もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から初期地点に帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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「そんなに魔女の匂いをプンプンさせておいて」

「エミリア……! それに、レム……っ!」

 

 突如として背後の暗闇から姿を現した二人を目撃し、スバルは大きく目を見張った。

 

「ラムっ! その目は一体何なのっ!」

 

「姉様……っ! その額の角は……っ!」

 

 エミリアとレムは、それぞれが目撃したあり得ない衝撃の光景を口々に叫んだ。

 だが、その光景に驚愕して立ち止まったレムとは違い、エミリアは躊躇することなく、恐ろしいほどの速度でスバルとラムの方へ向けて突進してきた。

 

「エミリア様。どうか、一度落ち着いてください」

 

 遮るように前に立ったラムの制止の声すらも、今のエミリアの耳には全く届いていないようだった。

 エミリアの薄い唇は小刻みに震え、その美しい紫紺の瞳は、信じられないほど丸々と限界までガン開きになっている。

 

「どうして……っ! 」

 

 エミリアは目の前の現実に、脳が追いつかない無理解を悲痛な叫びで表した。

 それでも、スバルを庇うようにしてラムがさらに一歩前へ出て身構えると、エミリアはそれ以上の直進を止めて、狂ったように頭を激しく左右に振った。

 

「エミリア、落ち着け! 一旦話を聞いてくれ!」

 

「スバル……っ! 私に力を貸して……っ!!」

 

 スバルの必死の静止の声すらも乱暴に振り切り、エミリアはスバルに向けて、魂を削り取るような強い声音でそう言った。

 それは本来、エミリアが『傲慢の権能』を発動させ、強引にラムの身体からスバルの『魂の繋がり』を剥ぎ取る、トリガーになるはずのものだった。

 

 ――だが。

 スバルも、そしてエミリア本人も。

 眼前に立つラムの瞳から、紫紺の光が失われず、依然として発光し続けているという事実に、はっきりと気付いてしまった。

 

「どうして取り返せないの……っ!?」

 

「なるほど。そういう仕組みなのね」

 

 その場にいる全員の中で、ラムだけが直感的に理解したようだった。

 

「ラムっ……! 私のスバルを返してっ……!!」

 

「おいっ、待て! やめろエミリアっ!」

 

 エミリアは完全に理性を失ったかのような絶叫をあげ、目の前の障害であるラムに向けて無防備に飛びかかってしまった。

 

「本当に、手の焼ける主だこと」

 

 ラムは、エミリアにその服の襟元を掴まれると同時に、かつてスバルに施したのと同じように、流麗な背負い投げの軌道を描き、彼女を冷たい地面へと一瞬で組み伏せた。

 

「ぐっ……、う、ぅ……っ!」

 

 地面に押し付けられ、組み伏せられてなお、エミリアはラムの手首を両手で掴み、極限まで爪を立ててそこから抜け出そうと力を込めているのが、スバルの目にもハッキリと見て取れた。

 だが、凄まじいはずのエミリアの怪力は、ラムの手によって、驚くほど軽々と完璧に押さえつけられていた。

 

「エミリア! 頼むから一旦、頭を冷やして落ち着いて話そうぜ!」

 

 少し離れた位置からスバルが必死に声を投げかけると、地面に組み伏せられていたエミリアの、限界まで見開かれた紫紺の瞳と、ようやく真っ直ぐに目が合った。

 

「どうして……っ? どうして、スバルの魂を私の方に取り戻せないの……っ!?

あの時……あの、エルザと戦った時はすぐに取り返せたのに……っ!!」

 

 エミリアは組み伏せられたまま、身体から力を失っていき、その綺麗な顔に絶望を浮かべた。

 スバルもまた、エミリアをもってしても、ラムから主導権を奪い返せなかったという目の前の事実に激しく驚愕していた。

 

 なぜなら、この他者との繋がりを制御する力は、スバルに対する『感情の質量』が大きい側が、優先的に主導権を掌握できるからだ。

 

「エミリア様。残念ですが、これは仕方のない結果です。

恐らくラムのこの『角』が、バルスとの繋がりを強制的に固定しているようです。」

 

「角……?」

 

