幻想の不死鳥、廻る呪い   作:カピバラバラ

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それは満月の夜でした

──月の光が部屋に差し込んでいた。

朧気に、曖昧に、陽の光には無い温かみを以て月光は世界を照らす。

 

妹紅は現在、羂索の家にて悠仁の面倒を見ている途中である。

任務の帰り、羂索に出掛けると告げられ、家の留守番をすることになった妹紅。

暑苦しい夜中の気温も、クーラーがあれば赤子が寝付きやすい室温と湿度が保たれる。

 

環境が整備され、赤子が容易く死ななくなった時代は人間そのものの強度を下げる事にはなったが、

 

 

「……」

 

 

尊ばれるものが、真っ当に生きて、そして尊ばれ続ける事のなんと素晴らしい事か。

餓死も殆ど無くなり、外敵からは守られる。全てが善いとは言えないが、妹紅からすると、最低限の引き上げ、というものは人類の強み。

 

弱きが淘汰される世界で、弱さを尊ぶ。これを持つ種族は人間しかいない。

 

 

「なのに、お前のお母さんときたらほっぽりだして遊びに行っちまったよ」

 

──お酒飲み放題の条件で承諾したものだが、虎杖夫婦は流石に自分の事信頼し過ぎである。

 

『妹紅、今日ウチで悠仁預かっててくれない?』なんて無責任な。まぁ、結婚記念日に出かけられないのも気の毒と言う奴だ、断る理由も無かった。

 

しかし羂索が素直に遊びに行く。そんな有り得ない言葉に笑ってしまいそうになる。どうせ悪巧みの続きだろうと、家のソファーから彼方を見つめた。

 

「……」

 

「ぅ……」

 

「……悠仁」

 

「う…?」

 

「……本当に、お前は可愛くて温かいな。そろそろ離乳食だし、時間が経つのは本当に早い…」

 

「……眠くなってきたな…」

 

悠仁が産まれてからというもの、妹紅が定期的に行っているリザレクション──魂の炎を燃え上がらせ、肉体を灰に変えてから復活することでの再生は行っていない。

 

幼い子は時々超人的な察知能力を持ってる。特に呪物を埋め込まれ育つ悠仁にとって、呪力の気配には敏感だろう。

ほがらかに笑む悠仁の未来は、最悪の色で飾られているのだから、せめて今ぐらいは穏やかに。

 

「『幼い頃の記憶は、よく残ってる』か……仁さんの言う通りにならなきゃ良いが」

 

「……」

 

悠仁も眠そうに妹紅の両腕の中で、ふわふわとした表情で寝かけている。

部屋の電気を消して、僅かな炎だけを首筋から漏らし明かりにして、妹紅は悠仁の寝かしつけを始める。

 

「…ねんねの時間だな」

 

「……」

 

「この子がいつか…宿儺の器か……。大変だが、安心しろ悠仁…」

 

目を瞑り、ゆっくりと瞑想していく。あやふやな、眠気に支配された頭の中に思い浮かべるは、過去の幻影。

何度思い出しても、色褪せない、魂に焼き付いた彩の物語。

 

「お前に降り掛かる『酷い事』の責任は……私が、頑張って報いるよ」

 

「大丈夫…だなんて、言いきれやしないけど…」

 

「…………」

 

「愛してるぞ。悠仁」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、目を瞑った筈なのに、随分と月明かりが眩しい。

 

 

『妹紅』

 

「…」

 

 

満月が、私達を見ている。

 

 

『月は、好き?』

 

「嫌い」

 

『どうして?』

 

「…寒いからだ、満月の日は野宿すると冷える」

 

『アッハハハ!妹紅らし〜!』

 

「……」

 

 

あぁ、でも、本当は違うんだ。

本当は、本当の所は、そんな安直な答えじゃない。

口にすれば陳腐になって、心に浮かべれば恥ずかしさで熱を持つ、そんな純粋な想いのせいだ。

 

