死んでは生き返り、生き返っては死ぬ。
そんなことを繰り返していたある日、ディアボロは自身が破れた時よりも未来のイタリアに出現した。
このまま何もせずに死のう。
そう思っていた彼は、思いがけず再会することになる。――自身が殺そうとしていた、娘に。
他掲載=Pixiv
これで、一体何度目の死だろうか。薄れゆく意識の中、ディアボロはぼんやりとそんなことを考えた。
かつて巨大なギャング組織「パッショーネ」のボスであったディアボロは、その地位を脅かす可能性、その芽である娘を殺害しようと試みた。
だがその企みは、彼女を護衛させたチームによって阻まれることになった。そして、最後の戦いで、『矢』によって目覚めたジョルノのゴールド・エクスペリエンス・レクイエムによって、彼は永劫の死を与えられたのだ。
その地獄はただただ辛く、苦しく、恨めしく、恐ろしく、確実にディアボロの精神を冒していった。
最初の頃は数えていた死の回数も、100を超えかけたところでいつしか数えなくなった。ただ怯え、人が、動物が、事象が近付くたびに、子犬のように震えることしか、ディアボロには出来なくなっていた。
今ではその現状を「情けない」と嘆く気力すら残っていない。過日『深紅の王』と名付けたスタンドを纏い闊歩した帝王など、最早どこにもいないのだ。
ふと視界が明るくなる。次の命が始まったらしい。
だがディアボロは辺りを見回すことはせず座り込んだままだった。どうせどこに逃げても無駄。ならば、大人しく何も見ずに恐怖を覚えず死んだ方がいい。そう思ったのだ。
しかし、瞼を閉じたその時、背後からどさりと何かを落とす音が聞こえる。それだけだったら決して目は開けなかったし、振り向きもしなかっただろう。
だがディアボロは感じた。自身の胸を騒がせる、その「感覚」で、彼は分かってしまったのだ。そこにいるのが、誰なのか。
硬直しそうになる気持ちを必死で蹴り出し、ディアボロはゆっくりと体ごと背後を振り返る。
そして目が合ったのは、ディアボロが感じた通りの人物。ディアボロを破滅に追い込んだ原因である娘――トリッシュだった。
ここは家と家の間の小路らしく、彼女はその入り口に立っていた。足元には彼女が落としたのだろう紙袋が横に倒れており、中からはトマトや小さなパンなどが散らばっている。
まだ若いが、最後に見た時よりも成長しているのが見て取れ、ここがディアボロが破れた時よりも時が進んだイタリアであると理解した。
互いに身動きが取れずにいると、それまで目を見開き口を半ば開け放っていたトリッシュが突然厳しい表情をする。どうやらようやく思考が戻ってきたらしい。
だがディアボロは動けないままだ。いや、そもそも動こうとすら思えなかった。今回は娘に殺される。それだけのことだと思ってしまったのだ。
死は恐ろしい。辛い。このような状況に陥れたジョルノもトリッシュも憎い。だが疲弊した心は、これ以上動くことを拒否している。
疲れたようにディアボロは顔を仰向け、深い息を吐き出した。
すると、その視界にある物が映り込む。それと共に微かに聞こえてくるのは夫婦喧嘩だろうか、喧しい男女の怒鳴り声。これまでの経験だと、本当は”あれ”が死因だったのかもしれない。運命というのは皮肉なものだ。
顔を下げずにいると、トリッシュが駆け出した。
「スパイス・ガールッッ!」
彼女が呼び出したのは、彼女の傍らに並び立つ者。ディアボロの血が濃いのか彼女が体現したスタンドは近距離パワー型だ。珍しく自我を持つ”彼女”は拳を強く握ってトリッシュと一緒に近付いてくる。
ラッシュが来る。感覚でそれを理解しつつも、ディアボロは動かない。
しかし、不意にぴくりとその眉が動いた。視線の先にあるのは先ほど見つけたモノだ。不安定だったソレは、何故か中から飛び出してきたお玉とぶつかり大きく傾ぐ。
そして当然のように、窓の低い枠を超えて真っ逆さまに落ちて来た。
今回はもしかしたらトリッシュの前で死ぬことになるのかもしれない。そう思った次の瞬間、ディアボロはその考えを否定する。
そう、位置がおかしい。ソレが落ちて来る軌跡は確かにディアボロに近い。だが、ディアボロからは確実に反れている。それはどちらかといえば――トリッシュがディアボロを攻撃するために立ち止まるであろう場所の真上だ。
タイミングとしても問題ない。
それを僥倖とディアボロは受け取った。ディアボロが彼女に近付くことなどない。彼女はディアボロを攻撃することで頭がいっぱいでアレに気付いていない様子だ。
ならば、ここを動かないでいればディアボロは死なず、逆にトリッシュこそがこの世を去る。その後にたとえ結局自身が死ぬ運命が待っていたとしても、胸がすくのは違いない。
口元を歪めると、ディアボロは間近に迫ったトリッシュにようやく目を向ける。
そして、瞬きほどの間を空け、落下してきたモノ――土がたっぷり入って重くなった陶器の鉢植えは、人の頭にぶつかると地面に激突し音を立てて割れた。
吹き出る血を頬で感じたトリッシュは、目玉がこぼれそうなほど大きく目を開く。
そしてそれは、ディアボロも同じ。
(馬鹿な……っ。俺は、自分で何をやっているのか、分かっているのか!?)
