど何もなし。

 校舎も農学部の紫藤派が先に探してたらしいが、成果ゼロ」

 

 机へ頬杖をつく。

 

「つーかこの学園よ、表の道はバスが走れるぐらい綺麗なのに一歩裏道入った瞬間林道になるの何とかしろよ全く……」

 

「学園としては表の道路だけ整備しとけば十分なんやろ」

 

「にしても酷ぇだろ、オフロードバイクでやっとの場所だ。普通の車は走れねぇ。

 狭めぇし、ジムニーでもねぇと通れねぇ様な場所ばっかだぞ。

 林業科の辺りならまだ分かるが、他まであんな道なのは勘弁しろよ。

 元より坂だらけの立地なのによ」

 

「だからオフ車買え言うたやん。DR-Z。紫藤先生に頼んだら買ってくれるやろ」

 

「ダセェんだよ。細くてヒョロいし。

 大型のアドベンチャーなら迫力あるんだけどなぁ……中免だから乗れねぇ。

 学園内は私有地だから無免でも走れるけど、外に出られねぇなら意味ねぇだろ。

 第一、こんな学校のどこでアドベンチャーすんだよ」

 

「裏道ドリフトしながらウィリーでもしとけばええやんけ。

 俺この前静香先生のGS借りてやったぞ」

 

「お前それ生活指導に呼び出されてた奴じゃねぇかよ」

 

 そんな他愛もない会話が続く。

 その横では、有瀬が理事長机の書類を静かに整理している。

 冴子は会話へ加わる事なく、窓際に立ったまま紫藤達が向かった校舎へ視線を向けていた。

 

 傑と剛の関係は奇妙だった。

 最初は剛が一方的に絡み、傑が面倒臭そうに受け流すだけの間柄だった。

 だが、気付けばこうして自然に雑談を交わす程度には打ち解けている。

 

 もっとも、親友という訳ではない。

 共通の趣味であるバイクを通じて付き合いのある気の合う知人。

 二人共その認識で、その程度の距離感だった。

 

 そして傑は、その絶妙な距離を利用していた。

 剛は口が軽い。だから雑談の合間に自然と紫藤派の動きや探索状況を聞き出す。

 

 得られた情報は後で冴子へ共有する。

 それが積み重なり、冴子は傑の観察力と情報収集能力を高く評価するようになっていた。

 

「こちらです」

 

 有瀬は理事長机の横に置かれていた資料の束を持ち上げ、傑へ差し出した。

 かなりの量だった。

 傑は受け取ると、その場で数枚めくる。

 

「学園の詳細図、研究施設の配置、実験期間、既に探索した場所、ほんでする予定」

 

 さらにページを進める。

 

「ゾンビウイルスの概要、感染経路、経過記録……」

 

 そこまで確認すると、傑は小さく息を吐いた。

 

「随分と重要なもん渡してくれるな」

 

「紫藤先生は、必要な情報だと判断されたそうです」

 

 有瀬は淡々と答える。

 傑は資料から視線を上げた。

 

「一応聞くけど、これは小室に見せてもええんやな?」

 

「はい。紫藤先生も、金剛先輩達が判断するために必要な情報だと仰っていました」

 

「……そ」

 

 傑は再び資料へ目を落とす。

 内容自体は本物に見える。

 だが――。

 

「なーんか、まだ隠しとる気がするんやけどなぁ……。

 まぁ本人おらんし、問い詰めようもないけども」

 

 紫藤浩一。

 あの男は、何かを隠している。

 だが同時に、全てが嘘という訳でもない。

 そこが一番厄介だった。

 傑は資料をまとめると立ち上がる。

 

「ほな、俺ら帰るわ」

 

「はい」

 

 有瀬へ軽く手を上げる。

 そして窓際で外を見ていた冴子へ声を掛けた。

 

「毒島」

 

「……なんだ」

 

「睨んでも何も見えへんぞ。多分、つか絶対あの辺は対策されとる」

 

「……分かっている」

 

 冴子は少し不満そうにしながらも、窓から離れた。

 最後まで紫藤の動きを警戒していたのだ。

 

「じゃぁーなー」

 