輝夜へ恥ずかしがる。仇敵に対して有り得ない感情だというのに、この気持ちを表すのはそんな有り得ない気持ち。

 

 

『ねぇ、妹紅』

 

「なんだ」

 

『私はね、月が好き』

 

「どうして」

 

『……それはね』

 

 

月が大きくなる。満月の夜、だからでは無い。空一面が月に覆われようとしている。

妹紅の視界は一面、月の光で覆い尽くされて何も見えなくなる。傍に居る彼女へ手を伸ばしても、空ぶったまま、何にも触れられない。

 

必死に、溺れるように手を暴れさせても、求める相手へは辿り着かず、

 

 

「……っ!」

 

『ごめん』

 

「待て───ッ!!」

 

「置いていくな!私を置いて何処に行くんだ!」

 

『じゃあね』

 

「私は、私はここにいる!だからお前もここに居ろ……ッ!!」

 

 

──月が嫌いな理由?

ああ、本当はな。

お前が悲しそうな顔をするからなんだ。満月は嫌いじゃない。綺麗だと思うし、酒によく合う。どちらかと言えば、好きなぐらいに。

でもな、お前が悲しそうな顔をしてしまうなら。

 

 

 

──全部台無しじゃないか。

 

 

 

『ごめん、妹紅』

 

「輝夜……っ、輝夜……」

 

「私を……置いていくのか…?」

 

 

殺したいお前の顔が、悲しげに映るのが嫌だからなんだ。

殺したい筈なのに、お前が悲しんでいるのが嫌で嫌で堪らないんだ。

 

その狭間で、狂いに狂って──。

 

 

「置いてくな…」

 

「置いて……置いて……いかないで……!」

 

 

懇願しても、願っても、満月は既に私を見てくれていない。

遠ざかり、顔を逸らし、何処にもいなくなる。

 

 

「私を……一人にするんじゃない…」

 

 

どうして顔を背けるのだろう?

嫌われたからか、それとも私が顔を逸らしているのか、それとも、ただ理由も無く向きが変わっただけか。

どれも違う、きっとそれは、

 

 

「一人なんかに…なりたく……ないんだ…!!」

 

 

身勝手な呪いを、お前に掛けたからだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

目を覚ますと、顔が濡れていて、

 

 

「…悠仁」

 

 

そんな妹紅の顔を、悠仁はじっと見ていた。流れた生理食塩水の跡に、妹紅の頬に悠仁は触れてくれていた。

指先は暖かく、不安を取り除く。拭われることの無いと思っていた感情が、流されていく。

 

 

「……」

 

「ごめん。先にちょっと寝ちゃってたよ…起こしちゃったかな……」

 

「……」

 

 

──夢と現実の狭間にあるのは、呪い(まじない)の世界。

ならば、あの光景を瞼の裏に思い描いてしまっているというのなら、藤原妹紅の呪いが、妹紅が妹紅に。

 

そして──蓬莱山輝夜に掛けた呪いは、未だ廻っている。

 

 

「…許してくれ。私の呪いを、罪を」

 

「全ては巡り廻る呪いの中で、終わらぬ夢を見た私の責任だ」

 

「だから、死ぬまで恨め。死んでも、恨め」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ただいまー!!もこー!起きてる〜!?仁さんベロベロだから寝床開けてー!」

 

「本当に最悪のタイミングだよお前っ!?その使えない脳みそ丸焦げにして粗大ゴミにしてやるよテメェ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──妹紅が、東京校呪術高専教師となってから三ヶ月が経過していた。

 

 

「あ〜……」

 

 

パタパタと、下敷きを仰ぎ冷房の掛からない職員室で、妹紅は夜蛾正道と日々の業務に勤しんでいる。

 

猛暑日とまではいかないが、夏の気候に近しいものに襲いかかられば、バテるというもの。

だらけながら、目線は夜蛾正道へ。就任当時妹紅は呪術師の中でもかなり気難しいと噂の夜蛾正道にどんなイビリを受けるのか夜も眠れぬほど心配していたが──。

 

