『という訳で、皐月ちゃんの下着の色を確認しておいて欲しい』
「軽く死んどきなさい」
蛇崩乃音、電話を始めて三度目の罵倒であった。
イラ付きと呆れを隠そうともしない声で、電話相手に対しての罵倒。
口は悪い方であると自覚はしているものの、この相手に対しては、最早日常的なやり取りになっているのが蛇崩乃音にとって小さな悩みでもある。
『そうか、なら仕方ない。ちょうど帰路に着く所だからな。帰ってから覗く』
「ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど──って、アンタもう帰ってくるの!?」
『お土産あるから、期待しといてくれ』
「そんなことより──切りやがった!」
電話を投げかけて踏みとどまった蛇崩は、イラ付きを抑えるように深いため息を吐いた。
「あ〜、ヤダヤダ。何でアタシが特別問題児の面倒見ないといけないのよ、生徒の規律管理はガマくんの仕事なのに」
腹に溜まった鬱憤を晴らすように呟く。鬱憤の原因は言うまでもなく、頭のネジが何本か吹っ飛んでる電話相手である。
「アイツが帰って来るとか、余計な仕事が増えるわね」
愚痴を垂れ流しながら生徒会室に向かい、脳内で考える。何とかして面倒事は他の奴らに押し付けよう。無駄な考えとは分かっているものの、蛇崩にとって出来る事はそれくらいしか無かった。
「それに比べれば、最近の転校生の騒動なんて可愛いものね」
この学園の頂点に立つ鬼龍院皐月は分からないが、他の生徒会四天王、本能寺学園に在籍する生徒であれば、出来ることならその人物が起こす騒動には巻き込まれたくないと思ってるだろう。
そりゃそうだ、誰であろうと自分から好んで災害に飛び込みたい奴などいない。
何とかして面倒事は他の三人に擦り付けよう。
「だけど、アイツが居ると何処となく皐月ちゃんは嬉しそうなのよね」
本人は否定してるけど、と思いながら考える。どこまで行っても二人は姉妹。
「(──ほんと、羨ましい)」
皐月との仲なら、皐月の事について知ってるとなれば、他の誰にも負ける気は無い。そう思い、そう信じていても、あの破天荒な特別問題児に負けていると思ってしまう自分に腹が立つ。
そんな問題児を混じえて、三人一緒に騒動に巻き込まれて何処か楽しく感じてしまうことにも。
〇
電話を終えて携帯をほっぽり、座席にもたれかかった。学校側の連絡はこれでいいかな。乃音はしっかり者だし、ちゃんと他の生徒会メンバーに伝えてくれるでしょ。
「──さてと。皐月ちゃんに言われたお仕事も終わったし、さっさと帰ろっか。これで学校の備品を壊しちゃった件はチャラでしょ」
皐月ちゃんからの頼まれ事、もとい広報委員長としての仕事として、本能寺学園の傘下とした地方学校に行ってきた訳だ。
皐月ちゃんの傍を離れるのが嫌とはいえ、自身の不注意で備品類を壊しまくっている身として、その頼まれ事と言うていの命令を聞かない訳にも行か無いのである。修理代等などは勿論自己負担で補ってはいるが、そこは気持ちの問題だ。
皐月ちゃんにこれ以上距離を置かれて、スキンシップの機会が減るのは困る。
「無理な話とは思いますが、暴れなければ良いのでは?」
「無理って分かってるじゃん。本能寺学園って血の気が多い生徒ばかりで全員武闘派だし、喧嘩に混じると気を付けていても何かしら壊れるんだよね」
「喧嘩に混じらなければ良いのでは?」
隣の座席に座っているポニーテールの女子生徒が、携帯をしまいながら聞いてくる。
狭くない車内には、運転手の他に彼女と私だけが乗っている。
薙刀部部長、
本能寺学園に在籍している三年生である。因みに私の付き人? でもある。頭脳明晰、文武両道。やまとなでしこと言われれば、私がイメージするのは彼女か皐月ちゃんだ。
「喧嘩に混じるなって、本気で言ってる?」
「喧嘩に嬉々として混じりに行くのは、羅刹様だけですね」
「けど見るよりヤル方が好きなんだよね、それに全員ぶちのめしてるんだし、喧嘩両成敗って言うじゃん」
「スポーツみたいに言わないでくださいよ。それに喧嘩両成敗の使い方、間違ってますよ」
真面目だ。
隣のこの子は何時からこんなに真面目で丸くなってしまったのか。昔はもっとトゲトゲしていて、私なみに血気盛んで、お互い満面の笑みで楽しい楽しい殴り合いをしてたと言うのに。
鬼龍院家の執事さん達にマナーを学びに来た時は意外すぎて爆笑したけど、まさかこんな結果になると知っていたら止めたのに。
なんという事でしょう、目線が合えば即バトルしていた超A級越えのバトルジャンキーだった女の子。そんな彼女はいつの間にかPTOを弁えるようになり、今や私の為に飲み物を差し出して来るなんて。
近くに居てくれたら楽しいと言ったような気はする。けれど、こんな形になるとは思わないじゃないですか。何故にこうなった?
