獣拳。それは、獣の心を感じ、獣の力を扱う古代拳法。
その歴史は、4000年前の古代中国と古く、ブルーサ・イーという武闘家によって創始された。
彼には、十人の弟子がいた。しかし、その内の三人は、師匠殺害という禁忌を犯し、離反した。そして、臨獣拳アクガタという闇の流派を興した。残った七人の弟子は、のちに『七拳聖』と敬われ、三人の元弟子『三拳魔』の間にある深い因縁から、激臨の大乱と呼ばれる獣拳大戦が起こったのは昔の話。
2008年2月、臨獣拳アクガタを再興させた若き総帥の理央が率いる臨獣殿と激獣拳ビーストアーツの若き戦士たちゲキレンジャーの死闘によって、終止符が打たれた。
だが実際は、ロンと呼ばれる黒幕が臨獣殿を裏から操り、世界の支配を企んでいた。その野望も、理央の臨気を受け継いだゲキレンジャーによって、儚く潰えた。
この物語は、ゲキレンジャーの弟弟子にして、スクラッチ社特別開発室所属新人アスリートの鵺代ツグミを中心に取り巻く青春劇である。
朝の6時50分、獣拳使いの鵺代ツグミは、気持ちよさそうにベッドで眠っていた。
彼の部屋には、ヌンチャクやトンファーといった模擬武器の類から、アニメグッズや漫画が陳列されている。また、部屋の片隅には、サンドバッグが設置されていた。
「すぅ、すぅ、おっふ!?」
ベッドで寝ているツグミの上に、誰かが跨る。腹部に感じるずっしりとした重さに、ツグミも目覚める。
「ツグミ、おっはよ~う!わふっ!?」
「…おはよう、亜夜。重いから降りてくれ」
「あー!女の子に向かって重いとかひっどーい!」
彼女の名は、棗亜夜。栗髪色の長髪に、触角のような一本の癖毛が特徴的な美少女である。亜夜は、寝起きドッキリのキスを試みるも、枕で防がれ、重いと云われる始末。ツグミの態度に、ブーブーと文句を垂らした。ツグミは、欠伸をしてから扉の方に気配を感じ、目を向ける。そこには、銀髪の幼女が扉の先に立っていた。
「真夜さんか、おはよう」
「ようやく起きたか、ツグミ。早く準備せんと学校に間に合わなくなるぞ?わしは、先に朝飯を食っとるからな。亜夜も、早くリビングに来んか」
「は~い、お姉ちゃん」
見た目ロリで爺臭い口調といった個性が強めな少女の名は、棗真夜。亜夜の姉であり、剣の達人でもある。幼女の姿なのは、気と呼ばれる力の無駄な消費を抑える為らしい。彼女も、亜夜と同じく触角のような癖毛がある。
真夜に呼ばれた亜夜は、ベッドから飛び降りて、スカートのお尻部分を軽くはたいた。
「そうだ、ツグミ」
「なんだ亜夜、まだ何かあんのか?」
「ふっふ~ん、今日は白!」
「は?」
「じゃあ、おっ先~」
いたずらっぽく笑いながら、意味深な言葉を残して去った亜夜。その言葉に、ツグミは数秒間思索する。
その意味を理解した瞬間、ツグミの顔が下から上へと真っ赤に染まっていく。頭の中で煩悩が浮かび上がった瞬間、勢いよく顔を横に振って煩悩を消す。朝から少し疲れたツグミは、身支度を整えに、洗面台へと向かう。
「いとこの姉ちゃんが送ってきた納豆、まだ余ってるし」
「朝飯のお供に困らないではないか」
「ねばねば~」
リビングに合流した三人は、朝食を食べ終え、学校へと向かった。
ツグミが住んでいる場所は、スクラッチ社が所有する関連施設の社宅である。
一軒家という贅沢な社宅なのは、ツグミの肩書がスクラッチ社特別開発室所属新人アスリートという点が大きい。これには、ツグミが七拳聖の一人の直弟子であることも関係している。
