爆豪勝己の再教育   作:てるみや

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私は確認できませんでしたが、ルーキー1位取れていたと感想で教えていただきました!
皆様ありがとうございます!


二度目の個人戦 1

騎馬戦の喧騒が引くと、会場はつかの間の凪に入った。

 

昼休み。

午後の個人戦までの、短い息継ぎの時間だ。

 

俺はスタジアムの日陰に背を預けて、ひとり掌を開いたり閉じたりしていた。

 

(……やっぱり、何も残ってねェな)

 

さっき轟の懐に潜り込んだ、あの一瞬。

置いたつもりの爆破が、想像よりずっと深く食い込んだあの手応え。今はどこを探してもねェ。

 

試しに、もう一度汗を握り込んでみる。

意識してあの感じを引き寄せようとする。だが出てくるのは、いつも通りの爆破だ。指の腺の開き方も、熱の乗り方も何ひとつ変わっちゃいねェ。

 

(……出そうとして、出せるんでもねェか)

 

追い詰められて、出るもんが出ただけ。火事場の馬鹿力。

そう片付けて俺は掌をぐっと閉じた。

 

頭はもう、十分すぎるほど識ってる。

追いつかねェのはいつも、体のほうだ。その差を一戦ごとに、半歩でも詰める。

 

それが今の俺の宿題だ。

 

この舞台は全国に中継されてる。

客席にも画面の向こうにも、プロのスカウトの目がぎらついてる。ここでの結果が、そのままヒーローへの最短距離になる。

 

だが今の俺にとっちゃ、ここはただの通過点だ。

この先で待つ本物の化け物に届くための──最初のほんの一段目にすぎねェ。

 

深く考えるな。

今はそれより、目の前だ。

 

――――――――――――――――――――――

 

フィールドの中央では、応援団だのチアだののにぎやかな出し物が始まっていた。

 

麗日と八百万が、慣れない衣装で手を振らされてる。日に焼けた芝の上で、十二万の客席がわっと沸いた。

俺には心底どうでもいい時間だ。

 

「いやー……ヤオモモのチア、眼福すぎんだろ……!」

 

横で上鳴が、だらしねェ顔で拝んでる。

切島がその後頭部を、軽くどついた。

 

そのとき、客席の手すりのほうから聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「A組A組って、たかが学校行事でいい気になってさ──」

 

物間だ。

騎馬戦で散ったってのに、まだ嫌味を垂れ流してる。だがその台詞は、最後まで続かなかった。

 

ぱしん、と小気味いい音がした。

 

「はい、そこまで」

 

白目を剥いた物間が、ぐらりと崩れ落ちる。

その隣でB組の女が、手刀を振り抜いた格好のまま深々とため息をついていた。委員長の拳藤だ。

 

「ごめんねA組。コイツ、根は悪くないんだよ。口だけはどうにもならないけど」

 

ふん、と鼻を鳴らして俺は視線を切った。

こいつらとも、いつか肩を並べることが──いや。

今は、いい。

 

――――――――――――――――――――――

 

『さあて。楽しい余興のあとは……繰り上げのお知らせよ!』

 

ミッドナイトのアナウンスが空気を引き締めた。

 

個人戦の出場枠は、騎馬戦の上位四チーム──計十六人。

だが二人、辞退者が出たという。

 

尾白と、B組の庄田。

騎馬戦のあいだ心操の洗脳で操られ、自分が何をしたか覚えてねェ。覚えのねェ勝ち上がりで上の舞台には立てねェ。そういう筋の通し方だった。

 

(……尾白の野郎。相変わらず、馬鹿正直だな)

 

あの真っ直ぐさが、いざってときに何人を拾うか。俺はそれを識ってる。

 

繰り上がったのは、ポイントを多く残してた塩崎と、鉄哲。どちらもB組だ。

 

一度目と、同じだ。

ここまではまだ、地図の通りに進んでる。

 

だが、と俺は思う。

問題はここから先だ。

 

――――――――――――――――――――――

 