「それに学生同士で喧嘩する必要あります?」
「え〜、だって楽しいし──」
「──私なら、もっと楽しんで貰えますよ」
言うと同時に、車内は濃い闘気で満たされた。柔らかい笑みなのに、とてつもない熱が籠った目線を向けられて、油断してたとはいえ不意の事態にドキッとしてしまった。
あ〜、ダメだ。前言撤回、全然丸くなってないやコイツ。
少し乗り気になってしまったけど、流石にこんな場所でおっ始める訳にも行かない。徒歩で帰るのは避けたい。
「本当に惜しいけど、今は真っ直ぐ帰ろっか。時間を守らないと風紀委員長に怒られるし、学園に戻る前に実家にお土産置いていきたいし」
「あら、羅刹様にしては理性的な判断ですね」
意外そうに笑みを浮かべた彼女は、チラリと席の後ろを見た。そこには、色々な人に配る為のお土産の山が出来ていた。
「迷惑をかけた人にお詫びの品を用意するなんて、常識を身に付けられたみたいで嬉しいです」
「ん〜、意外なことに成長してるって事かな」
「なら、後は喧嘩を見れば突っ込んで行かないようにするだけですね」
「それは無理。趣味だし」
〇
車に揺られること暫く、眠気がやって来た位のタイミングで車が止まってしまった。寝るのはもう暫く後になりそうだ。
車から降り、欠伸をしながら身体を伸ばす。視線の先にはいつ見てもデカイとしか思えない豪邸、つまり私の実家がある。
「確かお母様はご不在の予定です」
「なら、ただいまの挨拶を言いに行く必要は無いか」
会話を交えながら二人一緒に歩く中、お互いが違和感に気付いた。
「何か人が少ない様な気がするんだけど」
「確かに妙ですね。遅い時間とは言え、何時もなら何人か出迎えがあってもおかしくないんですが」
「ふーむ」
どうしたのかと考えている冥を横目に、珍しい様子に自分も思考を巡らす中で、微かな気配にピンと来た。
「ああ、皐月ちゃんだ!」
「なるほど、そういう事ですか。よく気付きましたね」
「匂いと気配!」
「ああ、うん。見慣れたとはいえ、……偶に思うんですが、ちょっと気色悪いですよ」
酷い言葉が聞こえた気がするけど、努めて気にしない振りをする。……うぅ、泣いちゃう。
しかし意外なこともあるもので、皐月ちゃんが実家に戻る事なんて私程では無いとしても珍しい気がする。
因みに、私が実家に帰る事が少ない理由は特にない。皐月ちゃんに諸々の権利を移すのに、形だけの勘当をされているとは言え、昨今の親子関係にしては母親との関係は非常に良好である。帰らないのは広報の活動というていで全国各地を旅行してるからである。
ともかく、私と同じく帰る予定の無かったはずの皐月ちゃんが帰ってきて、その対応にバタついているのだろうか。
「いや、それは無いか」
鬼龍院家の執事達は優秀だし、何より母さんが留守の状況で、筆頭執事である黒井戸が出て来ないのも変な感じがする。
考えられる線としては珍しくも皐月ちゃんが何かをやらかして、その対応に追われているのか。そうなると、ますます珍しい事態である。あの冷静沈着な皐月ちゃんが騒動を起こす側になるなんて、それこそ今までの姉人生でお目にかかることは片手で数える位しか無かった。
これは勘であるが、何か、何か見逃しては行けないイベントが起こる気がする。
「ならば善は急げ! 冥、カメラ持ってる?」
「いや、持ってませんけど。荷物も既に預けましたし」
「クソ! 網膜に焼き付けて脳内フォルダに保存するしかないのか、とにかく──ただいま!」
扉を開け放ち声を上げる。帰ってきた時と出かける時の挨拶は大切だ。急な事に驚いているメイドさんに謝罪の声をかけて、変わっていない屋敷の中を進む。
少し廊下を進めば感じる感じる、皐月ちゃんの気配。
「匂いと気配の感じからして、秘密研究室の方向か」
「もうツッコミませんからね。とは言え、秘密研究室となると──」
「皐月ちゃんが行く用なら、【純潔】くらいだよね」
アレを無断に持ち出すとなれば、それは周りがザワつくに決まっている。全てを生命繊維で織られた【神衣】と呼ばれている特別な衣服で、厳重に管理されている重要な物であるわけだ。
特別なだけあって普通の人間には着られない。生命繊維に対する高い適応力が必要なのだが、皐月ちゃんって神衣を着たこと無かったような。
