スター・ウォーズ:悪意の継承 作:皇帝大好き
凄惨極まる「狂気の晩餐会」から数日。最高理事会室にぶちまけられた十数人分の血と肉塊は、ドロイドたちの手によって完全に洗浄され、何事もなかったかのように磨き上げられていた。しかし、新総督の座に就いたヌート・ガンレイの精神に刻まれた悍ましい記憶だけは、いかなる化学薬品を以てしても洗い流すことはできなかった。
目を閉じれば、今でも耳朶を打つ。かつてのライバルたちが笑顔のまま自らの喉を掻き毟り、骨をへし折っていた、あの不条理な哄笑と肉の裂ける音が。あれほど忌々しかった彼らの声が、今では酷く愛おしいものにさえ思える。あの恐ろしい音を聞かなくて済むのなら、あの邪魔者たちがいてくれた方がどれほど良かったか。
「ひっ……!」
総督専用となった広大な執務室で、ガンレイは微かな物音にすら過剰に肩を震わせ、周囲を何度も見回していた。もはや、以前のような傲慢なニモーディアンの姿はない。その顔は土気色に自失し、ただ見えない「影」の存在に怯え続ける、哀れな限界状態の囚人そのものだった。
その時、デスクの中央に埋め込まれたプライベート用のホロプロジェクターが、前触れもなくチリチリとした青いノイズを立てて起動した。
「ギェッ……!?」
ガンレイは短い悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちるようにして床へ這いつくばった。
青白い光の柱が立ち昇り、そこに収束していくのは、あの恐るべき漆黒のフードを纏った男――ダース・シディアスの巨大なホログラム影だった。
「……ヌート・ガンレイ委員。いや、今はトレード・フェデレーション(通商連合)の全権を握る、唯一無二の総督と呼ぶべきだな」
フードの奥から響く、地を這うような悪魔の囁き。ガンレイは、その声を聞いた瞬間、全身の毛穴から冷や汗が噴き出すのを感じた。脳裏に、笑顔で自殺していった理事たちの死に顔がフラッシュバックする。
「シ、シディアス卿……! お、おお、偉大なる我が主よ……!」
ガンレイは、血だまりの中で頭を擦り付けたあの夜と同じように、高級な床に額を何度も叩きつけた。誇りも、ニモーディアンとしての自尊心も、とっくに消滅している。今の彼は、ただシスに生かされているだけの、従順な「家畜」に過ぎなかった。
「まずは、君の総督就任を祝福しよう。私からの手土産は、君の器に相応しいものであったろう? 君の出世を阻んでいた老人どもは、誰一人として、もうこの銀河には存在しない」
「は、はい! ありがたき幸せにございます! このガンレイ、我が主の底知れぬ御力に、ただただ平伏するばかり……!」
「そう怯えることはない、ガンレイ総督。君が私に対して忠実である限り、あの『悪夢』が君の夜を訪れることはないのだからな」
シディアスの言葉は優しかった。しかし、その優しさこそが、従わねば即座に狂死させられるという絶対的な死の宣告である。
「さて、新たな総督よ。早速だが、君に最初の『仕事』を与えよう」
「な、何なりとお申し付けください! 我が主の望みであれば、如何なることでも!」
「今すぐ通商連合の総力を挙げ、共和国元老院に対して『正式な嘆願書』を提出するのだ。内容は一つ。現在アウター・リムを脅かしている海賊、および現地のテロリストどもの脅威から自衛するため、通商連合の私設軍の規模拡大、並びにバトル・ドロイド軍隊の保有上限の大幅な規制緩和を認めるよう、共和国防衛法の改正を声高に要求しろ」
ガンレイは一瞬、息を呑んだ。それは数日前、自分が理事会で提案し、周囲から「ジェダイに目をつけられる」「法律上不可能だ」と一蹴された、あの強硬な武装化案そのものだった。
「そ、それは……! 私も現在の通商連合のためには、それより道はないと信じておりましたが……。し、しかし、現在の元老院は我が通商連合を激しく警戒しております。そんな嘆願を出せば、かえって反発を招き、自由貿易圏の撤廃を主張する星々の声を強めてしまうのでは……」