 

『君が…藤原妹紅か。ウチの馬鹿共を宜しく頼む』

 

『────』

 

 

父性に溢れる、あまりにも呪術師に向いていない立派な人間。

妹紅からの評価はその通りで、厳しくも優しいなんて陳腐な言葉がそのまま適用される人間だ。

 

 

「あー、暑い。暑い暑い暑い」

 

「……静かにしないか、余計暑くなる」

 

「冷房つけろよ…」

 

「今年から検討しておこう。年々平均気温は高くなる一方だからな……」

 

 

アイスキャンデーを咥えながら、妹紅は机の上に広げた資料を何度も読み返す。

 

──星漿体の護衛、それと同時に妹紅に届いた長期任務。

 

適当な理由で作られた妹紅の地方での任務。それは任務というには余りにも大雑把で、特異現象の調査、その原因の特定だという。

 

夏になりかけの熱い日差しが、毎日教室を照らすようになっている時期で──こんな特殊な案件と共に出された私への依頼の目的だって分かる。

 

 

「…羂索だな」

 

 

考えれる事としては、やはり羂索。依頼の目的は隔離。顔を見せに行って聞き出しても良いが、

 

 

『教師になった後の事?あはは!ナイナイなんも無いよ!…強いて言うなら本当に好きにしていい、妹紅、君は選択が出来る』

 

『聞いてたよ、何を捨てて何を選ぶか、君にも問おう……妹紅、これから私が用意した運命を目にして、何を選ぶのか』

 

『まっ!退屈しのぎだと思ってくれていいよ〜』

 

 

講師になってからの発言を、物の見事に完コピされる。

それはつまり、妹紅が授業を行っていた際も監視をしていたということで、何をしようが一挙手一投足を見られているという事。

 

身体が香織さんのものだからぶん殴るのは辞めておいたけど、学校での発言をアイツの家で言われた時の鳥肌の立ち様といえば──それはもう凄まじいものだった。キショいを超えて一度焼き殺しても良いんじゃないかと思う程に。

 

「夜蛾っち」

 

「……」

 

「…夜蛾学長……やっぱり心配か。あの二人」

 

「…ああ」

 

「星漿体の護衛任務だもんな。下手すれば億の金が付く金のカモネギ、守り切れるかどうか…。って所でどうだ、私もついて行くってのは」

 

──夜蛾正道。

改めて語ろう。東京校の学長であり、なんと本来は五条と夏油、家入という傑物三人を教育していた名教師である。妹紅もまた、東京校へ就任した当初は数多くお世話になっており、頭の上がらない相手である。

 

夜蛾正道は心根がマトモすぎる人間だ。

入学、就任の適性検査を行う時は口酸っぱく、何のために呪術師になるかを質問し、呪術師という残酷な職業から遠ざけようとしてくる。

 

 

「──駄目だ。この任務は天元様直々の依頼、あの二人を指名した以上、五条の六眼と無下限呪術、夏油の呪霊操術が最適だと判断された」

 

「文句を言うのなら私じゃなく、天元様にでも直談判するしかないぞ」

 

 

そんな彼が今苦難しているのは、天元直々の命令。五百年に一度同化が必要と言われている天元の、その同化元の護衛に教え子二人が抜擢された事。

 

幾ら強いと言っても、幾ら呪術師であったとしても、学生は学生、大人としての良心の呵責に苛まれている姿が、やはり人間臭すぎてどうも呪術師に向いてないように思えてしまう。

 

夜蛾の否定に首を回し、大きく息を吸ってから何か決断をしたように妹紅は席を立つ。

 

 

「なら、行ってくる」

 

「…なにっ?む、待て、待て待て待て。嫌な予感がする」

 

 

文の前に──なら、を付ける時点で、説き伏せる対象は一人だ。

猛烈な嫌な予感を察知した夜蛾は妹紅の肩に手を伸ばし、行かせまいとするのだが、

 

 

「それじゃ失礼します」

 

 