 スバルはラムのその指摘を受け、彼女の額をまじまじと見つめた。

よく見れば、ラムの角から、しゅわしゅわと、白い蒸気が立ち上っていた。

 それを見た瞬間、スバルはこれがラムを傲慢の権能で『回復』させたことの証明なのだと、理解した。

 

「姉様っ……! やりましたね、ついに……っ!」

 

 ずっと背後で立ち尽くしていたレムの、涙に濡れた震える声音が、静かな断崖に響き渡った。

 スバルはレムの事情を知らないため、これがどれほどの奇跡なのか分からなかった。

 

「あっ……!!」

 

 だが、角を見て駆け寄ろうとしたレムは、ある決定的な事実に気付いたように、その場で冷水を浴びせられたようにピタリと立ち止まってしまった。

 

「レム。悪いけれど、エミリア様をなだめるのが先よ。

レムはラムの妹なのだから、そこで行儀良く待っていられるわね?」

 

 エミリアを押さえつけたまま、ラムがいつもの口調でそう声をかけたが、レムは何も言い返さなかった。

 彼女はただ、怯えたように自らの青白い顔を両手で覆い、指の隙間から大粒の涙を流して、小さく肩を震わせていた。

 

 角の復活を一番に望んでいたはずのレムが、なぜ絶望したように泣いているのか。

 その、目の前のあまりにも不自然な光景に、スバルの胸の奥には、嫌な『違和感』がにわかに生まれ始めていた。

 

「スバル……。ラムと、そこで何があったの?」

 

 エミリアは地面を見つめたまま、掠れた声でスバルにそう尋ねた。

 

「俺の間違った考えを、改めてくれたんだ。……エミリア、ラムは俺たちの味方だよ」

 

「スバルは、屋敷から飛び出して……本当は何をするつもりだったの?」

 

 スバルとエミリアの会話にラムは口を挟まなかったが、そっと力を緩めて、組み伏せていたエミリアの身体を離した。

 

「自分の心を、殺すところだった」

 

「それを、ラムが止めてくれたのね?」

 

「うん」

 

 エミリアはスバルの肯定を受け取ると、小さく息を吐き出して沈黙した。

 

「どうして……ラムはそんなことができたの?」

 

「もう後悔しないように、思ったことを我慢せずあいつに伝えただけよ」

 

 ラムの落ち着いた言葉に、エミリアはまた深く押し黙る。

 

「うん。……ごめんなさい、もう暴れないわ」

 

 エミリアはゆっくりと、力なくその場に立ち上がった。

 

「ラム。ありがとう、スバルを助けてくれて」

 

 エミリアは涙を流しながら、ラムにそう言った。

 だが、その表情は何かを諦めたかのように、ひどく痛々しくスバルの目に映っていた。

 

「エミリア様……」

 

 ラムも、エミリアのその感謝に応えるより、彼女の辛そうな表情を気にするように視線を落とす。

 

「エミリア、悪かった」

 

 スバルは、エミリアに向かって深く頭を下げた。

 

「これからは、もっと周りの人の言葉を聞くようにするよ」

 

 スバルはラムの前に踏み出し、エミリアに手が触れられる距離まで近づいた。

 エミリアは震える手で、そっとスバルの頬に触れる。

 

「これで……良かったのね」

 

 エミリアはスバルの顔ではなく、その足元へと視線を逸らしながら、自らを納得させるようにそう呟いた。

 どういう意図でその言葉を漏らしたのか、スバルには分からなかった。

 

 そして、その瞬間。

 ラムがスバルとの『魂の繋がり』を解除したことが、感覚で伝わってきた。

 

「あぁ。力を抑えてくれて、ありがとな」

 

「ハッ。やっぱり抑えておいて正解だったのね」

 

 ラムの方を振り返ったスバルは、彼女の額から生えた角が、不完全な大きさのまま残っているのを見た。

 そして、その小さな角もラムの意志によって完全に消え、元の平らな額へと戻っていった。

 

「鬼族、か……」

 

 だが、スバルがそう呟いた、まさに直後のことだった。

 

「どうしてですかっ……! 姉様、ちゃんと角を、全て取り戻してください……っ!」

 

 ずっと黙って震えていたレムが、とうとう悲痛な叫びを上げた。

 

「ダメよ、レム。これ以上、角のために力を奪えば、バルスの正気が持たないわ」

 