亜夜と真夜は、ツグミの幼馴染であるが、いつの日か同居を希望した。何度もせがむ彼女らの要望に折れ、これを師匠に相談したところ、普通に許可が出た。その際、特別開発室室長の姉弟子がニヤニヤとした笑みを浮かべていたのを、ツグミは忘れないだろう。
スクラッチ社製オープンフィンガーグローブを装着したツグミは、玄関にある写真立てに一礼し、外で待つ二人に合流する。三人は、学校への通学路を歩き始めた。
「ふわぁ、眠い」
「ツグミ、寝癖付いてるよ」
「だらしないのぅ、しゃきっとせんか」
欠伸をするツグミ、彼の寝癖を櫛で梳かす亜夜、一喝しながらツグミの背中をバシンと叩く真夜。
「誰かさんが寝起きに迫って来たからな。疲れてんだよ」
「誰だろうね~?」
「こ、こいつ」
しらばっくれる亜夜の態度に、ツグミの頬がぴくぴくと引き攣る。それを見た真夜は、ニマニマとした表情で二人の仲睦まじい日常を眺めていた。
ツグミ・亜夜・真夜が通う高校は、統合武術道高等学園。通称、統道学園。江戸幕府に代わり、政を担うようになった明治政府が、各藩の武術の復興を目的に創設した統武塾が前身となっている。東の川神学園、西の天神館学園、中央の統道学園といった感じで、日本で三校しかない武術・武道が盛んな高校に、ツグミは在籍している。
三人で校門を潜り抜け、昇降口へ向かう道中、彼らの前に人だかりが現れる。良く見ると、木製バットや鉄パイプを持った不良と剣道部・空手部といったスポーツ系男子生徒が、ツグミらを待ち構えていた。一番前にいたパンチパーマの不良は、ツグミに向かって怒鳴り声を上げた。
「鵺代ぉ!今日こそがお前の命日だ!俺達はお前を倒すために同盟を組んだ!」
「たくっ、朝から騒がしいねぇ」
ツグミは、鞄からフォームラバーの双節棍を取り出し、亜夜に自分の鞄を預ける。鞄を受け取った亜夜は、「先に行ってるね」と、真夜と共に昇降口へと駆けだしていく。
「本当、今日も懲りないなお前たちは」
「うるせえ!お前を倒して、今日こそ統道学園最強の座に君臨してやる!」
パンチパーマの男子生徒は、ツグミに向かって啖呵を切る。売り言葉に買い言葉、ツグミは後頭部をガシガシと掻きながら、溜息を吐いた。
「悪いが、遅刻すんのは嫌なんでな。まとめて掛かってこい」
退屈凌ぎができると頭を切り替えたツグミは、掌を上に向け、指を二回動かす。挑発の合図だ。その意図を受け取ったパンチパーマ君は、木製バットを肩に担いで意気揚々と声を荒げた。
「上等じゃオラ!その余裕ぶった面を泣かせてやる!」
「ぶっ殺すぜオラ!」
「学園のマドンナ棗さんと仲睦まじく話す貴様をムッコロス!」
土埃を巻き上げながら、ツグミへと突進する複合チーム。普通なら怖気づいてしまうような事態でも、ツグミの顔は嗤っていた。
亜夜は、ツグミの机に鞄を置き、教室の窓辺から校庭の様子を観察する。武術が盛んな学園でもあることから、一般校とはまた違った騒がしさを持つ統道学園。校庭で繰り広げられる光景は、統道学園の生徒にとっては日常茶飯事であり、誰もが戦いの結果を分かりきっていた。
「でやぁぁぁぁ!」
「一撃確殺」
ツグミは、襲い掛かって来たパンチパーマの顔面を踏み台代わりに跳躍し、次の相手に双節棍を振り落とす。着地した瞬間、右側から襲い掛かる竹刀を躱し、剣道部男子の顔横に双節棍の打撃を与える。そして、足払いで左側にいたモヒカン君の足を転ばせた。モヒカン君は、背中を強打して気絶する。
「たぁっ!ぐあぁ!?」
「殺気が強すぎ」