それは図らずも、かつて他の理事たちがガンレイに放った言葉だった。目の前の得体の知れない存在に後押しされたことで、かえって自分自身の考えにすら不安を覚えてしまったのだ。
だが、その不安を口にした瞬間、ガンレイは自身の失態を悟る。これはシスに逆らう行為なのではないか? 私がシスの言葉に不安を持つだけでも、彼に対する敵対行為と思われるのでは? そうなれば私は、あの理事たちのように……。
「い、いえ! 失礼いたしました! 私は決して貴方様に逆らうつもりなどなく、」
「君の心配は分かっている、ガンレイ。だが、元老院がどう動くか、それもすべて私の計画通りとなるだろう。君は何も考えず、ただ通商連合の強欲な総督として、狂ったように軍備の増強を叫び、元老院へ執拗な圧力をかけ続ければ良い。それこそが君の利益にも繋がる……分かったな?」
怯えながらも、本能的に懸念を口にしたガンレイに対し、ホログラムのシディアスは不気味に肩を揺らすのみだった。だが、その口調は「二度目はない」とハッキリ伝えるものだった。
「は、はいっ! 御意のままに! 直ちに……直ちにロビー活動を開始し、元老院へ公式な嘆願を提出いたします!」
ガンレイは、床に額を押し付けたまま叫んだ。これ以上逆らうという選択肢など、彼の脳内のどこを探しても存在しなかった。
「期待しているぞ、ガンレイ総督。君の帝国を、さらに強大なものにするために……」
チリ……と音を立てて青い光の柱が消滅し、執務室には再び静寂が戻った。ガンレイは、シディアスの影が消え去った後も、しばらくの間、自らの荒い呼吸音だけを響かせながら、床に這いつくばり続けていた。
一方、同じくコルサントの深淵。外界の光を一切拒絶したダース・シディアスの漆黒の密室内で、ホロプロジェクターのスイッチが切られた。
「ふふふ……、実に見事な怯えようだったな。そなたも随分と楽しめたのではないか、ルイナ」
シディアスが低く笑うと、部屋の隅に控えていたルイナは桜色の唇を微かに歪め、楽しげに囁いた。
「ええ、とても。今は助かったと思っている彼が、これからどうなるかと考えると……とても楽しみ」
「あの男はもう、お父様の影に怯え、一生涯、従順な猟犬として吠え続ける。どんな破滅が待っているか想像することすらできず、ただがむしゃらに世界に混乱を巻き起こしてくれる。……それで、お父様。あの哀れな総督に軍備拡張の嘆願を出させて、今度は元老院をどのように動かすの?」
シディアスはゆっくりと振り返り、愛弟子であり、自らの最高傑作である娘の顔を見つめた。その黄色く濁った瞳には、銀河のすべてを欺き、掌の上で転がす黒い知略が漲っていた。
「現在の最高議長、フィニーズ・ヴァローラム。あの男の本質は優柔不断なものだ。それ故に肥大化する元老院の腐敗を制御できずにいる。本人もそれは理解しているのだろう。だが、それでもなお、自身が清廉潔白で、決断力のある政治家だと思い込もうとしている。哀れな男だ。だからこそ、彼にはまだ利用価値がある」
シディアスは、自らの表の顔である「ナブー選出のパルパティーン議員」としての立場を念頭に置きながら、冷酷に言葉を紡ぐ。
「私はこれから、ヴァローラム最高議長に対して、それとなく進言しようと思う。『通商連合の横暴を抑え、アウター・リムの惑星たちの不満を解消するためには、今すぐ彼らの特権である自由貿易圏を撤廃し、課税を行うべきだ』とな。それこそがアウター・リムを救う唯一の手段であり、それができるのは……最高議長だけなのだと。これは銀河史に残る偉業となることだろう。人気の落ちた彼には、これが素晴らしい提案に思えて仕方がないはずだ」
シディアスの言葉を受け、ルイナは真っ白な首を微かに傾げ、漆黒の瞳を輝かせた。