「どういうことですか……っ!? スバル君、どうしてですかっ……!!」

 

 ラムの冷徹な否定を耳にした瞬間、レムは絶望で顔面を蒼白に染めて、スバルに向けて詰め寄った。

 

「この力は、俺の正気を消費する代わりに、相手に力を分け与える仕組みなんだ。できれば、もうあまり使わない方が良い力なんだよ」

 

「姉様の角が元通りに治るんですよ!? だから、四の五の言わずにやってください!」

 

 レムは必死な形相でスバルにじりじりと詰め寄ってきたが、スバルは首を横に振る。

 

「ごめん。俺はもう、自分の意思でこの力を引き出すことはできないんだ」

 

「レム。バルスの力を無理やり引き出したのはラムの方よ。そして、これ以上力を引き出すつもりもないわ」

 

 ラムは落ち着いた声でそう言って、絶望に震えるレムの元へゆっくりと近づいていった。

 姉として、傷ついた妹の身体を優しく抱きしめるために。

 

「来ないで、待ってくださいっ!」

 

 だが、レムは悲鳴のような声を上げ、差し伸べられたラムの手を拒絶した。

 あまりの強い拒絶に、ラムも思わずその場に立ち止まってしまう。

 

「姉様まで……、あの魔女の匂いが……っ」

 

 ぽつりと吐き捨てられた、レムのあまりにも絶望に満ちた呟き。

 その言葉が意味する致命的な真実を、スバルはまだ、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 その後、屋敷に戻ったスバルは、初めて自室の布団へと身体を潜り込ませた。

 不眠三日目の夜にして、ようやく受け入れる睡眠だ。

 

「夢で……あのエルザが出ませんように……」

 

 恐怖を消し去るようにそう呟いてから、スバルはゆっくりと瞼を閉じた。

 十秒もあれば、深い昏睡の底へと沈み込めそうなくらい、その身体は暴力的なまでの休息を求めていた。

 

 だが。

 突如として、無音であるべき自室のドアが、静かに開いた音を聞いて、スバルは目を開ける。

 

「……っ、――!」

 

 薄暗いドアの隙間の先――そこに立ち尽くしていたのは、鈍く光る包丁を逆手に握りしめた、レムだった。

 

「寝ている間にすべて終わらせるつもりでしたが。起きてしまって、残念です」

 

 感情の一切を削ぎ落とした、酷く静寂なその声音に、スバルは背筋から一気に震え上がった。

 

「な……なんで、お前……っ。俺を、殺すつもりなのか……っ!?」

 

「スバル君が魔女教の関係者ではないことは、分かっています。……ですが、それとこれとは、話が別です」

 

 レムは物音ひとつ立てずに背後のドアを閉めると、死神のような足取りで、スバルのベッドの脇へとにじり寄ってきた。

 

「ま……っ!」

 

「動かないでください」

 

 スバルは布団を跳ね除けて立ち上がろうとしたが、向けられたレムのその絶対の冷徹さに射すくめられ、身体を硬直させて動けなくなってしまった。

 

「姉様に気づかれる前に、すべてを終わらせるつもりです」

 

「ふざけるな……っ。殺すなら、殺す前に、せめて納得のいく理由くらい言ってくれよ……」

 

 これ以上彼女を刺激して即座に首を撥ねられないよう、スバルは必死に震える声を小さく絞り出すことに努めた。

 

「スバル君の持つ力によって、姉様は確かに『角』を取り戻しました。……ですが、その引き換えに、姉様は魔女教へと近づいてしまった」

 

「……は、――?」

 

 スバルは、その言葉の意味が全く理解できず、完全に喉の奥で息が詰まった。

 

「スバル君自身も、エミリア様も、ラインハルト様も……。そして、一番大切な姉様まで。その身に魔女の残り香をプンプンと漂わせておいて、何も知らないなんて、白々しいにも限度がありますよ」

 

 レムもまた、夜の静寂に声を噛み殺しながら、憎悪に満ちた目でスバルを鋭く睨みつけた。

 

「なんだよ、その魔女の匂いって……っ! 本当に知らねえよ、俺は、そんなもん……っ!」

 

