夢を見ている。
暗い暗い場所にいる。
僕はどこかに横たわっている。
ぼんやりと見つめる暗闇の向こうに。
わずかでも光がないかと目を凝らす。
目を覚ますと白い天井が見えた。
開け放たれた窓から入り込む風で、クリーム色のカーテンが揺れていた。
僕はぼんやりと天井を見つめ続ける。
何か、とても大切なものを失っていることは分かっている。
……それでも、自分が何を失ったのか思い出せないでいる。
大切な何かが心の中から消えていた。
「名前……ですか? えっと……城崎、晴……です。歳は……十六歳で……高校一年生、です」
覚えていること、知っていること、僕が持っていたあらゆるモノを片っ端から口にして──。
何を失ったのか、ようやく分かった。
涙が流れ落ちる。
僕は思い出を失っている。
今まで何をしてきたのか。
どんなことを考えて生きてきたのか。
誰を大切に想い、何を憎んできたのか。
何一つ思い出せない。
僕は【僕】を失ってしまった。
だから僕は、すべてを無くしてしまった。
涙が溢れて、天井がぼやけた。
僕は長い間、声を上げずに泣いた。
そうしていれば、誰かが僕を可哀そうに思って、奪っていった思い出を返してくれると……心のどこかで思っていた。
目を開けると、いつも通りの天井が見えた。
先ほどまで見ていたはずの夢を、もう思い出せないでいる。
夢が唐突に終わったことだけは覚えていた。
昨日の晩は早めに寝て、夢を見た。
けれど、八月三十日の朝に戻った瞬間に夢も途切れてしまったのだろう。
「……どんな夢だったんだ」
窓の外を見つめて考えてみても、思い出せない。
僕はそのことを、少しだけ残念だと思った。
(*)
八月三十日。放課後、調査の時間。
いつものように部室に向かうと、そこに──。
「スゴいね! この前より、さらに上手になってる!」
「でも、題材にひねりが無いですね。ずっとこの路線で行く気なんでしょうか、ヒマリは」
「そうかな? 私はこういうの好きー!」
部長の看板を前に、イブキとケイが議論を繰り広げている。
「部長の新作か?」
「あ、先輩! 今日もかっこいいね!」
「突然そんなこと言われても……」
「先輩も見てください。すごいですよ、これ」
「うん! スゴいよ!」
スゴいスゴいと言いながら、二人がどいて、看板が見える。
【銀河系特異現象捜査部】
「……いやはや、ついに銀河まで来たか」
少し汚れてはいるが、先輩のことだ。きっと深く考えてはいないのだろう。
「小さな星の小さな都市の、小さな区域の小さな部活で、何を根拠に銀河と言ってるんだか」
ケイがあきれた様子でため息をつく。
「結局子供なんだよ、あの人も。思い返してみなよ、キヴォトス
「私は素敵だと思うけどなー、宇宙的な広がりを感じて!」
「そうだぞ、ケイ。部長のことを悪く言うな」
「掌返しで捻挫してください、先輩」
そんなことを言い合いながら、部室へと入った。
……すでに他の部員は集まっているようだ。
「相変わらず、みんなやる気いっぱいですね」
「ループの秘密は全く分からないままだけどね~。強いて言えば、暇つぶしにはなってるって感じかな」
「まあ、そう簡単に分かるようなことだとは思えないし。気長にやるのが一番でしょ」
「その通りです、エイミ。さすがは私の後輩ですね。千里の道も一歩からと言いますし、科学の道のりは長く険しいもの。地道に進むべきです」
今日も部長は元気が有り余っているようだ。
「さあ、みなさん。調査を始めましょう」
そうして僕たちは、今日もわずかな一歩を踏み出した。