その反応だけで、シディアスはルイナが自身の計画を即座に理解したと分かった。プレイガスには到底理解できなかった、政治的なビジョン。
彼女が人という種の社会に触れたのは、ごく最近の短い期間に過ぎない。だというのに、彼女は法案の可決や経済の動きという退屈な政治力学を、ただの「破滅への連鎖反応」として正確に捉えてみせた。人々の営みを俯瞰し、その行き着く先にある凄惨な破滅を鑑賞したい。たったそれだけの、純粋で残酷な知的好奇心が、彼女の政治的ビジョンを異常なまでに研ぎ澄ませているのだ。数千年の歴史を持つ元老院の構造すらも、彼女にかかれば、壊れる過程を楽しむための精巧な玩具でしかなかった。
シディアスの胸の奥底で、暗黒面のフォースが凄まじい歓喜の産声を上げた。
(ああ……やはりこの娘は、私の最高傑作だ)
彼の師であったダース・プレイガスには、この視点が決定的に欠けていた。プレイガスはミディ=クロリアンの操作や不老不死といった「極小」の真理にばかり固執し、銀河全体を盤面に見立てて支配する「極大」の政治的ビジョンを軽視していた。だが、目の前のこの少女は違う。シディアスが思い描く数手先の盤面を、狂気と愉悦をもって共に覗き込んでいるのだ。シディアスは今、己の魂の完璧な合わせ鏡を見出したような、シスらしからぬ深い高揚感に打ち震えていた。
笑みを極限まで深めるシディアスに対し、ルイナは朗々と自身の導き出した「次の一手」を語る。
「自由貿易圏の撤廃。そうなれば通商連合は、自らの命の次に大切な富を奪われることになる。新総督となったガンレイは、お父様の命令がなくとも真っ先に反発する」
「その通りだ、ルイナ。ヴァローラム議長が自由貿易圏の撤廃へ向けて動き出せば、通商連合は猛烈な抗議を行い、元老院は決定的な決裂を迎える。だが、優柔不断なヴァローラムのことだ。反発こそ予想していても、最終的には怖気づくことだろう。奴は通商連合という巨大な経済カルテルを完全に敵に回す度胸など、本質的には持ち合わせてはいない。彼らの激しい反発を宥め、結局事態を穏便に収拾するための妥協案を、必ず模索し始める」
シディアスはフードの奥で、底意地の悪い、邪悪な笑みを深く刻み込んだ。
「そこで、ガンレイに先ほど提出させた『軍備拡張の嘆願』が活きてくるのだ。ヴァローラムは、通商連合から自由貿易圏を奪う見返りとして、彼らが要求する『自衛のための私設軍の増強、およびバトル・ドロイド軍の保有合法化』を、等価交換の条件として認めてしまうだろう。通商連合を納得させるための、唯一の飴としてな」
シディアスにとっては、盤上のすべてが思い通りだった。敵も味方も、そして最高議長すらも、自らの計画通りに完璧に誘導している。
「……素晴らしい。自由貿易圏を奪われて怒り狂い、同時に元老院のお墨付きで『強大な軍隊』を手に入れた通商連合。そんな玩具をあの臆病で強欲なガンレイに与えたら……。そうなればいよいよ、銀河のあちこちで本物の戦争が起こる。今の共和国にそれらを制御することなど、決してできない」
ルイナはドレスの裾を微かにつまみ、まるで楽しげな舞踏会の始まりを予感したかのように、無邪気で、そして背筋が凍るほどに残酷な笑みを浮かべた。
「その通りだ、我が愛しいルイナよ」
シディアスもまた、愛弟子の狂喜に共鳴するように、低く、太い哄笑を密室の中に響かせた。
プレイガスには決して不可能だった会話。シディアスはルイナを理解し、ルイナもまたシディアスを理解している。もはやこれから起こることは、二人にとってただのゲームに過ぎない。
「戦火の拡大、共和国の分裂、そしてジェダイの疲弊……。それこそが、私の真の狙い。 怯えるニモーディアンに牙を与え、愚かな議長に自ら破滅の罠を引かせる。銀河のすべてが、我らシスの復讐の炎で焼き尽くされる日は、もうすぐそこまで来ているのだ」