 スバルは額から嫌な汗をびっしょりと噴き出させながら、頭を抱えた。

 本当に、今この瞬間だけは、死にたくない。あのラムとの対話を経て、ようやく「生きていこう」と決めたばかりなのだ。

 

「スバル君がたとえ無自覚だったとしても……姉様まで、あの魔女の匂いがするようになってしまったのは紛れもない事実です。レムは、姉様を守るために……スバル君を、駆除します」

 

「待ってくれ……! 確かに、俺のこの力は魔女因子に関係してる。でも、俺は絶対に魔女教なんかじゃないって、分かってくれたんだろ!? さっき、お前自身の口でそう言ったじゃないか……っ!」

 

 スバルは必死に記憶を呼び起こす。

 レムは確かに「スバル君を疑っていたのはレムの勘違いでした」と、そして今も「関係者ではないと分かっている」と、そう言ったはずだ。

 

「ええ。ですが――ロズワール様が、教えてくださったのです。『スバル君は無意識のうちに、周囲の人間を魔女教の存在へと引き摺り込んでいく』と。……ですから、レムがこの手で止めるしかないのです」

 

 スバルは、完全に言葉を失った。

 この冷酷な殺戮の引き金を引いたのが、レム自身の確執ではなく――すべてはあのピエ ロ、ロズワールの邪悪な入れ知恵によるものだったと気付いたからだ。

 

 レムは静かに包丁を掲げ、スバルの晒された首筋へと刃先を這わせた。

 スバルはもう動かず、大声を出すことも、無駄に抵抗する素振りも見せなかった。

 

「ロズワールの言葉じゃなくて……俺のことを、信じてくれ……っ。その話は、全部、あいつの嘘だ……」

 

 レムは包丁を止めて少しだけ沈黙し、何かを思案するそぶりを見せた。

 

「死にたくないんだよ……。たとえ、エミリアの騎士になれなくたって……。俺は、明日からも、この現実で生きていきたいって……心から、思ってるんだ……っ」

 

 スバルは、涙で潤んだ目で真っ直ぐにレムを見つめ、ただ生きたいと、命乞いをした。

 

「すみません。――スバル君は、どうか、レムのことを恨んで逝ってください」

 

「……うっ……、――!」

 

 非情なその死の宣告に、スバルはきつく瞼を閉じて、温かい涙を流した。

 叫び出したい。罵り、呪い、何もかもをめちゃくちゃにしてやりたい。

 けれど、それを自分の胸の内だけで押し殺して、死を受け入れることしかできない。

 それこそが、ナツキ・スバルの限界だった。

 

「レムから、姉様を奪い去った……スバル君が、憎いです。姉様を……返してもらいますね」

 

 スバルは自身の首筋が、深く、深く切り裂かれる生々しい肉の裂ける音と、脳髄を直撃する激痛の走る感覚を、そのままダイレクトに味わった。

 

 喉の奥からヒュッと、短い、掠れたうめき声が漏れ。

 全身のあらゆる筋力が完全に失われ、スバルの身体は、真っ赤なシーツの上へと力なく倒れ込んでいった。

 

「お……俺は……っ、お前を、……絶対に、恨まない……」

 

 スバルはもう、二度と自分がこの目を開けられないことを知っている。

 このまま、明日から必死に生きていこうと決意した命をあっさりと奪われ、あのラムと の魂の対話も、巻き戻った時間の砂に消えて「なかったこと」にされる。

 ――その残酷さを、知っている。

 それでも、スバルはレムに向けて、呪いの言葉だけは吐かなかった。

 なぜなら、レムは自分の命の在り方を繋ぎ止めてくれた、あのラムの妹だからだ。

 

「――っ、……スバル君……!? 待って、――っ!」

 

 首からおびただしい血を流し、その唇から最期の赦しの言葉を紡いだスバルを見て。

 レムが自らのしでかした殺戮に、今さらながら強烈な後悔を抱いたように、最後にそう叫んだのが聞こえた。

 

 そして、スバルの意識は、光も音も存在しない、ただひたすらに深い、虚無の闇の中へと静かに落ちていった。

 

 

 

 

 

敵だったら怖い人

  • アヤマツ記憶持ちスバル
  • カサネル記憶持ちロズワール
  • 本編記憶持ちペテルギウス
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