 二人が部屋を出る。

 有瀬は深く頭を下げた。

 剛は椅子に座ったまま、軽く手を振る。

 

「ありがとうございました」

 

「またな~」

 

 二人は本館を出る。

 外に停めてあったDR-Zへ跨がり、エンジンを掛けた。

 乾いた排気音が静かな校内へ響く。

 

 来た時と同じ道を戻る。

 ただ、二人が抱えているものは違った。

 

 ゾンビウイルスの存在を示す資料。

 そして、紫藤浩一という男への疑念。

 

 それらを抱えたまま、二人は警備室へ戻っていった。

 警備室へ到着すると、傑はすぐに沙耶へ資料を渡した。

 

「紫藤先生からの土産や」

 

「……随分と素直に渡してきたわね」

 

 沙耶は資料を受け取り、表紙を確認する。

 

「中身は?」

 

「本物っぽい。でも、まだ何か隠しとる。何の根拠もないけどな」

 

 沙耶は静かに資料へ視線を落とした。

 

「……でしょうね」

 

 その表情には、警戒の色が浮かんでいた。

 

『傑君~、今警備室にいる~?』

 

 無線機越しに、いつものように緊張感の欠片もない静香の声が響いた。

 

「いるけど……なんや?」

 

『さっきの探索のついでにね~、私のGSちゃん持ってきたの~。

 第四寮棟の駐車場に置いてあるわ~。

 傑君、乗れるでしょ? いる?』

 

「いる。ちょっと待って、取りに行く」

 

 即答だった。

 その反応に、隣にいた冴子が僅かに首を傾げる。

 

「随分と迷いのない」

 

「そらそうやろ、あれは別格や。DR-Zより移動楽になる。

 シートふかふかやからな、ケツも痛ならへん」

 

「……バイクの話になると本当に楽しそうだな、君は」

 

「気のせいや」

 

 全く隠せていない。

 傑は立ち上がり、ヘルメットを手に取った。

 

「私はどうする?」

 

「待っとれ。行って戻るだけや。すぐ帰る」

 

「分かった」

 

 そう言い残し、傑は一人でDR-Zに跨がった。

 第四寮棟までは数分だった。

 駐車場へ到着すると、そこには見慣れたDR-Zとは別の存在感を放つ一台が停まっていた。

 

 黄色のボディ。大型の車体。

 陸のケーニヒ(王者)、BMW R1300GS アドベンチャーだ。

 ただでさえ大きな車体にエンジンガードやケースをフルパニアで装備し、圧倒的な存在感を放っている。

 

 その横には静香と有村が立っていた。

 

「お疲れ様~、傑君」

 

 姿を確認した瞬間、静香がいつもの調子で近付いて抱き締めた。

 傑は特に気にせずに受け止める。

 その様子を見ていた有村は、苦笑を浮かべた。

 

「相変わらずですね、先生は」

 

「だって傑君に久しぶりに会ったんだもの~」

 

「1日ぐらいやんけ」

 

「十分に長いの~」

 

 寮の窓からは、何事かと生徒達の視線が集まっていた。

 ただでさえ目立つ大型バイク、そこに静香と傑のやり取りまで加われば注目されるのも当然だった。

 

「で、乗り換えるのはええけど……」

 

 傑はGSを眺めながら言う。

 

「DR-Zどうすんの? 有村寮長、乗る?」

 

「ああ」

 

 有村は迷うことなく頷いた。

 

「この状況じゃ、移動手段はいくらあっても困らないからな。それに……」

 

 有村はDR-Zへ視線を向ける。

 

「ああ言う道を走るなら、こちらの方が向いているだろう。僕のYZF-R3じゃ無理がある」

 

「分かっとるやん」

 

 傑は少しだけ笑った。

 そしてGSへ近付き、ハンドルを握る。

 

「ほな、少し借りるで」

 

「ちゃんと安全運転してね~」

 

「今さら?」

 

「後ボックスにお土産入ってるから、早めに使ってね?」

 

 静香はにこりと笑うだけだった。

 傑はため息を吐きながらGSに跨がり、エンジンを始動する。

 大排気量の水平対向ボクサーエンジンの低く力強い音が第四寮棟に響いた。

 