電光掲示板の表示が切り替わった。

 

個人戦トーナメント。

十六人の名が横に並び、線で結ばれていく。

 

最初の一戦に名が灯る。

 

緑谷出久──対──心操人使。

 

(……出久が、初っ端から心操か)

 

知ってる。

あの洗脳が出久を場外へ歩かせる。そして出久は、自分の内側の"何か"でそれを振りほどく。一度目はそうだった。

 

表を目で追っていく。

轟と、瀬呂。常闇と、八百万。

切島と、鉄哲。硬化とスティールのぶつかり合いだ。あのクソ髪がどんな削り合いをするのか──少しだけ、見てやりたくはある。

 

そして、いちばん端。

 

爆豪勝己──対──麗日お茶子。

 

(……麗日、か)

 

ふっと口の端が歪んだ。

胸の内に苦いものと、それから妙な熱が同時に湧き上がる。

 

あの女がどんな顔で、俺の前に立つのか。

笑っちまうくらい、まっすぐでしぶとい奴だ。一度目も、最後の最後まで膝をつかなかった。

 

そのまっすぐさを。今度は、潰しちゃならねェ。

 

――――――――――――――――――――――

 

視界の隅で、轟が立ち上がった。

 

人混みを縫って、まっすぐ出久のほうへ歩いていく。

 

(……始まるのか。あれが)

 

知ってる。轟が今から出久に、自分の生まれを吐き出す。

万年No.2の、あの炎の親父。半分の力を意地で封じてる、その理由を。

 

一度目、轟が左の炎を握るのに、出久がぼろぼろになるまで殴り合い、無理やり引きずり出した。

親父の呪縛から、出久があいつを引っぺがした。

 

今度は、どうなる。

 

(……また、かすれてやがる)

 

俺がいくら識っていようが、轟の心が一度目と同じ場所へ転がる保証なんざ、もうどこにもねェ。

USJで俺が盤面に手を突っ込んだその日から。

 

それでも、と思う。

あいつがいつか、あの炎を自分の意志で握る日が来るなら。

そのとき背中を預け合える奴は──多いほうがいい。

 

柄じゃねェ考えだ。

一度目の俺なら、唾を吐いてた。馴れ合いだ、と。

だが独りで立つ天辺が、どこに繋がってたか。俺はもう、識っちまってる。

 

その出久を、少し離れた物陰からオールマイトが手招きしていた。

何か言い含めてる。あの人なりの不器用な激励だ。

 

(……あんたの時間も、そう長くはねェんだよな)

 

あの馬鹿でかい笑顔の裏で、もうとっくに体は限界を抱えてる。

それを知ってるのは、この会場でたぶん、俺だけだ。

 

あの人が、まだシンボルでいられるうちに。

俺は──一段でも上へ。

 

――――――――――――――――――――――

 

「なァ、爆豪」

 

切島が、めずらしく歯切れ悪く隣に来た。

 

「麗日のヤツな……お前と当たんの、相当気合い入ってんだ。んで俺も、ちょっとだけ知恵を貸しちまってよ」

 

ばつが悪そうに頭を掻いてる。

 

(……知ってるさ。あいつが、何を仕込んでくるかも)

 

瓦礫を無重力で、空いっぱいに浮かべて。

流星みてェに頭上から、いっせいに落とす。最後の最後の、捨て身の一手。麗日は、そういう女だ。

笑っちまうくらい、まっすぐな。

 

頭の中でもう、対処は組み上がってる。

あの物量を今の俺の火力じゃ、力ずくで吹き飛ばすのは無理だ。だが要らねェ。

落ちてくる岩の、束の要を見抜いて一点。点を線で繋ぐみてェに撃ち抜きゃ、形は勝手に崩れる。

 

力で薙ぐな。観て、判じて、急所に置く。

それで十分だ。

 

「……上等だ」

 

俺は短く言った。

 

「全力で来させろ。手ェ抜いて勝つのは──あいつへの、侮辱だ」

 