夜蛾の静止を振り切り、妹紅は炎の翼を生やし空を飛んでいく。

 

──これからの教え子の顛末に胸が痛むというのなら、更なる痛みで隠してやる、そんな心意気で妹紅は駆け出した。

 

 

「──。待てと言っとるだろ!?ど、何処に行く!待つんだ妹紅───ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさに引きこもりだな」

 

 

 

 

──輝夜ほどでは無いが、ジメジメと陰気でクソデカい場所に引き篭ってるもんだ。

 

それが、天元の住まう薨星宮の第一印象だった。

薄く細く複雑に、張り巡らされた結界で迷路の出口を隠し続けるような作りに加え、空性結界による常世との隔絶。

 

教えたのは、他ならぬ妹紅自身であるが、こうも上手く活用されると、死ぬほど雑に講師をしていた過去が恥ずかしくなる。

 

 

「天元?てんげーん!来たぞ〜!」

 

「……」

 

 

声だけが空っぽの空間に反響し、自分の声が世界中にまで広がりそうな程、大きく響いていく。

誰も居ない割に広すぎる。勿体ない使い方をするものだ、千年掛けて作ったものがこれとは──なんとも、こちらもこちらで低俗な趣味だと言える。

 

羂索ほどでは無いが、やはり天元も千年を超える時を過ごした術師。

人千倍慎重になるのは仕方の無い事なのか、

 

 

「燃やすよ〜どうなっても私は責任取らんからな〜!」

 

「さーん、にー、いーち───」

 

「──。分かった分かった、返事をするから落ち着いておくれ、妹紅先生」

 

 

脅しを使い、無理矢理天元を引き摺り出す。

羂索と同じで、顔を見せずに声を掛けるのが好きなのかと思い、またもや声が聞こえた方を振り返った。

 

この手の輩になんど振り向かされれば気が済むのか、正直な所、もっと素直に顔を合わせてくれれば───。

 

 

「そうそう、素直に顔見せれば良いんだよったく…なぁ天元──ぶはッ!?!?」

 

 

と、そこには顔面親指が佇んでいた。

そう、顔面親指。何の比喩もなく顔面親指で、ノッペリとした縦長の奇面に、目が六つ。凡そ人とは思えない面持ちに、顔全体の造形は奇妙という他ない。

 

ただ、実際の顔は──千年前に見た通りだ。身近な人間で言うと、歌姫という京都校の講師に近く、あくまでも見えている奇妙な顔は、『魂の形』。

 

 

「お、お前ら……なんで、そ、揃いも揃って私を笑い殺しに来てるんだ……??」

 

「…笑わないでおくれ、こんな嗄れたババアの事は」

 

「い、いや、でもお前……は、半分おや、親指……くっふふふっ……羂索と…あはは!全く、ふぅ…似てるんだから」

 

「アイツに似てるとかいう最大限の侮辱辞めてくれないかい?流石の私でも手が出るよ。…出るのは親指かな?」

 

「──。お前が本気で私を笑い殺しに来てるのは分かった。体の中を焼いてなかったら、今頃床を転げ回ってただろうな」

 

「……はぁ……で、来た目的は星漿体……でいいかな?先生」

 

 

聡く、妹紅の目的を告げる天元。

 

引きこもりならば大人しく、外の世界に無知であれと嗤う一方、妹紅は天元が長年培ってきた結界術に舌を巻く。

 

高専の外ならいざ知らず、高専の中、それも結界範囲内に含まれる東京校ならば逐一行動を監視できると考えられる。

そんな天元にとって、六眼の廻り先と呪霊操術、そして藤原妹紅という不安定要素を一纏めに管理出来るのは都合が良い。

 

夜蛾学長の静止も無視して、薨星宮の結界入口まで無理矢理飛んできたとはいえ、本気で突っ返されないのは──何か、狙いがあると見た。

 

 

「あぁ、それと久しぶりにお前の顔も見たかったし、不死の術式とやらも一回見てみたかった」

 