信じられない。トリッシュも、ディアボロもそう思った。それだけ、今この瞬間この場を埋める景色は異常なものだったのだ。
鉢植えと激突したのは、ディアボロの頭。トリッシュが激突する前に、ディアボロが咄嗟に手を伸ばして彼女を突き飛ばしたのだ。
そして、そのために移動したディアボロは、自ら落ちて来る鉢植えの真下に来てしまった。
頭頂部から後頭部に走る痛み。血はとめどなく溢れ、これまで何度となく味わった痛みがディアボロを襲う。頭痛に苛まれていると、呆然と尻餅を着いたままのトリッシュと目が合った。ディアボロの返り血が顔についたままだが、拭う様子も見せない。
ぎりっと歯を噛み締めたディアボロは、ふらつく足で歩き出す。もうすぐ死ぬと、積みたくもなかった経験が告げてくる。ならばその前に――。
トリッシュの眼前まで来ると、ディアボロは倒れるように膝をつく。トリッシュが体を跳ねさせるが、腕を伸ばされた時には、さすがに再びスパイス・ガールを呼び出そうと戦闘意欲を見せた。
しかし、スパイス・ガールは顕現しない。トリッシュ本人に、阻害されたから。
目を見開くトリッシュは、決してありえるはずのない、ディアボロの腕の中にいた。痛みはある。しかし締め付ける意志ゆえではなく、ただ力加減を間違っているだけだと体が感じていた。慣れないことをしているのだと、思った。
そのまま固まっていると、耳元に来たディアボロの唇から途切れ途切れの言葉がトリッシュの耳に訪れる。
「……な、ぜ、俺の、娘、として……生まれ、た……。お前が、俺の、むす、め……でさえ、なけ、れ、ば……」
言葉半ば、それは途切れた。事切れたのだとトリッシュが理解した途端に、その姿は掻き消える。
ディアボロが死んだと理解して、それでもなおトリッシュが立ち上がれずにいると、背後から騒がしい足音が聞こえてきた。少しして、小路の入り口から慌ただしく顔を出したのはジョルノだ。
「トリッシュ! 無事ですか? 今、ディアボロの気配がしましたが……」
正確に言えばディアボロではなく彼を捕らえるゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの力の残滓だが、今はそんな細かいことはどうでもよかった。
座り込んでいるトリッシュに近付くと、ジョルノはその肩を抱いて顔を覗き込む。
すると、トリッシュはぎゅっと彼の腕を握り締め顔を胸に埋めた。恋人に甘えるというよりも、幼い子供が心細さゆえにぬいぐるみに縋るようなそれに、ジョルノは改めて彼女を抱きしめる。
一部だけはだけている部分のため、彼女の異常に肌がすぐに気が付くが、ジョルノは抱きしめるに留めた。
「……ジョルノ、あたし、スタンドの攻撃を受けてるのかしら」
小さくトリッシュが呟く。その声には嗚咽が交じっていた。
「おかしいの、おかしいのよ。あいつは、悪よ。許せない悪魔。あいつのせいで、みんな死んだの。分かってるし、今だって許せないわ。全然よ」
しゃくりあげながら、トリッシュから流れ出る涙はジョルノの胸を濡らしていく。紡がれる言葉に嘘がないことをジョルノは分かっていた。そして、その反面、彼女が揺らいでいることも。
「『何で俺の娘に生まれた』って言われたわ。でも、あたし、あたし聞こえたの。感じたのよ、いつものあたしが思うような意味じゃないって」
妄想かもしれない。ただの願望かもしれない。けれど、トリッシュがあの時素直に感じたのは、彼が自身を殺そうとしていた時とはまったく違う感情だったと。
彼の意味を、トリッシュはこう捉えた。
『何故俺の娘として生まれた』
『お前が俺の娘でさえなければ』
『お前は、幸せになれたのに』
ありえないと頭は否定する。けれど心は、心の一部は、喜んでしまったのだ。トリッシュを疎んでしかいないはずの父が、彼女の出生をいつもと違う意味で嘆いたことを。
それが死んでいった仲間たちに対する裏切りであると、トリッシュは理解していた。けれどあの時スパイス・ガールは出てきてくれなかった。出したくないと、思ってしまったのだ。
喜びと、罪悪。ふたつの相反する気持ちに挟まれ泣き続けるトリッシュを、ジョルノは静かに抱きしめ続けた。
彼には、トリッシュを責める気持ちはなかった。同じく親に恵まれなかったジョルノには理解出来ないが、きっと愛されていると分かった瞬間の喜びというものは、強いものだろう。
ただでさえ混乱しているトリッシュをこれ以上困惑させる必要はない。ジョルノはそれを沈黙に封じた。
そして、ちらりと、恐らくあの男が死んだと思われる場所に目を向ける。とてもじゃないが、まだまだまだ、ディアボロを無限獄から救い出してやろうという気持ちにはなれない。いや、一生ならないと思う。
だが、もしも、万が一、いいや、億が一、あの男が改心し、自身の所業を心の底から悔いる日が来るのならば、その時は、もしかしたら鎮魂歌は終わるかもしれない。
ジョルノはトリッシュを抱きしめ直して一人物思いにふける。
果たして、ジョルノの生がある内にくるのだろうか。最後の音符を奏で終わる、という瞬間は。その先で、深紅の王と対面する、という日は。
誰も知らない未来に向けて、一筋の風が吹き抜ける。
2013年に書いた小説になります。