切島が目を丸くした。

それからにっと、牙を剥いて笑う。

 

「……おう。お前、やっぱ漢だな!」

 

手を抜いて、相手を見下して、ろくに見もしねェで叩き潰して。その先で何を取りこぼしたか。

 

識ってるだけじゃ、何も守れねェ。

 

だったら──識ってるだけの俺で、終わってたまるかよ。

 

――――――――――――――――――――――

 

切島が軽口を残し、仲間のほうへ戻っていった。

 

ひとりになると、また静けさが戻ってくる。

 

妙な感覚だった。

周りはこれから始まる一対一に、緊張と興奮で浮き足立ってる。誰もが初めての舞台だ。

 

俺だけが、その先を識ってる。

誰が勝って、誰が泣いて、誰が何を抱えてここに立ってるか。

 

心強いはずだった。

なのにこの胸の奥は騎馬戦のときと同じだ。やけに独りだ。

 

(……言えねェからな。何ひとつ)

 

轟の生まれも。心操の夢も。麗日の覚悟も。

そしてこの先で、こいつら全員を待ち受けてる、あの景色も。

 

ぜんぶ識ってて、ぜんぶ独りで飲み込むしかねェ。

 

だが、と勝己はゆっくりと拳を握った。

 

それでいい。

独りで抱えてでも変えてみせる。今度こそ、誰ひとり取りこぼさねェように。

 

それが、もう一度ここに戻ってきた俺の──たった一つの役目だ。

 

――――――――――――――――――――――

 

『さーて、お待ちかね!個人戦トーナメント、開幕よ!』

 

ミッドナイトの声が、会場を一気に引き戻した。

わっ、と地鳴りみてェな歓声が膨れ上がる。

 

コンクリートのフィールドへ、最初の二人が進み出ていく。

 

緑色の、見慣れた背中。

そして、無表情に間合いを計る普通科の男。

 

(……ついさっきは、こっちが狙われる側だったがな)

 

騎馬戦で一千万を背負い、四方から追われた。あの的の重さを、俺はもう識ってる。

今度は俺が観る側だ。あいつがどう足掻くのかを。

 

勝己は、フィールドへ歩み出る出久の背中をまばたきもせず見据えた。

 

『それじゃあ第一試合……はじめェ!』

 

ミッドナイトの合図。

だが心操は、動かなかった。

 

代わりにゆっくりと、口を開く。

 

「なあ緑谷。さっき辞退した尾白って奴……正直、馬鹿だよなあ。せっかくの椅子を自分から蹴るなんてさ」

 

 

心操の個性は、問いかけに相手が言葉で応じた瞬間に刺さる。

 

だが。

 

「──違うっ!尾白くんは、馬鹿なんかじゃ……っ」

 

言っちまった。

仲間を悪く言われて、黙ってられる奴じゃねェ。それが出久だ。それがあいつのいちばんいいところで──いちばん危ねェところだ。

 

出久の目から、すっと光が抜けた。

 

くるり、と踵を返す。

ふらふらと自分から、場外の白線へ向かって歩き出す。あやつられてる。

 

『おおっと緑谷選手、なぜか自分から場外へ!? これが心操選手の個性かァ!』

 

『解説、イレイザー。今のは』

『"洗脳"だ。問いに声で応じると、相手を操れる。喋らせなきゃ何もできない、ピーキーな個性だな。……だからあの入試は合理的じゃねぇって言ったんだ。』

 

解説席の、気だるげな声。相澤先生だ。

淡々と急所だけを突く。相変わらずだ。

 

『だが、解けねェ個性じゃない。強い衝撃でも入りゃ、な』

 

(……ここからだ。出久)

 

知ってる。一度目、こいつはここからひっくり返した。

自分の内側にあるあの力で──洗脳ごと振り払った。

 

だが地図は、かすれてる。

今度も同じように、戻ってこれるのか。それとも、このまま──

 

拳の中で、爪が手のひらに食い込む。

識ってるはずなのに、確信が持てねェ。盤面はもう、一度目とは違うんだ。

 