「──ふむ。本当に擬似的な不死だったか、見た所……寿命の死が、無い…」

 

「伴う魂の異形化。その原因は人間性の欠如に伴う、術式効果の拡大だな?」

 

「分かるんだね……。そうとも、術式は次第に体を作り替えようとしている。貴方の前では隠し通せそうもないよ、先生」

 

 

この分ならば、確かに同化せず時間が経てば外見も魂に近づいていく。

完全に異形化すれば、最早人ではなく、呪霊に近い存在になる。

 

ああ──だから、呪霊操術か。

 

 

「良かった…もしや、化け物になってるんじゃないかと思って心配していたが、普通に天元だな」

 

「──道中の結界術、上手いものじゃないか。空性結界も良い出来してる」

 

「貴方の教え方が良かったんですよ」

 

「お世辞が過ぎるぞー。死ぬほど雑だった事は今でも覚えてるからなー?」

 

「ははは……立ち話もなんだ、結界を少し作り替える。コタツにでも入って話をしようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天元と妹紅は、教え子と教師の関係だった。

いつだったか、記憶が正しければ天元がちゃんと乙女という体裁を保っていた頃に出会い、野宿の為の結界術を見せた時から関係は始まった。

 

 

『妹紅先生』

 

 

なんて呼ばれるものだったから、つい、熱を入れて教え込んでしまった。

学び舎を抜け出し、自由の時間を多く削って熱心に妹紅に教えを乞う姿に、心へ火がついていたのは事実。

 

 

「ほんと、野宿に便利程度ってだけだったんだけどなぁ…」

 

「貴方の結界術が野宿程度なら、全ての術師は外で寝ることすら出来ないと思うがね」

 

「年上が何言ってんだか」

 

「年齢が全てを決める訳じゃないだろう?現に、現世と関わりを切ってから長く、そして漸く姿を表した今の貴方より圧倒的に私は弱い。千年の努力も型なしだ」

 

「術式の正体的にも、貴方には寿命という概念、時間の前と後ろという概念が無い。──その顔、もしかして…羂索と同じことを言ってしまったか…」

 

「ぷっ、あっははは!まぁまぁ、気にすんな」

 

 

──天元は先程から、ずっと本題には入らずに逸れた昔話を繰り返している。

意図的なものを感じ、妹紅は漸く本題を切り出す。

 

 

「まぁ、それでだ。天元…任務の許可、出してくれよ」

 

「……聞く必要があるのかい。無理矢理にでも参加出来るし、貴方が配慮する必要も無いだろう?羂索の計画に参加する、貴方が」

 

「うーん。知られてたか、んじゃなんでわざわざ、こんなコタツと蜜柑まで出してヌクヌクし合う必要がある」

 

「………さぁ。なんでだろうね。私にも分からないさ、先生。人という心の機微が全てを左右する生命に対し、思いっきり心を揺さぶっておいて──なんでわざわざ、はあんまりじゃないかい?」

 

 

そう言われると、弱い。

千年生きたとしても、所詮は人間。人間はそも、感情や本能による間違いを、理性と知恵で是正してきた。

 

その力は凄まじい。生存競争を圧倒的に勝ち進み、炎を手に取り、獣の皮を剥ぎ、妖を打ち倒し、神の神性を破壊する。

 

当たり前に間違いを犯し、間違いによって前に進む人間に───そうだな、なんで、なんて言葉はナンセンスだ。

 

 

「…………羂索から、手を引いてはくれないのかい、先生。貴方なら、奴に手を貸せば世界がどうなるかは分かっているだろうに」

 

「ああ」

 

「……」

 

 

コタツと蜜柑、そして猫を挟んで、二人の間に冷たい沈黙が流れる。

 

この沈黙に妹紅は気まずさを感じていない、羂索の案がより欲する方向に近かっただけであって、停滞する世界を眺める事に意味を見いだせない。

だが、天元はその限りでは無い様だった。

 

 

「………私は」

 