背後から襲う一人の空手部員による正拳突きを、気配察知でひらりと躱し、顎に双節棍の一撃を与える。
チラッと、時計を見れば、予鈴十分前に針が進んでいた。遅刻を絶対避けたいツグミは、肩を回して、身体の筋肉を解した。
「予鈴が鳴る前に、ちゃっちゃと茶番を終わらせるか」
ツグミは、武器である双節棍を上空に放り投げ、無手の状態となった。それを好機と見た連中は、獲物を持ち、束になって突撃する。上から見ていた亜夜は、彼らの敗北を哀れんだ。
「あ~あ、今日もツグミの瞬殺勝ちね」
刹那、ツグミの身体がブレ、不良・スポーツ部集団の背後に姿を見せる。トサカヘッドの男は、眼前にツグミがいない状況に眼をパチクリと瞬きした瞬間、ぐりんと白目を剥き、地面に倒れ伏した。それに続いて、うぅ、と呻き声を上げながら、バタバタと倒れていく。
「うむ、一秒間という短い時間で、奴らの鳩尾、顎、鼻、脳天を突くとはな。相変わらず、惚れ惚れとする腕前じゃ」
三年の教室から眺めていた真夜は、木刀を肩に担ぎながら、朝の光景を楽しんでいた。
「はぁ!たぁっ!おっと!おりゃおりゃおりゃ!てやぁ!」
放課後、スクラッチ社本社に来ていたツグミは、特別開発室で特訓に励んでいた。特訓相手は、スクラッチ社が開発したトレーニング用ドロイドのロボタフ。猫型の頭部がチャームポイントであり、ゲキレンジャーの特訓を支えてきた名脇役でもある。達人モードに設定されたロボタフの攻撃を、ツグミは腕と掌でいなす。反撃として、蹴りや突きを繰り広げる。
その様子を、猫のような風貌をした獣人マスター・シャーフーは、顎髭を摩りながら、のんびりと眺めていた。
マスター・シャーフーは、ロボタフと組手をしているツグミに向かい、言葉を投げかけた。
「ツグミや、いきなりじゃが、お主が良ければ川神学園に編入してみんかね?」
マスター・シャーフーは、緑茶を啜りながら、ツグミに川神学園への転校を提案した。
「は、はぁ!?どわっふ!?」
いきなりの提案に耳を疑ったツグミは、思わず動きを止める。それが仇となり、達人モードのロボタフによる攻撃をまともに受けた。顔面に円形パンチグローブの重い一撃を貰ったツグミは、床に倒れる。カンカンカンとゴングが三回鳴る。どうやら、ロボタフのスピーカーから発せられているようだ。
「ふむ、油断は禁物じゃ。一瞬の隙も命取りとなるぞ」
ツグミの特訓を見終えたシャーフーは、懐からトライアングルを取り出し、チーンと鳴らす。次の瞬間、ガバッと起き上がったツグミは、物凄い剣幕でシャーフーに詰め寄る。
「一体どういうことですか!マスター・シャーフー!」
「まぁまぁ、落ち着くんじゃ。お主、今の学校生活では退屈しているように見える。違うか?」
「それは、その」
シャーフーの言葉に、図星なのかしどろもどろになるツグミ。それを見たシャーフーは、再び口を開いた。
「何も強制ではない。ただ、川神という土地は、退屈とは縁が遠い場所だと聞く。それなら、お主の不完全燃焼な心も満たされるであろう」
「…少しだけ、時間をくださいますか?」
「うむ、お主だけの人生じゃ。わしは、新たな選択肢を与えたに過ぎん。どちらを選択もお主の意じゃよ」
ツグミは、シャーフーに一礼し、スクラッチ社を去る。家に着くまでの道中、幼馴染と過ごす学園生活と自分の中で燻っている気持ち、どちらを優先すべきか。
それは、ツグミ本人にも理解できなかった。
マジ恋とゲキレンジャーは、時代設定が近く、同じ武術を扱っている作品だし、面白そうだと感じた