「……これよこれ」

 

 傑はその瞬間だけは世界が崩壊したことなど忘れたような、いつものバイク乗りの顔になっていた。

 

 傑は1速に入れて駐車場を走り出す。

 ジムカーナのようにバイクを左右に振り、軽くフロントを浮かせ、車体を滑らせて180度向きを変えた。

 重量級とは思えない軽快な動きだった。

 

 各種パニアケースやガード類を装着したGSは300kg近い重量がある。

 普通なら取り回すだけでも苦労する車体だが、傑にとってはそれほど問題ではなかった。

 

 有村が驚愕しているのを横目に、傑は静香に手を振って駐車場を出ていった。

 校内の裏道を進み警備室へ戻る。少し遠回りのルートだった。

 GSは異常なペースで坂を駆け抜けて飛び跳ね、カーブでは土煙を巻き上げながらリアを流す。

 その姿に理屈などはなく、完全に趣味に興じていた。

 

 時計を見ると午後三時。

 日差しはまだ強いが、少しずつ西へ傾き始めていた。

 

 戻った傑は、GSのアルミボックスに積まれていた食材を取り出し、夕食の下準備を始める。

 まな板へ野菜を並べ、包丁を動かす。

 

 その間も無線機はつけたままだ。

 孝と沙耶、それぞれと情報を共有しながら、認識の食い違いがないか確認していく。

 

「そういやさ」

 

 包丁を動かしながら傑が口を開く。

 

「寮に集めた連中には、どこまで説明しとるん?

 脱出するとか、救助を待つとか。色々あるやろ」

 

『あー……今んところは「救助が来るまで待機」ぐらいしか言ってねぇな』

 

 孝が少し困ったように答える。

 

『学園が実験場だとかゾンビウイルスだとか言ったら、パニックになるだけだろ』

 

「やろーな。でも、いつまでも曖昧には出来へんで。

 どっかでちゃんと話さんと、逆に不信感持たれる」

 

『それなんだよなぁ……』

 

 孝が頭を抱えるような声を漏らした。

 代わって沙耶が口を開く。

 

『説明するなら、ちゃんとした資料を作る必要があるわね。

 今後の方針を整理して、脱出計画を中心に説明するべきよ』

 

 キーボードを叩く音が無線越しに聞こえる。

 

『こういう状況で一番危険なのは、「何も分からない」こと。

 人は目的がないと不安になるし、不安はすぐ噂や暴動に変わるわ』

 

「……もっとも」

 

 傑は野菜を鍋へ放り込む。

 

「脱出口が確実にあるなんて、誰も言うてへんけどな」

 

『なくても探すしかないの』

 

 沙耶は即答した。

 

『このまま籠城を続ければ、いずれ食料も医薬品も尽きる。

 最終的には特殊部隊に殲滅されて終わりよ。

 だから出口を見つけるしかない』

 

 少し間を置いて続ける。

 

『それに、これだけ広い施設よ。出入り口が正門だけなんて考えにくいわ。

 地図と建物の構造を照らし合わせたら、不自然な空間ができる場所がいくつかあるの』

 

「隠し通路か」

 

『その可能性は高いわ。詳しくは後で説明する。今は説明用の資料を作る方が先ね』

 

 傑は鍋をかき混ぜながら、小さく笑った。

 

「学園からの脱出計画か……」

 

 一拍置いて、思いついたように言う。

 

「エスケープ・フロム・ハイスクール。略して『EFH計画』とか、どうや?」

 

 一瞬、無線が静かになる。

 

『……悪くねぇな』

 

 最初に反応したのは孝だった。

 

『俺は異論なし。沙耶は?』

 

『賛成』

 

 即答だった。

 

『アンタにしては、結構センスあるじゃない』

 

「……俺そんなセンスない奴け?」

 

 他愛もない会話が続く。

 時計の針は午後四時を回っていた。

 鍋からは湯気が立ち上り、警備室には夕飯の匂いが広がる。

 

 救助は続いている。脱出口はまだ見つからない。

 紫藤から渡された資料の解析も始まったばかりだ。

 やるべき事は山ほどある。

 

 それでも――傑達は、一歩ずつ前へ進んでいた。

 

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