「妹紅先生、私は貴方が美しいといったこの世界を守りたい。民が日々を暮らす世界を、どうにか守ってあげ続けたい」

 

「羂索は本人の気質故に世界を破滅させるだろうね。大方、面白いものが見たいから…程度の動機に過ぎないもので、貴方が残した日ノ本の全てが失われる」

 

「……そうかも、しれない」

 

「………良いのかい?それで」

 

 

──良くは、無い。

廻る呪いの中で、人の本質を目にしてきた。

それは、とてもとても輝かしいものだ。私達人ならざるものとは比べようも無い程に、人とは美しく、醜い。

 

その落差もまた、味わい深いと言えよう。

彼ら彼女らはいつかは星を旅立つ。空を超え、宙を超え、果て(ソラ)を超え、終わりまで。

 

愉快な話じゃないか。いつになるかは分からずとも、神々よりも遥か遠くに人は辿り着く。その可能性を持っている。

 

 

「…………」

 

「病気、なんだよ。結局な」

 

「正しい算段が付けられない。判断に困る正否に答えを出すという訳でもなく、当たり前に『正解』はこちらだと示されて尚、間違いを選ぶ」

 

「──羂索も私も、立派な病人だ。呪いに犯されている、とでも」

 

 

まじない。それは呪いが本来持つ言葉の意味であり、願う力だ。

未来を望む、可能性を望む。今すぐ、明日にでも求めるものを欲しがる本能。

 

一つの命である限り、『願い求める』行為からは離れられない。逃れるつもりもないが、この力は度が過ぎれば破滅を産む。

 

──ようは、身の丈に合わない願いを求め始めるという事。自分の身一つでは足りない欲を、他者を利用して埋めようとする。

羂索は、期待している、希っている。この抱えきれない欲望に、抑えきれない欲望に、他者を飲み込んでも尚止まらない欲望に、尽くし続ければ世界は応えてくれると。

 

 

「生まれてから死ぬまで、結局私達は求め願う命の性からは逃れられないって事だ。それが呪力の本質でもあるし、生命の本質でもある」

 

「では……何故…」

 

「何故、私を選んでくれなんだ、先生…!」

 

 

歯を食いしばり、強く指先に力を込めながら天元は口を開け、言い放つ。

その叫びは、羂索と同じく人間的な感性を消失したはずの天元から盛れ出した、人間としての心の叫びだった。

 

 

「貴方の悲願は、私にだって理解している。だから…永劫の時間が流れようとも、私はこの世界を守ると決めた、尽くすと決めた」

 

「『悲願』が帰ってくるまで、『悲願』が愛した世界を…守ると言ったのは……先生だよ」

 

「何故、それを自らの手で…!」

 

 

身を乗り出し、異形では無い方の顔を近づけて妹紅にそう問う。

だが、返ってきた返事は、余りにも冷たい声であり、拒絶の声だ。

 

 

「輝夜」

 

「………」

 

「輝夜と呼べ、アイツは蓬莱山輝夜、月の姫」

 

 

天元の結界の構築が焼き壊れていく。

 

それは妹紅の燃え盛る呪いの炎が結界を焼き焦がし、本来質量を持たない筈の呪力がヘドロのように垂れ流され、空性結界の循環定義に綻びが生じ始めたからで、

 

 

「天元……一人って、案外寂しいもんだ」

 

「特に、『永遠』を持つ存在は、その孤独をよく理解している。百年、千年、そこで終わらない。万年、億年、兆年、惑星が冷却される程の果てしない時間が過ぎても……」

 

「私達は常に孤独であり続ける、な?結構堪えるんだよ、『永遠』も。苦しみを比べるなって苦情は受け付けない、まっ、ちょいとしたメンタルケアとして聞いてくれ」

 

「──むっ」

 

 

蜜柑の皮を剥きながら、肘をつき顎に手を置く。

爪の間に入り込んだ白い筋、維管束を爪を弾いて取り出して、綺麗に取り出した身をひょいっ、と、天元へ投げ渡した。

 