ここで出久が戻れなきゃ俺はまた、ただ見てるだけになる。

 

白線まで、あと数歩。

 

そのとき。

 

出久の足が止まった。

 

ぴくり、とその左手の指が跳ねる。

ばちっ、と緑色の火花が指先で爆ぜた。

 

「──っ、ぁああ……!!」

 

激痛に、出久が顔を歪める。

だがその目には──光が戻ってる。

 

(……戻ってきやがった)

 

胸の奥が、妙に熱くなる。

悔しさとも誇らしさともつかねェ、ぐちゃぐちゃの何かだ。

 

『……自分の個性で、自分を撃って洗脳を上書きしたか』

解説席の声がぽつりと落ちる。

『乱暴だが、理にかなってる。誰に教わったわけでもねェだろうにな』

 

誰にも教わってねェやり方で出久は、自分の檻を内側から叩き割った。

 

心操の顔から余裕が消えた。

 

「……嘘だろ。俺の洗脳を、自力でこじ開けた……?」

 

初めてだったんだろうな。

自分の個性を内側からぶち破られたのは。

 

心操が慌てて、もう一度口を開く。

 

「何とか言えよ!!指動かすだけでそんな威力羨ましいよ──」

 

だが出久は、もう喋らねェ。

唇を固く結んだまま。仕組みを見切った目だ。

 

地を蹴って、出久が突っ込む。

速ェ。さっきまで操られてたとは思えねェ、迷いのねェ踏み込みだ。

 

心操が咄嗟に、動揺させようと喋り続ける。だがもう遅ェ。

出久がその懐へ潜り込み、腕を取って腰を落とす。

 

背負い投げ。

 

小せェ体が、てこの一点で心操をまるごと巻き上げる。

宙を舞った体が、白線の外へ叩きつけられた。

 

『場外ァ──!! 勝者、緑谷出久ゥ!!』

 

わっ、と会場が沸いた。

 

初戦から飛び出した、土壇場のひっくり返し。

普通科の刺客を真っ向からねじ伏せたあいつの名は、あの会場の目にしっかり焼きついたはずだ。

 

一度目、出久がこの大会で爪痕を残した、その第一歩。

今度も──変わらず踏み出しやがった。

 

――――――――――――――――――――――

 

倒れた心操が、空を睨んだまま声を絞り出す。

 

「……結果によっちゃ、ヒーロー科編入も検討してもらえる。覚えとけよ…ヒーロー科入って資格取得して、絶対お前らより立派にヒーローやってやる」

 

ヒーロー、か。

 

一度目の俺なら、聞き流してた。普通科のモブの負け惜しみだと。

だが今は──その必死さが、少しだけ分かる気がした。

誰だって、最初は届かねェところに手を伸ばすんだ。

 

夢の遠さなら、俺だって嫌ってほど識ってる。

一度、何もかもが灰になるその先まで──見ちまったんだからな。

 

出久が、肩で息をしながらフィールドを引き上げてくる。

 

すれ違いざま、一瞬だけ目が合った。

何も言わなかった。あいつも、俺も。

 

電光掲示板で、出久の名が次の枠へ進んでいく。

その先で待つのは──轟だ。あいつの炎の話だ。

 

そして、表の反対の端で俺の名が、静かに出番を待ってる。

 

爆豪勝己──対──麗日お茶子。

 

(……じき、俺の番だ)

 

視線を観客席の下のほうへ流す。

チアの衣装のまま、麗日がフィールドを見下ろしてた。出久の勝ちを見届けて、唇を固く結んでる。

その目に怯えはねェ。あるのは、覚悟だけだ。

 

(……ああ。来い)

 

全力で来い、丸顔。

手は、抜かねェ。それがここまで上がってきたてめェへの礼儀だ。

 

勝己はゆっくりと立ち上がると、まだ熱の引かないフィールドへ静かに足を向けた。




個人戦ってヤバいですね…
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