過労死ゲーマー、藤吉郎になる。 ~知識チートはあるが、人の心が重すぎる~ 作:ブンチョウ
「――クハハハハ! まこと、一夜にして『城』を出しおったわ!」
清洲城の広間。
信長は、俺が提出した墨俣一夜城の
外側は、俺が描いた石垣と櫓の絵。
内側は、朝まで持ちこたえるために組んだ柵と
城としては、まだ未完成。
だが、敵に「一夜で城が建った」と信じ込ませるには十分だった。
信長の目は、焼き芋で俺を笑った時の、奇行を面白がる目ではない。
使える道具が、期待以上の結果を出した。
それを喜ぶ、冷徹な主君の目だった。
「しかし、若様!」
柴田勝家が、苦々しい顔で進み出た。
「このような『絵』で敵を騙すなど、武士の風上にも置けませぬ! 敵は我らを卑怯者と
昨日までの柴田は、俺の失敗を恐れていた。
墨俣でまた兵と資材を失えば、織田家の美濃攻めそのものが止まる。
だから、忠告した。
だが今、皆の前で俺の成功を見せつけられた柴田の顔にあるのは、焦りではない。
屈辱だった。
(来たか……)
信長は、ぴたりと笑うのをやめた。
「……柴田。貴様は、あの川で二度も兵を失い、資材を流した」
「ぐっ……」
「この猿は、兵を一人も死なせず、敵の目の前に砦を立てた。その外側に城の顔を描き、斎藤の戦意を折った」
信長は、俺を指差した。
「どちらが織田の役に立った?」
「…………」
柴田勝家の顔が、屈辱に赤く染まる。
俺は、勝者の側に立ちながら、背筋が凍った。
(この魔王……!)
信長は俺を
柴田を踏みつけるために、俺の手柄を使っている。
昨日まで、織田家の失敗を恐れていた男の心へ。
今、信長は、公衆の前で嫉妬と憎しみを流し込んでいる。
これもまた、人の心の重さだった。
俺が目立てば目立つほど、俺を殺したいと思う人間が増えていく。
「猿!」
「は、はひっ!」
「貴様の猿芝居、噂になっておるぞ」
信長は、また楽しそうに笑った。
「美濃の連中が震え上がっただけではない。北の浅井、その向こうの朝倉の耳にまで入ったようだ」
(……!)
俺は、出陣前夜の強制選択肢を思い出した。
朝倉。
浅井。
あの時、意味不明だった名前が、もう現実に顔を出している。
(ヒントが、もう動き始めてる……!)
桶狭間。
墨俣。
俺が知識チートで押し進めた歴史は、確実に速くなっている。
そして、早まるのは成功だけではない。
金ヶ崎も。
浅井の裏切りも。
明智光秀も。
俺がまだ準備できていない地獄まで、前倒しで近づいてくる。
「褒美をやる」
信長が言った。
「あの墨俣を、貴様にくれてやる。貴様は今日から、墨俣城主だ」
「じょ、城主……!?」
「柴田と佐久間が失敗した最前線の城だ。存分に守れ」
信長は、地図の一点を指で叩いた。
「そして、次だ」
その指は、美濃の奥。
稲葉山城を指していた。
「美濃は、あと一押しだ。だが、あの城に天才が一人、
「……」
「
(来た……!)
『覇道』最強の軍師。
竹中半兵衛。
ゲームなら、登用コマンド一つで仲間になる。
だが現実では、どうだ。
「若様。ですが、その者は病弱にて、誰にも会わぬと……」
俺が『覇道』知識で答えると、信長は俺を睨んだ。
「フン。貴様の知恵は、その程度か」
(やばい。出しゃばりすぎた!)
「いいか。美濃攻略は加速した。半兵衛を落とせば、稲葉山は丸裸だ」
信長は、口元を歪めた。
「貴様のハリボテが、本物の天才に通用するか。試してやれ」
◇
俺は城主になった。
とはいえ、墨俣に残っていたのは、朝まで斎藤を欺いた巨大な布の城壁と、その内側に仕込んだ仮の砦だけだった。
絵の城壁は外した。
布の裏にあった逆茂木、柵、櫓、矢狭間を残し、その周りへ土を盛った。
木を打ち足した。
板を張った。
敵が攻めてきても、今度は朝日まで騙して逃げるだけではない。
矢を返し、人を守り、踏みとどまるための砦へ変えていく。
権蔵たち木下隊の技術を結集して、墨俣は少しずつ、本物の土と木の城になっていった。
俺が夢にまで見た、最初のマイホームだ。
「……すごい。本当に、お城の奥方様になっちゃった」
妻のねねは、改築された砦を見上げて、少し困ったように笑った。
「お前には苦労をかける。ここは、斎藤の目の前の最前線だ」
「分かってます」
ねねは、そう言って俺の袖を掴んだ。
俺たちは、櫓から美濃の地平線を見ていた。
人を殺した。
身内を欺いた。
柴田に憎まれた。
(俺は、この人の心が重い地獄で、いったい何を手に入れたんだ?)
背中に、温かい感触がした。
ねねが、後ろから俺を抱きしめていた。
「藤吉郎さん。顔、また辛そう」
「……ねね」
「大丈夫。私が、藤吉郎さんが芋猿でも、普請奉行でも、人殺しでも……何でもない、ただの藤吉郎さんに戻れる場所を守るから」
(ああ、そうか……)
俺は、この日常を守るために、非日常の地獄を戦っている。
この子の心の重さが、俺の命の重さだ。
◇
束の間の平和は、すぐに終わった。
俺は、竹中半兵衛が
(『覇道』知識によれば、ここは三顧の礼イベントだ)
(俺が三回通えば、半兵衛は折れてくれるはず……)
俺は、震える手で庵の戸を叩こうとした。
その瞬間。
視界の端に、最悪のヒントが浮かび上がった。
【強制イベント:天才との謁見】
『覇道』知識、三顧の礼は、歴史加速により無効化されています。
以下の選択肢から行動を選びなさい。
A:「拙者の知略八十八では貴殿に勝てませぬ! 弟子にしてください!」と土下座する。
B:「『覇道』のシナリオ通り、出てきなさい! 半兵衛殿!」と大声で叫ぶ。
C:庵の前で焼き芋を始め、「この香りに釣られて出てくるはずだ!」と言う。
D:庵の戸を蹴破り、「拙者と夜の契りを交わそうぞ! 半兵衛殿!」と叫ぶ。
「あああああああああ!」
俺は心の中で絶叫した。
(知識が無効化!?)
(しかもD! なんで男相手に、こんな選択肢が混じってるんだよおおお!)
俺の知識チートは、本物の天才を前にして、無情にも陳腐化を宣告された。
(どうする俺!?)