天元は少し炙られて柔くなった蜜柑を、気難しい顔で咀嚼する。

 

 

「……」

 

 

糖分が思考に安寧をもたらすことは無い。妹紅が羂索に協力する以上、日本の崩壊は必須。

日本が崩壊する、ならば、それと同時に『とある世界』も崩壊させてしまう事を意味する。

 

賢者と呼ばれる存在と契約し、境を決め、互いに不干渉を絶対とした世界が、破壊される。

 

 

「死なないし、老いない。ならば生命として求めるべきは何か。ゴール地点の無いマラソンゲームのエンディングは、何だ」

 

「──諦めない事だよ。死ぬ事を。終わりを迎えることを。時間なら山ほどある、猶予なら死ぬまである。なら、夢を追い求める努力をするだけ」

 

「その過程で欲しいものは全て手に入れるし、不必要なものは全て削ぎ落とす」

 

 

剥いて剥いて、剥かれ切ったミカンを掲げ、これが自分だと言わんばかりに妹紅は見せつけ、天元は気難しい顔を崩さない。

 

夢を追い求めること──それは万人に共通する行動意欲。妹紅一人を糾弾するのもお門違い、だが、

 

 

「だからって、屍の山を築いていい理由にはならないだろう。たった一人が持つ願いにしては……身の丈に合わないんじゃないかね、先生」

 

「ふふっ。何を今更…。人間ってのは、身の丈が合わないのなら、世界の方を合わせてきた生き物だろ?──お前が未来の人類の為、全国に張り巡らせた結界が表してるじゃないか」

 

 

トントントン。と爪先でコタツを叩く。

心地よいリズムだが、伝わるのは苛立ちだ。人類の咎、自身に敵対する全てを、病魔ですら駆逐してきた人類は、遂に自分自身から生まれる『呪い』すら駆逐し始めた。

 

今度は、剥いていない丸ごとの蜜柑を投げ渡す。

品種改良され続け、本来の『蜜柑』の面影は消え、甘く、美味しく、歪な形のものは市場に流れない有様。

 

自分の為に自分を変えるのは良い、けれど自分の為に他者を変え続けてきた人類に、身の丈を語れる資格がある?

 

 

「一寸の虫にも五分の魂、霊長が食物連鎖の頂点に台当するまで、一体幾つの命を穢してきた?…なればこそ、神も人も呪霊も妖も、不死者も等しく『生命』の理、呪いの中で席を奪い合う」

 

「その一幕に──身の丈を問うこと自体、間違ってるのさ。天元」

 

「…………向こうと、戦争になるよ」

 

「──勝つさ」

 

「…本気で?」

 

「勿論。その為に敵地調査は済ませてある」

 

「彼女ら全てを敵に回して、羂索と貴方で太刀打ちできなければ、次に滅ぼされるのは私達だ。その尻拭いをしろと言うのか」

 

「いいや。その心配はしなくていい」

 

 

──温もりある部屋を模していた結界が崩壊する。

塗り替えられ、現れるのは業火の海だ。罪人を、罪業を、呪いを焼き付けて離さない赤い世界。

 

 

「……これは…」

 

 

──藤原妹紅の、生得領域。

空に広がるは永遠の闇、星も無く、彩も無く。

あるのはただ炎と、虚無だけで、

 

 

「…………先生…貴方は…」

 

「消えない呪い、その根源だ。今でも夢に見るよ、暗闇の中で一人、私が永劫の暗闇、永遠の孤独、永遠の虚無に呑まれていくのを」

 

「こんな私を殺せるのは輝夜ただ一人。──この、私の呪いを終わらせれるのは輝夜だけなんだ」

 

「私が諦めて、どうする。輝夜を……未来の、永遠の暗闇に置き去りにするつもりか?」

 

 

救済を他者に求める癖に、自分は誰の事も救済できないと──?