「何が理由か分かりませんが、皐月さんは神衣を着ると思います?」
「思い切りいい所があるし、着るだろうね」
「無事に着れますかね?」
「五分五分」
適性は高い方だと思うが、ぶっちゃけ分からん。
けれど、周囲の反対を押し切ってまで着ようとしてるなら止めるのも悪いと思うし、どうしよう。
とか色々考えてたら、廊下の隅に黒服さんたちが転がされている。それに合わせるように黒井戸さんの声も聞こえてきた。
「困りますねお嬢様。私も羅暁様に留守を──」
「ビンゴ! やっぱりココに居た!」
「羅刹お嬢様!? 何故ここに!?」
声を掛ければ全員がこちらを振り返って、驚きの表情を浮かべている。そして、その中で皐月ちゃんは既に神衣を手にして立っていた。
どうも、本気で着るつもりみたいだね。
「も、申し訳ございません、羅刹お嬢様! お出迎え出来ず!」
「良いよ気にしないで、勘当されてる身だしね」
「い、いえ、その件はお嬢様が勝手に」
「それよりも、随分面白い状況みたいじゃん」
慌てている黒井戸さんの横を通り過ぎ、真っ直ぐに皐月ちゃんを見れば、同じようにこっちを睨みつけている。
「羅刹、私を止める気か?」
「逆に止めると思ってる?」
「いや、お前は止めない。そうだろ?」
私の事を良く知っているからこそ出る満点回答に思わず頷く。しかし、その反応に驚いたのは黒井戸さんである。
「と、止めて下さるのでは無いのですか?」
「なんで? 面白いじゃん」
「皐月お嬢様といえど、純潔を着て無事で済む保証は無いんですよ! それこそ命を落とす可能性すら!」
「それは分かってるでしょ。その上で挑戦するって言うなら、止める資格を私は持たない」
リスクを分かった上で、価値ある物を取りに行く。そういう行動が出来る人が好きなのだ。だから、こんなに真っ直ぐな皐月ちゃんが好きなのだ。
それに、見捨てるつもりだって無い。
「だから早く着替えなよ皐月ちゃん。もしもの場合は力づくで裸にひん剥いて、優しくベッドで寝かしつけてあげるからさ。てな訳で、お着替えの時間だから紳士の方は目を背けときなよ」
お膳立ては終わり、黒井戸さんも諦めたのか一礼をした後に一歩下がった。
「礼は言わんぞ、羅刹」
「お気になさらず〜」
そう、お礼なんて要らないよ。何故なら今から始まるのは皐月ちゃんの生着替えな訳で、同じ女性、更には姉である私が見てたって何の問題も無いわけで。
疚しさなんて無い暖かい目で見守る中、いよいよ来ていた制服を脱ぎ、私と違って綺麗な背中が顕になって──カメラ無いのが残念過ぎるが──正真正銘、皐月ちゃんの一糸まとわぬ姿が目に入った。
──お母さん、長女に産んでくれてありがとう。長男だったら、この絶景は拝めなかったよ。
感涙の涙が滲み出そうになるものの、必死に堪えて凝視する。こんなご褒美タイムは二度と来ない可能性が高いから、必死脳裏に目の前の絶景を焼き付けるのは当然。
「……視線が鬱陶しい」
「目がァァァアアア!!」
照れ隠しに投げつけられた靴のヒールが片目に突き刺さった。めちゃくちゃに痛いけど、それでもまだ余裕で欲求が勝るので、痛みを我慢しながら絶景をら眺め続ける。
呆れたように息を吐いた皐月ちゃんは、いよいよ純潔を掴みあげて、指先から血を垂らす。すると先程まで普通の服だったのが急に蠢くと、勢いよく皐月ちゃんに纏わり付いた。
エロい。姉びいきに見ても良いバランスをしている身体に布が張り付くと、こうまで扇情的になるのか。しかも純潔に抵抗して汗ばんでいる光景を見ると、何かエッチで良い。
「……汚い笑顔ですね」
「うへへ〜、眼福だから良いの」
隣の冥ちゃんに酷い事を言われても、今だけは気にならない。妹の成長と同時に、絶景を眺められる以上の幸せは中々ない。
しかし、どんな幸せにも終わりがある。
徐々に拮抗は皐月ちゃん側に傾き始め、純潔を屈服し始めた。
「妹の晴れ着姿をこの目に納められるなんて、本当に幸せだよね」
純潔が徐々に本来の形を型取り初め、皐月ちゃんは両足でしっかりと立ち上がる。もう服を引き剥がす心配はしなくて良さそうだ。
迸る青い光が治まるまで、妹の成長を噛み締める。私はただ、ずっとこの光景を眺め続けた。
大狼 冥:羅刹の事が好き、羅刹の付き人(合法ストーカー)