 

それは、許されない。赦しはしない。

ああそれこそ、本当の意味で身の丈に合っていない。求めるならば、求められる事も承知でなければ。

 

 

「──。大空の…月の中より君来しやひるも光りぬ…。夜も光りぬ大空の月だに宿るわが宿に待つ宵過ぎて、見えぬ君かな」

 

「…………」

 

 

藤原妹紅は死ねない、蓬莱山輝夜も死ねやしない。共に不死者であり、共に罪人だ。

故に不死者たる存在が『生きる事』を果たすには、その罪を償うしかないのだ。

 

永遠の死者が、死に向かう生者となって生まれ変わる。失った生への意義を取り戻し、そして私達は奪われた『生きる事』を取り戻す。

 

──それを『医者』は理解していたんだろう、私の手から輝夜を引き離して隠してしまった。

 

 

「輝夜は、アイツは永遠の命を持って…それでいて…私とは違い未来を望んだ。アイツにはきっかけも何も無い、私の様に燃える想いも呪いも無い」

 

 

──だが、望んでいたんだよ。未来の景色を。

 

 

「ならば…。私は私の価値を示さなければいけない!」

 

「──価値」

 

「生きもしない死にもしない、そんな存在が人と同じ様に明日を望んだ!ならばそこに生きとし生ける人との違いが何処にある!」

 

「望みこそ!願いこそ!罪と呪いが人であるのならば!我ら仙薬を口にせし不死者、人になってみせる」

 

 

──後光が現れる。

妹紅の背中、天輪が現れ獄炎を身に宿し、赤の世界を更なる『紅』で照らし尽くす。

伝承の見た目と同じ、【幻想の不死鳥】

その、神の姿。

 

 

「人の真性、人という存在の定義を果たせぬならば、永久に朽ち果てよう」

 

「……どうだ。天元、病んでる人間の価値観はめんどくさいだろ」

 

「………ええ。それはもう」

 

 

私の介入で羂索の策が破綻しようとも知った事じゃない。せっかく影で楽しそうにしているんだ、是非とも参加して、味わってみようじゃないか。

 

この激情も、燃えるような心も、私の永劫の人生、ただの一抹として夢幻泡影が如く消え去るだけにはしない。

どれだけの怒りも、どれだけの感情を持ったとしても、それは『永遠の生』によって希釈され、意義を失う。

 

無限 + 1 は無限だ、無限- 1 は無限だ。足し引きしか行えない人生の中で、無限というものはあらゆる奇跡を希釈する。

 

 

「…だからこそ。だな」

 

「刹那を楽しめなきゃ、未来永劫退屈なままだ」

 

 

世界を呑み込まんとしていた炎は、妹紅が広げた翼の中に収まっていく。みるみるうちに結界は元の形を取り戻し、立ち竦む天元を前に、妹紅は再びコタツの中へ足を入れる。

 

視線は天元に、結局の所、欲しいのは任務への同行許可で、それ以外には何も無い。

 

 

「……好きにしな、先生。元より私は隠居の身、出来ることなんて最初から無かった」

 

「そうやって諦めてばっかだから羂索にも嫌われてんだぞ〜。もっと気楽に行こうぜ気楽に」

 

「──気楽に生きさせてくれない張本人が何言ってるんだ。ゲンコツ喰らわせるよ?」

 

「ごめんごめん」

 

「…………はぁ──」

 

 

深く、深くため息を吐ききり、天元は妹紅の瞳を見つめる。本当に、貴方は人にものを教えられる立場じゃないな。と、恩師たる妹紅へ、

 

 

「藤原妹紅。──幻想郷との戦争を始めるなら、私も貴方の敵になる。覚悟しておいてくれ」

 

「──望む所だ」

 

 

──天元なりの絶交を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、途中参加の藤原妹紅だ、宜しく」

 

「なんで!もこせんまで来てんだよッ!!」

 

「良いだろ、どうせ懸賞金で高専に帰れないんだから、宜しくなリコちゃん…さぁ、黒井さんを取り戻そう」

 

「あ、あぁ宜しく頼むぞ…藤原妹紅」

 

「変わらないですね…妹紅先生…」

 

 

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